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利口な馬ハンス--実験条件が大切であることの好例

心霊研究とはちょっと違いますが、同様に、特異な現象が見つかった時にその真 偽を判定することの難しさを表す好例として、「利口な馬ハンス」の事件を取り 上げましょう。

利口な馬ハンスの騒動は、20世紀の始めに起りました。ハンスは「はい」と「い いえ」を頭の動きで伝え、数字は前足を打ち鳴らすことで伝えていました。たと えば「3足す5は?」と質問すると、8回前足を打ち鳴らしたわけです。このハ ンスの飼い主はフォン・オステンといい、高等動物である馬は人間同様思考力を 持っているに違いないと信じ、ハンスを訓練したのです。約2年間の訓練ののち、 ハンスは足し算引き算掛け算割り算はもちろんのこと、分数を少数に直したり、 「7時半から5分たったとき、短針と長針はどの数字のところにあるか」という 質問に答えたりすることができるようになりました。

オステンによるトリックであろうと考えた人達が、オステンがいないところでハ ンスに質問をしてみましたが、全く同じようにちゃんと正解を答えます。当時、 この利口なハンスのことは大評判になるとともに動物学者たちの間で大きな波紋 を呼びました。最初、ハンスを調査した動物学者や心理学者たちからなる委員会 は「トリックはどこにもない」という報告を出したため、ますます大騒動になり ました。確かに、何のトリックもなかったのです。しかし、プングストがこの馬 のやっていることと馬の知性とは全く関係ないことを、二つの方法で証明しまし た。

プングストはまず、その場にいる人の誰も質問の内容がわからないようにハンス に質問をしました。するとハンスは全く答えられなくなりました。その時のハン スの様子を見たプングストは、何かを待っている、と感じました。それは質問す る人の無意識の頭の動き、または表情の変化だったのです。例えば「3+2は?」 と質問するとします。すると、ハンスがコツ、コツと床を叩きます。5叩いたと ころで、質問者はそこで緊張を緩めてしまい頭や胴体にその緊張の緩みが現れて しまうのです。ハンスは敏感にそれを感じ取っているだけで、計算しているわけ ではなかったのです。プングストは確認のために、質問をしたあと、わざと適当 な数のところで緊張を解いてみせました。するとハンスはそこで床を叩くのをや めました。

オステンや他の実験者はみな、ハンスに合図を送ろうとしていたわけではありま せん。もともと馬は、動くものを察知することにかけては人間よりも遥かに敏感 なのだそうです。後から聞いてみれば「なあんだ」と思うようなつまらない話で すが、この話は動物心理学の世界に大きな波紋を呼び起こすと同時に、これ以後 の動物実験のやりかたを深く考えさせるきっかけとなりました。

新薬のテストなどをする時、比較のために被験者を2グループにわけ、一方には その薬を、もう一方には全く薬効がない薬(単なる小麦粉とか)を与えておくの が普通です。小麦粉を飲んでも「薬を飲んだ」という思い込みだけで効いて、病 気が直ってしまうことがあるからです。これをプラシーボ(偽薬)効果といいま す。さらに気をつけるべきこととして、「薬を与える時、その薬が本物か偽物か、 与える人自身もわからないようにして与えなくてはいけない」と言われています。 渡す時の態度で、「効く薬か効かない薬か」がわかってしまって効果に差が出る ことがあるからだそうです。このような方法を「二重盲検法」(double blind test)といいます。ハンスの場合も、二重盲検法が必要だったと言えます。特に 動物実験では、実験の対象だけでなく、実験する人にも十分な配慮が必要なので す。



Masahiro Maeno 平成14年3月15日