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星の進化とブラックホールができるまで

事象の地平線が計算の上で予言されたとはいっても、たいていの人は、現実には存在しない、数式だけの存在であると考えていました。太陽のような重いものが、半径3キロに収まってしまうことはあり得ないと思われていたからです。ところが星の進化に関する研究が進んでいくと、そういう高密度の星が存在し得ることがだんだんわかってきました。

太陽などの恒星は内部で核融合を起こして非常に大きなエネルギーを出しますが、もちろん核融合とて無限のエネルギーではなく、恒星の中心には核融合の結果できた(いわば燃えかすである)へリウムや炭素、酸素などの物質がたまっていきます。

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ある程度へリウムなどが中心にたまると、核融合が活発に行われなくなり、だんだん星は収縮していきます。核融合がさらに続いて燃料である水素が残り少なくなると、恒星は自分の重量を支えきれなくなり、中心部に向かって落下して大爆発を起こします。これが超新星と呼ばれるものです。暗かった星が突然輝きだすため、「新しい星が生まれた」と誤解したためにこのような名前がついていますが、実際は新しい星ではなく、星の断末魔の叫び声のようなものです。最近では、 1987年に新聞などで報道された超新星は非常に大きいものでした。左の写真の「かに星雲」は超新星の名残で、爆発によって飛び散ったガスなどが見えているものです。この超新星は、1054年に現れたもので、中国と日本に記録が残されています。当時は超新星のことは「客星」と呼ばれていました。

日本の記録は

 後冷泉院・天喜二年四月中旬(1054年5月20日〜29日)以後の丑の時、 客星觜・参の度に出づ。東方に見(あら)わる。天関星に孛(はい)す。大きさ歳星の如し。

藤原定家の「明月記」 より
というものです。文中の「觜・参」というのは今でいうオリオン座のこと、「天関星」というのはおうし座ζ星のことで、かに星雲の場所に一致しています。また「歳星」は木星のことです。同じくらいに明るかったということですから、かなりよく見えたはずです。ただし定家の記録している時期は中国の記録とは一ヶ月ずれているため、四月というのは五月の間違いであろうと言われています。

このような大爆発のあと、真ん中にはもはや核融合できなくなった物質でできた芯が残ります。この星は自分の重力で強烈に圧縮され、原子が原子のままでいられず、中性子という電気を持たない粒子になって凝縮されてしまいます(電気を持った粒子はたがいに反発するのであまり圧縮できない。中性子は反発力がないのでどんどん圧縮できる)。これを中性子星と呼びます。

我々の宇宙はビッグバンで始まったと言われていますが、宇宙の始まった時の詳細な研究によると、最初の宇宙には水素やへリウムのような、軽い元素しか存在しなかったそうです。我々の体を作る炭素や酸素はもちろん、鉄や珪素など、惑星を作る元素も最初はありません。このうち、炭素や酸素などの元素は、恒星の中心部で作られていったと考えられています。我々の体を作っている炭素や酸素ももちろんそうやってできたものです。もちろん今我々の見ている太陽が作ったのではなく、すでに爆発してなくなってしまった恒星によって作られたのです。また、鉄よりも重い元素は、恒星が超新星爆発するときのすごい圧力によって元素が融合して作られると考えられています。

太陽の30倍よりも重い星は、超新星爆発のあとで残った残骸もかなり質量が大きく、しかもこの星は温度が下がってしまい、その重力でどんどん収縮していきます。収縮すればするほど表面での重力は強くなりますが、重すぎると中性子星になってもまだ圧縮が続き、やがてはブラックホールになってしまいます。



Masahiro Maeno 平成14年3月15日