『世界を我が手に』
                               滝澤真実

 すでに、攻撃は決まっていた。それだけでも暗澹たる思いであるのに、議会はさらに胸の悪くなるような決議をおこなおうとしていた。
「それでは、議員のみなさん。投票を」
 議長のメイ・チェンは沈んだ気持ちで、議員たちに向かって言った。
 議員たちが、一斉に手元の投票ボタンを押した。瞬時に、チェンの頭上のパネルに、投票結果が表示される。議場には、歓声と嘆声が同時に満ちた。
 チェンは短く息をつくと、議場内の喧騒に負けないように、マイクに向かって声を張り上げた。
「賛成、五十四票。反対、四十一票。棄権、五票。よって本議会は、本船に搭乗中の『カシュギグ』の再拘束を議決いたしました」
「あの野蛮なムカデ野郎どもに、民主主義の何たるかを教えてやるんだ!」
 そう叫んだのは、主戦派のワイルダー議員だった。
「認められん! 認められんぞ! たとえ文化度が低いからといって、これが知的生命体に対する我々地球人類の対応なのか!」
 議員最長老のベルモンが、しわがれた声を張り上げている。
「以上で、本議会は閉会とします」
 誰もチェンの言葉を聞いていなかったが、彼女にとってはどうでもよかった。ひどく虚しい気分のまま閉会宣言を済ませ、彼女は議場を後にした。
「ハロー、ママ。議会の様子、見てたわよ」
 耳元の通話機に、チェンの娘の声が聞こえてきた。
「ああ、リン。こっちから連絡しようと思っていたところよ。予定通り彼と一緒に脱出してくれる? すべては、彼の脱出にかかっているの。頼むわね」
「わかってる、ママ」
「じゃあ、降下船のハッチ前で」
「うん。ママも気をつけてね」
 通話は切れた。チェンはリンの身を案じながら、早足で議場の外へと向かった。

「さあ、キシュグシェク。ここを出る準備をしましょう」
 リンは振り返って、言った。彼女の前には、九対の足と三対の手を持つ、昆虫に似た生物がいた。体長は三メートルほど。背中は甲虫のように硬くつやがあり、胴の先端は垂直に起き上がっている。大きな頭部は逆三角形をしていて、小さな十二個の目が輝いていた。頭の高さは、ちょうどリンの胸のあたりにある。
 リンがキシュグシェクと呼んだ生物の胴には、ちいさな電子機器がとりつけられていた。その電子機器が、発泡スチロールをこすりあわせたような耳障りな音をたてる。
 その音を聞き終えてから、キシュグシェクは胴をふるわせて同じような音をたてた。
「どこへ行くのか」
 合成音声が、電子機器から発せられる。
「降下船のハッチよ。あなたの土地に帰るの」
 リンの言葉の翻訳を聞いたキシュグシェクは、また胴をふるわせた。
「その場所のなわばりの王は、誰か」
「うーん、軍、かな」
「軍は、友人か」
 キシュグシェクの言葉を、リンは吟味した。軍の総司令官は、移民団の団長である。そして、団長のバスケスは、ワイルダー議員とともに主戦派の急先鋒だった。
「少なくとも今の状況では、軍は友好的な相手ではないわね」
「他人のなわばりに踏み込む者は、殺されて当然だ。死にに行くようなものだ」
「キシュグシェク。ここにいても危険なの」
「なぜか。この建造物は、チェン族のなわばりではないのか。ここに残って、なわばりを守るために戦わないのか」
「厳密に言うと、ここは私たちのなわばりじゃないの。みんなの共有財産のようなもので、そこを間借りさせてもらっている状態なのよ。だから、みんながダメと言うなら、出て行かなくてはいけない」
「それは、われわれカシュギグにとっての放逐のようなものか」
「そうね」
「理解できない。安全な放逐場所を示さずに放逐することは、理に反している。地球人は、そのような野蛮な行為を許すのか」
 リンはため息をついた。キシュグシェクとの議論は、いつも行き詰まってしまう。感覚が違いすぎるのだ。
 キシュグシェクが胴を震わせて、ギン、と音をたてた。翻訳機の力を借りなくとも、リンは彼が彼女の名前を呼んだのだとわかった。
「リン、すまない。君たちの文化を否定するつもりはない。われわれと君たちとでは目の高さが違う。目の数も違う。見えるものも違うのだろう」
「ごめんね、キシュグシェク」
 リンはしゃがみこみ、目の高さをキシュグシェクの高さにあわせた。
「なぜ謝るか。私は地球人のなわばりにいる。なわばりに迎えられた者は、そのなわばりの掟に従わなければならない。リンに目の高さを合わせてもらっているばかりでは申し訳ない。私も、目の数を減らさなければならないか」
 リンは笑いながら立ち上がった。
「さあ、急がなきゃ。ゆっくりしていられないわ」

 ニック・ウィリアムスンは、チェン議長の公邸の前で、主戦派の判事に連絡をとった。今は、令状が発行されて「野蛮なムカデ野郎」を捕らえる公式の許可が出るのを、いらいらと待っている状態であった。
 新天地を求めてかに座五十五番星の第四惑星までやってきた地球人に対して、「ムカデ野郎ども」は問答無用でおそいかかってきた。着陸した無人偵察船を破壊し、その後に派遣された先遣部隊も皆殺しにした。
 彼らには「なわばり」の意識が強いから、勝手に踏み込んでいった地球人のほうが悪かった、などという言い訳を耳にする。が、知的生命であるならば、問答無用で相手を攻撃するような野蛮な行為をしてはならないのだ。未開なムカデたちには、知的生命としてどのように生きるべきなのか、地球人が見本を示してきっちりと教え込んでやらねばならない。
 それが、正義というものだ。
 明確な言葉でそう説くワイルダー議員に、ニックは心酔していた。ニックは治安警察の所属だったが、ワイルダー議員の命令であれば、喜んでムカデ野郎どもと戦うつもりだった。むろん、ニックが今チェン議長の公邸前にいるのも、彼にとっては「戦い」なのだ。今朝から行方不明になっているキシュグシェクは、共存派の最先鋒であるチェン議長が公邸にかくまっているに違いないと、ニックは推測していた。
 そのニックの目の前に、電気駆動で音もなく接近してきた大型の軍用車が停車した。チェン議長の公邸前に横付けされた軍用車から二十名ほどの兵士たちが次々と飛び降り、公邸を包囲する。
 兵士たちは、警告もなくドアに向けて発砲して破壊すると、公邸に突入していった。
 すぐに、兵士たちに連れられて、チェン議長の娘とムカデ野郎が出てきた。娘は手錠をかけられ、ムカデも六本の腕を縛られていた。
 ニックは、驚いて駆け寄った。
「おい。ここの責任者は?」
 ニックが身分証明書を見せながら言うと、体格のいい金髪の男が前に出てきた。
「ヴァルター大尉だ」
 治安警察の警部補は少尉相当なので、ニックから見れば大尉は上官扱いとなる。ニックは慌てて敬礼した。
「これは、どういうことですか? われわれ治安警察でも、このムカデ野郎の逮捕令状を申請しているところなのですが。しかし、娘はまだ未成年でしょう? 娘まで捕まえるというのは……」
「チェン議長は、さきほど反逆罪で身柄を拘束された。議長は、その娘リンとカシュギグの特使キシュグシェクも共犯である、と自白した。よって、この二名を拘束した。もちろん、反逆罪は十六歳以上の人間に適用されることは知っているな?」
 反逆? チェン議長は腐り切った女だが、地球人類の平和と安全をムカデたちに売るようなことまで考えていたのだろうか。許せない行為だった。
「もちろん、異論はありません!」
「よろしい。では、本部に連行しろ」
 ヴァルター大尉は、部下に命令した。娘とムカデ野郎は軍用車に乗せられ、兵士たちとともに走り去っていく。仕事を奪われた格好になったニックは、ただ立ち尽くしたまま、ぼんやりと軍用車を見送った。

「おいおい。あの警部補は、どうしてキシュグシェクの居場所をつかんでいたんだ?」
 ミハイル・ヴァルター大尉は言いながら、リンの手錠をはずした。
「わからないわ。うちに来たのは夜明け前で、人目はなかったはずだけど」
 リンはキシュグシェクの腕を縛っていた紐をほどこうと、手をのばした。が、キシュグシェクは紐を難なく引きちぎり、落ちた紐を拾い集めた。
「これは、ゴミか。このなわばりのゴミ箱は、どこか」
 キシュグシェクの言葉に、一同が笑った。
「いいよ、俺が捨てておいてやる」
 気の良さそうな黒い肌の兵士が、キシュグシェクから紐を受け取った。
「すげぇ。拘束用の特殊カーボン繊維を、あっさりと引きちぎったぜ。どういう体をしてるんだ? 触らせてもらっていいか?」
「かまわない」
 キシュグシェクの返事に、その兵士は嬉々としてキシュグシェクの手に触れた。昆虫の節足に似た形状で、表面は非常に硬い殻で覆われている。手の先端には三本の指がある。指の一本は対向していて、ものをつかむことができるが、腕と同様に非常に硬く、鋭い形をしていた。
 ミハイルは、彼らに壊滅させられた先遣部隊のことを思い出した。残された映像によれば、彼らの外殻は角度によっては銃弾を弾くほど硬い。十八本の長い足は動きが素早く、驚くほどのスピードが出せる。そして、とがった六本の腕は、やわらかい人間の体を簡単に切り裂くことができた。
 カシュギグを本気にさせると、おそろしい。
 それがミハイルの感想だった。
 兵器の上では、地球人のほうが有利であるのは間違いない。角度によっては銃弾を弾いてしまう頑丈な外殻も、正面から銃弾が当たれば撃ち抜くことができる。しかし何よりもおそろしいのは、彼らの数と、飽くなき戦闘意欲だった。
 生物学者の分析によれば、卓越した身体能力によって優勢生物となったカシュギグたちは、すべてを肉体的な手法で解決する傾向が強いという。このため、文化的な成長の速度が遅く、地球人と比較して知性も劣っているのだと推測されていた。
 しかし、キシュグシェクを見ていると、それが間違いであることがわかる。はじめは研究のための被検体として地球人の中に入ってきたのに、今は適応して溶け込んでいる。彼の知性は、間違いなく高い。
「ミハイル……手伝ってくれて、ありがとう」
 リンが近づいてきて、ミハイルの肩に手をおいた。
「なあに、みんな船の中には飽き飽きしてたのさ。アホな選民思想を持ったお偉いさんたちにこき使われるのも、うんざり。俺たちは、移住するために四十四光年はなれた場所まで来たんだ。三百八十三年もかけて。戦争しに来たんじゃない。その意味じゃあ、そもそも軍隊なんて何の意味もないのさ」
「じゃあ、一緒に来ることに決めてくれたのね?」
 リンの目が輝いた。ミハイルは、笑った。
「俺たちは、船の中の閉じた世界しか知らない。だから、はやく自由な大地を踏みしめたいだけさ。リン、ここにいる部隊の全員からのお願いだ。リンのお母さんに、リンからも頼んでくれ。俺たちも一緒に連れていってほしいんだ。新世界へ」
「ありがとう、ミハイル」
 狭い車内で、リンがミハイルを抱きしめた。まだ子供っぽいところもあるが、体は大人の女性と変わりがない。ミハイルは、自分の顔が赤くなるのを感じた。兵士の一人がそれを見て、ひやかしの声をあげた。
「大尉! この付近の気温が上昇したように感じるのは、自分だけでしょうか?」
 車内は、笑い声に満ちた。

 共存派の市民や兵士たちが、二隻の降下船に乗り込んで降下を開始したのは、攻撃の議決から十二時間後のことだった。降下船のハッチを奇襲して確保すると、主戦派の反撃がある前に降下船を発進させてしまったのである。
 ワイルダー議員は、その報告を苦々しく聞いた。
「ゴメス団長。これは明らかに計画的な犯行です。謀反人どもを、どうします?」
「どうもこうも、これから追尾しても追いつくことはできないだろう?」
 ゴメスの悠長な物言いに、ついかっとなったワイルダーは怒鳴った。
「ミサイルで攻撃するのです! やつらは、ムカデどもに技術を売り渡すつもりです。そんなことをされたら、我々の安全はどうなります? 今すぐにミサイルを発射して、降下船を撃墜しましょう。急がないと、取り返しのつかないことになってしまいます」
 ワイルダーの剣幕に、ゴメスは困惑の表情を浮かべた。
「しかし、あの船に乗っているのは、大半が民間人だろう? それを攻撃するのは、ちょっと……」
「彼らが地表に居座り、ムカデどもの権利を主張したら、レアメタルの採掘どころではなくなります。あの、なわばり、なわばりとうるさいムカデどもが、土地を明け渡すはずがありません」
「それはそうだが……」
「三百八十三年前に、新天地に豊かさを求めて旅立った我々の祖先たちは、このチャンスを逃すことを喜ぶと思いますか? 我々は、豊かさを手に入れるためにここまで来たのです。そして今、まさにそれは我々の手に入ろうとしています。さあ、迷っている時間はありません。ご決断を!」
 ゴメスはわずかに逡巡した後、通話機を武器管制室につないだ。
「武器管制室? ゴメスだ。総司令官として命令する。不法に発進した二隻の降下船を、今すぐ撃墜せよ。敵の手に兵器を渡す前に、阻止するのだ」
 ゴメスに対して、武器管制室の担当者が反論したらしい。ゴメスが怒鳴った。
「誰がお前の意見を聞いている? これは命令だ。ミサイルを発射しろ!」
 ワイルダー議員は、自分が望んだとおりの展開に、思わず笑みを浮かべた。

 未成年者と老人、そしてキシュグシェクを優先させたために、チェンは娘のリンとは別の船に乗っていた。すでに母船を離れた今、彼女の胸に去来するのは、母船に残った最長老、ベルモン議員の言葉だった。
「わしが残って間違いを正さなければ、いったい誰が間違いを正すのかね」
 チェンは、彼の筋の通しかたが好きだった。もちろん、彼女はベルモンの意思を尊重した。しかし、その結果として、共存派の統率者としての立場がチェンのところに転がり込んできた。夫を病気で亡くして以来、いつも政治の世界からの引退ばかりを考えていたのに。そもそも、自分のような未熟な女に、何ができるというのか。
 コックピットの後方に座ったチェンは、そんなことをぼんやりと考えていた。
「議長?」
 不意に、パイロットが緊張した声を出した。チェンは、椅子を蹴ってパイロットの席に近づいた。パネルの上では、警告のランプが点滅していた。
 ミサイル、ロックオン。
 チェンはあわててレーダーを見た。四つの光点が、接近してくる。
 まさか。
 共存派は降下船のハッチを確保するために攻撃はしたものの、双方に死者は出ていない。出さないように心がけたのだ。同じ人間同士、それが当然なのだから。
 なのに、ミサイル?
 ゴメス団長が物欲の塊のような男で、ワイルダー議員が権力欲の塊のような男で、どちらをとってもろくでなしなのは、わかっていた。しかし、ミサイルとは。
「回避できる? あれは追尾型ミサイルでしょう?」
「こちらに二基、もう一隻の降下船にも二基、追尾してきているようです。いちおう回避行動はとりますが、逃げられる可能性は低いですね……」
 チェンは即座に決断した。自分の無謀な決断が正しいとは思えなかったが、他に方法はなかった。自分の決断のおそろしさのあまり、チェンの手は震えていた。
「減速して。先発の船とミサイルの間に入ります」
「何を言うんです、議長。ミサイル四基すべてを引き受けるつもりですか? 自殺行為ですよ」
「全滅を避けるために、私たちが盾になります。覚悟を決めなさい!」
 チェンは、パイロットを一喝した。パイロットが戸惑いながらも船を減速させたことを確認してから、通話機を二隻の降下船の船内回線につないだ。
「降下船に搭乗中の、すべての人にお知らせします。われわれは今、母船からのミサイル攻撃を受けています。本船がミサイルの標的になりますので、カシュギグの特使キシュグシェクが搭乗する降下船は、そのまま降下してください」
「議長、ミサイルの到達まで、あと一分です」
 チェンはひと呼吸おいた。動揺を見せてはならない。気持ちを強く持たなければ。
「不特定多数の人を殺す行為は、どんな大義名分があっても許されることではありません。このような暴挙は、人間性の敗北です。実に悲しむべきことです。ですが、それでも、母船にいる人たちを恨んではいけません。憎悪は、何も生みません。過去の悪徳は、教訓です。決して、新たな破壊のための理由付けになってはいけません」
「着弾まで、あと三十秒です」
「皆さん。志なかばで倒れた者を悼みながら、それでも同朋の屍を乗り越えて、誇り高く前進を続けてください。未来は、すべての可能性に向けて開かれています。傷つく者がより少なくなるように、努力を続けてください」
「着弾します!」
 チェンは、目を閉じて、声をふりしぼった。
「前へ、そして、共存を!」

 キシュグシェクの誘導で降下船が降りたのは、カシュギグたちが『中立地帯』と定義する帯状の土地だった。地面に降り立ったリンは、まず最初に恐怖を感じた。
 囲まれていない場所は危険だという先入観を、リンはどうしてもぬぐい去ることができなかった。それでも彼女は、大半の人が降下船から降りることをためらっている中で、キシュグシェクとともに先頭に立って地面に降りた。しかし、あまりの広さにおびえてしまい、降下船のそばをどうしても離れることができなかった。
 リンは、空を見た。
 降下船の陰から見上げる空は、やや紫色がかった青色だった。そして、その青紫色の空の中央では、オレンジ色の太陽が輝いていた。
 なんという明るさだろう。
 そして、なんと広いのだろう。
 いや、広いのは当たり前だ。自分と世界とを隔てるものは、何もないのだから。
 キシュグシェクが胴をふるわせ、ギン、と言った。
「リン、大丈夫か」
 彼は心配してくれている。その気持ちが、うれしかった。
「問題ないわ。大丈夫。でも、こわいから、つかまっていさせてね」
「かまわない」
 リンは自分の胸ほどの背丈のキシュグシェクにつかまるようにして、降下船のそばをゆっくりと離れた。
 深呼吸をして、空を見上げる。
 広い。本当に、広い。
 体がふるえた。
 中立地帯の両脇から、おびただしい数のカシュギグたちが集まってきていた。彼らは、恐怖に打ち勝って地表に降り立った地球人たちよりも、巨大な二隻の降下船のほうに興味があるようだった。数名のカシュギグが降下船のすぐ脇まできて、なにやらギシギシと会話をしている。
 降下船の脇をおびえながらゆっくりと歩いてくる人たちの中に、リンは母の姿を見つけて、手を振った。母も、手を振りかえした。
 みんな無事なんだ。
 それが、リンにはうれしかった。発射されたミサイルは、弾頭を搭載していなかったのである。武器管制官が、わざとそうしたらしい。良識のある人物が武器管制官だったことが、共存派にとっては大きな幸運だった。
 しかし、無事に全員が地表に降りたからといっても、まだまだ問題は山積している。空にはまだ、同朋に向けてミサイルを発射するような人間が、多くの武器を抱えたままで存在している。カシュギグたちに受け入れてもらえるかどうかも、まだ確かではない。また、受け入れてもらえたとしても、それから先もまだ共存のための長い道のりが待っていることだろう。
 しかし、ここに来るまでの三百八十三年間でさえ、船内での内戦をはじめとして、多くの問題を切り抜けてきたのだ。この先さらに道のりがのびたことで、どれほどの影響があるだろうか。どのみち、前進することに終わりなんてないのだから。
 リンは、感慨を胸に秘めて、キシュグシェクの腕を強く握った。
 キシュグシェクは、中立地帯の両脇に集まってきたカシュギグたちに向けて、大きく胴をふるわせた。
「ここにいる者たちは、遠い星から来た者たちだ。ガシェウジェク族のキシュグシェクは、この者たちの代理として、共存を要請する。ともに持つものを与え合い、なわばりを豊かにしたい。望みは、共存のみ」
 集まったカシュギグたちの間で、小声の会話がはじまった。はじめは雑然と入り混じった声だったものが、次第に全員が歌うような調子へと変化していった。
 音はやわらかく、地球からの移住者たちを包んだ。
「受け入れられた」
 キシュグシェクは言ったが、リンには彼の言葉を聞く前から、自分たちが受け入れられたことを理解していた。
「うん、良かった」
 リンはキシュグシェクに導かれて、前進した。そして、なわばりと中立地帯の間に小石を並べて作られた線の手前で、足を止める。
 リンは高い空を見上げ、どこまでも続く大地を見渡し、胸いっぱい息を吸い込んだ。
 そして、未来に向けた大きな一歩を、踏み出した。

                          世界を我が手に・完



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