「多分、関係の無い話」
 
落川春秋


2008/07/23
 次から次へと凶悪事件が報道される。一つ一つの背景をじっくり考える間もなく次の事件で上書きされていく。何か大事なことを見逃し続けているような気もするがニュースは立ち止まらない。
 現実の悲惨な事件が続くとフィクションでの悲惨な話も発表しづらくなる。「遠くへ逃げたい」などはかなり呑気な話ではあるが、一部に苛烈な描写もある。そういった部分だけを取り上げて非難されることも考えられる。そうなると作品を引っ込めるかしかないだろうが、そうしたところで誰かがコピーをしていたら出回ることは避けられない。結局、公開した物は回収できない。公開しないことが確実だという結論に落ち着く。相互監視と密告が常態化する中で「表現の自由」は蟷螂の斧だろう。何の後ろ盾も無い身としてはこそこそ生きて行くしかあるまい。

2008/07/22
 三連休は実にのんびりと過ごした。何をしていたかの記憶が殆ど無い程に何もしなかった。原稿も一文字も書いていない。

2008/07/19
 ネットの掲示板は同じ話題が違う顔ぶれで何度も繰り返されることがある。ああ、夏だなぁと。TUBEの新曲並みに夏を感じさせる。
 夏が終われば秋だ。今から秋を思うのも気が早いが、私の心は既に秋の気配。だって会社の人員整理が迫っているから。私は請われて残るけど、退職金を貰って会社都合で辞めていく方が良いような気もする。私が辞める時は会社の状況がもっと悪化しているだろうから退職金もないかもしれない。期待はしない方が良い。それを当てにして人生設計をすべきではない。

 ThinkPad新機種が発表になった。驚いたのはオフィシャルサイトにて現行機種の半額セールが始まったことだ。半額であれば買ってしまう人も多いのではなかろうか。私は買わないけど。後、二年はX60を使う予定だ。拡張保守にも入っているからそれが切れるまでは使う。はっはっはっ、金が無いからセコイ話しか出てこないよ。

 学園戦闘物を書こうと思ったがキャラ設定が面倒なので「遠くへ逃げたい」の二次創作にしてしまおうかと考えている。凄い手抜きな上に楽屋落ちにも程がある構想だが、どうせお遊びだから何だって良いだろう。藤沢、村雨、幸子、高足蟹、仙人が同い年の高校生という嫌な設定で進めてみよう。何だか、読むのが辛そうな話だ。


2008/07/18
 職場の人員整理で社員が一気に減る。あと一ヶ月もない。やれやれ。なるようにしかならないか。

2008/07/17
 昼食後にやけに眠い。眠ってしまいたいが職場ではそうもいかない。濃い目のコーヒーでも飲もうか。

 三点リーダー(…)は二個続けて使うのが正式だという話を見掛けた。意外なのはそれで論争が起きていること。どっちだって良いじゃないかと思う。他人がどう思うかは自由なのでどうでも良い話である。私は殆ど一個で済ませている。二個は長ったらしいと思ったから。別に二個一組でなければならないという決まりもない。常識云々を言われても「はぁ、そうですか」といった感想しかない。二個一組じゃないと駄目だという読者の方がいらっしゃいましたら適当に原稿を改変してくださいね。
 (国語施策情報システムから読める「くぎり符号の使ひ方」にも二個と一個は併記されている。これ、かなり以前に確認していた気がする。ちなみに小学館の「句読点、記号・符号活用辞典。」には「普通、二字分の長さで用いる」とある。個人的には小説の場合、細かいことは気にしなくて良いと思う。…が一個でも一万個でも意味があるならそれで良い。「乳」を四万回繰り返したこともあるし)
 大事なのは余韻がある振りをしてるだけの中身のない文章を避けるべきということだろう。

 今更ながら数独をやり始めた。やってみると結構、面白い。そういう訳で原稿は進んでません。

2008/07/16
 「小説書きに100の質問」への回答を書き終えた。あれこれと悩んで書いたのではなく、思い付きで書いていったのだが百の質問に答えるのはそれなりに時間が掛かった。しかし自己紹介になるのかね、これで。なってもならなくてもよいけど。
 落川春秋ってプロに向かないなぁと改めて思う。誰にも求められてないから問題ないけど、ここまで不向きなのは自分でも意外だ。他人の商業作品を読んで「これなら書ける」と思うことはあるけど、実際に書いたことはないから。そんな程度の文章書きだ。だって文章って書くのが面倒でしょ。手間暇かけて良い物を書こうという意識は無いから。ぱぁっと適当に書いてそれで終わりだ。暇な時に読み返すぐらいで基本的に放置。

 昨日の昼食にカレーを食べた。家に帰ると夕食がカレーだった。ああ、こんなことなら昼はカレー以外にすれば良かったと後悔した。
 今朝、トイレへ行った。大をすると異常にスパイシーな香りだった。ああ、やっぱり。

 工場閉鎖と従業員の解雇について通知があった。自分は残ることになるらしいが大半の人間は辞めることになる。自分の部下は自分から辞める気らしい。決定した訳ではないが、大きく変わることもないだろう。残るのも辞めるのも良い話ではないなと思いつつ、仕事には取り組まなければならない。
 そんなこんなで士気は上がらず。身の振り方を考えるのも億劫だ。

 学園戦闘小説の主人公はやっぱり学生なんだろうか。ふらりと学校に現れた部外者というのも良いかもしれない。というか何で舞台を学校にしないといけないのだろう。ああ、学園戦闘小説だからか。そこに必然性は何も無いが何かしら決めないと話が先に進まない。
 先にプロットを決めないと駄目か。物語なんて作るのが面倒くさくていけない。えーと、学校で戦闘があればいいんだ。で、闘う理由を適当に…。ま、金か女が原因だろうな。キーワードは「金・出世・女」か。ヒロインは馬鹿でグラマーで腹黒い浅薄な奴にしておけ。主人公は取り敢えず容赦のない性格だと。後はやられるだけの敵役を適当に並べて終わりだ。
 凄いつまらない作品になりそうな予感がするけど…。


2008/07/15
 まぁ、何と言うか…。会社で色々とあったので個人として色々と動かないと拙い状況になった。まずは必要と思われる資料を集めて調べておかないといけない。
 それはそれとして何か金になるような文章でも書けないかと、またぞろ考え出している。過去にうまくいった例のないことをやろうとしているのは徒労への助走だろう。思考実験としては面白そうなので考えるだけは考えてみよう。

 うーん。ライトノベル創作について色々と考察しているサイトを見てみたのだが、落川春秋の作品は全く駄目だということが判明しただけだった。あまりにも予想通り過ぎる。こういう状況は楽しくて仕方ない。ま、好みの問題だよ。そして私の好みは世間とずれているということだ。文章技法について書かれている部分は良い例として挙げられている文章の方が悪文に思えたし。
 豊富な語彙と巧みな表現力って必要か。私は無くても良いと思う。省ける物は省いて良いと思っている。技巧を否定するのも技巧の内だ。

 小説書きに100の質問というサイトを見付けたので「小説書きに100の質問」への回答を書いてみた。


2008/07/14
 冷房の効いた部屋で黙々と仕事に励む…というよりは効きの悪い冷房に不満を抱きつつ溜まった事務処理に思いを馳せて手は止まり気味。少しは気分転換しようと休み時間に仕事とは関係ないことを始めたりする。
 しかし、暑い。冷房の設定温度は27℃だ。さっきまで28℃にしていたのだが室温が29℃で安定しているものだから1℃下げてしまった。地球温暖化より室内温暖化への対処を優先してしまった。自宅だったら下着姿でも良いのだが職場でそれは行きすぎたクールビズだ。軽い変態だ。問題行動だ。こんなことで社会的生命を失いたくない。せめて不倫ぐらいなら…。安いラブホテルで酒を飲むだけだと割りに合わないか。
 不倫は悪だと明解に述べる人が居て、それは確かにそうだろう。個人的には他人の恋愛観をとやかく言う気は無い。ただ、一般論として不倫は良くない。そして私は人妻に手を出そうとは思わない。とは言え「結婚している女性とは結婚しなくて良いし、妊娠している女性は妊娠しないから好きだ」という理屈には成る程と思う。
 大人びた子供と子供じみる大人は現代社会における家庭崩壊の原因なのか、結果なのか。「少年のような大人」の少年の部分が性欲だけだと良いことにはならない。だが、そんなに都合よく「少年」の一部分だけをチョイスできる筈もない。人間は欲望を制御できない。それは多数の人の破滅が証明している事柄だ。自分がその証明の一部にならないように慎重に振る舞うのが精々だ。
 そんなこんなで頭を冷やそうということだ。冷房の設定温度も気にしつつ、頭はきっちり冷やしましょう。

 iPhoneとNewtonの違いは指ベース・インターフェースかペンベース・インターフェースかだよなぁと思う。勿論、他にも相違点は多い、というより共通点が殆ど無いけど。同じApple製と言ってもiPhoneはPDAでもなければナレッジナビゲーターでもない。
 電子ペンはグラフィック用途では残るだろうが、用途を大幅に拡大することはないような気がする。ちなみにワコムの電子ペンとタブレットはBTRONプロジェクトの副産物だ。今となっては殆ど話題に上らないけど。そしてBTRONが電子ペンをメインのポインティングデバイスとして採用していることも過去の話か。私も電子ペンは永らく使ってない。トラックポイントかマウスだ。
 BTRONのポインターが手の形をしているのはユーザーには自明のこと。作業内容に応じて握ったり摘んだりとデザインを変えるのも使えばすぐに分かること。マルチタッチインターフェースになればポインター自体が必要なくなるんだなぁと思うと、それはそれで寂しい気もする。でも何故かたまに表示されるTiPOのポインターは邪魔くさかったかもしれない。
 ユーザーインタフェースは一発芸であるとは坂村先生の名言。一発芸で名を揚げた芸人が一発屋で終わるのか、人気者として定着するのかは誰にも分からない。

2008/07/13
 暑い。夏だから仕方ないが暑いものは暑い。せいぜい水分補給に努めるくらいだ。

 原稿が停滞しているのだけれど別に大した理由は無い。何となくやる気がしないから放置しているだけだ。今日から何かしら書いていく予定だ。あれこれと考えはするけれど何かに結実することはなく、まとまりのないままに放置されてそれっきりだ。毎度のことか。

 タイムシフトやプレースシフトについても権利者に利益還元があるべきだと誰かが何処かで述べていたらしいとネットの何処かで目にした。DVDパッケージだけではなくネットでのストリーミングとか携帯機器向けコンテンツを有償で提供すれば購入する人は居ると思うが、欲しい物が無ければ自力でDVDをリッピングして携帯機器に移すか違法動画をネットで観るかになってしまうのも必然だろう。自分から商機を逸しておいて消費者を犯罪者扱いするのは如何なものか。
 もはやどうでも良くなってきた。しがらみのない世界への移行を目指そう。プロの作る物よりも優れた物をアマが無料でばらまくことは不可能ではない。それに嫌がらせ以上の意味があるかどうかは知らないが。


2008/07/11
 今日はiPhoneWILLCOM D4の発売日だったがiPhoneに比べるとWILLCOM D4は殆ど話題になっていない。発売日が同日だと分かった段階で予想できたことではあるが少々寂しい感じだ。個人的にはMobileMeに注目しているのだが、こちらはサービス開始が滞っているらしい。ちょっと試してみたいのでサービス開始を待つ。
 しかし、なんだ…クラウドコンピューティングだと言ったところでBTRONユーザーにどれほどのメリットがあるのやら。ブラウザさえ最新版が使えれば良いのだろうが、今でもMozilla Firebird バージョン0.7で止まってるからねぇ。もう笑うしかない。本当に笑うしかないので人生は大分、朗らかだ。

 Advanced/W−ZERO3[es]のLCD保護シートを取り替えた。タップの精度が良くなってかなり使いやすくなったので満足だ。ここまで使用感が変わると知っていたらもっと早い時期に交換していたのに随分と時を無駄にしてしまった。そんな訳で新機種には目を向けず、これからもAd[es]を使っていこう。残る問題はOSだが、これは諦めるしかない。

 ブログに書いた工場閉鎖の件は案として検討されているだけであって決定事項ではない。シナリオとしてはもっと悪いものもある。ただ、最悪でも会社が潰れて失業するだけだ。別に即死するわけではない。結果的に死期を早めることに繋がるかもしれないが、そんなことを不安に思っていても楽しくない。
 
 クライアント用OSにはファイルシステムが要らなくなる…少なくとも重要性がかなり低下することになるのかなと思ったりする。全てをブラウザ(ソフトの実行環境が主用途となってもブラウザと呼ばれ続けるのか?)経由のサーバ上で処理し、蓄積する形になればクライアント用OSが多機能性を維持する必然性は無くなる。とは言え現状のネットワークインフラを考えれば当面はクライアント用OSの単機能化は進まないだろう。
 結局、この手の話は「未来とは過去である」ということになるんだよ。良く考えれば過去にもこんなことは行われてきた。


2008/07/08
 扇風機の首が回らなくなった件については昨日、ブログに書いたのでここには書かない。とは言え困ったことになった。


2008/07/07
 セタではなく七夕か。後はシャガールの誕生日らしい。
 どこの世界にも原理主義者は居るらしい。それはそれで構わないと言いたいが大概は排他的で衒学的だ。ペダン星人はキングジョーでも操っていればよい。

2008/07/03
 将来に対する不安というのは確かにあるが、よくよく考えれば何も今に始まったことではない。ある程度の知恵がつけば未来について考えるのは当然だし、楽観や悲観が入り雑じるのも当然だ。将来への不安なんて過去からある代物だ。ただ子供の頃の不安は良くも悪くも漠然とした不安だった。大人の不安は具体的な、ある意味において即物的な不安だ。具体的な不安であるからこそ適切に対応できるように準備ができるし、準備がうまく行けば不安は解消される。準備がうまく行かない時はどうしようもないけど。そう、世の中にはどうしようもないことが少なからずある。諦めは必要だ。とは言え何から何まで諦めていたら人として生きることをも諦めるということになる。普通はそういうのは嫌だろう。取捨選択をしなくてはならない。したくなくても。

 元来、コミュニケーション能力が無かったわけだから、インターネット上で作品を公開したからといって人が集まってくることはない。そういう自明のことを実体験した日々だなぁと改めて思う。インターネット上で作品を公開して一気に話題になる人が珍しくない昨今においては尚更、自らの人格や作品についてマイナスの評価をしていくこととなる。やっぱり、他人の評価が欲しくないってのは良くないよね。
 正直に言うと小説の投稿サイトなどで一番、面倒に思うのが投稿作品をお互いに評価し合いましょうということ。言うことは判るし、そうすべきであろうとも思うのだが如何せん面倒だ。こういう姿勢なのだから仕方ない。

 WILLCOM 9が発表になった。これは良いと思ったがジャケット単体の発売はいつなのか分からないし、単体だと値段もそれなりだろう。機種変更は出来ない…一昨日したばかりだ。AX520NからWS014INへ。WS014INは今日届いた。明日にならないと使用できないので今日は梱包内容の確認だけ。W-SIMであればAdvanced/W−ZERO3[es]にも使用できる。カード端末とスマートフォンを一つの回線契約で使用する目的は達成できた。後は次世代PHSを待つ。始まればEMは解約して即、切り替えたい。本当に切り替えたいので早くサービスを開始してほしい。EMのサービス内容には満足しているかキャリアとしては好きじゃない。

 スタグフレーションか…。インフレやデフレにはそれなりのメリットもないことはないのだろうがスタグフレーションには良いことは何も無いような…。日本経済も心配だが自分の財政事情の方がより心配だ。物価は上がれど給料は上がらずだから。

2008/07/02
 もう七月か。何だか月初めは必ずこんな書き出しのような気がする。さて、今月はどういった方針で原稿を書いていこうか。どうやって書くかを決めていないということは大したアイディアが無いということだったりするが。
 六月は詩作に注力すると言って実際にそうしたのだが数はあまり伸びなかった。まだまだ先は長い。今月も注力しよう。後は「遠くへ逃げたい」をのんびりと書く。ただ、展開が遅いので別に番外編として短編でも書こうかという気にもなっている。主人公は藤沢で温泉旅行に出る少し前の話とか。内容は当然、笑いと暴力。エンタテインメントは意識から外す。癒し系は飽き飽きなので誰一人として癒さない物が良い。
 元MOF担シリーズはどうしたものか。具体的なことは何も考えてない。気が向けば書くとしか言い様がない。

 そうか、WILLCOM D4にプレステのエミュレーターを入れれば良いんだよ。我ながらあまり良い考えではない気がする…。

 机の上に転がっている袋入りトラックポイントキャップを見て楽しい気分になるのはThinkPadユーザーだけだろう。ThinkPadに慣れると他のマシンは違和感がありすぎて触っていて楽しくない。

 電子書籍専用端末はソニーと松下の撤退によって日本においては普及しなかったということになった。携帯電話での電子書籍は好調のようなので携帯電話に専用端末が負けたということらしい。私は専用端末を持っていないし、買おうと思ったこともない。文庫本より重くて嵩張るし、出先で読書をする習慣もない。
 読書量は減ったなとつくづく思う。本は殆ど読んでいない。これは漫画も同様だ。立ち読みも月に一回か二回程度だ。日に一冊、二冊は読んでいた子供時代とはえらい差だ。理由は読むことより書くことを優先しているのと、ネットの存在だ。本を読む代わりにネットで何かを見ているだけのこと。読んでいる文章量自体は減っていないような気がする。
 電子書籍専用端末の失敗は出版界に対してどのような意味を持つのだろうか。ま、私があれこれ心配するようなことでもないか。私が心配しているのは日本語の話者人口の減少ぐらいだ。百年もしない内に日本語は少数言語の仲間入りだろう。今は話者人口は一億人以上居るし、日本の経済力による世界への影響力もあるが、将来は人口も減るし経済力も維持できているかどうか怪しい。日本語は何れ死滅するだろう。まぁ、仕方ない。諦めよう。何にせよ、自分の書いていることが全て徒労であるということを認めなければならないことに変わりない。人生は虚しいのだ。虚しさを楽しむ余裕が無いと、気が狂いそうなまま正気を保ち続けて苦しむことになる。

2008/07/01
 やろうやろうと思いつつも、やらずにいたことを片付けた。WILLCOMの二回線中、一回線を解約した。これでWILLCOM,au,EMの各一回線となった。これで電話代を圧縮できる。ともかく固定費を減らさないと。後は次世代PHSが使えるようになればEMを解約して二回線にできる。

 WILLCOM 03とかD4とか。興味はあるがどちらも購入予定は無い。特に必要性を感じないし、物欲も刺激されないし。有れば便利かもしれないな、という程度のことで買うには値段が高い。…OSがMSで無ければもう少し物欲を刺激されていたかもしれない。…Linuxでも同じことか。

2008/06/27
 Windows Vistaが挙動不審なので再起動をした。直った。それは良いのだが昨日も今日もそんなことがあると嫌気が差す。あまり深く考えないようにしよう。Windowsについて深く考えるということは不毛なことに思えて仕方ない。

 Willcom 03が発売になっているが、購入予定が無かったのを覆して買う気でいたのを更に覆して買わないことにした。だってお金が無いから。電子辞書とハードディスクの請求が一気に来たので完全に心が折れた。身に覚えのある買い物は代金を払わざるを得ず、静かに打ちのめされるばかりだ。誰が悪いわけでもない。そう、私は悪くない…筈だ。

 何かあった時に便利だろうという理由でツールナイフを持ち歩くのは控えた方が良い。特に秋葉原ではそうだ。以前から平成の刀狩りが行われていたが、通り魔事件移行は更に厳しくなっているらしい。刃物は諦めてせめて工具だけでも、というのも宜しくない。ピッキングツールの疑いを持たれて空き巣狙い扱いされる可能性がある。「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」ということだ。そんな訳で護身用に工具を持ち歩くのはやめましょう。文房具を使えば良い。


2008/06/24
 携帯電話の機種変更は一気にトーンダウン。単純に新機種購入の費用が惜しい。そんな訳で一回線を解約するだけで終わりになりそうな予感。iPhoneは元々、購入予定は無かったので当然、購入しない。魅力は感じているが先立つ物がない。縮小均衡を目指そう。
 

2008/06/23
 「遠くへ逃げたい」の次の展開はゾンビ軍団の襲来にしよう。古典的なゾンビ映画を再現しようと思う。とは言え残酷で暴力的な描写は社会情勢に配慮して見送りたい。でも、あれか、ゾンビは死なないのだから殺人シーンにはならないか。じゃあ、普通に書いても問題ないかもな。普通にゾンビを殴り飛ばして夜食を買いに行かせるだけのシーンだからそんなに残酷ではないだろう。ゾンビがパシリという、或る意味では当然の展開だ。ゾンビは元々がそういう存在だし。
 人間の成長を描くという目的は「遠くへ逃げたい」には無い。特に藤沢に関しては無い。「遠くへ逃げたい」はタイトル通りの逃避の話だ。逃げることがテーマだ。作品の外側で作品の内部について語るのもどうかと思うので、あっさりとしか書かないが、小説に求められる要件から逃げるのもテーマの内だ。
 「次回作についての構想」では土着の精神性を主題にしようとしていたがそれは放棄した。放り出すこと、逃げること、目を背けること。それが「遠くへ逃げたい」の向かう先。どこまで逃げられるのかは分からない。寿命が尽きるまで逃げられるのか、どこかで闘いに転じなければならないのか。作中に戦闘シーンは多いが、実は誰も闘っていない。誰もが逃げている。明らかに弱い相手に対して暴れているだけの村雨や幸子。抑制した暴力の中に留まり、全力を発揮しない藤沢。逃げ続ける先に何があるのか。当面は夜食の調達がテーマですね。


2008/06/21
 Windows版safariで「強力ファイト」を見ると全角スペースが文字化けしている。半角スペースに変更すれば治るような気もするが、はっきり言って面倒なので放置している。他のブラウザでは同様の現象は起きていないし。

2008/06/20
 何となく「BTRON」をキーワードにしてweb検索をしてみることがある。色々なサイトがヒットするのだが総じて内容が古いような気がする。今日現在も使っていますという人の体験談みたいなものは殆どない感じだ。まぁ、自分だって毎日、BTRONについて書いているわけではないので他人のことをどうこうは言えない。他OSとの勢いの差を改めて感じるというだけの話。
 世間の風向きとは関係なくこれからもBTRONを使っていこうと心新たに決意した次第。どうしてBTRONに拘るかは…他の環境って面倒くさいし。やっぱり慣れた環境が楽で良いよねという程度の決意だった。深いことを考えずに適当にハイパーテキストを編集するには良い環境だ。不便な点は諸々あるがそういうことは他OSにて作業すれば良い。
 BTRONユーザーを増やすにはどうしたら良いか。実は私にはユーザーを増やそうという気があまり無かったりする。だって他人に勧めるにはセールスポイントが特殊だし。ハイパーテキスト編集とか多漢字とかが日常的に必要な人は多数派ではないと思う。Appleのように音楽とか写真とか動画とかのハンドリングが簡単にできますよというのであれば勧めやすいが、それは今のBTRONでは諦めた方が良い用途だ。構想レベルでは無敵だが、そんなことを言っても現実には無力だ。テキストデーターを中心に扱う人にならば勧められるかと考えても、ちょっと厳しいかなと思う。マクロ言語付きのテキストエディタでもあれば良いのだが、そういうものは無いし。ただ書くだけで良いなら問題は無い…ATOKが無いと駄目だとか言い出さなければ。
 何というか日常の情報整理にハイパーテキスト編集環境が必須という方にはお勧めできる。そういう人にはあまり出会ったことが無いが居ることは居る。もっとも、そういう人は既にBTRONユーザーであるか、他環境のユーザーであったりするので新規ユーザーとして獲得できる人数はそう多くないだろう。
 結局、毎度お馴染みのオチ。私は淡々と使い続けますということ。

 鳩山法務大臣が「死に神」であると某夕刊に書かれたらしい。そして鳩山氏が憤慨していると。法律に基づいて職務を果たしているのに「死に神」呼ばわりは、そりゃ怒るだろう。
 何で「人殺し」と書かなかったのだろう。どうせ相手への配慮などする気が無いのだから正面から誹謗中傷して、堂々と名誉毀損で告訴されれば良い。そして裁判で負けて、極小の謝罪文を新聞の隅っこに載せれば良いのだ。そういう記事の書き方がお似合いだと思う。

 温泉卓球の後に夜食か…。食料調達の問題が相変わらず存在している。そういえばメカ女将とゾンビ仲居を忘れていた。昨今の社会情勢に配慮して暴力描写は控えようと思っているので当面の出番はないのだが、このまま忘れ去るというのも良くない気がしないでもない。しかし、「遠くへ逃げたい」は温泉グルメ紀行小説としてスタートしたのだが、何故にこんなことになっているのだろう。暴力描写が多すぎるような気がする。確かに何となく戦闘シーンを入れてしまっている。今更どうしようもないから、どうでもよいか。

2008/06/19
 所謂、ケータイ小説というのを読んだことが無い。読もうと思えば何時でも読めると思うと読まないものだ。今の所は読む必要はないと思うが、数年の後には状況も変わっているだろう。とは言え文学の最先端に身を投じようという気が更々ないので読まないことに変わりはないのかもしれない。
 識者が苦言を呈しないような物は駄目だ。識者が持て囃す物は駄目だ。自分の感覚にも疑いを持って見極めていく必要がある。

2008/06/16
 私は子供の頃から「表現の自由」を信じていない。実体験からそう思っている。法律は憲法であっても、いや、憲法であるからこそ実態と離れている。それは当たり前のことであるから気にはしない。気にしても仕方がない。法律が悪いのではなく社会が悪いのだろう。

 文明の進歩によって人間が革新するとは思わない。個々の人間が革新するということを期待して未来を想像するのは私自身は悪趣味に思える。人間は急激に変わらない。人間が作り出す物は急激に変わる。自らがもたらした急激な変化に対応できずに壊れていくのが人間だろうと思う。壊れなければ創造が無いとすれば壊れることこそ希望であろう。絶望が希望に変わることがある。そのことこそが希望だと思う。

 人が人を見捨てることが常態化し制度化される社会は古くて新しい存在。多様性の維持と効率の追求を同時に行うことの困難さは解決可能な課題だろうか。

 忘れないように山片蟠桃 − Wikipediaを貼っておく。ただそれだけ。

2008/06/13
 今日は十三日の金曜日か。だからといって別にどうということもないが。
 今日は何も無かった。朝は二十五分も寝坊したので遅刻しそうになったが何とか間に合った。仕事はまあまあ順調だったがCADから図面をPDFで出力したら文字のレイアウトが崩れたので使用していたフォントを変えたりした。Windows Vistaの再起動がいつもより時間が掛かったりもした。おや、所々に何かあるような気がするが大したことはない。昨日のように頭に血が上ることもなく淡々と働いていた。ちなみに昨日、使っていて頭に血が上ったソフトはOOOだ。

 Appleのmobile meに関心がある。クラウドコンピューティングはこれからの技術として興味があるし、単純に便利そうだ。良くも悪くも無料ではないので慎重に検討しよう。期間限定のフリートライアルもあるようだが、いずれにしてもサービスが始まってからのことだ。Appleがパーソナルコンピューター市場の創世と終末の両方に積極的な役割を果たすのかどうか見ものだ。

 個人的な意見だが、電卓は横型の方が格好良いと思う。縦型も格好良いのだけれど、やはり横型の方がセクシーだと思う。

2008/06/12
 某ソフトウェアにて作業中、期待と違う動作をするので苛々する。頭に来てThinkPad X60のキーボードを叩いてしまった。ちゃんとマニュアルを読んでいない自分が悪いので自身を責めるべきではあるが頭に血が上って軽い頭痛になってしまった。作業結果に若干の不満を感じつつも特に問題なしと判断してメールで送信した。で、他の仕事は明日に回して頭痛の回復を待つという無様な始末。

 考えがまとまらないので書いては消し、書いては消しを繰り返す。結局、良く分かっていないことについては沈黙を保った方が良いだろうということとした。

 iPhone 3Gは魅力的なのだが、やっぱりキャリアを乗り換えようという気にはならない。買うならiPod touchだろう。問題は例によって金銭のみ。何だかんだと色々、買ってしまっているので予算が無い。別に無くても困らないので当面、考えないことにしよう。これ以上、ガジェットが増えても困るし。
 ところでiPhone 2.0では計算機も強化されているがRPNは使えないよな、やっぱり。HP電卓のエミュレーターはあるらしいからそれを使えということか。PB-100のエミュレーターはあるんだろうか。あればありがたいが、はて。

2008/06/11
 参院にて首相問責決議が可決したにも関わらず政治にダイナミズムを感じない。何かが変わるという期待感が無い。変わるとしても良い方向には変わらないだろうという予感しかない。

 私にとって恋愛はファンタジーであって現実の生活には関係の無い物だ。彼女が居ないことで人生に不満を抱くことはない。若い時はともかく、今はそうだ。若い時も基本的には避けていた。今は意識して避けることもせず、ごく自然に独り身だ。
 件の犯人がサイトへ書き込んでいた内容が報道されていた。一言で言えば役立たずの戯言言いである。自分の言っていることが戯言であり、付き合うことが時間の無駄であると早期に認識すべきだった。

 現実の無残な事件を目にすると小説とはいえ残酷描写は嫌になる。そういう訳で「遠くへ逃げたい」は呑気な温泉旅行物に変更…って元からそのつもりで書いていたんだった。取り敢えず、メカ女将とゾンビ仲居の逆襲は後に回そう。この後は温泉卓球とか夜食とか。


2008/06/10
 秋葉原での通り魔事件。犯人の情報が報道されている。特異な人間とは思えない。普通だとは思わないが居ても不思議ではない。特異性は犯行を実行したということに尽きる。
 彼の境遇や置かれた立場には同情できなくもないが、それも犯行前までだ。今となっては憐愍の情が殆ど無い。彼も可哀想な人間だとは思うが被害者の方が余程、悲惨な目に遭っている。加害者と被害者の悲惨さは比べることさえ躊躇われるほどに差が激しい。
 加害者を理解しようと努めるのは再発防止の為に必要な行為であろうが、一般の人には無理があるのではないか。凶悪犯罪者に心を寄せる行為それ自体が忌み嫌われるだろう。私は物書きだから、被害者にも加害者にも心を寄せようと試みるが勝手な想像を書き連ねることが善いこととは思えないので直接的に書くことはしない。
 自身を無価値と決めつける行為は他人をも無価値と決めつけることに繋がる。本当に価値が無いと思うなら生きていたって死んでいたってどっちだって良いのにわざわざ殺そうとする。殺すことで命の価値を確認し、価値を上げようとする。求めるものが得られないから無理をしてでも求めようとする。諦めて受け入れればそれで終わる。自分に価値が無いことを認めて受け入れて、価値があろうがなかろうが生きていて良いのだと現状を肯定すればそれで生きていける。虚無は拒めば呪いの如し。寄り添えば善き伴侶の如し。
 自分を認めるのも自分、自分を受け入れるのも自分。自分を貶めるのも自分、自分を拒むのも自分。全て自分次第。今更、犯人に言うことは何も無いし、仮に言っても届かない。誰が読むのかも分からないこの場所にこんなことを書く意味は無いだろうが、それでも存在は消さずにおこう。
 被害者の心情を慮れば再発防止に繋がる妙案を考えなければならない。しかし、恐らくは難しい。悲観主義に堕するわけではないが楽観はできない。明確な殺意を持って無差別に人を襲う者の存在を前提にしたら我々の行動は著しく制限される。真っ当な生活など不可能だろう。戦場より酷い状態かもしれない。善意の人間で世の中を満たすにはどうしたらよいかというのは社会学ではなく宗教の問題だろう。不安定な環境で不安定な精神を抱えて生きていくことは必然ではあろうが限界を超えれば制御不能に陥る。そして限界には個人差がある。自分と違う他人のことを思う必要はある。だがそれは決定的に不足しているのだろうし、今後もそうだろう。人を切り捨てない社会というのは遠い理想だと今は思う。理想は年々、遠ざかっていると私は感じている。いっそ階級闘争にでもなればまだ意義があるかもしれないが、今はより弱い者への暴力しか産み出していない。
 個々の人間が変われば社会が変わるというのは確かだろうが、個々の人間が変わることが期待できないのだ。社会から個人への働きかけが必要だろうがそれも限定的な効果しかないだろう。
 絶望することを説きたいわけではない。ただ、希望を説くとそれは科学ではなく宗教になってしまう。漠然とした神への祈りを口にしてそれが理想社会への途だなんて私には無惨な戯言にしか思えない。


2008/06/08
 秋葉原にて通り魔殺人事件あり。七人の方が死亡されたとのこと。ご冥福をお祈りします。
 犯人は逮捕されているので犯行の動機などは今後、明らかになるだろう。理解できるものかどうかは甚だ疑問だが。
 こういう類の犯罪については監視カメラの設置等は大した抑止力にならないだろう。他の抑止力が必要であろうが警察による巡回の強化くらいしか今は思い付かない。根本的には社会の有り様から見直していかなければならないだろうが即効性は無い。
 つい最近も同様の通り魔事件があったが、それに触発された可能性もあるだろう。この手の事件が起きた時には間違っても犯人を「凄い」などと表現しないことだ。憧れる者が出てくるから。
 この件については嫌でもワイドショーでセンセーショナルに取り上げられるだろう。それについてどうこう言う気は全く無いが見る気も無い。

2008/06/07
 数日続いた頭痛も昨日でやっと治まった。それはそれとして当面の悩みは携帯電話だ。ある意味、悩んでいる時が一番、良いのかもしれない。どれに機種変更しようかなと考えている。ついでに料金プランも変更しないと。
 auをどうするかは大体、決めている。EMは現状のままで変更無し。悩んでいるのはWillcomだ。よーく考えると無くてもどうにかなる状態になってしまっている。個人的に思い入れがあるキャリアにも関わらずこの状態だ。どうしたものか。持ってるだけでお金が掛かるから使わない物は整理した方が良いのだが。Willcom 03に機種変更して一本化するか。そうなると今の二回線のどちらかを解約するかを決めないと。年間契約の絡みがあるから解約時期を考えないといけない。

 感情のジェットコースターを提供することが昨今のエンターテインメントに求められているのだろうか。個人的には逆を行きたい。登場人物が何を考えているか解らない作品を書きたいと切に思う。


2008/06/06
 ホームページから幾つかのリンクを取り除いた。もっと減らしたいのだが、これ以上は自分自身が不便になりそうだ。いっそwebサイト自体を無くしてしまえばこれ以上ない軽量化だ。
 ともかく単純にしたい。そして複雑怪奇にしたい。訪問者にとってはコンテンツが探しにくく分かりにくくなり、アクセス数の減少にも繋がるかもしれない。まぁ、更新履歴ぐらいは残しておく予定なので最近のコンテンツにはそこからアクセスできる。過去のコンテンツは…忘れてしまっていいでしょう。
 ブログへのリンクも外そうかと思ったのだが今回は見送った。ブログからwebサイトへのリンクも不必要な気がするが当面は維持しよう。ブログは単なる日記帳でしかない。端からその積もりなので問題なし。コメントとかトラックバックとかは未だに理解していない。正直、興味が無い。

 頭痛がようやく治ってきた。今月はともかく詩作に挑む。誰かに読ませるわけでもなく、どこに投稿するわけでもなく、書いた物を晒すだけだ。詩という行為の破綻を目指す。

 「性衝動と緊縛専」が元MOF担シリーズの次回作らしい。児童ポルノというよりSMの話だ。その辺りは幅広く取り上げるということで良いだろう。題材として出会い系サイトとかプロフ何かは取り上げないといけない。しかし、流行り物を取り入れても廃れると話も古くなるから題材は慎重に選ぶべきか。気を付けないといけないのは資料として児童ポルノに接触してはいけないということだ。近寄らない方が良いものには近寄らない。公序良俗に配慮した人畜無害のwebサイトが「強力ファイト」である。


2008/06/05
 iPhoneの国内販売が年内らしい。キャリアを乗り換えてまで買おうという気は無いので買わないだろう。電話として使うことを諦めればiPod touchで良い。iPodは欲しいことは欲しいのだが優先順位は低いので購入には至っていない。無くても困らないという理由は購入しない理由として充分なものだ。

 児童ポルノ規制やネット規制について浅く安易に考えたい。深く考えようとしないのは元MOF担シリーズで取り上げたいからだ。深くじっくり考察するより、浅く安易に直感で処理してしまった方がネタにするには適当だろうと思う。思索の泥沼に引きずり込むより、単純明解な対立構造を設定した方が解りやすい。それが本当に善いことだとは思わないがお笑いの文脈ではその方が妥当だろう。何かを整理して何かを解決することが目的ではなく、混乱と混沌の中で右往左往して行き倒れになる姿が目的だ。以下に適当に思い付くままを列挙してみる。論理的につじつまが合っていない部分もあるだろうが、単なる思い付きなのでそういうこともあるだろうと開き直っておく。

 ・児童ポルノの定義はどうなっているのか。
 ・実在の児童を対象としたポルノと実在しない空想上の児童風キャラクターを対象としたポルノを同一視する理由は何か。
 ・明らかに高校生ないしは中学生を登場人物にしているアダルトアニメにおいて「登場人物は全て18才以上です」とオープニングにテロップを入れる滑稽さは社会風刺か。
 ・生物学的にいって最も性に興味を持つ年代の人間から性情報へのアクセス権を奪うことは人権侵害にならないのか。
 ・18才未満にだけ性情報が氾濫する実体を隠蔽しても、その後はどうするのか。何の知識もないまま性情報の氾濫に対処させるのは危険ではないのか。
 ・有害情報であるかどうかの判断をなぜ民間団体に任せるのか。民間団体の公正さを誰が担保するのか。団体に所属する人間の人選は誰がどういう基準で行うのか。私企業のお偉いさんが兼務する、或いは退職後に勤めるとして、それは公務員の天下りと何が違うのか。また、民間団体の維持費はどこから出るのか。表現規制を行おうという団体が選挙で選ばれた議員でもなく、また公務員でもない人間によって組織されることは民主的なのか。

 この辺りの思い付きを元MOF担やロン毛おじさん、おねえさんに解りやすく解説してもらおうという趣旨で構想しようかと構想中。ただロン毛おじさんはロリコンではないので児童ポルノにはあまり詳しくない。そんな訳で児童ポルノ大好きな新キャラクターを登場させる必要があるだろう。その新キャラクターをどうするかが直近の課題か。
 ついでにネット時代の著作権についても取り上げるか。色々と複雑にはなるだろうが、結局はエロと金の問題に収束して笑って終わりだ。そして事前にあれこれ考えたこととは全く違う展開になるのが常だ。


2008/06/04
 朝から頭が痛い。鎮痛剤の効き目は鈍い。この状態では仕事がきついので、このまま痛みが続くなら会社を早退しようかと思う。
 少し無理をすれば何とかなるという程度の体調不良は判断に迷う。忙しければ無理をするしかない。忙しくなければ、やはり体を休めるべきだろう。
 こんなことを文章にしているのは書くことによって頭痛が治ることを期待しているからに他ならない。過去には治ったこともあれば悪化したこともあった。やってみないと分からないのでやってみている。まぁ、頭を使う仕事や体を使う仕事が辛いのでどちらも使わないことをしているだけだったりはする。
 とか何とかやっていたら急ぎの仕事が入った。急ぎなので急いで片付ける。


2008/06/03
 ThinkPad X60のHDDを320GB品に換装した。これでiTunesのライブラリを本体に移すことが出来た。データーは一ヶ所にまとめた方が管理しやすい。バックアップは頻度を上げることにしよう。
 特に手間も掛からなかった。データの移行はプリインストールのソフトを使ったので、購入したのはHDDのみと言いたいところだが実際には内蔵HDDをUSB外付けHDDにするケースとかを購入していたりする。今回は使わなかったが、あれば役に立つ時もあるだろう。

 今日も携帯電話の新機種の発表があったが気になる機種はW63Kだった。特に気になるのはW63Kプロモーションビデオに出てくる「ディラン・ドロン2世」だ。誰なのだろう、この人は。
 そう言えば料金プランにも新しいプランが発表されている。auにも980円プランが出てきた。どうせauは殆ど使っていないのでこのプランに移行しようかと思う。

 相変わらず風邪気味なのでもう寝る。


2008/05/30
 携帯電話の契約を見直そうとは思ったものの具体的にどうするかを決めかねている今日此の頃。端末の割賦購入による残債の扱いとか年間契約の途中解約に伴う違約金とか色々と気にしなくてはならないことがある。月々の支払額を減らす目的での契約見直しなのだが、キャリア各社からの新機種発表などもあり、ついでに機種変更をしようかなどと考えて余計にややこしくなってきた。
 結局、面倒くさくなって放置している。でも本当に見直さないと支払いが嵩み続ける。

 多様性の維持が重要なのは環境が激変した場合の適応能力を確保する為だと思う。だが、別に人類が絶滅したって誰も困らんだろうと考える。そりゃそうなんだよ、だって困る奴も絶滅してるんだから。とすると多様性の維持に気を配る必要も無いだろう。「みんな違ってみんないい」というのは前時代的な発想だ。人間にも工業製品としての均一さが求められる。全体の能力を向上させるには製品としてのばらつきは少ない方が効率が良い。だから人間は画一的に成るべきなのだ。ま、環境が変わったらあっさり滅ぶだろうけど。
 何も率先して日本人から亡びなくても良いとは思うが、それで喜ぶ人も居るのだから、それも国際貢献ということだろう。

 ここのところ、BTRON関係の話を何も書いていないような。正直言って書くことが無い。完全に安定してしまっているので書くことが無い。何かトラブルでもあれば書くこともできるだろうが、そんなことは無い。特に新しいソフトも入れてないし。そう言えば「原稿プロセッサ2」を買ってないなぁ。いつか買おうと思いつつ買っていない。だって無くても困らないから。
 所謂、UMPCで「超漢字V」を動作させてTiPOの代わりにするということは不可能ではないだろうが、自分にとってメリットがあるかどうかは疑わしい。そもそもUMPCなんて持ってないし。
 「超漢字」もメジャーバジョーンアップがあるのかどうか分からないから先行きは不安だ。しかし、この不安はかなり以前からのものであり今更、騒ぐほどのことではない。
 結局、書くことはこの程度か。


2008/05/29
 世の中、どんどん潔癖症になっていく。不潔なものはとにかく排除しようとする。不潔なものを清潔にしようとか、そもそも不潔にしないようにしようとかいう発想はなく、排除しようとする。極端な清廉潔白さは大概、弾圧と虐殺の源だ。
 某ポータルサイトのニュースへのコメント欄を見ていると日本人が嫌いになる。他人に寛容さを求めることに寛容さが足りないと思っているが、何事にも限度は有るなと思う。とにかく不愉快だ。多様な意見の中に多様さを認めない意見が入るのは仕方ないが気分は悪い。
 そういえば憲法九条絡みで「一度、自衛隊を無くして見れば良い」とか言っている人物が居たのを思い出した。あまりにも腹が立って眠れなかったのも思い出した。ともかく不愉快だ。

 オリジナリティってそんなに大切だろうか。創作において独創性がそんなに重要だろうか。個性はそんなに必要か。
 私は邪魔なだけだと思う。独創性が大切という考えに独創性が無い。だったら独創性が大切という独創性の無い意見で良いじゃないか。そんな訳で独創性は大切らしい。ま、いらんけどな、そんな物。自分は自分から逃れられないのだから自分から求める必要は無い。


2008/05/27
 仕事の打ち合わせも滞りなく済んで良かった。課題は残ったが解決不可能な問題でもないだろう。

 次世代PHSは今は画餅でしかないが、かなり美味しそうではある。楽しみにしつつ、当面はEMを使うのであった。だって速度が違いすぎるんだもん。

 ヤフーニュースのコメント欄は何の為にあるのだろう。そして得点が付けられるのはどうしてだろう。調べる気も無い疑問は忘れてしまおう。何とか2.0なんだろう、どうせ。

 自分のwebサイトやブログに好き勝手に書くのは、まぁ良いとしても他所のサイトの掲示板やブログのコメント欄で浅薄な自分をアピールするのは如何なものか。別に私が心配することもないか。私がどう思おうと関係なく浅薄な人は浅薄なまま生きて行く。後は知らない。

2008/05/26
 WILLCOMから色々と発表あり。慌てて機種変更する気は無いが多分、機種変更するだろう。それ以前にauの方を機種変更したいのだが欲しいと思う機種が無い。こちらも近々、新機種発表があるらしいのでそれを待っている。
 ThinkPad X60のHDDを大容量の物に交換したいのだが、どのHDDを買うべきか考え中。今は500GB品も出ているし。

 凶悪事件に対してやたらと「死刑」を求める人が多いように見える。これは見えているだけであって実際にそういう人が増えているわけではないのかもしれない。
 裁判員制度が始まったらどうなるのだろう。すぐに「死刑にすべき」と言っている人達は実際に死刑宣告を出来るのだろうか。そして実際に死刑執行をされた時にどんな感慨を持つのか。犯罪者とは言え人を死なせたという結果について心の整理をどうつけるのか。そして、もし冤罪であったと死刑執行後に明らかになったら耐えられるのか。所詮、他人事だからどうでも良いか。
 もし私が裁判員になったとしたら法に基づいて淡々と仕事をするだけだろう。責任感を持って対処すれば必然的にそうなる。感情で裁判をするのはリンチでしかない。
 裁判員制度は量刑についても裁判員に決めさせるみたいだが、当初は厳罰化が進むのではなかろうか。そして刑務所が溢れて、死刑囚が増え、死刑執行による死者が増え、それらが国内的にも国際的にも問題になり、今度は裁判員が厳罰を与えることにためらいを感じるようになり、量刑の基準が元に戻るという展開になるような気がする。
 短期的には国際的な基準で言うところの人権後進国へと日本は進むのだろうがそれも日本人自らが望んだ結果であれば仕方ない。厳罰化が犯罪抑止にどの程度繋がるかは分からないが、実験としての死刑量産も世論の後押しがあれば実現するだろう。それで犯罪が減れば良いだろうし、それでも減らなければ更なる厳罰化を進めるのも良いだろう。そうなると軽犯罪でも長期の懲役が科せられることになるだろうから刑務所が足りなくなるな。しょうがないから犯罪者は特定の地域に押し込めて犯罪者だけの集落を作るようにするとか。…そろそろ危険区域に入ってきたから書くのを止めよう。
 しかし、警察が逮捕した段階で死刑云々を語るのは拙速だと思う。せめて公判で検察側、弁護側の意見を聞いてからにすれば良いと思う。警察が逮捕したら即有罪で即死刑になるのだったら裁判は全く無駄な代物だから止めてしまった方が良い。いっそ警官が現場で怪しい奴を射殺すれば良い。弾丸一発で事件が解決し、世間は留飲を下げ、被害者遺族は復讐を断念できるのだから捜査現場で全てを片付けた方が手っ取り早くて安上がりだ。人権はこの際、どうでも良いだろう。コストメリットがないから。
 色々と書いてはみたが、まとまりはない。無理やり結論をつければ厳罰化だけで治安維持は出来ないだろうということか。誰でもが全ての瞬間を理性的に過ごせるわけではないし、恨みや怒りと無縁で居られるわけでもないだろうから凶悪犯罪の要因は消えてなくならない。厳罰化には限定的な効果しかないと思うので他の方策も並行して進めなければならない。そして他の方策が充分な効果を挙げるような段階となってから死刑廃止へ移行すればよいと、個人的には思う。ま、短期的には厳罰化が進むんだよ、多分。法曹界の人間が驚くほどにね。それを望む社会の中で生きて行くわけだ。

2008/05/25
 火災報知機を購入して一部を取り付け。別に難しいことはない。ただ警告音が甲高く、自分は良いが年寄りにはどうかなとも思った。歳を取ってくると高音域から聞こえにくくなるので警告音はもっと低い方が良いのではないか。この類の警告音についてユニバーサルデザインの観点から何かしらガイドラインがあったような気がしたが…。軽く調べてみたが見付けられなかった。TRONWAREのイネーブルウェアの記事で読んだような気がするので過去記事を調べてみようか。ちなみにBTRONでは「ユーザー環境設定」でブザー音の高低(周波数)と時間を設定できる。これは特定の高さの音が聞き取りにくい聴覚障碍に対応する為だ。

 アダルトゲームの法規制については特に調べようとも思わないので調べない。ネット上には資料へのリンクを貼ってくれているサイトもあるのだがリンク先を見る気はない。関わることが馬鹿らしいと思っている。アジアにおける児童売春を減らしたいという趣旨らしいが、それでアダルトゲームの規制を提案してくるなどとは…ま、「強力ファイト」の内規に触れるから感想は書かない。特定の個人、団体への誹謗中傷は行わないのが「強力ファイト」の決まりだ。

 魔法とは機関銃による掃射である。少なくとも「遠くへ逃げたい」ではそうなっている。

2008/05/23
 魅力ある登場人物を描くことで物語は読者の支持を受けるのだと改めて思う。そして自身の作品を振り返ると「これはどうだろう」と思う。
 勿論、作者自身は気に入っているのだが読者はどうなのだろう。特に「遠くへ逃げたい」などはどう思われているのか。それ以前に読者が決定的に少ないのだから気にする意味も無いか。
 藤沢は主人公でありながら良く分からない人物だ。読者が感情移入しやすい人物であれば良いのだろうが、それは一般論であって私は否定的だ。私は藤沢について深く考えて書いていない。藤沢の性格を把握した上で場面毎の対応をじっくり考えて描写するなどということはしていない。書きながら考える…というよりはただ書いているだけだ。藤沢が今後、何処で何がしたいのかも知らない。多分、カレーが喰いたいのだろうと思うだけ。それで執筆に支障は無い。
 村雨はその場の感覚でしか生きていないので考えるだけ無駄だ。如何に野放しにするかだけ気をつけていれば良い。
 幸子と高足蟹は活躍の場が少ないが、今後は増やす。幸子はしっかり者であり間抜けである。高足蟹は…絵的に面白いだけだな、今は。もう少し発言機会を増やした方が良いか。
 今後のストーリー展開はメシ喰って、風呂入って、寝るだけ。ゾンビ仲居やメカ女将、全裸美女二万人も登場はするがストーリー上、特に関係は無い。そもそもストーリーが無い。
 当初のだらだらと続けるという目的はまぁまぁ達成できている。後は気分転換に他の作品を書こうかどうしようかというぐらいの問題だ。
 そうか、今、分かった。読者を喜ばせようという意志が無いと駄目なんだ。
 だからこそ、その部分を欠落させていないと落川春秋ではないという結論で終わり。

 アダルトゲームは人間性を破壊するから法規制すべきという意見をニュースで読んだ。アダルトゲームにはまるのも人間性の内だと思うのだが、自分が理解できない性癖の持ち主は人間ではないという論旨なのだろうか。これも表現の自由。アダルトゲームと同じ、表現の自由だ。どちらも守らなければならない。自分の都合だけを押しつける極端な思考はアダルトゲームの鬼畜キャラと似ている気がする。


2008/05/22
 ブログを更新しようとして途中まで文章を書いたが結局、消した。書くことが無いことを書くのは良いが、それだけじゃ駄目だろう。余談も何も無い。

 文学は廃れる一方の斜陽芸術だと思っていたが現場を見るにそんなことは無いらしい。もっとも儲けられる人間が増えているわけではないらしいから商売としてはきついかもしれない。知ったことではないが。商業主義って目標がはっきりしているし、成果も数字で出るから素晴らしい。記憶に残るかどうかはともかく記録には残るからそれで万々歳だろう。
 やっぱり、「強力ファイト」は文学とは無縁だなとほくそ笑む。ヘンリー・ダーガーの非現実の王国を目指す気は無いが、結果的にそうなるのは大いに結構である。とは言え私の書くヒロインにちんぽは付かないが。

 深夜にならないと眠気が取れないのは宜しくない。生活習慣を変えないといけない。

 最近、MS IMEの変換が酷いという話を見掛ける。同意する部分もあるのだが大して使っていないので言うほど酷いものかとも思う。ATOKは携帯電話上の物しか使ったことがないので評価できない。かな漢字変換プログラムに対して特に拘りはない。ある物をあるがままに使うだけ。そんなに文章も書かないしねぇ。他人の拘りを否定する気は毛頭無いので拘る方は拘るのが良いと思う。それで作業効率が上がるのならとても良いことだ。文章書きは肉体労働だから。頭は使わないから。


2008/05/21
 久し振りにWindows XPを使うと戸惑うことがある。まぁ、こんなものだろうと早々に諦める。今更、使いにくいとか分かりにくいとか言っても仕方ない。こちらから擦り寄る気もないのだから現状維持でいいだろう。XPが使いにくかろうが分かりにくかろうが大した問題じゃない。興味がないから。

 他者への批判を無批判に行う者は質が悪い。某ポータルサイトのニュース記事へのコメント欄を見てつくづくそう思った。

2008/05/19
 CF-W2のメンテナンスはまだ終わっていない。環境構築が終わるのは今日の夕方だろうか。

 本当に夕方まで掛かった。ま、こんなものだろう。

 児童ポルノ規制を題材にして元MOF担シリーズを書こうかと考えているのだが、書いていいものかどうか。深く考えずに書き始めても途中でネタ切れになるだろうし、じっくり構想を練ってもその通りに書くことはどうせ無いから無駄と言えば無駄だ。例によって気が向いたら書くということで保留しておこう。
 新作の前に書きかけの分を仕上げる方が良いのではないかという気もする。しかし、過去の作品に手を入れるよりは新しく書く方が気が楽だ。

 読み捨てられる文章と書き捨てられる文章。捨てられていることに違いは無い。書くことにも読むことにも思い入れを持たれない文章。ただただひたすらに消費されるだけ。「沈黙は金、雄弁は銀」などと書いても流れは変わらないだろう。自分は自分なりに大切なことは書かないという流儀を続けるだけだ。読者が再創造する空間を確保しなければ小説ではない。小説は論文ではない。

2008/05/18
 CF-W2が何だか分からないがWindows Updateに必ず失敗するようになった。どうにかしないといけない。現在、対処法を調査中。はっきり言って面倒くさい。

 ベタなライトノベル風のネタでも考えようかと考えて考えていないことに気が付いた。はて、どうしたものか。

2008/05/17
 電子辞書なんだから電子辞書のマニュアルくらい搭載してくれればいいのにと思った。

 Panasonic CF-W2はHDDの不調でリカバリーも出来ない状態だったので、その内HDDを交換しようと思いつつも一年以上、放置していた。しかし、昨日たまたまHDD Regenerator 1.51というソフトの存在を知って試してみたらCF-W2のリカバリーが可能になった。ちなみにVistaの場合は管理者権限で実行しないとエラーが出る。そんなこんなで今は環境の再構築中。これでWindows XPマシンが復活することとなった。いざという時のバックアップマシンとして利用できる目処がついたので良かった。しかし、XP SP3のダウンロードは何時になったら終わるのだろう。

2008/05/15
 今日、電子辞書が届いた。セッティングに結構、時間が掛かった。辞書で調べものをする以前に辞書について調べることが多かった。ちなみに購入したのはCASIO EX-word XD-GP6900だ。これに広辞苑第六版をインストールした。後はテキストビューワーがあるので「遠くへ逃げたい」とか「まんが接待はじめて物語」とかを読んでみたりした。ついでにCDを一枚リッピングして電子辞書で再生させてみたが説明書通り音楽向きではないらしく、高音が頭打ちの印象が強い。
 で、自分が詳しい事柄について調べてみて辞書の記述がおかしいなぁと楽しむ訳だ。ちゃんと使うのは明日以降だろう。

2008/05/13
 以前に書いた日本語重視の電子辞書だがカシオから出ていることが分かったのでとっとと注文した。何だかんだで五万円近い出費…。そんな訳でiPodは諦めた。アップルストアのレーザー刻印サービスで「お願いトイレに行かせて」とか書いてもらうつもりだったのだが断念した。まぁ、実行しない方が良い冗談だったのだろうが実に惜しい。
 それにしても電子辞書って必要か。超漢字にも幾つかインストールしているから新たに必要ないかもしれない…。要は日国だな。書籍版は置く所が無いから電子辞書じゃないと。

 プロとアマの境界が曖昧になるということはプロが居なくなってアマだけになるということになるのだろうか。少なくとも大衆向けの作品については大衆をパトロンとする他なくなる。プロがプロとして生き残り、その力を存分に発揮する為には一部の富裕層をパトロンとするしかないだろう。一部の富裕層向けの創作物しかプロが生き残る術は無い。大衆を相手にするのは大衆に任せておけば良いと割り切って金持ちに向かい合おうというのがプロの矜持となるか。
 広く一般に公開される作品と狭く特定の人だけが享受する作品の二極分化が進むのだろうかと、いい加減な予測をして本稿は終わる。
 薄利多売を目指すのならば出荷数は従来の常識を遙かに越える数にしなければ駄目だろう。それが出来ないのであれば圧倒的な高品質で圧倒的な高価格の品を買える者にだけ売っていくしかない。何にせよ「中流階級」は居なくなる。富裕か貧困かしかない。考えてみれば単純なマーケティングだ。

 「強力ファイト」は…ま、鳴かず飛ばずだね。

2008/05/12
 内閣府の自殺対策ホームページにある「硫化水素による自殺の防止について」
WHOのマスメディア向けガイドラインを紹介しておく。テレビや新聞、週刊誌あるいはネットでの自殺報道にはあまり目を通していないので、それらについての感想は特に述べない。マスコミ批判などする気が無い。
 「死にたい奴は死ね」などとは書かない。「生きたければ生きれば良い」とは書いておく。苦しいから死にたいというのは楽であれば生きたいという話だ。人生、死ぬ以外にも苦痛から逃れる術はあるだろう。と、こんなことを書いても死ぬことが目的になってしまっていたら心には届かない戯言扱いだ。しかし、生きたいと言うのが戯言ならば死にたいと言うのも戯言だ。戯言に惑わされず心に従えば良い。

 メカ女将か…何なんだろう。まぁ、何と言うか「遠くへ逃げたい」では「人生とは何か」とかは扱わないから。ひたすら逃げるだけだ。

 先にマスコミ批判をする気は無いと書いたのは関わり合いになりたくないからだ。その考えに変わりはない。しかし、某TBSの某MM氏の人気番組で映像として入浴剤とトイレ用洗剤が出ていたという話を目にしたので「インターネット上」で確認してみたら本当だった。凄い「有害情報」だなぁと思った。何も硫化水素の作り方まで全国ネットのテレビで放送しなくてもよいと思うのだが、これも報道の使命なのだろう。私が考えるよりも遙かに崇高な目的が報道にはあるらしい。先に挙げたWHOのガイドラインは報道で知ったのではなく「インターネット上」で知ったのだが、このガイドラインの存在をテレビや新聞で目にしたことが無いのは私が世間知らずな所為なのだろう。報道各社はこのガイドラインの存在を知っていて番組制作をしているのだから…まぁ、WHOの専門家以上の学識があるスタッフがごろごろ居るということだろう。素晴らしき哉、マスコミ。
 別のことを書くつもりでいたのだがマスコミ讃歌になってしまった。それだけマスコミには魅力があるということだろう。大して興味も持てないでいる人間にこれだけ書かせるのだから。


2008/05/11
 あー眠い。もう午後二時過ぎなんだが眠い。
 眠気覚ましに書き始めてみたがどうなることか。取り敢えず「遠くへ逃げたい」の続きでも考えるか。
 で、ゾンビ仲居は何がしたいんだろう。そこが分からないんだよ。そこが分からないと話が進まない。で、話が進んでいない訳だ。そもそも何でゾンビなんだろう。そうか…単なるその場の思い付きか…。単なる思い付きで引っ掛かってストーリーが進行しないのであれば、ここは更なるその場の思い付きで打破するしかないな。
 じゃ、ゾンビ仲居はゾンビ仲間が欲しいから藤沢達を殺してゾンビにしたいと思っているってことでいいや。ストーリー全体の中の位置付けは後回しの先送り。未来志向って奴だよ。
 一つクリアか。次の問題は「メカ女将とは何か?」だな。


2008/05/10
 休日の午前。のんびりと新聞を読んでからwebサイトの巡回をしつつワッフルとオレンジジュースで朝食。原稿を書いて後、テレビを見始めたらドアチャイムが来客を告げる。某宗教団体の勧誘だった。面倒なので適当にあしらって帰ってもらう。冊子を一部渡されたが読まずに捨てた。
 「神仏は尊し。されど頼らず」

 文章とは読むことでも書くことでも消費される。特に書くことによって消費される量が近年、爆発的に増えているらしい。爆発的な増加は何を産み出し、何を破壊するのか。従前の文芸同人誌は作者の高齢化が進み、その数を減らしているとのこと。文壇はその基礎の部分を新たに構築し直さなければ崩壊するのだろう。知ったことではない。消費文章量の増大が質的変化をもたらすとして、それは何時なのか。そしてどのような変化なのか。関心が薄らとあるのはその辺りだ。

2008/05/09
 何だか気が抜けていてやる気が出ない。買ったはいいが読んでいない本や聴いていないCD、観ていないDVDとかが溜まっているのだが手を付ける気にならない。そして原稿も書き掛けなのだが。
 凶悪事件の件数自体は減っているんだったっけ。でも報道を見ると毎日、凶悪事件が頻発しているような印象だ。痛ましい話が多すぎる。そんなことを書いているくせに「遠くへ逃げたい」には暴力シーンが多かったりする。今後は控えよう。
 よく考えたら何で暴力シーンが必要なんだろう。別に要らないよな。それを言ったら作品自体が要らないけど。
 そうか…。書いてる自分が退屈になってくるからちょっと過激なシーンを書いているだけなんだ。あれは単なる眠気覚ましなんだ。確実に言えるのは暴力描写を通して何かを訴えるという気が全く無いということだ。「遠くへ逃げたい」って主題が無いし。主題からも逃げてる訳だ。

 電子辞書が欲しいと思ったが持ち歩くのは億劫だ。しかし、英語重視モデルとか中国語重視モデルとかあるのに、どうして日本語重視モデルが少ないのか。日国と広辞苑と大辞林と新明解と明鏡ぐらいまとめて一台に入れてくれと思うのだが、これって需要が無いのかな。後、大漢和も入れて欲しい。こういう時こそ超漢字だろう。PMCからそういう電子辞書ソフトが出ればなぁと妄想してみる。勿論、値段のことは妄想から外す。

 デジタルカメラは仕事での小物撮影はR8、ポタリングしながらの撮影はGR Digitalで落ち着いている。ポタリングしながらの撮影は本当にポタリングしながらで自転車を漕いだままノーファインダーで撮っている。後で視ると、撮ろうと思った物が撮れていないことは多々ある。それも楽しみの内にしている。また出掛ける理由ができたのだからそれで善しだ。観音菩薩と梟の石像が並ぶあの光景をまた見に行けば良い。

2008/05/08
 もう夜も遅いので、とっと書いてさっさと寝る。別に面白いことを書く気も無い…それは毎度のことか。
 MSのゲイツ氏が来日している。写真を見ての第一印象は「老けたなぁ」と。失礼ながらそう思ってしまった。初めて写真を見たのが恐らくは二十年位前だろうからそれと比べれば老けてるに決まっている。ジョブス氏だって坂村先生だって同じだ。こんなこと書いている当人も同じだ。しかし、セミリタイアするとの話を聞いて自分でも不思議なのだが一抹の寂しさを感じている。これは本当に不思議な感覚だ。明日には消えてなくなる感情かもしれないが今は確かにそういう感情がある。やはり二十年近くも折に触れて話題にしてきた人物だからだろう。思い起こせばMSの仕事で印象に残っているのは…MSXは西さんの仕事か…えーとMS DOS Ver3.3かな…後はVISTAへの恨み辛みか…最後のは悪印象か。まぁ、何と言うか次期Windowsこそ宣伝文句通りのOSにしてくれることを一応、希望しておこう。MSは宣伝文句通りの製品を宣伝文句通りの時期に出荷してくれれば顧客満足度No.1間違い無しなんだから。
 今夜の自分はやけにMSに優しい。これも明日には消える感情だろう。

2008/05/06
 連休も今日で終わりか。やろうと思っていたことはできていない。というより何をやろうとしていたのかを覚えていない。そもそも何の予定も立てていなかったような気がする。まぁ、「遠くへ逃げたい」の戦闘シーンが一段落したから良いか。で、次の展開はどうするんだろう。あ、俺が考えるのか。
 明日の仕事は…多分、あちらこちらに電話とメールで連絡を取って部品を頼んだり製品を発送したりと言ったところで終わりだろう。連休前に頼んだ部品が入ってくることは無いと思う。

 アマチュアの特権は金の心配をしなくて良いこと。勿論、良い物を作る為に資金が必要になることはあるのだけれど投資を如何に回収するかを考えなくて良いのは気楽だ。仕事だったら投資を回収しないと赤字になって大問題だ。アマチュアだったら最初から赤字覚悟だから赤字で問題ない。こんなことはアマチュアでも個人で細々とやっているから言えることなのかも知れない。サークル活動だったらやっぱり金の問題はつきまとう。ああ、サークルではない個人で良かった。執筆以外の全てを取り除くと個人での個人的な活動に落ち着いてしまうが、それはそれで良い。確かに孤独ではある。作品について相談する人も居ないし、感想が貰える訳でもないし、有益無益を問わず話す相手も居ない。しかし、自らが選んだ孤独であるからそれは受け入れるのみだ。皆で楽しくやることが最大の目的であるならば演劇の世界へ進んだだろう。そうはしなかったのだから自分はどこまで生きても自分だ。

 世の中には憲法九条への信仰によって死地を脱したと考えている脳が存在しているらしい。こういう脳を「九条脳」と呼称すると怒られるのだろうか。別に差別する気は無いが異教徒にはそれなりに名前を付けておかないと混乱の元だ。仲良くやっていく為にも相手の考えを自分なりに理解する必要がある。あくまでも自分なりにだが。他人の頭の中身なんて完全に解る訳無い。
 しかし、平和愛好家ってどうして好戦的な物言いが好きな人が多いのだろう。自分が正しいと思っている人には思いやりが欠けている傾向がある。行きすぎればテロリストと同じ精神構造になると思うのだが。
 皆様も「平和テロ」には気を付けましょう。バランスを欠いた極端な物言いには気を付けましょう。


2008/05/05
 子供の日か。私自身は既に子供ではないし、私に子供が居るわけでもないので単なる祝日以上の意味は無い。
 少子高齢化社会の進展に伴って発生する様々な問題について語る、のは面倒くさい。「生涯現役」という美名の元に死ぬまで働くことが当たり前になるのだろう。個人的にはそういう生き方の方が良い死に方ができるような気はしている。
 明日はDVDを観る。そして外出して買い物。後は原稿が進めば良いかなと。
 ああ、明日で連休も終わりか。明後日の仕事について頭の中を整理しておかないといけない。

 どうでもいいけどって書き出しで本当にどうでもいいことを書いている人って多い。私も気を付けよう。これもどうでもいい話題だな。


2008/05/04
 昨日が憲法記念日で今日がみどりの日で明日が子供の日か。ゴールデンウィークといっても特に予定は無い。読書とポタリングと執筆と…あぁ、DVDを五枚くらい買っちゃったんだよ。Amazonなんか嫌いだ、便利だけど。

 明日は火災報知機を見に行く。昨日と今日と明日とで三日連続だ。明日でこの近辺で売っていそうな所は廻ったことになる。そして、そのままポタリングと写真撮影。小腹が空いたら何処かで軽く食事と。実際に火災報知機を買うのは多分、明後日。複数を買わないとならないので結構、高くつく。

 憲法記念日というのは憲法改正論議の存在を思い出させてくれるという点でのみ意義があるのだろうか。いや、そんなことはない。憲法記念日の最大の利点は休日を提供してくれる点にあると個人的には思っている。正直に言って護憲・改憲の是非については個人的には結論が出ているので国民投票となった時の対応は決めている。後は政治家がどういった改憲案をまとめて提示してくるかだけ。自分としては憲法に対して何もしようがないので放っておくしかない。
 語弊を承知で言うが、もう憲法論議には飽きてしまった。お題目はお題目として現実に即した法律を着実に整備していく方が重要だと思う。どうせ建て前だけの穴だらけの代物で、変えたくないと叫ぶ人が居るのなら変えなくたって良いじゃないか。他人の信仰を奪う気は私には無い。異教徒とも仲良くやっていくというのが求められる社会性であろう。そうなんだ、例えどれほど荒唐無稽で非科学的な思い込みで結果的に皆を不幸にするだけだと思っていても、他人の信仰を侵害するのは控えるべきなのだ。所詮、宗教の優劣は殺し合いでしか決められないのだから、そんな事態は避けて通ろう。


2008/05/02
 ようやく明日から連休だ。今週は長かった。火曜日が休みなのは良いんだが、水曜日に出社するのが億劫だった。月曜日が二回あるような一週間だった。
 さて、明日は…火災報知機を買ってくれってよ。取り敢えずどんな物があるか店頭で見てみよう。

 Windows VISTAがどうにも重いのでベンチマークソフトを入れて調べてみた。原因が分かった。Ready boostにSDカードを使用していたのだがX60のSDカードスロットは読み書きがやけに遅かったのだ。こんなに遅いとは思わなかった。だから全体が足を引っ張られていたのだ。速さを得ようとReady boostを使ったのが裏目に出てしまった。そんな訳で手持ちの4GB USBメモリーをReady boost用として使用している。こちらは快調だ。目先の問題が一つ片づいたので良かった、良かった。
 ま、相変わらずWindowsは好きではないが。便利な所だけ見て付き合うのが良い。愛が無いのだからどうにかして使いこなそうなんて気には全くならない。この文章もBTRONで書いている訳だし。

 ネット上の有害情報を規制する動きには賛成しかねる。表現の自由を侵害する割りには効果が見込めないので、やるだけバカらしい。不完全なフィルタリングくらいでちょうど良いだろうと思っている。穴だらけで建前だけの規制にしておくのが妥当だろう。抜け道のない人生なんて無味乾燥な代物だ。
 児童ポルノの定義がはっきりしないのに規制をしようとするのは犯罪者を増やそうという意志の表れだろうか。犯罪者を増やして警察の仕事を増やしてそこに何の利益があるのか。気が向いたら元MOF担にでも考察させてみよう。

2008/05/01
 暫定税率の復活によってガソリンが値上げになっても関係ない。とは言え原油価格の高騰とは無関係でいられる筈もなく、物価上昇の影響は徐々に受けつつある。具体的には…はて何だろう。
 衆議院を解散して選挙で信を問えなどとは言わない。現状のねじれ国会を続ける方が良いと思っている。

 権利と義務の関係については語り尽くされた感があったのだが現実はそうではなかった。権利は欲しいが義務は要らないという欲望そのままの人が多い。個人の抱える欠点を相互に補い合うのが社会の役割であるとすれば、個人の抱える欠点を束ねて拡大させる社会とは確実に役立たずだ。

 そんなこんなで「遠くへ逃げたい」をちまちまと書いている。何だか戦闘シーンが以前より残酷になっている気がするが過去を振り返るのが面倒なので確認はしていない。そんなに読み込んでないんだよね、自分の小説は。


2008/04/30
 「遠くへ逃げたい」は久し振りに戦闘シーンに突入している。事前に書いた配置図と進行表を見ながら書いている。まぁ、適当に書く。少しばかり残酷な描写になるかもしれないが少しだから…。「強力仮面」とか「ゲーム感覚」に比べれば軽い描写だ。

 格闘技とかプロレスの話題を最近、書いてないなと思う。特に書くこともないので書かなくて良いだろう。最近の大きなニュースと言えばDDTの本屋プロレスとかだろうか。総合の大きなイベントとかプロレスのタイトル戦などについては各専門サイトをチェックしてくださいと書いておく。しかし…選手の悪口を平気で書く人が多いように見えるのは嫌な感じだ。そして21世紀になってもヤオガチ論争好きが居るのだから尚更、嫌な感じだ。そんな訳で誰かからの反応があるかもしれない場所にプロレスや格闘技の話を書くことは避けている。

 硫化水素による自殺が多いらしい。警察庁が硫化水素ガスを発生させる方法を有害情報に指定するようだが手遅れだろう。何もしないよりは良いかもしれない。根源はなぜ自殺を選択してしまうのかということだが、生きたいという基本的な欲求に社会が応えられないということだろうか。犯人探しは新たな自殺者を作るだけだろうから社会が悪いなどと言う他ない。
 「死ね」と合唱したり「生きろ」と合唱したり世間は色々と騒々しい。他人の命を私物化するのは残酷で、個人の命を公共財にするのも残酷だ。一番、残酷なことは残酷に慣れて残酷が解らなくなること。そして我々は残酷な生き物だなと考える。

2008/04/29
 休日なのでダラダラと過ごすも、これではいかんと一念発起してサイクリングに出掛け、二時間ほど走り回りぐったり。結局、再度ダラダラと過ごす。

 お前が何処に居ようが知ったことか。などと、聞こえてきた歌の文句に返してみたりする。

 青山大学准教授のブログが大炎上と一般紙にも報道される始末。軽く読んでみたが、酔った勢いで冗談半分に書いていると仮定しても内容が悪い。あれは書く方も読む方も頭が麻痺してないと駄目だろう。表現の自由は保証されるべきだし、思想の自由も同様だ。何をどう考えてどう表現しようが自由なので大いに結構。よって私もあのブログが不愉快な内容に満ちているということを明言する。それでも准教授への個人攻撃はしない。人格攻撃なんて私はしない。ああいう人格に近付くようなことはしない。しかし、名誉毀損なり侮辱罪なりで訴えられる危険性について何も考慮しなかったのだろうから凄いリスク管理能力だ。国立の研究機関に置いておくのが妥当な人物とは思えない。経歴を見ると理系らしいが、とてもそうは思えないブログの論旨が更に不適当さを醸し出す。ああは成りたくないものだ。
 あ、ブログの更新を忘れてた。

 昨日は色々と過去の作品を引っ張り出した。詩については単に引っ張り出しただけで何のコメントもしていない。362篇をざっと見るだけでも面倒だった。よって選び方はかなり適当だし、別に傑作だと自負している訳でもない。目に付いたというだけ。詩は計算して書いていない。思い立った時に思い付いたことを書いているだけで構成は書きながら考えている。適当に書きなぐった物を後からカット&ペーストして出来上がりというのがパターンだ。他人の詩作方法を知らないのでこれが良くある書き方かどうかは分からない。個人的には詩論などどうでも良いと感じているのでこれで良いや。


2008/04/28
 十周年なので過去を振り返ることにする。過去の原稿を読み返して特に印象に残った物を挙げていく。

 最初は「まんが接待はじめて物語」になる。これは「強力ファイト」としては最初のコンテンツであり、「二話目はない」などと書いたくせに今でも続いている。最初は忠実なパロディだったのだがノーパンしゃぶしゃぶに行く段階でロン毛おじさんが壊れて「東洋の飢えた淫獣」と化してしまい、パロディとは言い難い代物になってしまった。作者のお気に入りであり、それが故に一般の方にはお勧めしない。
 
 「登場人物紹介」も初期からあるコンテンツだが最近は全く手を入れていない。形を変えて再始動する予定だ。このコンテンツはパロディとオリジナルが入り雑じり何が何だか判らない。判っているのはここに書かれた登場人物がここにしか登場していないということぐらいか。例外はえっちンガーくらいだ。「登場人物紹介」に登場する人物の中で印象に残った者を下記に列挙してみる。
 三毛猫マン …絵は自分で描いている。これはBTRONの「基本図形編集」で描いたんだよな、確か。
 妊娠ライダー…生命の尊さを正面から訴えた作品。
 官僚戦士 アマクダラー…かなり古い作品なのだが今でもタイムリーなのはどういう訳だ。
 キンタマX…こういう話が大好き。
 MOF担大図解…実はこの絵は似てない。自分の頭の中のイメージとはかなり異なる。
 ゴジヲ対アンミラズ…ネタはどうということないのだがコジヲの絵が可愛い。
 求職戦士 フケイキング…古い作品なのに、これもタイムリーだよ。政治の無策を象徴している…のか。
 鞍馬ピノキオ…誰か漫画化してください。
 仮面おなにぃ…サブタイトルの変遷が良くできていると自画自賛する。
 オナニーの神、ゴッドオナニー…下らなくて素敵だ。
 蝶マン&蛾マン…ちと判りにくいネタかもしれないが特に解説はしない。
 チャックマン…書いた時は凄く面白いと思ったが読者の受けは今一つだったような。
 最後の一本…人生の無情さとユーモア。
 「ちょボッキ」…例によってパロディの元ネタは一切、見ていなかったりする。
 「でっかい おっぱい もみたいな」…「みんなのうた」でこんなのあったら面白いなというネタ。
 オリエント急行脱線転覆殺人事件…あっさりしている所が良い。
 ヌター・ウォーズ…元ネタに対する否定的評価から生まれた作品…単なる嫌がらせだな。

 以下は個別のコンテンツ。

 「地球防衛軍(仮題)」…唯一の一般向けエンターテインメント作品として絶賛構想中。でもここ数年、ほったらかし。

 「ミツルギ参上」「魔人サソリ」「黄金大仏」…或る人物の書く言葉への嫌がらせ。本当に単なるギャグで笑いながら書いたのだが真面目に受け取る人が居て少し驚いた。

 「2005年を振り返る」…落川春秋が登場する対談シリーズの中で元MOF担達が登場する回。話は理路整然と支離滅裂。

 「花」…現在、唯一のポルノ作品。ポルノにありがちな表現を極力避けて書いた。話自体は森山塔の「セムイの日」(記憶違いでなければ)からアイディアを戴いている。戦争によって少年の人格が一変してしまう状況を書くつもりでいたが同様の物は先行作品が大量にあり、似たようなことをやるのは嫌だなと書いている途中で気が変わった。結局、『少年は戦場へ行った。そして戦場でたくさんの人間を殺した。戦争が終わると同時に勲章を持って帰ってきた。』で主題を済ませるという大胆な省略描写とした。この省略のやり方は気に入っている。書かなくてもいいことは書かなくていいし、書くべきことも書かなくていい時があるのだ。

 「夢の夜」…ロリコン物と言えばロリコン物か。性行為の描写はないが寸前まではある。主人公の主張は途中まで理路整然としているが、結論に至る前に破綻してしまっている。その辺りの短絡さが良い。この話は最後に御伽噺になるが、これは執筆当時「御伽噺に隠された史実」等の謳い文句で幾つかの書籍が出版されており、その逆の「現実に隠された御伽噺」にしてしまおうと風呂で頭を洗っている時に思い付いたことによる。

 「その人を探して」…「明確な失敗は成功と変わらない」、「緊張・集中・覚醒・混乱」といった主題はこの作品から産まれている。成功を放棄することによってしか存在し得ない、これらの作品は自身にとっては最重要だが他者にとっては全くの無意味である。

 人力巨大ロボ ドレインガー…特撮かアニメにすると面白いのではと思う。でも、放送禁止になるかもしれない。自分が大金持ちだったら人を集めて作らせたい。

 喘げ! たい焼き君…こういうのが本当に好きなんだから仕方ない。

 えっちンガー 「その愛と死」「えっちンガー」の中の一つ。ともかく下らない。巨大ロボットが風俗産業に従事しているという設定も下らないが、プレイの内容も下らない。アイディアはあるので再開したい意向はある。

 「グソム童話」…シンデレラという化け物とお岩さんという癒し系化け物が登場する。続きって需要があるのかね。

 「学園ラブコメの素材」…元々は単なるネタ帳として書いていたが、その内に独立したコンテンツとなってしまった。なお、学園ラブコメは企画が全て頓挫しており、執筆の予定は全く無い。

 「強力仮面」第一話
 強力仮面第四話「闇に輝く薔薇」
 大人電話相談室特別編
 強力仮面は原点であり、到達点である。出来が悪い部分は多く、目を覆いたくなるがそれでも歴史の一部であるから無視はしない。続編については始動しているが。

 「私立鋼鉄戦士高校」第十二話「私立鋼鉄戦士高校」から一つ選んでみた。話をもっと引っ張って二転三転させないと尺が足りないのだが、別にそれでもいいやと思っている。

 「緑の恐怖」
 「赤い何とか」
 「桃色地獄」
 「夢の色は何色か?」
 森の妖精と青年の交流を描いている。読めば判るが爽やかさは微塵も無い。全部、下ネタだ。

 「クリスマンと人妻」…クリスマンはかなり変則的な書き方をしているので何が何だか良く分からない。

 「ゲーム感覚」…これってライトノベルとして投稿すべく書き始めたんだよな、確か。これを採用する編集者は居ないだろうなぁ。最初の一行でオチがついてるから後は読まなくても良いという楽な作品だ。

 「染みつく泣き声」…夏の怪談話。あまり恐くない。

 「死人の恋」…純愛をテーマにした話。構想ではもっと長くなる予定であり、執筆途中であるのだが何となく満足してしまったので放置している。ああ、これって前振りの長いギャグなんだよね、実は。オチまで書いてないから判らないだろうけど。

 「遠くへ逃げたい」…現在、執筆中。凡庸であることを目指しつつ、凡庸以下に留まっている。

 「鍵穴」…こういうのを大量に書ければ雑誌等の穴埋めに採用されるかもしれない。それを目指す気が無いので書かないけど。

 「回転子」…女と猫。輪廻天性は信じていないので主人公の発想は間違っていると思う。

 以下には詩を列挙する。解説は気が向いたら後で書く。
 自殺快進撃
 その人
 1996/04/14
 段ボール
 一行詩
 「螺旋変奏曲(第四)」
 「修羅と唸り」
 「中庭」
 「文様」
 「天使」
 「花に吹く風」
 「小さき手」
 「無人の肖像」
 「書かれなかった」
 「夕焼け」
 「死人。若しくは路上の現実」
 「神の子」
 「蝋燭」
 「オルガンの悲鳴」
 ぶぅぅぅうぅぅぅぅん
 「子守歌」
 「祈りの灯火」
 「ハンマークラビア」
 「亡」
 「ギョウザ」
 「浜辺の風景」
 「新しい命」
 「青空」
 「新しい性生活」
 「ありがとう」
 「片想い」
 「叶」
 「悲しい花」
 lityukurein
 「野辺の花」
 「光り」
 「薫風」
 「デフレ・スパイラル」
 
 「壊人」
 「死の想像」
 「花の生き様」
 「餓えた祈り」
 「幻覚の幸」

 明日からはまた違う形で十周年について考察しつつ、原稿も進めるつもり。


2008/04/24
 そろそろ何か特別なことでも始めようかと思いつつ具体的には何も始めていない。「強力ファイト」が十周年だからといって、それが特別なことかというとそうでもなかったりするが、個人的には感慨深い。
 思い出すのは嫌なことの方が多い。何が嫌だったのかは一々書かない。あまり振り返りたくないし、思い出したところで善いことは無いだろう。
 久し振りに十年前の原稿でも読んでみようかという気にはなっている。ちなみに現在の「強力ファイト」では公開されていない。単にデーターの移行が面倒くさかったというだけの理由だ。どうせ「更新履歴」と称して書いた文章だから今となっては意味が無い。それでも記憶を呼び出す記録には違いない。
 そして今後だが、何かを変える予定が無い。世間にアピールするなどというのは四月馬鹿でしかなく、原稿を公開しつつも引き籠もるであろう。過去に何度も書いたことをしつこく書くと、私にはどうしても書きたいこととか、どうしても伝えたいこととかが無い。明確な意志や目的とは無縁だ。需要が無いのに供給があるというスタイルは十年前と変わらないし、今後も変わらないだろう。読者数は十年前と変わらない。今後も減ることはあっても増えることはない。何も変わらず継続することとなる。
 「遠くへ逃げたい」はライトノベルへの接近であったはずだが幸いなことにその目的は早々に破壊されている…ように思う。私はライトノベルには疎いので良く分からない。今後も疎いままで居るので今後も分からないままだ。興味が無いのだから近付く理由が無い。この作品は今後も読者不在で進むことになる。到達点は過去か未来か。或いは両方か。何にせよ売り物にはならない。
 「まんがはじめて物語」と書くと元ネタを指すことになるので元MOF担シリーズと書かなければならないか。ともかく、このシリーズも読者不在で笑いのみを追求していく。読後感が無い作品を目指しているが、その目的は達せられていると思う。次をいつ書くかは全くの未定だが次回作は更にぶっ飛んだ話にしたい。次回作の前に書きかけの物を完結させるべきか。
 詩作は数だけ。数量だけ確保したい。粗製乱造で良いのだがそれもおぼつかない。今はTRIZが使えないか検討している。勿論、そのまま使えるわけはないが少しでも引っかかりが生まれれば言葉を引きずり出せるかと期待している。
 「登場人物紹介」もたまにはどうにかしたい。似たようなことを違うタイトルと形式で始めようかと考えているがタイトルが決まっていない。

 色々と考えはあるがまとまっていない部分が多い。はっきりしているのは読者を積極的に増やす気が無いということぐらいか。今、居る読者を大事にするのは当然だが、それは結局、作品の提供によってしか果たせない。ともかく書く。趣味とか生き甲斐とかそんな程度の理由ではなく。


2008/04/22(火)
 私は基本的には死刑廃止論者だが今回の判決は妥当であると考える。刑法上の最高刑で望む他ないし、それが死刑である以上は当然、死刑とすべきだろう。死刑の存在が犯罪抑止に対してどの程度有効であるかは判らない。だが現在の日本の状況を考慮すると死刑制度廃止ありきの考えには賛同しかねる。
 犯罪抑止の為に監視カメラを増やすことが即効性のある方法なのは間違いないのだろう。相互監視と密告による治安維持が民主社会においてどのように機能するのかは興味深い。村社会からの脱却が行われ、地域コミュニティーの崩壊が進んだ状況下では機械化された監視と密告に頼らざるを得ない。また、我々は治安維持が完全に自動化されることを望んでいる。自分達が何もしなくとも自動的に治安維持が為される社会を求めている。それは理想社会であるだろうが同時に自律の放棄でもあろう。人間は本当に機械化によって生まれた余裕を有効に利用できる生き物なのだろうか。私は若干の不安を感じている。

 「まんが接待はじめて物語・防衛省篇」は少しばかり手を入れるかもしれないが、そんなには変わらない。あれで完結となる。社会風刺にも何にもならずに馬鹿話に終始しているのは毎度お馴染みのパターンだ。それで良いと思う。全てを笑い飛ばす中でたまたま風刺が紛れ込むのは良いが、風刺を目的にはしたくない。社会風刺という目的を持ってしまうと笑いの純粋性が失われるので、それは避けたいのだ。


2008/04/21
 「まんが接待はじめて物語・防衛省篇」を完結としたので「遠くへ逃げたい」を再開する。その前に頭から読み返さないといけない。はっきり言って内容を忘れている。別にストーリー上で何か矛盾があっても誰も気にしないだろう。少なくとも私は気にしない。
 しかし、「まんが接待はじめて物語・防衛省篇」は途中から何の話か判らなくなってしまった。これは一体、何だろうと思いながら書いていた。実は資料として「戦争の経済学」という本も買っていたのだが、全く使わなかった。まぁ、いいや。要は面白ければ良い。今回はかなりデスジョークが入ってきてしまい、それは予想外だったがたまには良いだろう。肝心なことは不謹慎であることだ。皆が笑顔で幸せになるような笑いは他の人がやれば良い。


2008/04/17
 詩を二篇同時に書いているのだがどうも上手く行かない。すっきりしない。読んだ人間が発作的に自殺するとか、ただ存在しているだけで世界を破滅させるとか、そういう理想があるのだが全く到達できない。詩作の要綱は主旋律と副旋律、リズム、視線誘導、感覚の混濁。構造は緊張・集中・覚醒・混乱。視覚効果と音響効果は最優先ではない。

 「まんが接待はじめて物語・防衛省篇」だが、メイドに死人が出たのは単純に登場させるのが面倒になったから。私がメイドを嫌っているという訳ではないことはご理解いただきたい。ついでに好きではないこともご理解いただきたい。

2008/04/16(水)
 iTunesストアでアルバムを一枚購入した。あのバンドは現在は活動休止中らしい。公式サイトにアクセスしたが中身は消えていた。アルバムが買えたのは良いがバンドが活動休止では次が無い。ちなみに韓国ではなくUKの方だ。
 そろそろiPodを買い増そうか。初代の10GBモデルはWindowsマシンに繋がらないし。iPod touch 32GBモデルが良いだろうか。32GBもあれば音楽については容量不足の心配は多分、無いだろう。動画はさして貯め込んでいない。ああ、先立つ物が無いのか。先立つ物が無いので先立つ人も珍しくないご時世だ。自分は貧乏では死にたくないなと思うので金は大切にしたい。今年後半ぐらいに買う予定を立てて貯金しよう。

2008/04/15
 幾つか企画を考えていたのだが忘れた。思い出すのも億劫なので今日は書かない。でもどこかに書いておかないと忘れたきりになりそうだ。
 要はヒーロー物だ。第一話のAパートでいきなり敵に負けて、Bパートで洗脳されて、第二話のAパートで昨日までの味方を騙して、Bパートで叩きのめしてアンチヒーローになる訳だ。全52話で粗筋のみ書くつもり。普通に小説にする気は毛頭無い。だって書くのが面倒だから。
 後は似非SFを幾つか構想中。似非を名乗る理由は科学的考証を殆どせずに書くつもりだから。要するに手抜きだ。これも粗筋だけ書いて小説にはしない。当然、面倒だからだ。
 要するに小説を書く気が殆ど無いという状態で「強力ファイト」は十周年を迎える。せっかくの十周年なので何か特別にやろうか。十年前の原稿を載せるとか、そういう後ろ向きな展開を考えてみよう。未来は放っておいても勝手にやって来るので気にしなくていいだろう。取り敢えずは過去の手入れをしてみよう。

 何だか北京オリンピックが楽しみになってきた。今でもこれだけ揉めているのだから、本番になったらどうなるのだろうかと想像するとわくわくしてくる。ま、あまり不謹慎なことは公言しないようにしよう。どこから抗議が来るか判らない。もし、自分が有名人だったりしたらブログが炎上してヤフーのトップニュースに取り上げられたりするかもしれない。良かった、良かった、無名の人間で。自分で自分のフォローをするとオリンピックを切っ掛けに更に中国に耳目が注がれるようになれば中国の実態もより判りやすく見えてくるだろうと期待しているわけだ。中国の実態が見えたからといって何がどうなるわけでもないが知らずに向き合うよりは知って向き合う方が良いだろう。
 愛国心は貴いものだと思うが寛容を亡くして偏狭で排他的になるのであれば、それは馬鹿げている。

2008/04/01
 エープリルフールなので何か嘘でも書こうかと思っていたが既に午前零時を過ぎている。そんな訳だから昨日の企画がエープリルフールネタだったということにしてしまおう。新奇性とか独創性の追求は手間が掛かる割りに得る物が少ない。古くて凡庸な物を目指す方が良い。昨日の企画も結果的にはそうなった訳だが意図せずそうなるのと意図してそうなるのとでは話が違う。話は違うのだが結果が同じなのだから同じと言えば同じだが、やはり違うと言えば違うので違うということにしておく。

 Bはデーターをサーバーから自律行動可能なロボットへ移すことによってテロから生き延びていた。Cは戦闘で重傷を負った肉体を機械化してサイボーグとなっていた。
 Aは逃亡者として潜伏を続ける内に非合法研究者の集まりに顔を出すようになっていた。彼はそこでリーダー格のDという女と知り合う。Dの研究内容を明かされたAは驚きながらも魅了される。それは生命超機能分散システムであった。人間の機能を分解してネットワーク上に配置する。人間は個人としては存在せず、全ての人間は知能と感覚と駆動機構に分解され、ネットワーク上に分散し、コンピューターとセンサーとアクチュエーターといった機械とも結合する。人間と機械の差はなくなり、人間は居なくなる。その後に居るのはネットワークという生き物だけ。
 AはDの理想に共鳴し、同時にDに惹かれ始める。こうしてAとDは愛し合うようになる。

 嘘企画は嘘企画としてそれなりにオチは付けようかなと。しかし、Aは女たらしだ。こいつの何処が良くて女にモテるのか分からない。多分、主役の特権なのだろう。
 で、オチはどうしようか。あんまり引っ張る気も無いのでそろそろ終わりにしたいのだが拡げた風呂敷を畳み込むのが面倒くさい。
 今日はもう寝る。

 と、思ってトイレへ行って戻ってきたらオチを思い付いたのでラストの文章だけ書いておく。

 「後に残るは主の居ない奴隷の群れ」


2008/03/31(月)
 人間が肉体を捨ててサイバースペースへ移住することが行われている時代。病気、老い、死が存在しない世界への移住は一部の経済的に恵まれた人々に限定されていたが、それも過去の話となり、一般的な家庭に生まれた者も移住をすることが当たり前となっていた。そしてサイバースペース内で最初から肉体を持たずに誕生した人間も珍しくなくなっていた。その一方で急速に進んだサイバースペースへの移住に反対する勢力も生まれていた。それは新たな階級闘争であり宗教紛争であった。

 と、こんな設定を考えた。私は知らないが、こういう設定の作品は既にあるだろう。何処かで観ているのを忘れてしまっているだけかもしれない。そういうことはたまにある。
 それはそれとしてもう少し話を考えてみようか。

 青年Aはサイバースペースへの移住を控えていた。彼の婚約者Bは既に移住を済ませていた。AはBと一緒に移住し、サイバースペース内で結婚して新居へ移る予定でいたが事務手続きの問題でAの移住だけが一週間先送りとなってしまったのだった。
 そんな中、Aは爆破テロに遭遇する。人間のサイバースペースへの移住に反対する勢力の犯行だった。Aは危うく難を逃れて無傷だったが、怪我を負って倒れている女を見つけた。その女、Cを助けようと近付いたAにCは銃を突きつける。Cはテロリストの一員だった。
 Cに脅迫され、AはCと行動を共にすることとなる。二人はその場を離れ、そのままテロリストのアジトへ。そこでAはCの仲間達に拘束され、彼らの言う「再教育」を受けることとなる。
 「限りある生命を持ち、そのことの不安や恐怖に立ち向かっていく生き方こそが人への慈愛を産む源である」との彼らの考えに共感しつつも、何の不安もなく永遠に生きられるサイバースペースが悪であるとはAには思えなかった。そんなAに対して怪我から復帰後、すぐに戦線へ復帰したCは人間の生命力とその野性味をAに見せつける。Aは徐々に「限りある命から生まれる慈しみ」を受け入れ始める。だが、それはCという女への愛情の発露でもあった。Aは婚約者Bを想いつつもCへの想いを募らせ、Cもまた自らへの理解を深めていくAに惹かれていくのだった。

 と、三角関係が芽生えたところで導入部は済み。後は激化する闘いを描く。

 サイバースペースの住人達は戦闘ロボットによってテロリスト達を鎮圧していた。だがテロリスト達の数は減らず、彼らのクラッキングによって戦闘ロボットが乗っ取られる事態も増えていた。そこでサイバースペース側はサイバースペースへの有利な条件での移住を条件に貧困層の人間を傭兵とした。都市部での人間同士の闘いが日常茶飯事となっていった。
 Aは自ら闘わずロボットや貧困層の人間を闘わせるサイバースペース側に失望した。Aはサイバースペースへの移住を放棄し、テロリストとなることを決意する。
 テロリスト側は新たな作戦を計画し、実行に移そうとしていた。それは発電所、データセンター、サーバーへの一斉攻撃であった。
 「それは虐殺だ」
 Aは反発する。サイバースペースの住人にとってコンピューターの停止とデーターの消失は死を意味する。だが、Aの意見は取り入れられず計画は実行に移されようとする。反発し、身柄を拘束され、独房に囚われたAの元へCが忍んでくる。AはCを説得しようとするが、逆にCはAを説得しようとする。AはCの説得に応じ、Cは安堵する。その隙をついてAはCを制圧し、独房から脱出する。作戦実行時間は迫ってきていた。AはせめてBだけは助けたいとBに連絡を取る。だが、Aの前に現れたBはリアルワールドの戦闘を全く知らずにいる能天気な新婚気分の女だった。危険を伝えようとするAの言葉の意味すら理解できないB。Aは絶望し、連絡を一方的に断つ。
 テロリスト達の計画は実行された。Aは爆破の光に影を伸ばして途方に暮れる。

 と、ここまでが中間部。ちなみにこの時点でB,C共に死んでいない。続きは面倒くさいな。ここで終わりでも良いと思うがエンターテインメントであるならば、それなりに解決させないといけないだろう。
 それはそれとして年度末だ。今年度を振り返ると…別に振り返らなくてもいいか。

 前述の企画だが、改めて考え直すとコンセプトが古い。リアルワールドとサイバーワールドの対立というのは新しいビジョンではない。これは三十年くらい前の新しさだろう。知覚の拡張と肉体の拡張が同時に行われる世界。人間と機械の接点、ヒューマン・マシン・インターフェースの究極は単純に人と機械の完全な融合だろう。

 サイバーワールドに人間の精神が現れる時、そこにはDRMが掛けられるだろうか。それとも補償金?
 人格の複製がネットワークに同時に大量に存在し活動する時、どの人格がオリジナルであるかはあまり意味が無い。なぜなら完全な複製とはそういうものだから。人格の複製は規制されるだろうか。例えばコピーワンスとか、ダビング10とか。

 結局はコンピューターとセンサーとアクチュエーターがネットワーキングすることになる。人間が人間としてそのネットワークに参加するのか。脳だけがコンピューターとして参加するのか。脳以外の肉体がセンサー兼アクチュエーターとしてネットワークに参加するのか。これら全てが同時に行われるのか。人間がその機能を分散させてネットワーク上に散らばり、拡散し、拡張していく未来を考えてみるのは…二十年くらい前のコンセプトだろうか。

 知的生命体の究極というのは「色即是空 空即是色」だろうかと考える。これは千年以上前のコンセプトだ。
 この手の話は最後には神学論争風になる。神を引き合いにする者も居ればコンピューターを引き合いに出す者も居るだろう。幻想なんだか科学なんだか判らない世界をぐるぐる回ることになる。そういう世界は私には面倒くさいので私は書かないことにしよう。
 そういう訳で「まんが接待はじめて物語・防衛省篇」の執筆へ帰還する。


2008/03/28(金)
 のほほんとしている。やらなければならないことは幾つもあるのだが、慌てる必要がない。だから、のんびりとしている。
 ブログの更新はさほど頻繁ではない。まぁ、あんなものだろうと思う。どこからも何の反応もない状態だがそれも含めて想定の範囲内だ。為になることや感動を与える文章があるわけでもないのだから人気が無いのも当然だろう。メールを送れば更新できるという気楽さだけが自分にとっての最大のメリットだ。

 デジタルカメラはリコー R8がメインとなっている。小物の接写には便利だ。満足感は高い。それでも趣味で使うにはやはりGR Digitalだなと思う。絞りやシャッタースピードをマニュアルで調整できないのはストレスだ。全ての場面でそうだというわけではないが、そういう場面も確かにある。しかし、R8の高精細液晶画面に慣れるとGR Digital(初代)はかなり見劣りするんだよねぇ。間を取ってGX100が良いのかね、やっぱり。持ってないし、買う予定も無いけど。

 通り魔殺人だの無理心中だの自殺だのと次から次にニュースが出てくる。硫化水素ガスを使った自殺はどうやるのかって、思わず調べちゃったよ。ああ、成る程ねと思った。今のところ、自殺する予定は立てていないから役に立たない知識ではある。
 死にたい奴は勝手に死ねと言い切ってしまえば言う方はすっきりするだろうが言われた方は違うだろう。それにしても昨今の殺人者は人を殺すことで自分が癒されようとしている様に見える。彼奴らは癒し系だ。

 中国には活猫水煮なる料理があるのだと先日、初めて知った。中国には化け猫伝承とか無いのだろうか。あるけど迷信だから気にしないとか。何にせよ私は猫は食べない。他に食う物が無ければ食べざるを得ないけど。結論としては中国の食文化は奥が深いですねというだけ。

2008/03/27(木)
 人命と株価が連動しているかどうかは知らないが暴落の感あり。
 自己完結の挙げ句に自殺する者も居れば他殺に及ぶ者も居る。人生の転機が自殺か殺人というのも酷い話である。
 私は心理カウンセラーでも何とか評論家でもないので、ああしろこうしろは言わない。取り敢えず詩は書いてみたがこれは何の足しにもならない。勿論、最初からそのつもりで書いているのだ。念のために書いておくが作品内で登場人物が繰り広げる意志と作者の意志は同一ではない。私は自殺も殺人も肯定しない。
 安直な意見は幾らでも書けるだろう。しかし、それで傷つく人も居るだろうから書かない。人を傷つける行為は安直に行うべきではない。

 QRコード付きの墓石の話など読むと生前のデジタルアーカイブスの方が遺骨よりも丁重に扱われるべきかと思えてくる。想像しうる遠い未来の人類の有り様は古びた御伽噺の世界その物。遠い未来は極めて古典的な世界。


2008/03/25
 久し振りにブログを更新しようとしたら更新が反映されない。調べてみたらシステムのメンテナンス中だった。ちょいと前にメールが来ていたのをすっかり忘れていた。別に火急の用件を書いた訳ではないから更新が遅れたって構わない。内容は映画の話。どうやって視たのかは内緒。映画のタイトルは「世界最強の格闘技 殺人空手」。久し振りに観た。
 あまり格闘技の裏側には踏み込みたくないので踏み込まない。結局、人間関係の混沌に嫌気が差すだけだ。やはり善い面に着目した方が良いですよということ。ま、暗黒面から目を反らせてばかりでも馬鹿を見るけどな。

 「web 2.0」というよりは「web 2ちゃんねる」の時代だと感じる。全てのwebサービスが2ちゃんねる化して行くような気がしないでもない。ノイズ耐性を高める必要がある。お互いに。


2008/03/22(土)
 特に書くことが無い。児童ポルノ法の改正案について何か書こう…という気も起きない。人権擁護法案と並んで断固阻止すべきとは思うがホームページやブログで政治の話は気乗りしない。誰かに対して自分の意見を述べるとか、これだけは言わせてくれとかいうことはやらない。書いてもいいけど公開する気が無い。ネット上でのオピニオンリーダーなど目指さないし、そういう立場への憧れも無い。気楽な個人として毒にも薬にもならないことを書くだけだ。
 例えば児童ポルノ根絶のためには人間の性欲を根絶する必要があるのだから遺伝子組み替えやロボトミーでもバンバンやりましょうとかいう凡庸なアイディアだ。しかし、本当に性の商品化とか性的搾取の根絶を訴えるのならそこまで踏み込むべきだと思うのだが何故、彼らからはそういった案が出ないのだろう。科学的には可能だと思うので別にトンデモ話ではないだろう。人道的には大問題かもしれないが、それで性犯罪が一掃されるなら良いと思う。もっと近視眼的な話をするなら性犯罪者に限定して性欲を奪うとか。ともかく性欲の存在が諸悪の根源なのでそれに関わる物は根本から断たないと駄目だ。例えば恋愛感情とかさ。
 こういう無責任な馬鹿話しか書く気が起きないという話。しかし、人間はいずれデジタルデーターとなってネットワーク上に何となく存在するようになるのだろうから、そうなれば性欲に関わる部分を外したサブセット版を作ることだって容易かもしれない。特定用途向けに最適化された人間を作ることもあるだろう。そういう存在を人間と呼ぶかどうかは分からないが、そもそもそんな時代になれば人間であるかどうかもどうでも良い下世話な話になっているに違いない。生物であることを止めてしまえば色々な問題が解決する。別の問題も起こるだろうがそれはその時の話だ。

 現在、大量のテキストデーターがネット上に存在している。テキストデーターマイニングによって大量の口コミ情報を効率良く、精度良く処理できるようになっているらしい。早く人間の代わりに小説を書いてくれるプログラムが登場しないかなと思う。詩については存在しているみたいだが、詩なんて物は便所の落書きみたいな物だから人間が書く方が宜しいのではないかと思ったりはしている。


2008/03/11
 もうすぐ年度末だ。といっても特に何かがあるわけでもない。

 iTunes Storeを何気なく訪れて、あれこれと試聴してみたがどうにもしっくりくる曲に行きあたらない。結局、自らのライブラリから、ごく普通に「21世紀の精神異常者」を聴いている。落ち着く。決して新しい曲ではないが古くない。やたらと新しさを前面に出した物ほど古くささを感じるのは歳を経た証拠なのだろう。
 自分の可能性に対する猜疑心は幼い頃からあるのだが、最近は他人の可能性に対しても疑い深くなってきている。これは善い傾向とは思わないのだが、どうやって修正すべきか分からない。物事を悲観的に見ることは所詮、自己防衛の為の予備的傷心でしかない。悪いことではない。寧ろ生活の知恵として推奨されるべきことかもしれない。しかし、大きな傷から逃れる為に小さな傷を求め続けて自らに与え続ける行為は下世話な性行為に似て建設的ではない。発展させれば地獄に墜ちるだけの行為は一般的には止めた方が良い。地獄に墜ちることが慶びになっているのであれば御目出度い話なので一人で地獄に墜ちれば善い。油断はしないが楽観的に生きることが個人的には望ましい。


2008/03/08
 昨日、帰宅するとリコーR8が届いていた。早速、箱から取り出してバッテリーを入れて電源ON。電池を交換してくださいとかいうメッセージが出て自動で電源OFF。少しはバッテリーが充電されているかと思ったらそんなことは無かった。そんな訳で最初の一枚を撮るのに一時間以上かけた。
 まだ数枚しか撮影していないし、私はカメラに詳しい訳でもないので特にレビューをする予定はない。個人の感想はどこかにまとめるとは思うが、そうするにも使い込みが足りない。

2008/03/05
 ここのところ、やけに眠い。そんな訳で寝る。

 ネットの闇とかを新聞紙上でよく見掛ける。あまり深く考えずにざっと読んでいるだけで特別、感想はない。「ネットって怖いなぁ」とは思うがそれは交通事故の死傷者数を見た時と同じで、その時は怖いが、いざ外に出れば普段通りの注意力しか発揮しない。そんなものである。
 自分は普通に平凡に振る舞おうと思うのみだ。祭りやら炎上やらに関わろうという気は無い。そういうことに積極的に関わることを喜びとしていると公言した人物のブログが炎上して個人情報をさらされた挙げ句にブログは閉鎖、本人と家族は引っ越しすることになった事例を見て、なおさらそう思った。
 「人間不信」を実感するような目には遭いたくないなと思うが、そんな順風満帆な人生はそうそうあるものではない。

2008/02/29
 苛々するどころか怒鳴り合いになった本日の仕事については思い出したくもないので思い出さないことにする。

 しかし、ThinkPad X300はちょっと欲しい。しかし、かなり高い。X60はあと二年は使うつもりなので新しいマシンはその時に検討しよう。あと二年か…。我慢できる自信があまりなかったりする。PCカードスロットが付いてSSD容量が二倍になっていたら…それでも先立つ物がないから諦めただろうけど。人間、諦めが肝心だ。とは言え、何も彼もを諦めたら生きているのか死んでいるのか分からない人生だ。

 書きかけの原稿が幾つかある。「遠くへ逃げたい」は大長編の予定なので現段階で完結の見込みが無いのは良いのだけれど「まんが接待はじめて物語・防衛省篇」は早々に完結させたい。でも、ここへ来てまた事故、そして不祥事の予感とは。ネタにして良いのか悪いのか。まぁ、事故そのものを笑いの題材にすることは避けるが。ともかく執筆再開したい。ここ数日のストレスは明らかに気力を奪っていたが、それは自分で取り戻さなければならないものだ。気力は他所からやって来ない。頑張るとか戦うなんて言葉は自分に対して使うのが吉だ。

 リコー R8 ブラックを予約してしまっている。初期不良が発生しませんようにと願っている。リコーの品質管理担当者もそう願っているのかもしれない。この辺りのドキドキ感も悪くはない。実際に不良に当たったら頭に来るのだろうが。
 しかし、R8は便利過ぎてGR Digitalの出番を減らしそうな予感がする。でも望遠レンズが必要な局面も少なからずあるのでそれはそれで仕方ない。後は暗所における不安定な姿勢での小物撮影という場面がたまにあるので、そこではR8が適しているだろう。何にせよ届くのは早くて来週末だ。

 昨今、著作権絡みの話をネットで見掛ける。実はちゃんと読んでいない。読むべきかどうかも深く考えずに見出しだけ見て済ませている。何処ぞの殺人事件と一緒だ。「強力ファイト」のコンテンツは著作権を放棄しないが他者の使用について何の制限もしない。重要なのは誰も使用しないことだったりする。今のところは文章で儲けようという意識が自分にはないし、儲けられるとも思わない。落川春秋の文章に金銭的な価値は無いと書いた本人が断言できる。私は私の書いた文章を買ったりしない。だって自分で書けばタダだし。読むのもタダだし。他人の書いた物については過去にも色々と買ってきたし、今後もそういう機会はあるだろう。
 問題は著作権ではなくてビジネスモデルでしかないのが丸見えで、端から見ていて無様な人や団体もある。「底が丸見えの底無し沼」がここにもあったかと。
 金儲けは悪ではなく、むしろ善である。ただ、人から尊敬され感謝されるのが善行の印であることは肝に銘じないと恥を掻く。恥を掻くことは生死に関わる問題…というのは古い考えだろうが、お天道様に顔向け出来ないことはしないと誓うのが人の道だ。金には善も悪も無い。金に色をつけるのは人だ。
 結局、現行の著作権管理システムは崩壊してしまっているということだろう。昔に帰ろうとしてもそれは無理な話で、やり方を変えるしかない。自らの生き方を創造できないクリエイターは大成できない。それは昔からそうか。
 補償金やDRMの無い世界は訪れる。コンテンツは保護されるのではなく戦うことを求めている。


2008/02/22
 CASIO AX-1が壊れてしまった。電源を入れて何かキーを押すと暴走するようになってしまった。二十数年、使用してきたがもう限界か。ちなみにAX-1とはカシオ製のポケコンであるFX−780Pを学校教育用に低廉化したものだ。メインメモリーが少なくなっていることが大きな違いとなっている。そんな訳でポケコンが一台、減った。増やそうかどうか思案中。増やすとすればシャープ製となろう。TI製は…どうだろうか。

 Ricoh R8が発売される。今日、リコーのwebサイトを見てみたがR7の長所と思っていた部分が更に良くなっている。こうなるとR7は買う気が無くなってきた。R8は値段が五万円前後とやや高目なのだが買ってしまいそうな気がする。後、コンパクトデジタルカメラに求めるのは撮影した写真をワイヤレスでパソコンに転送する機能か。実現している機種は幾つかあるし、リコーのラインナップ(Caplio 500SE)にもあるのだからR9が出るとしたら、それには搭載されているかもしれない。SDカードにメモリーと無線LANを仕込んだ物もあるから後付けでも何とかなるだろうがどうせなら最初から内蔵されている方が便利かなと思う。

 ThinkPad X300が発売されるらしい。正式発表待ちだ。海外のサイトにはレビューが出ているし、YouTubeにも動画が上がっている。良いなぁとは思うが…金銭的な問題で見送ることになるだろう。X60もまだ一年経っていないし。

 BOOTPLUGはCF-W2よりX60との方が相性が良い。LCD輝度の調整も可能だし、スピーカー音量の調節も可能だった。CF-W2は両方とも不可だった。そもそもUSBメモリから起動しなかったし。そういう訳でHDDの壊れたCF-W2を再利用すべく導入した筈のBOOTPLUGがX60で快適に使えるという嬉しいような残念なような話。ちなみにD01NEは利用可能だった。マニュアルに記載の通り500kbpsしか速度が出ないが、それだけあればストリーミング動画くらいは支障なく見られる。これでX60もゼロ・スピンドルマシンに早変わりだ。いや、そういう目的で買った訳じゃないんだが。


2008/02/19
 昨日はブログに文章を書いたので今日はこちらに書こうかと思った。が、特に書くことは無いのだった。正直、文学論擬きの文章には過去も未来もなく澱んだ現在がこびりついているだけだ。どうでも良いことをどうでも良いと思いながら書いているから毒にも薬にもならないことになる。ブログはそれで良いと思っているが。
 大衆娯楽に供する為にセックスとバイオレンスしかない話を考えた。あらすじだけでも今日、書いておこうと思ったが、眠いので寝る。

2008/02/15
 ブログで書いた「ハイパーメディアOS」というのは結局はBTRONのことだったりする。構想通りに実装されていたらそうなっていた筈だ。実身・仮身によってOS標準でハイパーテキストをサポートしているので仮身を開けば実身が現れるという仕組みのなかで実身が音声であったり動画であったりすればハイパーメディアOSとなる。単純なことだ。しかし、現実化していない。(フリーソフトによってある程度は現実化している)
 なお、ユビキタス・コミュニケーター上では音声や動画も扱えるようになっていて、再生は周囲に設置された赤外線マーカーや無線マーカーによって指示されて自動的に行われる。ユビキタス・コミュニケーターがそのまま市販される可能性は低いと思うが、その機能は携帯電話等に組み込まれて行くだろう。赤外線マーカーについてはドコモ905シリーズ中、何機種かはハードウェア的には対応しているようだ。問題は端末よりもインフラストラクチャーだろう。ある一線を越えれば爆発的に普及しそうだが、それまでの「死の谷」はどの程度だろうか。

 自分にとっての最初のコンピューターは父親の買ってきた電卓だった。確かオムロン製だった。その後、テレビゲームの流行があり、コンピューターとゲーム機は意識の中で直結するようになった。お金の心配なくゲームがしたいのとゲームの作り方を知りたくてコンピューターが欲しくてたまらなくなった。そこで、お年玉を握り締めて文房具屋に買いに行ったのがカシオ PB-100であり、それが最初の自分専用コンピューターだった。
 今はThinkPad X60と超漢字Vか。カシオのポケコンは今でも使っているが、PB-100は改造に失敗したまま引き出しの奥だ。捨ててはいない。そもそも捨てる気もない。テレビゲーム(そんな言い方をしなくなって久しいが)は殆どしなくなった。飽きたと言えば飽きたのだろう。こういうことになるとは以前には想像しなかった。とは言えアーマードコアをプレイし直したりしているから要は、やりたいゲームの範囲が狭くなっただけのことかもしれない。
 そう言えば自分でゲームを作ったのはポケコン向けだけだった。一次元シューティングで敵の思考ルーチンは全て乱数で決定という代物だった。幾つか作ったが殆ど詐欺同然のゲームデザインだったな、あれは。プレイヤーの耳元でゲームの世界観を説明して説得するという…。12桁1行とか24桁1行のテキスト画面でゲームを作ると、作者の説明無しにはゲームの世界観なんて伝わらないって。


2008/02/14
 ああ、そうか。今日はバレンタインデーだったか。すっかり忘れていたし、忘れられてもいたようだ。誰からも何も貰ってない。例年のことなのでどうということもないが、こういった時事ネタというのはブロガーにとっては大切なものなのかも知れない。ま、私は自分をブロガーだなんて思ってないからどうでも良い。
 ブログを更新しようと思ったのだが文章を書くまでの段階が面倒くさい。一々、ログインするのが億劫だ。必要性は理解しているが面倒なのは面倒だ。そんな訳で今日はこちらに色々と書く。読者の反応を意識しないという点ではブログもホームページも一緒だが文体は意図的に変えている。理由は単なる気まぐれ。

 D01NEとVMwareは相性が悪い…と言うよりはVMware仮想マシンのUSBコントローラーがD01NEと相性が悪いと言うべきか。細かいことは分かっていないのだが仮想マシンの設定を変えてUSBコントローラーを削除したら問題が無くなったようだ。まだ一回しか試していないので確定的なことは言えない。「超漢字V」でUSBが使えなくても特に困らないので当面はこのままで行く。問題は仮想マシンのUSBコントローラーがD01NEを認識してしまうことにあるらしいが、正直なところVMwareに精通している訳でもないのでそういう理解で正しいかどうかは自信がない。マニュアルも殆ど読んでいないし。

 BOOTPLUGは今日は時間が無くて弄っていない。現状はCF-W2での運用だ。ちなみにUSBからのブートが出来なかったので起動CDから立ち上げた。それでも起動が早い。亀頭が早いのは如何なものかと思うが起動が早いのは歓迎だ。D01NEを使えるようにしたいがダイヤルアップ設定はどうすれば良いのか確認しないといけない。VISTAの設定をなぞるだけの話だから梃摺りはしないと思う。昨日はAir EDGEを使用してブラウザを使ってみただけ。D01NEはちょっと特殊なので気をつけるべき点が幾つかある。

 超漢字ウェブサイトにてMacでの超漢字Vのご利用案内(参考情報という資料が公開されている。MacBook AirでBTRONというのも魅力的だ。使っているつもりで妄想してみる。エアー・MacBook Airだな。でもSSDが期待ほど速くないらしい。それでもリードは速いので20秒ほどでシステムが起動するとか。単純に良いなと思う。ああ、昔のアイコンパレードを思い出した…。

 WindowsとかMacOS XとかLinuxとか色々と有る訳だが、やっぱり使い慣れた環境が一番、落ち着く。そんな訳で今日もBTRONだ。他人にお勧めはしないが自分の中ではベストである。なぜ他人にお勧めしないかは…いや、勧めても良いんだけど恨まないでくれる?


2008/02/13
 クラムワークスBOOTPLUGが本日、届いた。どういう物かはリンク先にて各自調査願いたい。個人の感想を述べるならば動作の軽さが素晴らしいこととモバイルには不向きだということか。マシンを持ち歩くのではなく、自分の環境を持ち歩くのがこの製品の正しい使い方であると使ってみて改めて感じた。ノートPCと相性が良いとは思わない。サスペンドには対応していないし、自分のマシンではLCDの輝度調整も効かなかった。事前に分かっていたことなので「ああ、やっぱり」と思うだけ。何かの間違いでたまたま対応してたら良いのにとか思ってたりはしたが、そう上手くはいかないのだ。
 試したマシンには「超漢字・体験版」のCDが入れっぱなしになっていた。気付かずに電源を入れたら、あっと言う間にBTRONだったので起動が速いなぁと改めて感心した次第。BOOTPLUGも速い。Windows VISTAの起動が遅いのに嫌気が差しているので余計に速く感じて好印象だ。
 BOOTPLUGは実質、殆ど何もしていない状態だが明日からは普通にYou Tubeでも視てみようかと思っている。後は普通にメーラーの設定でもしようかと。今日のところはダイヤルアップ設定とFireFox相当ブラウザにプラグインとアドオンを組み込んだだけ。
 X Windowを使うのは久し振りだ。最近、試した別のディストリはWindowsライクなのは良いが動作が緩慢に感じて嫌だった。もっと、きびきび動けと思ってしまう。昔のUNIXワークステーションは今時のWindowsマシンよりきびきび動いていたのだから。とは言え、全く違うシステムを同列に論じるのも的を外した意見だろうから、これを持ってWindowsが駄目だなどとは言わない。実際、LinuxもWindowsライクなデスクトップ環境を搭載したものは動作が重いようだし。
 BOOTPLUGはシンプルな環境が好みな人には向いているのだろう。自分が気に入るかどうかは、もうしばらく使ってみてからの話だ。あ、代金を振り込みに行かないと。

 D01NEを取り外そうとするとVISTAが挙動不審になってスリープもシャットダウンも出来なくなる現象が起きている。VMware絡みくさいが果たしてどうか。VMwareを使わないという選択肢は無いので、場合によってはイーモバイルは予備に格下げすることになる。ちなみに今はAir EDGEだ。通信速度が速くてもシステムが不安定になって強制電源断しかなくなるのは非常に困る。


2008/02/12
 今日はゲームをしていて原稿を書いていなかった。少しは何か書こうかと書き始めたが例によって書くことは特に無い。
 政治の世界は相変わらず色々と揉めているが特にコメントすることもない。唯一無二の正解が無いのが政治だろうから間違いを犯さないことを最優先とするならば複数の意見を書き並べて「議論が待たれます」とまとめて終わりになってしまう。こんなことに何の意味があるのやら。職業的コメンテーターであるならば含蓄のある振りをして言質を取らせないような中身のないことを言うことに意味はあるだろうが。空疎な議論をどれだけ繰り返しても結論はでない。そもそも結論を出さないための議論なのだから当然だ。何も決めないということを目的とした議論が多すぎる。話し合いというアリバイを作るのに必死なだけだ。そして後は時が来て済し崩しだ。

 「この宇都宮餃子って中国産じゃないでしょうね」
 そんな質問をされても返答に困る。以前であれば「宇都宮産じゃないのか」と答えたろうが、今は悩む。まぁ、恐らくは宇都宮産なのだろう。確か新聞に宇都宮の業界団体が調査して国産であることを確認したという記事が載っていた。ただ、食品の表示も当てにはならないから困ったものだ。それに中国産を全て排除したら日本人は飢えることになるだろうからそれも困ったものだ。日本の食料自給率の低さは独立国としての体を成していないという意見まである。食料自給率に限った問題ではないが、安全保障が外国依存というのはかなり情けない。
 と、こんなことを書いても右翼扱いされるのだろう。馬鹿な話だ。


2008/02/08
 ニフティのMVNOプランを利用してのイーモバイルとの契約は水曜日の深夜に申し込んでいた。金曜日の今日にはPCカード端末が届いて使用可能になっているから対応は早い。使用に際しての設定も簡単だし、通信速度も1Mbpsから800Kbpsは出ているようだ。だからサービス内容に不満は無い。それどころか期待通りであって大いに満足している。ただ、イーモバイルには興味がないし応援もしていないし好感もない。単に便利な道具として次世代PHSまでの繋ぎとして利用するだけの考えだ。あまりネガティブなことを書きたくないのでイーモバイルについてはもう書かない。まぁ、都合の良い女に浮気しているということだ。本妻は別に居る訳ですよ。

 しかし、通信環境を変えるとスピードテストと称してエロサイトを巡回するのは個人的には定番だね。画像が多くて重いページを表示してみようと思うと、「それはエロだな」と考える。確かにエロサイトの表示は早くなった。動画もちゃんと見られるし。いきなり白人の無修正だったけど。
 33.6Kアナログモデムからのケーブルをモジュラージャックに突っ込んで生まれて初めてインターネットへ接続した時も検索サイトからニュースサイトを見て回って最後はエロサイトだったことを考えると感慨深い。あの時は静止画像をじーっと待って見ていた。電話代が気になって仕方なかった。何より深夜に居間でネット接続していたから家人に見られたらどうしようかという不安もあった。思えば両親もあの時代はさほどトイレが近くなかったような…。今とは違うな、やはり。
 で、エロサイトはどうだったっか…という話ではない。要するに通信速度が速くなったということだ。160Kbps程度だったのが1Mbpsまで速くなったのだから大きな違いだ。でも利用者が増えると速度は急激に落ちるだろうから、いつまでこの速度を期待できるかが心配だ。早く次世代PHSが来ないかなぁと指折り数えて複雑骨折しないように注意だ。ちなみに通信にかかる費用は¥6000程が単純に上乗せ。どうにか何処かで何かを節約してどうこうしたいがどうにもならないような気がしている。

2008/02/05
 シャープのポケコンを買うかどうか考えている。そしてiPod touchは32GBモデルが登場だ。ここまで来るとiPod touchは64GBモデルが出るまで待とうかという気になってくる。
 そんなに小物を買い込んでも持って歩くのは一苦労になる。大荷物のモバイルコンピューティングが本末転倒であり転倒事故の元であるのは既知の事例であろう。現状、職場と家との往復で持ち歩いているのはLenovo ThinkPad X60,CASIO FX-795P,Willcom WS011SH Ad[es],Willcom AX520N,au A5305K,GR Digital,HP12c Platinum辺り。こうして見ると道楽者だな。PCとデジタルカメラが各一台、ポケコンと関数電卓が各一台、電話が三台だ。ちなみにポケコンは会社に三台が置きっぱなしだ。デジカメも一台が置きっぱなし。置きっぱなしなのは三洋製なのでデジカメと呼称しても問題あるまい。「デジカメ」が三洋電機の登録商標であること自体が忘れ去られているが自分は覚えているので一応、配慮しておこう。 
 この状態を整理する気があまり無いのは多分、これでも整理後だからだろう。


2008/02/04
 これと言って進展は無い。昨日はTRONWARE Vol.109が届いたので読んでいた。まぁ、それだけか。仕事を少しは片付けようと鞄に書類を詰め込んでいたが面倒くさくなってそのままにしていた。仕事は今日の午前中に片付けた。要は片付けばいいのだ。
 読んだことも無い小説の書評をつらつらと読んで小説を想像する。想像した内容について実際と適合しているかどうかを検証することはしない。だって小説を読まないといけないじゃないか。そんな面倒なことはしない。たまたま読んだ誰かのブログに書かれた事柄を追体験しようとは思わない。面白そうなことであれば、それもいいだろうが、どうもそうではないらしいのだから。ちなみに取り上げられていた小説のタイトルや作者の名前は覚えていない。興味が無いので覚えないし思い出そうという気も無い。はっきり言って他人の作品はどうでも良い。傑作だろうが凡作だろうがどうでも良い。作者やその近親者、友人、知人を前にすれば褒めるだけだし、そうでなければコメントしない。ずばり言って小説に強い関心は無い。特に物語には興味が無い。物語を作ることにも消費することにも飽きている。衝撃は自身を破壊した時にしか味わえないものだと諦めて、とぼとぼと創作の途を進むだけだ。
 小説において人物描写は必須とは思わない。感情移入については提供を明確に拒否する。それが私の書くものであり、それが小説であるというのは形式的な分類でしかない。評価の対象になることさえ斬り伏せたいと切に願う。どうせ孤独なのだ。書くことはどこまで行っても独り言だ。尽きることのない独白だけが抉り取られた虚実。


2008/02/03
 LYNXのエミュレーター用にゲームパッドを昨日、購入した。しかし、RAIDENが滅茶苦茶に難しいのだがこんなゲームだったっけ。元々シューティングは得意じゃないけど、こんなに難しいとは思わなかった。
 しかし、この話題って盛り上がってないよな。当たり前か。

2008/02/02
 HP12C Platinum 25周年記念モデルが昨日、届いた。販売元で付けてくれた日本語マニュアルを見ながら操作して楽しんでいる。実際の仕事で役に立つかどうかは分からない。金融計算を日常的に行う職種ではないから普段は今まで通りカシオ ポケコンを使うだろう。それでも仕事を離れた所では遊び半分で使うと思う。
 ATARI LYNXのエミュレーターで少し遊んでいる今日此の頃。実機は持っているしゲームも大量に持っているのだが棚から引っ張り出すのが面倒で疎遠になっていたのが一気に身近な存在になった。ランページは良いなぁとしみじみ思う。怪獣になって建物を壊して人を襲って車や船を叩き潰す、この快感。
 JAGuARのエミュレーターは…どうしたものか。LYNXと違ってJAGuARには思い入れのあるゲームはそれほど無かったりする。アイアン・ソルジャーくらいか。英文マニュアルを直訳した日本語マニュアルの「社団法人 鉄の拳」という表記には笑った。しかし、関連ホームページのゲーム一覧に出ていた「スーパー・バーンアウト」を「超燃え尽き症候群」と訳したGoogle翻訳には更に笑わせてもらったな。


2008/01/31
 Eee PCでBTRONということを考えている。考えてはいるが実行する気は無い。そもそもEee PCを買う予定が無い。それでもEee PCについて考えているのはEee PCに子供の頃に憧れていたハンドヘルドコンピューターを見ているからだろう。PC8201とかHC-88とかFM16πとか。改めてネットで調べてみたらPC8201が欲しくなってきた。必要ないから買わないけど。購入方法を調べることもしない。断固、しない。
 でもHP 12C platinumは買っちゃったんだよ。明日、届く予定。後悔しつつも楽しみで仕方ない。こういう背徳感がまた快感を煽るんだなぁ。一人SMか、これは。しかも相手は電卓かよ。
 要するにEee PCでVMwareを使って超漢字Vを動かすことは多分、可能だろうけどストレージの容量は厳しいんじゃないかなと。そして超漢字Vのネイティブインストールは…どうなんだろう。仮に出来てもネットワーク絡みで不便極まりないから止めた方が良いとは思う。確認しようが無いから正確な所は分からないが無線LANアダプタを認識してくれないのではないかと。誰か試して報告してくれれば良いのに。とか思ってる人がやりなさいって話だよ、こういうのは。
 TI電卓について少し調べてみたがMPUが68000のモデルがあるんだと少し驚いた。でも一番、驚いたのはDoomが移植されているということだった。何で関数電卓でDoomが動いているのかと一瞬、思考停止した。TI電卓が欲しくなったが…いやゲームだったらゲーム機買えよ。でも学校や会社にゲーム機は持ち込みにくいからプログラマブル関数電卓やポケコンでゲームを動かすってのは昔からの常套手段だったりする。自分もそうだったし。

2008/01/29
 auとSBから携帯電話の新機種が発表された訳だが、あまり興味が沸かない。Willcomからも新機種が発表になっているがそちらも同様だ。つまり携帯電話全般に関心が薄くなっているということだろう。コミュニケーションへの渇望が自分には無い。


2008/01/28
 ブログの文章というのは余所行きの文章だ。そんな訳でホームページには何処にも行き場がない文章を書く。要するに読者の事情は考慮しない。今までと変わらない訳だ。
 人種問題とか同和問題とか…。そういうものを避けていくのは大切だ。一般的に差別は良くないというのは正しい。だが、全ての人の人生を全て平等にしろとでも言いたいのかと言いたくなるような意見には賛同しかねる。善行も過激さを増せば悪行と変わりない。善のみを行動原理にするならば現状を否定し尽くすか肯定し尽くすかで終わってしまって結局は何も変えられずに挫折する。挫折だけならまだしも他人を巻き込んで破滅する場合もある。何ごとも穏便に無難に進めた方が良いのだろう。侵略者ほど平和を愛する者は無いとクラウゼウィッツも書いていた…と思った。挫折も破滅も魂の兄弟だから常に寄り添っている。わざわざ招く必要も無いだろう。

 東芝がHD DVDから撤退するのが何時になるのか定かではない。確実に言えるのはHD DVDを支持した他の企業と顧客に対する責任があるので単独では撤退が決められないということか。なぜ、こうなったのかは誰かが分析するのだろうが所謂、裏話が解禁になる頃にはBDでさえ市場には残っていないかもしれない。近い将来、大容量記録メディア自体の需要が減っていることはありうる。要はデーターにアクセスできれば良いのであってデーターそのものを所持することが目的なのではないのだから個人向けのデーターセンターが活況を呈すれば良い話だ。
 ちなみに企業向けデーターセンターは現在でも需要旺盛で供給が間に合わなくなる可能性を抱えているそうだ。コンテナに電源とストレージを納めて地下に埋設するということも行われているらしい。こうなると広大な面積があるものの農業や鉱工業、工場建設等に向かない土地などはデーターセンターの誘致をすると良いという時代が来るかもしれない。
 人生の全てをコンピューターによってデジタルデーターに変換して記録する世代の登場は遠い未来ではない。データーセンターこそが彼らの墓標なのだろう。饒舌すぎる墓碑銘にどのような感慨を抱くだろうか。


2008/01/27
 うー、風邪ひいた。寒気がする。身体のあちこちが重くて鈍痛がする。今日が日曜日で良かった。明日はそれなりに忙しいから休めない。休んだら火曜日に倍の仕事を片付ける破目になる。
 ブログも体調不良で三日坊主状態だ。内容は無い。そもそも何で始めたのかと問われても明確な答えは無い。何となくとしか言い様がない。全てがそんな有り様だ。
 MacBook AirとASUS Eee PCの話題で持ち切りの昨今だ。いや、他にも話題は色々とあるのだが取り敢えずコンピュータ