「クリスマンと人妻」
2006/12/24
2006/12/31
落川春秋

 「どうも。クリスマンです」
 「間に合ってます」
 挨拶と同時に拒絶された。昼間から酒臭い息をしてヘラヘラと笑うサンタクロースに世間は冷たい。増していきなりドアチャイムを鳴らして他人の家のクリスマスパーティーに押しかけようとする奴にはなおさら冷たい。固く閉じられたドアが世間の無情をクリスマンに教えている。
 「この宴会戦士クリスマンが宴会に参加できないなど、あってはならないこと」
 寒風吹き荒ぶ世界でクリスマンは自分に向かって叫ぶ。
 「こうなったら自分でクリスマスパーティーを開いてやる」
 最初からそうしろよ。

 ブラックサンタは一通の招待状を前に腕組みをして唸っていた。
 「罠か?」
 その招待状はクリスマンから届いたクリスマスパーティーへの招待状。例年、敵対している相手から唐突に送られた招待状にブラックサンタは困惑し、疑心暗鬼に陥った。
 ― 一緒にクリスマスを楽しく過ごしましょう。プレゼント交換会を企画しているのでプレゼントを用意してきてね ―
 「ハートマークが気色悪い…」
 そもそもどうしてクリスマンが自分の住所を知っていたのかが分からないので余計に気持ちが悪いブラックサンタだった。
 「まさかストーキングされたのでは?」
 実際にはタウンページで調べただけだったりする。何でタウンページに出てるんだ、ブラックサンタ。

 白雪姫と四十七人の赤穂浪士はリンゴをバクバク食べながらクリスマンからの招待状について相談していた。ちなみに食べているリンゴは毒リンゴではない。スーパーの特売品だ。
 「お義母さまの罠かしら」
 白雪姫は険しい顔でリンゴを噛む。食べながら話すな。
 赤穂浪士は顔を見合わせる。一人が口を開く。
 「でも、差出人はクリスマンです。彼が魔女と手を組むとは思えません」
 「どうして、そう言いきれるの?」
 「だって魔女はああいうタイプの男は嫌いでしょ」
 「それもそうね。クリスマンみたいな寒い宴会芸しか無いくせに前へ出たがる宴会バカをお義母さまが仲間にする訳ないわね。あの人も性格が悪いから」
 白雪姫の言葉に赤穂浪士は全員、うなずく。
 「それでプレゼント交換会に持っていく物はどうしましょう?」
 赤穂浪士の問いに白雪姫は目を瞬かせる。
 「何で参加することになってるのよ」
 「だってせっかく誘われてるし。それについでに吉良邸への討ち入りも済ませれば一石二鳥かなぁって」
 クリスマスパーティーのついでに仇討ちかよ。
 「しょうがないわねぇ。じゃ、プレゼントは腐りかけのリンゴってことで」
 悪い女だ。

 シンデレラは大都会のど真ん中に雄々しく仁王立ち。足元には因縁をつけてきた地回りが五人、転がる。全員があり得ない方向に曲がった間接を抱え込んで喚いている。
 「夜の都会って治安が悪いのね。女の一人歩きは気をつけないと」
 息も乱れないままシンデレラは呟く。
 夜の街の街灯に純白のドレスを閃かせて女は立つ。所々についた返り血は既に乾いていた。
 「パーティー会場はどこかしら?」
 クリスマンからの招待状を取り出し、街灯の元で確認する。
 「ふっ。パーティー、つまりお城での舞踏会ね」
 そう言いながらシンデレラは凄惨な笑みを浮かべる。殺気に満ちたその表情に怯えた野良猫が慌てて路地裏に逃げて行く。
 「舞踏会に行く奴は屠る」
 シンデレラは歩き出す。ついでに倒れている地回りの頭を蹴っ飛ばす。ゴン、ゴンと頭蓋骨とアスファルトの衝突音。
 「そうだ。プレゼント交換会に持っていくプレゼントを…。この人達から貰うことにしよう」
 シンデレラは哀れな犠牲者の身包みを剥ぐのだった。

 唐突だがクリスマンは童貞なのだ。そんな設定はついさっきまで無かったのだが今、作った。だから童貞だ。そして出会い系サイトで知り合った人妻と不倫中だ。この設定も今、作った。そしてその人妻に「お金を上げるから私の露出プレイに付き合って」とねだられている。当然、この設定も今、作った。
 さて、これで前振りは済んだな。後はストーリーを考えるだけ。えーと、どうやってストーリーを作るんだろうか、この前振りで。

 クリスマンは交際中の人妻にクリスマスパーティーの招待状を出したが、「旦那と子供と一緒に高級レストランへ食事に行く」とあっさり断られていた。失意のズンドコにクリスマンは嘆く。あまりの悲しさに堪えられず、「お笑いウルトラクイズ DVD-BOX」を一気に視聴してしまうのだった。
 「ふん。どうせ俺なんて只のクリスマンだよ」
 よく分からない独白だ。はっきり言ってどうでも良いよ。

 「じゃ、プレゼント交換会を始めまーす」
 クリスマンの能天気な声が閑散としたパーティー会場に響く。参加者はクリスマン、ブラックサンタ、白雪姫、四十七人の赤穂浪士、シンデレラ。会場は閑散としていた。クリスマンが用意したパーティー会場は古い倉庫だった。だだっ広いだけで何も無い空間。コンクリート打ちっ放しの床とやけに高い天井。暗い照明は良しとしても暖房が何も無い。子供の背丈ほどしかない低いクリスマスツリーの隣に置かれたやたらとでかいが、その割りに暖かくない石油ファンヒーターだけが頼りだ。換気が良すぎて不完全燃焼の恐れが全くないのだけが取り柄か。
 参加者全員は紫色の唇を歪ませてクリスマンを睨み付ける。
 「あれあれ? どうして盛り上がってないのかな?」
 やけに陽気なクリスマン。一人だけドテラを二重に着込んでいる。そして懐からは湯たんぽが覗いていた。
 「寒いんだよ」
 そう叫ぶブラックサンタの声はビブラートが掛かっていた。広い倉庫に響く。
 「じゃ、何か暖まる物でも…。おでん、食べる?」
 クリスマンは丸テーブルの上に置かれたコンビニエンスストアのおでんを指し示す。
 「とっくの昔に冷めてるんだよ」
 ブラックサンタの叫び。クリスマン以外の面子も頷く。
 「じゃ、酒でも飲む?」
 クリスマンは良く冷えたシャンパンを差し出す。
 シンデレラはニヤリと笑いながらクリスマンに告げる。
 「あなたを殺せば少しは体が暖まるかしら?」
 怖いよ、この女。
 ここに至ってクリスマンもようやく事態の深刻さと自身の命の危うさに気が付いたらしい。慌ててドテラを一枚脱いでシンデレラに差し出す。シンデレラは黙ってドテラを受け取ると純白に血飛沫の跡が残るドレスの上から羽織る。
 「そういう訳でプレゼント交換会を始めまーす」
 やや上擦った声でクリスマンが宣言する。
 「だから寒いんだって」
 ブラックサンタの抗議。
 「私は少し暖かくなったわ」
 シンデレラが冷たい声で言い放つ。ブラックサンタは何か言いたげにするが、沈黙する。
 「では皆さん、プレゼントを出してください」
 クリスマンは言いながら懐から湯たんぽを取り出す。
 ブラックサンタが叫ぶ。
 「ちょっと待て。お前の用意したプレゼントってのは、その湯たんぽか?」
 「ふっ。その通り。暖かいぞ」
 クリスマンは笑う。そして湯たんぽを丸テーブルに置く。ブラックサンタは湯たんぽを見つめる。普段ならば全く興味のない品物だが、この寒さの中では圧倒的に魅力的だ。ブラックサンタ以外の者も湯たんぽへ冷えた体から熱い視線を送る。
 「それで皆はどんなプレゼントを用意してきたのかな?」
 クリスマンの声に反応してそれぞれにプレゼントを取り出す。
 白雪姫はリンゴを山盛り。明らかに色が悪い。
 クリスマンは首を捻りつつ言う。
 「これ、腐ってない?」
 「失礼ね。腐ってないわよ。腐りかけよ」
 白雪姫は言い放ち、赤穂浪士は四十七の首を一斉に縦に振る。
 「いくら何でもそれはあんまりだ」
 クリスマンの抗議。ブラックサンタも続く。
 「腐りかけはお前らだけで充分だ」
 白雪姫はむっとした表情を見せると懐から鮮やかな色のリンゴを一つ取り出し、丸テーブル上に置く。
 「何だ、良いリンゴもあるじゃないか。これは美味しそうだ」
 クリスマンは喜び、リンゴを手にする。
 「食べても良いわよ。お義母さまに貰った毒リンゴだけど」
 むっとした表情のまま白雪姫は言った。クリスマンの顔が食べてもいない毒に侵されたかのように青ざめていく。
 赤穂浪士が大きな包みをテーブルに載せた。
 「お口直しにこれをどうぞ」
 「何? これ」
 クリスマンに答えて赤穂浪士はにこやかに言う。
 「パーティー会場に来る途中で討ち取った吉良の頸です」
 「うわーっ」
 クリスマンは悲鳴と共に後ずさる。凄い行き掛けの駄賃だ。
 「じゃ、今度は私のプレゼントね」
 シンデレラはテーブル上の吉良の首の隣に懐から出した小物をばらばらと打ちまける。テーブルの上には金のネックレス、金のブレスレット、宝石が眩しい腕時計、匕首、バタフライナイフ、トカレフ自動拳銃、白い粉の袋、注射器。
 クリスマンは引きつった声で聞く。
 「こ、これはどういう…」
 「私が倒したヤクザの所持品よ。裏社会グッズ一式ね」
 吉良の頚の周りに置かれた裏社会グッズ一式、腐りかけと毒入りのリンゴ、そして湯たんぽ。プレゼント交換会は酷いことになっていた。
 ブラックサンタは大きな溜め息。
 「お前らは本当にクリスマスというものが分かっていない。こんな物がクリスマス・プレゼントとして喜ばれる訳がないだろう」
 ブラックサンタのくせに真面なことを言う。 
 「俺のプレゼントはこれだ。ブラックサンタ・セクシー写真集 in 平壌」
 シンデレラの眼が殺気に光った。
 ブラックサンタは上機嫌で自らのセクシー写真集のページを開いて見せる。
 「ほら、俺のテポドン」
 「見せんな。そんなの」
 クリスマンが声を張り上げる。白雪姫は毒リンゴを握り締め、赤穂浪士は一斉に刀を抜き、シンデレラはゆっくりと拳を振り上げる。
 ブラックサンタは周囲の冷徹な視線に気づかないまま更に写真集のページをめくる。
 「そしてこれが俺の核兵器」
 シンデレラが振り上げた拳をすっと降ろしながら呟く。
 「お粗末…」
 クリスマンと白雪姫は必死で笑いを噛み殺す。赤穂浪士は四十七の苦笑を見せた。
 「ちょっ、ちょっと。何だよ、その笑いは? 人の核兵器でそんなに笑わなくても良いだろう」
 ブラックサンタは猛抗議する。どれどれ、そんなにお粗末なのか…。あ、本当だ。
 「きーっ、作者まで俺をお粗末君呼ばわりかよっ」
 怒るブラックサンタ。しょうがないだろ、事実なんだから。
 「さすがはブラックサンタ。見事にお粗末だ」
 笑うクリスマン。悔しさを表情に出すブラックサンタ。
 「こうなったら、お前を倒して俺がお粗末でないことを証明してやる」
 ブラックサンタは啖呵を切った。しかし、戦って勝ってもお粗末なモノはお粗末なままだと思うが。
 「作者がストーリー展開に水を差すんじゃない」
 ブラックサンタが怒る。はいはい、好きに戦って頂戴。
 「『はい』は一回で良い」
 また怒る。面倒くさいなぁ。適当な理由つけて殺しちゃうか。
 クリスマンとブラックサンタは向かい合い、睨み合う。シンデレラは二人の戦いには興味が無いらしく、ブラックサンタのセクシー写真集を読んで「ククッ」と小声で笑う。白雪姫もシンデレラに寄り添うようにして写真集を覗き込み、一瞬、眉をしかめたが口元は笑っている。赤穂浪士は…吉良の頚でフットサルを始めてるよ、おい。
 「それっ、シューーットッ」
 蹴られた頚が勢いよく飛んでいく。奇妙な回転をしながら飛んでいく頚は倉庫の片隅の暗闇に吸い込まれるように消えていく。赤穂浪士は一斉に頚の消えた方を凝視する。そこにはうっすらと闇より暗い人影が…。
 「出たーっ」
 赤穂浪士の悲鳴×47
 クリスマンは赤穂浪士に一言。
 「何だよ、うるさいな」
 それからゆっくりと赤穂浪士に凝視する先に視線を向ける。ブラックサンタ、白雪姫、シンデレラも視線を闇へと向ける。そこには…。
 「今晩は。ラッシャー木村です」
 そう来たか。で、誰だよ。
 「奥さん」
 クリスマンは出会い系サイトで知り合った不倫相手の人妻の登場に驚く。
 「お義母さま」
 白雪姫は義母であり、自らの命を狙う魔女の登場に驚く。
 クリスマンと白雪姫はお互いに顔を見合わせる。それから、もう一度、自称「ラッシャー木村」を見る。
 「ふふっ。あなた方全員を一か所に誘い出し、一気に始末するという私の策略が当たったようね」
 えっ、そうなの。説明してくれて有り難う、魔女。いやぁ、ストーリー展開を登場人物に教わったよ。
 「何で始末されなくちゃいけないの?」
 クリスマンは素朴な疑問を口にする。確かに白雪姫以外の者には何の恨みも無い筈。
 「どうやって私を始末するのかしら?」
 楽しそうにシンデレラが問う。確かにどうやって始末するんだ、この化け物を。
 「…」
 魔女は沈黙する。そして言った。
 「来年までには考えておくわ」
 ここまで引っ張って、こんなグダグダのオチかよ。ちゃんとストーリーを考えとけよ、魔女。
 「あんたが考えなさいよ」
 魔女の叫び。何だ、逆ギレかよ。
 「…」
 あ、登場人物全員が冷たい目だ。くそー、こうなったら…。
 来年までには続きを考えておこう。
 あ、年越しちゃったよ。じゃ、続きは今年のクリスマスということで。

「虚無回廊」 「多分、関係の無い話」 「強力ファイト」
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