一度自宅(建築予定地)を見てもらった。
今回は昼間である。
相変わらず眠そうな目をしている。
本当にこの人でだいじょうぶなのだろうか?
ちょっと心配。
現地確認が終わった後、いきなり設計料の提示があった。
ドキンとした。
提示された金額は小生の予想金額(上限)と同額だった。
仕事には必ず報酬がつく。
会社でやっている事を考えれば当たり前の事である。
きちんと報酬を提示されない方がよっぽど不安になる。
仕事を依頼し難い。
いろいろ考えたが(有)アーキテック設計事務所と設計と施工監理の契約を結ぶ事にした。
3月7日の事である。
この時点では家族には詳しい説明をしていない。
独断である。
見た事も会った事も無かった設計事務所となぜこうも簡単に契約したのか。
オープンネットの考え方に賛同できた所が大きい。
主な理由は5つ。
見栄が張れる
この辺は田舎である。
こんな田舎では設計事務所が設計して建てた家など見た事が無い。
もちろん話しにも聞いた事が無い。
小生は他の人たちとちょっとちがうんだゾ。
と、いうところを見せたかった。
根が見栄っ張りなのだ。
相談できる
いろいろと相談できるのである。
家の性能の事、構造の事、インテリア、資金の事など、どんな事でも相談できる。
ここに至るまで一人で悶々としていた事も多かった。
相談相手がいるというのは非常に楽である。
しかも相談相手は建築のプロであるところがうれしい。
設計に自由がきく
建て売りやメーカーの住宅とは違い、完全に自由設計である。
どんな工法にするか、どこに柱を立てるか、内装をどうするか、誰に工事を依頼するか、全て自由。
制限が全く無い。
逆に全部自分の意志で決めなければならないので手間もかかる。
自由だから思ったように好きな家が建てられる。
後々不具合が出たとしても自分で決断した事だから納得がいく。
施工と施工監理が別
一般の工事は施工と施工監理する人(会社)が同じ。
これで品質管理がよく出きるとは思えない。
悪意を持って工事する職人はいないと思うが、見落としや勘違いとういのは良くある事だと思う。
小生は工場に勤務しているが、物を作る人と検査する人は別である。
また客先にも検査する人がいる。
作る人と検査する人の利害が一致していると検査が甘くなりやすい。
同じ会社の人が施工と施工監理をしていたのでは甘くなりがちだと考えられる。
諸先輩のホームページを見ていても第三者監理を入れた方が好い事は良く分かる。
欠陥住宅になり難いのではと思った。
積極的に建築会社自ら第三者監理を導入しない所に、建築業界の古い体質があるように思えてならない。
分離発注
小生が選んだ手法は分離発注方式。
材料の手配や工事業者を個別に契約して依頼する方法。
一括請け負い方式ではないので原価等を明確にできると思った。
また、工事ごとに競争入札する事ができる。
材料・設備一切をすべて建て主支給にする事も可能。
また気に入った職人や知り合いの職人を使う事も可能だし、自ら工事する事さえも可能。
手配や支払いの手間は増えるが、楽しみもまた増えると思った。
そして特にいいのは「建て主」と「工事業者(職人)」が直接契約を結ぶので、金銭の関係が生まれるところにある。
何でも直に工事業者に話しができる。
工事業者と相談しながら工事を進める事が可能なのである。
工事業者の目も依頼人の方を向いている。
なにせ直接お金を払ってくれる人だから。
(「施主支給」:「施主」という言葉が好きでない。
ここにも建築業界の古い体質が残っているように思う。)
星の数ほどある設計事務所の中から、なぜ設計事務所(有)アーキテックを選んだのか。
一目惚
建築士の廣瀬さんに一目惚れしたわけではない。
小生はいたってノーマルな人間でアッチ方面の趣味はない。
初めてメールでプランを依頼してきた時に出てきた、図面に一目惚れしてしまった。
この時は自分の要望が全て満たされていたわけではないのだが、図面から設計者の考え方や配慮が覗え、この考え方に参ってしまった。
餅は餅屋と言う言葉があるがまさにそのとおりだと思う。
これから建築を考えている人には是非設計事務所に顔を出してみる事をお勧めする。
気楽にウインドショッピングぐらいの感覚で。
気質と話術
分離発注を進めていく上で設計事務所の役割は大きい。
良いアイディアや図面を描くだけではどうにもならない。
工事会社や仕入先と値段の交渉をしたり、工事の進捗をみて、発破もかけなければならない。
海千山千の業者と丁々発止、脅したり空かしたりの交渉ができないとうまく行かない。
口が立たない人はダメ、使えない。
仕事の半分は交渉事だと思う。
その点、廣瀬さんはやり手だと思われる。
小生などは好いカモなのかもしれないが。
また気質も大切である。
職人と設計する人がいがみ合っていては良い家はできない。
自分が使う職人に好かれないといけない。
かと言って万人に好かれる必要はない。
この点も問題なさそうである。
また、設計事務所(有)アーキテックには2人の所員がいるが、2人とも所長を尊敬しているように見える。
職場の雰囲気が好い。
所員は所長(社長)から給料をもらっているのだから、所長を敬うのは当然の事のようだが、打ち合せをしていると所員が所長を尊敬しているのが良く分かる。
これはなかなかできる事ではない。
(廣瀬さんを誉め殺ししようとはしてはいません。)
(余談)
後々解った事ではあるが、廣瀬さんは高校の大先輩であった。
また、性格は味方も作るが敵も作るタイプ。
多少アクが強いが、小生好み。
近いは便利
自宅(建築現場も同じ)と設計事務所が近いのは想像以上に便利。
この後、設計と工事に入っていくのだが、何度となくそれを実感する事となった。
固定電話があり、携帯電話があり、FAXがあり、E-Mailまであって、連絡を取るのに不自由はないのであるが、近いというのは便利だ。
設計事務所が通勤途上にあるので、朝でも夜でもすぐに寄れる。
昨夕もらってきた図面にこちらの要望を書き足し、翌朝通勤時に設計事務所のポストに入れておく。
するとその日の退社時には修正図面ができている。
帰宅途中でそれを受け取って検討を重ねる事ができる。
時間のロスが少ない。
疑問に思った事もメールに書いて送信しておく。
メールで返事も来るが、場合によっては帰宅の時に寄り、打合せをする事ができる。
こんな便利な事はない。
簡単に顔と顔を突き合わせて打合せができてしまう。
おかげで長い時間缶詰になって打ち合せをしたという事が無い。
そのためか、設計開始から着工までに15回以上事務所で打ち合せをした。
もちろんその間にメールでやり取りした回数は数知れない。
現在工事が進行中ではあるが、廣瀬さんが年中現場に来ている。
施工監理のために現場に来るのは週に1度くらいかなと思っていたのだが、どうしてどうしてまめなのである。
この、まめに現場を見てもらっているという感覚はお金に換算しがたいものがある。
たいへん安心感がある。
職人さんとの打合せもスムーズのようだ。
改めて思う。
近いは便利、設計事務所(有)アーキテックを選んで良かった。(^O^)
(設計事務所(有)アーキテックからお金を頂いて宣伝しているわけではありません。)
いよいよ家造りが本格的に始まった。
我が家の置かれている環境や家族構成、好みなどを打合せの中でプランに盛り込んでいく。
3月から4月の間に4回プランを出してもらった。
ああでもないこうでもないと、毎日図面とにらめっこ。
この時期が楽しい。
契約後テンションは上がりっぱなし。
こんな調子で竣工までもつのか。
この間に廣瀬さんが手がけている現場の構造見学会(「価格の見える家づくり」に掲載された「小森邸」)に行く。
公園脇の住宅地の中。
1軒だけ雰囲気の違う家がある。
その家が目指す構造見学会の会場だった。
まだ上棟したばかりだからあたり前と言われればそれまでなのだが、なんとなく他の家と違う。
ハウスメーカーの家が建ち並ぶ中でその1軒だけ何かが違う。
いろいろ説明をしてもらった。
建て主の奥さんとも話しができた。
随所に工夫が見受けられ、良い家だと思う。
我が家もいつの日かこうなろうと決意を新たにする。
(余談)
この日の構造見学会にはオープンネットに参加している他の設計事務所の方も見学に来ていた。
その設計事務所の方々といっしょに花見(梅)の宴にも参加すべく兼六園に行く。
みんな熱心に建築の話しをしている。
その横で小生はお酒を飲んでいた。
梅の香の変わりに焼きイカの匂いをかぎ、梅花の変わりに梅娘を見ていた。
好天も手伝いつい呑みすぎるほど呑んでしまった。
帰りの車の中では高鼾の世界にはいってしまった。
いい歳をして相変わらず馬鹿だ。
5月に入りプランもほぼ固まり、実施設計に入る。
住宅展示場
連休を利用して小山の住宅展示場に行く。
普通の人は始めに展示場へ行く人が多いらしい。
小生は逆。
プランの中で出てきたサッシや設備を見るために行った。
豪華な家、笑顔の営業マン。
アンケート用紙を出されたので記入する。
適当な住所と名前を書いた。
後々営業攻勢に遭うのが嫌だったから。
でもしっかり景品だけはもらってきた。
この景品代も誰かの建築費用の一部なのだろうなと思うと、申し訳なさに小さくなって展示場を後にした。
いくつかの展示場で「このまま建てるといくらぐらいですか?」と聞いてみた。
6000万円から8000万円ぐらいの回答が帰ってきた。
やっぱりお金がある人しかメーカーでは建てられないと実感する。
展示場の道路の反対側に建売住宅が並んでいた。
展示場の住宅と建売住宅とを見て、現実の厳しさを改めて知らされた。
今年こそは「宝くじ」を当てなければ。
去年まで買っていたのは「多空らくじ」だったのかもしれない。
構造計算書ができた
6月中旬、構造計算書ができた。
概に我が家は3階建プランでいく事になっていた。
3階建の場合は構造計算書が無いと建築申請が通らない。
我が家の場合、1階は玄関と茶の間(6畳)とダイニング、それに台所と脱衣所と風呂場。
台所は妻の希望でクローズドキッチンとした。
料理したり休憩しているのを人に見られたくないらしい。
また、わずかではあるが土間を作ってもらった。
田舎なので近所の人から泥付きの野菜などをよくもらう。
泥付きのまま置いておけるようにしたかった。
2階は祖母室(8畳強)と子ども室とトイレ。
母の部屋は東南の角、一日中陽光が入る。
ベットが置けるように板敷きの部分と畳の部分に分けてある。
もちろん板敷きと畳の段差はない。
歳を取るとベットの方が楽との事で、和洋室のような作りになった。
母の部屋を2階の持ってきたが、これも母の希望を受け入れた。
1階では2階の音が響いてイヤだとの事。
また、用心のためにも2階の方が安全だとの意見である。
その代わり、階段に工夫した。
将来、母の足腰が弱った時には階段昇降機が付けられるように、階段の幅を4尺とした。
蹴上げも低くし、なだらかな階段とした。
途中で休めるように踊り場も設けた。
子どもは男と女と両方いるので2部屋ほしいところである。
しかし10年後を考えてみた。
10年たったら2人とも成人し、家を出ているかもしれない。
そうなったら狭い子ども室が二つあっても役に立たない。
無用の長物になりかねない。
物置になるのが関の山かと思う。
そこで一部屋を建具で仕切る事にした。
子どもがいなくなったら建具を外し、大きな部屋一つとする。
よって子ども一人分のスペースは4畳程度で充分だと考えた。
どうせ寝るだけなのだ。
勉強は部屋ではしないだろう。
今だって机があるにもかかわらず、コタツや台所のテーブルでしている。
子どもも親の目の届く所にいて安心しているのだろうと思う。
また、思春期になり部屋にこもりがちになっても、隣の部屋からも入れる。
バルコニーからも入れる。
廊下の戸も引戸にしたので、完全にこもる事は不可能だろうと考えた。
さてここで困った。
小生の部屋が無いのである。
夫婦の部屋は古い方にあるのだが、夫婦の部屋というよりは妻の部屋になっている。
自分の匂いがしない。
そこで3階を作り、小生の隠れ家とする事にした。
この地域は市街化調整区域なので建物の高さ制限がある。
「10メートル」
幸い北側は竹林なので北側斜線規制には引っ掛からない。
道路からの斜線規制にも引っ掛からない。
高さ制限10mさえ守れば3階建が可能。
この近辺は3階建の建物は少ない。
ここは見栄を張って3階建にする事を決心した。
製材所・プレカット工場見学
このころ栃木県粟野町の製材所とプレカット工場を見学しにいった。
家を建てる材料となる木材を製材所から調達しようと廣瀬さんが言う。
地元の材木店から仕入れるより、産地の製材所から仕入れた方が安いとのこと。
なるほど!
途中の流通機構を飛ばしてしまえば中間マージンがかからない。
農家が産地直送で野菜や果物を売っているのと同じように考えれば、材木も産地直送にすればいいわけだ。
ついでに近くのプレカット工場も見学してきた。
自宅近くにもプレカットをやっている会社があるのだが、坪当りの加工賃を聞いたらこっちの方が1200円ほど安い。
こんな時ほど設計事務所は楽だ。
単価が簡単に調べられる。
やるべき仕事は同じなのだから、単価の安い方がいい。
(余談)
見学の後、製材所の田村さんに蕎麦をご馳走になった。
地粉で打った蕎麦はおいしい。
お酒もおいしかった。
今日も運転手でない事をいい事に呑みすぎてしまい、帰りの車の中ではグッスリ。
運転してくれた高橋さんありがとうございます。
構造見学会で見た水戸の家(「価格の見える家づくり」に掲載された「小森邸」)が完成したとの事。
今回はイメージを掴んでもらうために母を同行する。
木の香りのするいい家ができていた。
床下から小屋裏まで見せてもらった。
この家には元気な男の子がいらっしゃるのだが、子どもの遊び心をくすぐる建物になっている。
建て主さんの各所にこだわった部分が見えて、母も感動していたようだ。
「無垢材」「珪藻土」「基礎内収納」「炭化コルク」「床暖房」「コルクのフローリング」「輸入玄関ドア」「吹き抜け」「オール電化」「外壁通気工法」「丸太」「ロフト」などなど。
特徴を上げていったらきりがない。
住みやすさのために工夫が随所のある。
建て主さんの誇らしげな顔が印象的でした。
6月のある日、仕事帰りに設計事務所によると、珪藻土(壁材)の話しになった。
日本ケイソウドという会社に行って現物を見てきたとの事。
これが非常に良くて「信者」に為りそうだと言う。
小生の家にも珪藻土を使えとも言う。
あまりにも感激しているので何かウラでもあるのではないかと勘ぐってしまうほどだった。
たまたま東京に出張する機会があったので、小生も予約なしで行ってみた。
いきなり行ったにもかかわらず快く会ってくれた。
珪藻土だらけの事務所で社長といろいろ話しをする。
だんだん珪藻土の魅力に引き付けられていく。
ちょうどその会社の裏の家で、壁を珪藻土に塗り替えていたのでそこも見せてもらった。
左官職人さんと話しをする。
平らに塗るには塗りづらい材料だが、これはいいとの事。
シンナーなどの臭いも吸ってしまうので、お勧めだよといわれる。
この会社の方針は変わっている。
大手建材メーカーやハウスメーカーには売らないとの事。
個人の大工や左官、設計事務所などにしか売らない。
本物の良さを解ってくれる人にしか売らないという。
約2時間ほど日本ケイソウドの事務所で話し込んで、栃木県の佐野の土を使っている事もわかった。
さて帰ろうと事務所のドアを開けたとたん、思わず「臭い!」と叫んでしまった。
屋外の空気が臭く感じる。
それほど事務所の中の空気がきれいだったのである。
珪藻土の実力に衝撃を受けた。
この事がきっかけで小生も珪藻土の信者になってしまった。
帰りに、お土産にと2キロ程珪藻土を頂く。
現在半分を車の中に入れて置くのだが、煙草の臭いも吸ってくれている。
母曰く「枕元においておくと良く眠れる。」
実施設計に入り、細かい仕様が決まってくるのと時を同じくして、6月はあちこち見学に歩いていた。
上記の他に日立化成やノーリツといった設備メーカーのショールームなどを出張を利用して見ていた。
今までハイテンションで過ごしたためか7月に入り一気にテンションが下がった。
3月から本格的に取り組み出し、4ヶ月が経過している。
まだ設計が完了しない。
こっちも何かを見てくるたびに変更したり、希望を変えるためか、互いに中だるみになってきている。
設計事務所(有)アーキテックも複数の案件を抱えて忙しいらしい。
気持ちの高ぶりと歩み具合の遅さに焦りがつのり、イライラしている。
小生の頭の中では9月に着工、12月末には完成を描いていた。
それに対して歩み具合の遅さが気なってしょうがない。
家庭内でも子どもの行事や地域の行事等が重なり合い落ち着かない。
暑さも加わって更にイライラが募る。
散々な7月であった。
やっと待ちに待った図面が出そろってきた。
既に8月に暦は変わっている。
平面図や外観図はむろん、矩計図や各種伏せ図など工事業者と話し合う準備が整った。
工事の中心となるのはやはり大工。
誰に頼もうか?
妻の従兄弟が大工をしている。
図面をもって頼みに行く。
設計事務所と組んでの仕事はした事が無いという。
見積書を作ってくれと依頼し、図面を預けてひとまず様子を見る。
お盆休みも終わり月末に近い頃、従兄弟の大工から電話がある。
一括請負なら仕事をするが、木工事だけではやらないとの事。
今回の場合、木工事だけを頼みたかった。
このあたりが分離発注を飲み込んでくれる大工さんでないと難しい。
ある意味では、親戚関係という甘えた関係で仕事を頼まなかったのは正解なのかもしれない。
妻への義理も立った事だし。
次に母方の親戚の工務店に話しをもっていった。
この工務店は設計事務所が間に入る仕事はした事があるらしい。
図面を預ける。
9月になってから返事が来た。
ここも一括請負ならやってもいいと言う。
一括請負以外では、建築士の廣瀬さんは気難しい人なのでやりたくないと言う。
廣瀬さんの性格まで言及してきた。
それならこっちから願い下げだい。
気難しいと言われる廣瀬さんとこっちは6ヶ月間も付合ってきているんだ。
今更替えられるかい。
こっちは廣瀬さんの人柄が好きだから付合っているんだい。
これで母への義理も立った。
二つの義理を立て、これでビジネスライクに取り組みやすくなったのも事実。
義理ばっかり立てたのはいいが、工事をしてくれる大工が見つからない。
この家(増築部分)を建てた大工も近所にいるのだが腕が悪い。
他の人はどう言おうと、小生の目から見れば腕が悪い。
それに他人を上目使いで見るような人間は嫌いなのだ。
しかし困った。
どうしよう。
建築申請は9月4日の時点で既に下りている。
今更後には引けない。
大工が決まらないまま時間だけが過ぎていく。
日も徐々に詰ってきている。
この間何にもしなかったわけではない。
予算の詰めをしていた。
木工事以外の工事は徐々に見積書が集まってきていたのである。
解体工事、基礎工事、屋根工事等は決まりつつある。
構造材の手配も準備ができた。
木工事さえ決まればいつでもGOサインが出せる状況になってきていたのである。
頭の中に描いていた9月着工、12月末完成はもろくも崩れかけている。
ここで再度腹を気めた。
もう焦らないと。
昔の人は言っている。
「家は冬に建てた方がいい。」
木材が乾燥するし、天気のいい日も続く。
稲刈りが終われば職人や梃子の手も集めやすい。
昔の人の言っている事には正解が多い。
そこで11月着工、3月末完成に頭を切りかえる事にした。
紆余曲折を経ながらも木工事を依頼する人が決まる。
親子で大工をしている柏倉建築さんに決定した。
我が家の場合、直径が1尺もある丸太が6本使われている。
そのうちの2本は長さ9mで、1階から3階まで通しである。
これが扱える腕のある大工さんでなければならない。
10月7日柏倉棟梁と初めて対面した。
小生側の出席者は小生と建築士の廣瀬さん。
先方は柏倉棟梁と製材所の田村さん。
まるでお見合いのようである。
柏倉棟梁の緊張しているのが良くわかる。
挨拶もそこそこに廣瀬さんが我が家の工事の要点を説明し始める。
小生も横にいたが邪魔をしないように田村さんと世間話をしている事にした。
専門家同士の話しに素人が首を突っ込まない方がいいと判断したからだ。
しかし、耳はダンボの耳である。
耳をぴくぴくさせながら横の話しに集中していた。
棟梁から納まりについてなど鋭い質問が浴びせられる。
棟梁も建築士も真剣そのもの。
横で聞いていても「この棟梁はできる」と感じられた。
約1時間ぐらいで最初の打ち合せを終える。
横にいるだけで疲れた。
この後みんなでビールを飲み、落ちアユを食べる。
そう言えばここは梁だった。
帰りの車の中でこの棟梁とならいっしょに家を作っていけるのではないかと思い始めていた。
こうして我が家の工事はスタートラインにつく事ができたのである。