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ロケットの物理学--宇宙での加速

 地球は人類のゆりかごである。だが、いつまでもゆりかごの中で暮らすわけにはいかない。

コンスタンチン・エドアルドビッチ・ツィオルコフスキーの言葉 より

夢物語としてのものは別として、人類が現実的に宇宙旅行を考え始めるのは19世紀ぐらいからで、当時SF作家ジュール・ヴェルヌが「月世界旅行」という小説の中で書いたコロンビアード号(月の回りを回って帰ってくる)は、天文学者と共同で物理的計算をちゃんと行って考察したものでした。ただし、コロンビアード号の打ち上げは大砲で発射するというもので、実際にこんなことをしたら中に乗っている宇宙飛行士は無事ではすまないだろうと言われています。上でその言葉を引用したツィオルコフキ─は「宇宙旅行の父」と呼ばれるロシアの科学者で、 1903年にすでに多段式ロケットを使うべきであることや、宇宙服、液体推進剤、気密ハッチ、生命維持システムなどが必要であることを述べていました。

当時マサチューセッツ州に住む青年だったゴダードはヴェルヌやウェルズなどのSF小説に触発され、宇宙旅行の手段として、ロケットを開発しはじめます。最初は個人的な研究で、裏の畑で火薬をつめた細長いロケットに火をつけ、見事失敗して大爆発、という乱暴な実験を行っていた(あまりの騒音に警察を呼ばれたこともあったとか)のですが、やがて液体燃料ロケットを発明し、スミソニアン博物館や個人の篤志家の援助を受け、少しずつロケットを実用的なものにしていきました。このロケットがやがて、アポロ宇宙船を打ち上げたサターンVの原型となります。

さて、ツィオルコフスキ─やゴダードはなぜ、宇宙旅行の方法として、ロケットという手段を選んだのでしょうか。ニュートンによれば、

  1. 物体は他から力を受けない限り、静止または等速直線運動を続ける (慣性の法則)。
  2. 物体の加速度に質量をかけたものが、物体に働く力の大きさである (運動の法則)。
  3. 物体が別の物体に力をおよぼすと、必ずその別の物体は元の物体に同じ 大きさで逆向きの力をおよぼす(作用反作用の法則)。
という運動の3法則が成立しています。地球上で人間が走り出す時には、地面を蹴り、地面に蹴り返してもらう(作用と反作用)ことで静止状態から動き出すことができます。車の運動も同じです。ジェット飛行機ならば、ジェットエンジンが空気を押すことの反作用が推進力になります。では、宇宙を飛ぶロケットの場合はどうでしょうか。地面も空気もありませんから、押すものも押し返してくれるものもないことになります。そこで、宇宙飛行のためには、自分で押す物(推進剤と呼びます)を持っていく必要があります。

宇宙旅行の手段としてロケットが選ばれたのは、他に手段がないからです。地面も空気もない宇宙では、自分で持っていった何か(あるいは火薬であったり、あるいは灯油+液体酸素であったり)を噴射する以外、速度を得る方法がないのです。

なお、宇宙旅行に対して理解のない時代には、「宇宙には地面も空気もなく、反動がないから何かを噴射してもロケットは前へ進まない。ロケットで宇宙旅行などというのはお笑い草である」という批判が雑誌に載ったことがあります。進歩が起る時、ついていけない人というのは常にいるものです。

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¥epsfxsize =8cm¥epsffile{rocket1.eps}¥end{wrapfigure}

物体の運動に対しては、運動量の保存則というものが成立します。運動量とは(質量)×(速度)で表される量です。例えば止っている状態で、質量mの物体(ロケット)が質量mの物体(推進剤)を後方に速さvで噴射したとします。最初は止っていた(速度0)ので、運動量は0です。噴射後、推進剤の運動量は─mvとなります(マイナスがつくのは、後ろ向きに進んでいるから)。するとロケットの運動量は+mvでなくてはいけません(足して0になるはずだから)。つまり、自分と同じだけの質量を後方に速さvで噴射すると、やっと自分も同じだけの速さを獲得できます[*]

では、この2倍の速度(2v)を出すためには、どれだけの推進剤を噴射しなくてはいけないでしょうか--2倍??

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¥epsfxsize =8cm¥epsffile{rocket2.eps}¥end{wrapfigure}

実は、2倍では足りないのです。左の図のように2回にわけて考えると、2倍では足りない理由がよくわかります。図のように、3倍の質量(3m)の推進剤を持っていき、まずそのうち2mを噴射します。この時、噴射するものも2m、加速するものも2mと、同じ質量なので、得られる速度はさっきと同じくvです。この時、最初積んできた推進剤の残りである質量mの推進剤も、速度vを得ています。次に第2段階として、残った質量を噴射します。すると、速度vで動きながら速さvで後方に噴射したことになるので、推進剤はその場に静止し、ロケットは2vの速度で前方に進みます。つまりこの場合、3倍の質量の推進剤がなくては2倍の速度は得られない、ということになります。

宇宙船のやっかいなところは、「反作用を出してくれる物(推進剤)を自分で持っていかなくてはいけない」ということです(車が走る時に、道を積んでいかなくてはいけないようなもの)。このため、速い速度を出そうとすればするほど、余分なエネルギーが必要になります。

速度vを得るには、最初の質量が噴射終了後の質量の2倍であることが必要でした。そして速度2vを得るには、最初の質量が噴射終了後の質量の4倍であることが必要です。同様に考えていくと、速度3vを得るには最初の質量が噴射終了後の質量の8倍であることが必要であることがわかります。

ここで出てきた(最初の質量)÷(噴射終了後の質量)で計算される量のことを質量比と呼びます。今の例では、速度をv増やすごとに、質量比が倍になる必要がありました。

¥begin{wrapfigure}{r}{6cm}
¥epsfxsize =6cm¥epsffile{log.eps}¥end{wrapfigure}

結局、ロケットの出せる速度は、噴射する速度(噴射速度)と、噴射前と噴射後の質量の比(質量比)で決まります。厳密な計算によると、(到達速度)=(噴射速度)×log(質量比)となります。

右のグラフは、質量比と(到達速度)÷(噴射速度)をグラフにしたものです。これからすぐにわかるように、いくら質量比を増やしても(たくさん燃料をつんでも)あまり効果がでません。例えば、質量比を10から100にしても、到達速度は二倍にしか増えません。逆に言うと、二倍の速度が欲しければ質量比を二乗するか、噴射速度を2倍にするか、どちらかをしろ、ということになります。

宇宙船の到達速度を速くするには、噴射速度を速くすることの方が効率がよさそうだ、ということがわかります。ではどんどん噴射速度を上げればいいじゃないの、と思うでしょうが、そうはいかないのです。噴射速度を上げるためには、それだけ大きなエネルギーを持っていなくてはいけません。普通のロケットの場合、そのエネルギーは噴射する推進剤から得ます。

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¥begin{tabular}{¥vert r¥vert r¥vert}
¥hline
到達速...
...e
30& 22026.465¥¥ ¥hline
100& 約300兆 ¥¥ ¥hline
¥end{tabular}¥end{wrapfigure}

例えばスペースシャトルの場合、ケロシン(灯油)を燃やしています。この場合、エネルギー源が灯油であり、推進剤はその燃えかすだということになります。灯油1リットルを燃やした時に得られるエネルギーは決まっています。そのエネルギーを使って燃えかすを噴射するのですから、噴射速度には限界があります(灯油を燃やす場合、だいたい秒速3キロ程度)。

秒速3キロの噴射を使った場合、出せる速度は左の表のようになります。

秒速30キロというと速いように思えますが、光速(秒速30万キロ)の1万分の1です。我々に一番近い、となりの恒星は光の速度で4.3年かかる場所にある、α ケンタウリと呼ばれる星です。この星までいくのに、4万3千年かかるということになります。しかしその場合の質量比は22万余りという、とんでもない数字です。もちろん不可能ではないでしょうが、現実的ではない数字であることは確かです。

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¥epsfxsize =5cm¥epsffile{shuttle.ps}¥end{wrapfigure}

スペースシャトル打ち上げの時の巨大な燃料タンクを思い浮かべてください。あの状態で質量比が10だとしましょう。もしスペースシャトルを今の2倍の速度で飛ばしたいと誰かが思ったら、あの巨大な燃料タンクを10個は取りつけないといけないことになります。そして、そんな巨大なタンクを取りつけたスペースシャトルは、重すぎて地上から飛び立てないことは明らかでしょう。ましてや質量比 22万など、考えることもできない数字です。この点をなんとかするため、灯油のような化学燃料ではなく、核分裂や核融合を使ったロケットも各種考えられています(それでも火星や木星に行くならまだしも、他の恒星まではとてもたいへんです)。



Masahiro Maeno 平成14年3月15日