今年は例年になく桜が早い。
娘の卒業式は桜に見送られての門出となった。
6年前に桜に迎えれて入学し、桜に見送られて卒業。
娘にとってはいい日になった。
ありがとう、暖冬君。
ところで、問題は工事の方。
なかなか進まない。
いつになったら木工事は終わるのか。
3月も残すところ後わずかとなってきた。
焦っているわけでもイライラしているわけでもないが、早く住みたいという気持ちも大きくなってきた。
最近は親戚の人や近所の人も見に来ることが多い。
「なかなか進まないネー。」
「いつごろ完成すんの?」
「いろいろ凝って作ってんのー?」
質問攻めにあう。
いちいち理由を考えて答えるのが面倒くさいので、「金が続かないの。」と答える事にしている。
するとまた質問攻めにあう。
「だって一括請け負いなんでしょう?」
「工事の金額は決まっているんでしょ?」
「一杯給料取っているんだからだいじょうぶでしょ?」
などなど。
「違います。
給料は薄給だし、分離発注です。
特別凝っている所はありません。」
などと答えようものなら、またまた質問が浴びせられる。
まったくもって他人様の興味深さには頭が下がる。
小生の家計まで心配してくれる。
「心配するなら金ををくれー。」
安達由実が出ていた昔のドラマのセリフまで言いたくなる。
ここまでの木工事を平均すると 1.6人/日ぐらい。
大工さんも一人作業でははかがいかない。
やっと床貼りがほぼ終わった。
2Fの廊下も階段ホールも貼り終わり。
母の部屋の床も貼り終わった。
床で残っているのは便所と脱衣室。
ここはクッションフロアーなのでクロス屋さんの担当。
もう少し造作工事が進まないとクロス屋は来ない。
子ども達が春休みに入ったら引越ししようなどと考えていたのだが、もろくも崩れた。
ゴールデンウイークには引越しできるかなーぐらいの塩梅。
引越しが夏休みにならないよう頑張ろうっと。
やっと来た。
待ちに待った板金屋が来た。
前頁で破風の問題で虐められていることを書いたが、これで開放される。
何でもっと早く来てくれなかったの。
毎日嫌味を言われて辛かったのだ。
板金屋の胸元を掴んでそう言いたかったが、出勤後のことで言えなかった。
母からの報告なのだが、ノソッと来たらしい。
何時の間にかノソッと来て作業していたそうだ。
お茶を出しに行って初めて気がついたとのこと。
以前来た時も一人でノソッと来て、黙々と作業し、ノソッと帰っていった憶えがある。
休憩時間も車の中にポツンといる。
人嫌いなのだろうか?
それでも作業はしっかりしている。
足掛け3日の仕事で破風にカバーを付け、雨樋を付けていった。
雨樋は先日の雨でもしっかり機能していた。
釘もしっかりステンレス釘を使っていたようなので問題無し。
仕事さえキチンとしてくれればノソッと君でも良しとする。
昔から職人は不愛想と決まっている。
小生の家に来ている職人を見ていると、無愛想な人と、やたら愛想のいい人とに二分される。
職種によるものなのか、本人の性格によるのかは解らない。
仕事さえキチントしてくれればどっちでもいい。
話しは変わるが、挨拶も二分されている。
挨拶をしない職人がいる。
どんな無口の人でも挨拶ぐらいはするもんだと思う。
「おはようさん。」
「お疲れ様でした。」
「お先に。」
ぐらいは言ってほしい。
挨拶しないからどうのこうのという訳ではないが、言ったところで損はしないだろう。
腹も減らないと思う。
以前会社で「オアシス運動」というものに取り組んだことがある。
【オ】:おはようございます
【ア】:ありがとうございました
【シ】:失礼します
【ス】:すいませんでした
少なくともこの4つぐらいの挨拶はできるようにしたい。
どんな職種であろうと、社会人としての最低限のマナーだと思う。
家造りは職種ごとに分担が別れてはいるが共同作業だと思う。
挨拶ぐらいできた方がそごともスムーズに運ぶのではないだろうか。
階段の取り付け作業が始まった。
最近は階段ユニットを買ってきて組み立てる場合が多いという。
我が家の場合は手作りになってしまった。
それは小生の我が侭を押し通したため。
階段では何度も打ち合せを持った。
恒例の朝の巡回時、1F階段の踊り場が仮付されているのに気がついた。
壁には墨が引かれ、取り付けの準備ができている。
引かれた墨を見ていると、小生の望む階段になっていない。
これではどう見ても一般的な階段になってしまう。
現場に工事を止めるように書いたメモを残した。
母にも大工さんが来たら工事を止めるように伝えてもらう。
設計事務所にも現場に来てほしい旨のメールを入れる。
現状の寸法と希望する寸法、許容範囲も書いておいた。
すでに時計の針は7時を周り、会社に出かける時刻は過ぎている。
不安を抱きつつ会社に向かう。
メールだけでは不安だったので、頃合いを見計らって設計事務所に会社から電話する。
11月の工事開始以来2度目の電話。
こんな時に限ってまだ廣瀬さんが出社していない。
別の場所に寄っているという。
出社したらメールをすぐ見て、現場に行ってくれるように依頼する。
かってに工事が進んで手後れになってしまっては後悔しきれない。
不安と焦りで仕事が手につかない。
サラリーマンはこんな時が辛い。
10時の休み時間に家に電話する。
幸い9時半には廣瀬さんが現場に到着し、棟梁達に指示をしていったとの返事。
良かった。
何とか間に合ったようだ。
いくら気に入らないといっても、半ば出来上がってからやり直しを命じるのは辛い。
墨を引いた段階なら言いやすい。
お互いに嫌な気にならないですむ。
ここまできて棟梁達との雰囲気を壊したくはない。
小生の希望する階段は小学校にあるような階段。
蹴上げの低い物が希望。
老齢になった時でも昇り降りしやすい階段がほしかった。
我が家には老人の母がいる。
母の部屋は2階にある。
一日数回は昇り降りすることだろう。
だからこそ蹴上げの低い階段にしたかった。
また、将来階段昇降機をつけられるだけの幅もほしかった。
バリヤフリーと言って手すりをつければOKと言うものではないと思う。
対象者に合わせた配慮が必要だと思う。
本当は蹴上げ150ミリ、踏み面300ミリぐらいが良かった。
このぐらいゆったりしていれば、転んでも下まで落ちないで済む。
ただし、これを実現させようとすると大きな面積が階段に食われてしまう。
残念ながらここまでは作れなかった。
今回は3Fへの階段や窓等の納まりの関係で、蹴上げ192ミリになる見込み。
階段幅は1200ミリとした。
また踏み面は一般的な幅になってしまった。
予算の関係で規格幅の板を採用した。
この点は後で後悔するかもしれない。
一般的な2世帯住宅では親世代が1階で子世代が2階というパターンが多い。
我が家は母の部屋をあえて2階にした。
親の部屋を2階にすることの利点は少なくとも3つある。
一つは老人の足腰が弱らない。
老人がつまずいて転ぶのは段差が少ない場合が多い。
3センチ以下の段差が一番危ない。
本人は足を上げているつもりでも、実際にはわずかしか上がっていず、つまずいてしまう。
20センチや30センチも段差があれば嫌でも注意する。
つまずくことは少ない。
ただ大きく足を上げるのは苦痛になるので、その点を考慮してやれば良い。
足が弱ってからの事を想定するより、足が弱らない工夫を考えた。
2階に部屋があれば一日数回は階段を昇り降りすることになる。
茶の間もダイニングより30センチほど高くなっているので、昇り降りが発生する。
もちろん腰を下ろしてから躄って上がることもできる。
廊下には緩やかではあるがスロープの部分もある。
ここでも本人は注意するだろうし、足に力も入る。
家の中で普通に生活しているだけで、足腰のトレーニングができる。
無意識にトレーニングすることで、車椅子や介助の世話になる時期を遅らせようと考えた。
ただし夜間の使用が考えられるトイレや風呂の段差はない。
部屋とトイレの位置関係や広さは充分に考慮して決めている。
また人感センサー付きの照明など細かい所にも考慮した。
二つめは生活時間のずれによる音の問題が少ない。
母の生活リズムと小生達夫婦のリズム、子ども達のリズムは各々違う。
老人の居室の上に子ども部屋などがあると、老人の安眠を妨害してしまう場合がある。
上階の物音は階下には大きく響く。
アパートなどでは喧嘩になってしまう場合もあるようだ。
木造住宅では避けられない問題だと思う。
上の階の人が注意している以上に下には聞こえてしまうケースがある。
その点、2階に老人室を作ると音の心配が少なくなる。
逆に下の階にいる家族は老人の気配を常に感じることができる。
気配が解れば安心感も増し、注意深く生活できる。
三つめは子どもの教育に良い。
我が家の場合、2階は親の部屋と子どもの部屋が並んでいる。
傍に年寄りがいるので気を使って生活するようになる。
老人と子どもは年を取るごとに気難しくなると思う。
互いに刺激し合うことの効果を見込んでいる。
子ども達は気配りするようになるだろうし、年寄りにはボケ防止にもなるだろう。
老人を隔離したり、我侭な子どもを隔離したりすることは良くない事だと常々思っている。
隔離するのではなく、互いに意識させ協調させていく方が良い結果が得られるのではないかと考えている。
もう一つおまけで言えば、2階に老人室を作ると採光や通風の面での計画が楽。
風通しが良く、明るく暖かい部屋を提供しやすい。
以前の話しの中で電気屋さんや建築士さん達の常識でコンセントの位置が意図していた高さにならなかったことを書いたが、また職人さんたちの常識を疑うことがあった。
今回はホットな話しで昨夜(日曜日)のこと。
家族で夕食後のテレビを見ていた。
最近視聴率がトップになっている某国営放送のトレンディドラマ風大河ドラマ。
あまり歴史の勉強にならない、そのドラマがまもなく終わろうとしていた頃。
仮住まいの台所の窓を叩く音がする。
近所の人でも来たのかなぁと思いつつ応対に出る。
作業服を着た職人さんが二人で立っている。
職人:「こんばんは、これから工事させてください。」
小生:「エッ、何の工事?」
職人:「会社から今日中に作業しておけと指示されています。」
小生:「今何時だと思ってんの?!もう20時45分だよ。」
作業の内容を聞いた。
職人さんたちは外部足場工事を請け負っている工事会社の下請けで、足場のネットを専門に工事しているとのこと。
足場を月曜日以降に撤去するのでネットを外させてほしいとのこと。
あまりにも常識外の話しなので小生は怒ってしまった。
足場工事の会社に直接電話しようかと考えたが、職人さんがそれだけは止めてくれと哀願する。
ひたすら何とか工事させてくれとの一点張り。
とてもじゃないがこんな時間から工事させられない。
そうこうする内に柱時計が21時を告げる。
今日(日曜日)は夕方から春雷があり、今も小雨もよう。
滑る足場の上でかつ真っ暗闇。
下手に工事をさせて怪我でもされたらたまったものじゃない。
また、音でも出された時には近所迷惑になってしまう。
日曜日の夜の9時なんて時間帯でも仕事をしようとする職人の常識を疑ってしまう。
それとも小生の方が非常識なのか。
建築関係者と小生のような一般人との常識の間には大きな隔たりがあるように思える。
時間に限ったことではなく、仕事の仕方、養生の仕方、挨拶の仕方などなど。
思い当たることはたくさんある。
言葉では「施主」などと言ってはいるが、事実は自分達の都合の良い考えや行動を押し付けているだけ。
そしてその事に決して気がついていないところが恐ろしい。
建築業界全体が古臭い体制にどっぷりと漬かっているように思えてならない。
普通の会社の取引では絶対にこんな事はありえない。
小生の方から何がなんでも今日中と言ったのなら別の話しでがあるが。
結局、この職人さん達には帰ってもらった。
朝なら6時から作業して良い旨を伝えた。
(これも非常気かもしれないが、田舎町ではほとんど起きているので。)
職人さんは2時間かけて鉾田町の自宅まで帰ることになった。
あまりにもかわいそうなので缶コーヒーを2本持たせた。
職人の非常識にも腹が立ったが、一番腹が立ったのは工事会社の管理体制である。
小生は決して突貫工事を依頼しているわけではない。
作業者の配分や進捗管理ができていないからこんな事が発生する。
一日にできる仕事の量を把握していないので、その日の最後の工事が夜になってしまう。
責任者の見識を疑う出来事であった。
足場工事という小さな工事単位の中にも元請けと下請けが存在する。
足場自体は工事会社自身で、そこに張るネットは下請け会社。
外壁工事の中でも目地のコーキングは下請けの職人であった。
小生が知らなすぎるのかもしれないが、どこまでも深く元請けと下請けの関係が存在する。
また仕事が細分かされ過ぎているように見える。
もっと互いに整理ができないものだろうか。
細分化は決して建て主の利益に結びつかない。
余計な出費を増やすだけである。
工事範囲を合理化すればもっと安価にできそうである。
この辺にも建築業界の古さが見える。
「海千、山千」という言葉が頭に浮かぶ。
いつも損をさせられるのは建て主のようだ。
無知とは恐ろしい。
3階への階段も難しい。
小生の要望は別になく、踊り場さえ設けてくれれば細かい希望はない。
3階へ上がる人は小生と子どもぐらいなのでどんな物でも良い。
しかし、工事は難航した。
踊り場に設けた明かり取り用の窓や勾配天井、3階の梁との絡みがあり納まらない。
建築士も棟梁も大変苦労している。
窓の大きさが6尺ではなく5尺ぐらいであれば簡単に納まっていた。
もしくは梁の位置が後5寸か6寸ぐらい中央よりであれば、これも簡単に納まっていたはず。
何回も計算しなおしたり、踏み板の原寸大の型紙を作り、仮付をして確認したりした。
階段の納まりを考えるだけで3日、工事に2日、仕上げに1日と一週間かかった。
結局普通の家には無い変わった階段になった。
全体としてはU字型の階段なのだが、蹴上げや踏み面の長さが微妙に違う階段。
階段中ほどの踊り場までは蹴上げ6寸5分で6段。
踊り場は3尺×4尺。
そこから回り階段が蹴上げ7寸で3段。
さらに蹴上げ6寸5分で4段。
ただしこの最後の4段は踏み面が他の部分より狭い。
上りは良いのだが、下りる時はちょっと狭く感じる。
素足だと問題ないが、スリッパを履いていると窮屈。
小生の言葉ではうまく表現できない。
ともかくちょっと変わった階段ができた。
もっと図面の段階で細部まで検討しておくべきであった。
2階への階段と違い、要望を出さなかったので小生のチェックもおざなりになっていたようだ。
やはりどんなことにも手を抜かず、検討してみる余地がある。
今後の反省としよう。
それにしてもどうしたら使いやすい物になるかと努力する棟梁たちには頭が下がる。
現場の力は大きい。
毎週週末は楽しい。
毎朝の現場確認は続けているのだが、一人なのでつまらない。
その点、土曜日は職人さんが来ているので、いろいろ話しが聞けてうれしい。
仕事中はなるべく声をかけないようにしているのだが、それでも話し込んでしまう時がある。
小生がいると休憩時間がつい長くなりがちである。
本当の楽しさは日曜日にある。
現在我が家では仮設の風呂を使っている。
非常に小さく、追い炊きもできない。
両膝を抱えて(小学校の体育座り)座り込むぐらいの狭さ。
何とも窮屈。
リラックスなんてできない。
よって普通にお湯を貯めて小生が入ると、ザーッと豪快にお湯が溢れてしまう。
アルキメデスの原理を勉強するには良いのだが、毎晩アルキメデスの原理ばっかりを勉強してはいられない。
そこで家族が何人か入り、お湯が少なくなったところではいる。
大体お湯の量は浴槽の1/3ぐらいがちょうど良い。
それでも体積のある小生が入ると胸までお湯がくる。
しかし欠点がある。
お湯の絶対量が少ないのですぐにぬるくなってしまう。
今冬の入浴は寒さとの戦いの中にあった。
そこでたまには温泉に行くことにした。
隣の市に市営の温泉がある。
車でおよそ10分。
毎週日曜日の夕方は家族で温泉に行くことにした。
温泉は泳げるほど浴場が広いし、露天風呂やサウナもある。
大人700円、子ども400円の贅沢。
これには全員がはまってしまい、日曜日を楽しみにしている。
いつもは暗くなるまで遊んでいる子ども達もさっさと帰ってくる。
そしてちゃっかりお風呂の用意をして待っている。
温泉では互いの背中を洗っこしたり、会話をしたりと思わぬ家族の団欒。
入浴後の地ビールや牛乳が美味い。
家造りから温泉通いが始まり、家族の絆を深めるのに思わぬ効果が出た。
うれしい誤算。
((お詫び))
4月も1週目が終わり、木工事も大方完了しました。
いよいよ内装工事が始まりそうです。
タイトルが「各種工事始まる」なのに木工事ばっかりでした。
次ページから本当に各種工事について書いていきます。