地鎮祭の後すぐに工事が始まる。
地縄はりと遣り方。
地鎮祭の後お茶を一杯飲んだだけで、棟梁親子は既に準備を始めている。
建て主としてはきっちり見ていたかったのだが、サラリーマンの小生は半日の休暇しかもらっていない。
一日休めないのが悲しい。
後を家族に頼み出社した。
よって地縄はりをしたかどうかはわからない。
後に家族にも聞いてみたが定かではなかった。
まぁ半分家が残っていてそれにくっ付けるわけなので、基準となる部分ははっきりしている。
問題ないか。
わかった事は、杭を打ち、垂木を貼り、レーザーでレベルを計りながら、墨付けをしたという事ぐらい。
頼りない家族だなぁもう。
「ご主人様がいない時は家族の者がきっちり監督をしてもらわなければ困る。」
「良い家ができないではないか。」
と言ってはみたが、返ってきた返事は「あんたが建てる家でしょ。」とつれない。
家族の中で孤立している自分が悲しい。
これも小生の人徳の無さがさせる業か。
基礎工事
翌10月20日より基礎工事が始まる。
工事は全て自分の目で見ていたいのだが、会社にも行かなければならない。
勤めを終えて自宅に帰ってきてから工事の具合を見る事になるのだが、見えない。
真っ暗で見えない。
秋の夕暮れは早い。
これからどんどん早くなる。
これからずーと見られない事に今気がついた。
間抜けなもんだ。
翌朝から早起きする事にした。
朝一番で見れば良いのだ。
現場に住んでいるとうい利点を生かそう。
早起きは3文の得と言う。
職人さんが落した100円玉を見つけたら拾ってしまえ。
朝一番に見て、得をしよう。
たった一日で、根切りと砕石を入れるのと、転圧がほとんど終わってしまっていた。
早い!
充分に転圧はされたのか?
不安になる。
ここで小生のみが納得する「自重式地耐力テスト」を朝霧の中で実施した。
転圧が終わった部分で思いっきりジャンプして着地する。
それで沈むか沈まないか見てみる。
沈まなかった。
小生の足裏面積は約340平方センチ、体重を面積で割って計算すると、1平方メートルあたり約2.6トンの地耐力がある事が分かった。
どのくらい迄の地耐力があるか調べてみたかった。
子どもをおんぶして試験を繰り返せば良い。
子ども一人で足りなかったら二人おぶえば良い。
家族に試験の必要性を訴え、協力を求めた。
「そんなアホな事はできん。」
なぜか関西弁で断られた。
仕方が無い。
2.6トン以上の耐力がある事を確認できただけで良しとしよう。
36年間家が建っていた場所に建てるのだから、だいじょうぶだろう。
家が建つ前は竹林だったし。
水はけも良い所だから。
それに今回はべた基礎だし。
しかしこの「自重式地耐力テスト」は理論的に間違っていないような気がする。
費用のかからないテスト。
特許は取れない物だろうか?
図面と現場が違う
小生の思惑とは関係なく基礎工事はどんどん進む。
スペーサーの上に鉄筋が組まれていく。
図面と見比べていたら、かぶり厚が違っている。
これはまずい!
現場にはコンクリートの打設を止めるようにメモを残し、設計事務所にメールを入れる。
このメールには小生の計算があった。
現場と図面の違いは、違っているとは言っても公庫の基準は十分に満たしていた。
しかし物事は最初が肝心と言う。
最初に一発ボディブローを設計事務所と職人に与えておきたかった。
小うるさい建て主なのだということを意識づけるために。
素人の建て主だって、図面も読めりゃ最低基準も知ってるんだかんね。
現場だってちゃんと見てんだかんね。
甘く見てもらっちゃ困るんだかんね。
という計算が働いている。
これを人は「カンネの法則」と呼ぶ。
(誰も呼ばないか)
20日に始まった基礎工事も26日には型枠を外す運びとなった。
この間、建築士の廣瀬さん自らがアンカーボルトを取り付ける作業があった。
小生もアンカーの数や位置を確認しておいたのだが、見逃してしまった間違いが1個所あった。
小生も建築士も職人も気がつかなかった。
気づいたのはかなり遅く、上棟後の造作工事が始まってからだった。
痛恨の失敗。
見つけてくれた棟梁に感謝。
(この件については後述する。)
後は養生しながら11月3日の上棟の日を待てば良い。
養生中はする事が無い。
静かに見守るだけ。
しかし本当のところ、心中は穏やかではなかった。
鉄筋を組み終えた晩に雨が降った。
ビショ濡れ。
コンクリート打設した日も深夜から雨。
雨が降り出す前に表面はある程度固まってはいたが不安。
物の本にはだいじょうぶみたいな事が書いてあるが、やっぱり心中穏やかではない。
ひたすら無事を願うだけである。
わざわざ雨の少ないこの時期を選んだにもかかわらず、雨にたたられてしまった。
東京オリンピックの開催日は、1年で最も雨の確立が少ない10月10日に白羽の矢が立った。
関東において10月中旬は雨の少ない時期のはず。
(台風があるので総雨量は多い)
嘆いてもてもしょうがない。
しかし、この雨が後に始まる「祟り雨」の序章だとは気づきもしない小生であった。
突然ですがここで融資の話し。
このホームページは「建築日記」ではなく「建築雑感」なので文脈に脈絡が無い。
思いついた事を書いているのでお許し願う。
家を建てる事になると心は弾むが、その一方で資金の調達も心配しなければならない。
こっちの方はちっとも心が弾まない。
普通の人は早い時期に融資の申し込みをし、資金繰りの目処が立ったところで契約、着工となるのだと思う。
小生はのんびりしていた。
今、銀行は苦しいのだから、「ハイきたホイ」と貸してくれるだろうと高を括っていた。
個人の住宅ローンは数ある融資の中でも優良商品のはずだから。
さらに、サラリーマンは自営業よりも借りやすいと聞いている。
銀行をどこにしようか。
デフレの現状で借金は苦しい。
実質の借金はデフレが進行するほど大きくなってしまう。
早くインフレ傾向になる事を望む。
某内閣の塩じいに頑張ってもらうほかない。
インターネットで金利の安いところ探す。
住宅金融公庫も調べたが、我が家のように増改築では数百万の融資しかでない。
シティバンクが安そうだが、一戸建ては融資の対象にならない。
都市銀行の中にも安いところがあったが、この辺に支店が無い。
田舎暮らしは金利でも不利だ。
結局、某地方銀行のお世話になる。
そこのホームページで必要書類を全部調べ、10月12日に申し込んだ。
窓口で申し込み書類一式を出すと行員のお姉さんが驚いていた。
普通は融資の相談から始めるのがだが、いきなり書類全部を提出し、貸してくれと言ったものだから。
とりあえず書類に不備はなかったので素直に受理された。
せっかくだから構造計算書の分厚いファイルもサービスで提出した。
融資が決定したら連絡するとの事。
それから何の音沙汰も無く、無為に2週間が過ぎた。
決めかねているのかもしれない。
小生の勤務している会社がブラックリストに載っているのか?
小生の普通預金に△マークがついているせいか?
心踊るじゃない、心騒ぐ2週間。
既に工事は始まっている。
家は取り壊ししてしまった。
基礎工事も終わっている。
棟梁による材料の刻みも始まっている。
プレカット工場も作業が始まっている。
家族の者は上棟式の準備を進めている。
これで融資が決まらなかったらどうしたら良いのか?
基礎屋や材料屋、棟梁にどう言えばいいのだ。
「残念ながら融資が決まらなかったので、この話しは無かった事にして下さい。」
と言うしかないのか!
あぁ。
詐欺で訴えられる事も覚悟しておかなければならない。
モンモンとした2週間。
それでも電話は鳴らない。
建て方開始を目前に控えた10月29日、勤務先の電話が鳴る。
融資が決まったとの事。
とりあえず一安心。
しかし何で自宅ではなく、会社の方に電話なの?
本当に勤務しているか最終確認だったのだろうか?
その後、11月9日に銀行と正式契約。
11月26日に1回目の融資金が小生の口座に入金された。
おかげで、めでたく10月分の支払いを28日に済ませる事ができた。
ここで分離発注の利点を一つ。
「支払いが分割できる」
小生の場合は工事の進捗状況に合わせて、かかった経費の分だけ翌月末に支払う事にした。
要は1ヶ月分ずつ支払う事にした。
まだ取り掛かっていない工事や、届いていない材料(設備等を含む)代を支払わずに済む。
よって1回の支払額が少なくなり負担が軽い。
勇気があれば、融資を受けたお金を利用して投資に回す事もできる。
融資も無事決まり、晴れて上棟を迎える体制ができた。
棟梁による刻みは順調に進んでいるらしい。
後日の話しによると刻みは大変だったらしい。
丸太が6本もあったり、上り梁のため苦労したとの事。
前述のプレカット工場ではなく、新しい設備の入っている鹿沼の工場に依頼したのではあるが、全ての刻みの内4割弱しかプレカットにならなかった。
6割以上が手刻みとなっていた。
棟梁がプレカット工場に通い、工場と打ち合せをしながら作業したとの事。
工場内の一角を借り、刻みを続けたとの事である。
また上り梁の刻みは実寸大の型紙を作り、建築士と確認しながら作業を進めたそうである。
洋服の型紙どころではない。
家の型紙だから、大きくてさぞかし大変だった事と思う。
普通の家の2倍ぐらい手間がかかったと話してくれた。
上棟となれば当然餅撒き。
こんな楽しい事はない。
見栄っ張りの小生にとって一世一代の大舞台。
小生の頭の中に36年前の餅撒きと、16年前の餅撒きと、二つの思い出がよみがえる。
子ども心に晴れがましかった。
もう一度やれる。
ヤッター!!
が、
家族の猛反対を食う。
餅撒きはやってくれるなと言う。
最近のトレンドは餅撒きしないのだそうである。
これがやりたいがために家を建てる気になったのに。
(ウソです)
上棟式をやるのは良い。
直会をやるのも良い。
だが、餅撒きだけはしてくれるなと懇願してきた。
なんてこった。
多勢に無勢、不利である。
そうだ子どもを味方につけよう。
長男に話しをする。
訳も分からず快諾。
長女に説明する。
高い所は怖いからイヤダと言う。
それに恥ずかしいとの事。
結局、女性陣3名反対、男性陣2名のみ賛成。
民主主義に基づき、餅撒きは却下と相成った。
10月2日、建て方開始。
3階まであるので大型クレーン車を用意する。
レンタル代と人件費で1日5万円なり。
作業は順調に進み、1階がほぼ組みあがる。
10月3日(土)友引、天気:曇り。
今日は待ちに待った上棟の日。
ちょっと天気が心配。
今日も昨日と同じく、職人は柏倉棟梁以下7名、クレーン車1台。
2階部分を組だす。
長さ9メートル、直径1尺の丸太を一本釣りにして組みつけているところは壮観であった。
掛け矢を持って細い足場の上を職人が行ったり来たりする。
すばらしい。
しかし進み具合がちょっと遅い。
職人に午後から更に頑張ってもらえるよう、昼食は奮発してカツ丼を振舞う。
しかし、午後に入り空模様が怪しい。
午後2時を過ぎた頃からポツリポツリと空が泣き出した。
3時になる頃には大雨になってしまった。
基礎を打った後も雨になってしまったが、上棟式も雨である。
日頃の行いの良さがはっきりとわかってしまった。
悪いのは誰か?
ハイ、小生です。
この後もたびたび雨に会うはめになろうとはまだ気づかない小生である。
雨の中の作業は危険なので急遽作業を中止する。
雨の中、そそくさと2階部分で上棟式を実施する。
ちょっと悲しい上棟式であった。
この雨では餅撒きはできないのでやや溜飲が下がる。
実は、昨夜まで餅撒きやりたいと駄々をこねていた。
その後、室内で直会。
職人さん8人、設計事務所の廣瀬さんと高橋さん、見学に来ていた設計事務所の新しいお客さん、親戚の方、とにぎやか。
酒が廻り、甚句も出、楽しいひとときであった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、5時過ぎ散会。
日曜日はお休みで、11月4日(月)建て方3日目。
この日もクレーン車が活躍し、やっと棟まで完成する。
今日を上棟式に予定すれば良かった。
雨の所為で予算オーバー。
クレーン代は2日間、10万円しか見込んでなかった。
雨で1日延びて、5万円のオーバー。
また何か獏に食わせなければならない。
嬉しくもあり、悲しくもある。
<今回の費用>
御祝儀総額:135,000円(11人分)
昼食代、直会:52,000円(カツ丼、オードブル、酒、ビール等)
簡略化したので安上がりであった。
皆さんありがとうございました。
<余談>
直会が散会し、いざ帰ろうとした時、空き地に止めていた高橋さんの乗用車がスリップしてしまった。
先月竹林を掘り起こした場所だったため、地面がドロドロになっていたのだ。
押そうが引こうがぬかるみから出られない。
他の職人さんたちはトラックなので問題なし。
ご機嫌で帰っていかれた。
その後3日間、高橋さんの車は脱出できなかった。
思わぬ人に不幸をもたらす雨であった。