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地球中心から太陽中心へ--コペルニクス的転換

昔は地球の回りを太陽が回っていると思っていた(天動説)が、実は太陽の回りを地球が回っているのである(地動説)という話は、みなさんも聞いたことがあるでしょう。実際の歴史を調べてみると、そう単純にこの二つの説が入れ替わったわけではないことがわかります。天動説はよく「プトレマイオス体系」と呼ばれます。ギリシャの天文学者であるプトレマイオスが確立したからですが、その確立までには長い苦闘がありました。例えばアリスタルコスは太陽中心説を唱えています。

単純に地球の回りを太陽、惑星が回っていると考えると、惑星が行う複雑な運動を説明できません。地球から見ていると、惑星は毎日、星空の中で位置を変えていくように見えます(これから占星術が生まれました)。ところが、この位置の変り方は一定ではなく、ふらふらとさまようように見えます(「惑星」という名前はここから来ています)。特に惑星は普段とは逆の方向に運動する時期(逆行)があります。右の図のような単純な運動では、このようなふらつきや逆行は説明できません。そこで惑星は単純に地球の回りを円を描いて運動しているのではないと考えなくてはいけないのです。ピタゴラスの時代の人々にとって、天にある惑星が規則的でない運動をするというのは考えにくいことでした。そこで彼らは、規則的な回転運動を組み合わせることによって惑星の不規則に見える運動を説明できるはずだと考えたのです。 ¥epsfbox{simpletendou.eps}

¥epsfbox{dousintendou.eps} 惑星は球の上に乗っており、その球はまた別の球にくっついている、という考え方がエウドクソスの同心球モデルです。左の図のように、地球の回りを巨大な球が回り、この巨大な球の内側にある別の球は、この回転する球にとりつけられた(?)軸の回りを回転します。球が組み合さって運動するので、もっとも内側の球に張り付いている惑星は複雑な運動をすることになります。実験データに合わせるためにはこの球の中にさらに球をどんどん考えていかなくてはいけません。最初は4つぐらいですんでいた同心球は、最終的には50個以上も必要になりました。非常に複雑な計算が必要になったことは言うまでもありません。さらにこのモデルには一つの弱点があります。実際に惑星を観測していると、逆行する時には明るさが大きくなることがわかるのですが、このモデルでは惑星と地球との距離が一定なので、明るさの変化が説明できません。

最終的に天動説体系の中で採用されたのは、惑星が円運動するのではなく、導円という仮想的な円が地球の回りを円運動すると考えるモデルです。その導円のうえに周転円が乗り、惑星は周転円の上に乗っていると考えるます。これを導円周転モデルと呼びます。

惑星は導円の運動と周転円の運動がプラスされた複雑な運動を行います。この場合は明るさの変化もある程度説明できます。逆行する時というのは惑星が地球に近づいた時だからです。しかし、観測データにあわせるためには、周転円の上に周転円をのせ、さらにその上に周転円をのせて--のようにたくさんの周転円を使わなくてはならなくなり、非常に複雑な計算が必要になってしまいます。 ¥epsfbox{shuuten.eps}

コペルニクスは逆行のような惑星の不規則運動は、地球も惑星も両方動いていることの効果だと考えれば説明できるとして地動説を唱えました。地動説では、次の図のような考え方で逆行を説明します。

¥epsfbox{chidou.eps} 左の図は火星などの外惑星(地球より外を回っている惑星)の場合の逆行の説明図です。地球と火星の運動速度が違うので、地球が火星を追い抜く時、後戻りするように見えてしまうのだ、というわけです。ただし、惑星の逆行は天動説の周転円を使わなくても地動説でなら説明できる--と言うのは、初期の地動説においては正しくありません。コペルニクスの地動説では、まだ周転円が使われているのです。その理由は惑星の運動が「円」であるということにこだわりすぎたからです。実際には惑星の運動は楕円であり、円だと思って計算したのでは正しい結果を得ることができません。どうしても周転円のようなトリックを入れる必要があるのです。当時の人々が地動説をなかなか認めなかった理由は、そのような事情もあります。

これで「地球中心」から「太陽中心」にすぐに移行した、というわけではありません。ティコ・ブラーエは地球の回りを太陽が回り、その太陽の回りを惑星が回るという、地動説に近いが地球は動かないというモデルを考えています。彼はこう考えました。

¥epsfbox{shisa.eps}

「もし地球が動いているのなら、星の位置が地球の運動にしたがって変化してみえる筈だ」

これは年周視差と言い、現在でも恒星の距離を測定するのに使われてます。しかし、当時(望遠鏡の発明前!)の観測データの精度の中ではその動きは見つかりませんでした。ティコが思っていたより、ずっとずっと遠くに星があったからです。

ともあれ、ティコはそのデータから「地球は動いていない」と結論したのであって、けっしてただの頑固者だったわけではありません。彼は実証的裏付けをもって判断しようとしたのですが、そのティコの想像を遥かに越えて宇宙が広かったということです。

古代ギリシャの人々は、「宇宙は規則的であるべきだ」という信念から「円」にこだわりました。その信念をひっくり返すには長い時間がかかりました。しかし、それは決して「昔の人は頑固だった」というような単純な理由のせいではありません。我々の持っている空間の概念を変化させるためにはそれだけたくさんの観測・実験などのデータが必要であり、それが蓄積されるまでにこれだけの長い時間がかかったのだ、と考えるべきでしょう。

最終的にティコ・ブラーエの膨大な観測データを解析したケプラーが惑星の運動を楕円と考えれば周転円のようなトリックを持ち込むことなく、観測される現象をうまく説明できることを示します(ケプラーの法則)。そして、ケプラーの法則をもとにして、ニュートンが万有引力の法則という、新しい「宇宙の規則」を発見するに至ったのです。



Masahiro Maeno 平成14年3月15日