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ヴェリコフスキー事件

1950年にヴェリコフスキーという人の書いた「衝突する宇宙」(訳本は法政大学出版局から出ています)という本があります。この本は聖書にあるいろんな不思議な現象(モーゼが海を割ったとか、ジョシュアが太陽の動きを止めたとか、ノアの洪水とか)を現実に起った天文的(気象的ではない)現象だったと`証明'しようとしたものです。ヴェリコフスキーは精神分析家で、天文学者でも歴史学者でもありません。「衝突する宇宙」によれば、金星は昔は存在してなく、木星から飛び出した(どうやって飛び出したのかはわかりません)もので、飛び出した後、地球の近くを通り、海を割ったり地球の自転を一瞬止めたり、あるいは地球に炭水水素を降らたり(聖書の中にある、空から食べ物が降ったという話がその証拠だというのです。炭水化物ならともかく、炭化水素は食べ物ではないのですが)。

このような事実の証拠として、ヴェリコフスキーは聖書を始め、いろんな歴史書の記述を紹介するわけですが、当然、矛盾する記述になっています。例えば、ほんとにそんな現象が世界的規模で起ったなら、全世界にその記録が残っていそうなものです。それがない理由をヴェリコフスキーは、「あまりに恐ろしい現象だったので、それを見た人が集団健忘症にかかってしまったのだ」という、苦しい言い訳をしています。なんでこんな苦しい言い訳をしている本を世間が信じてしまったのか、今の目から見ると不思議でしょうがないのですが、出版当時、多くの人が本当のことだと信じ込んでしまいました。

この本がベストセラーになると、まっとうな天文学者や歴史学者は反論しました。出版社が教科書なども出版しているマクミラン社だったため、マクミラン社の教科書をボイコットするという騒ぎにまで発展しました(このために「衝突する宇宙」は出版社を変えて出されました)。ところがこのような`迫害'がかえって「衝突する宇宙」の信者に力を与えたようで、1980年ぐらいまで、ヴェリコフスキーの信奉者たちは活動を続けたようです(今でも全滅したわけではないらしい)。

前講で話した恐竜絶滅の隕石原因説がすぐに受け入れられなかった理由の一つにはこのヴェリコフスキー事件のトラウマがあったのではないかと指摘する学者もいます。もちろん、ヴェリコフスキーとアルヴァレッズの間には科学に対する態度において天と地ほどの差があるのですが。

このような歴史をでっちあげる形でセンセーショナルな本を書く例は後を絶ちません。最近ではハンコックの「神々の指紋」などもまっとうな歴史研究の成果を適当に継ぎ接ぎして作った本になっています(この本での異変は南極大陸が動いたという程度ですが)。



Masahiro Maeno 平成14年3月15日