歌集「でんぐるま」
作者 石川啓 (旧アララギ会員、現アララギ派会員、塔会員)
昭和42年まで
【輝く雲】
多度山と遠き伊吹の会ふところ雲集まりて輝き始む
峰ふたつやさしき姿あらはしぬ西風やみて雲晴れしところ
「まむし注意」の立札の文字も薄れ果て茂りし草は枯れつくしたり
男のごとき物言ひをして歩みゐる少女子二人漁師の町に
【君の声】
とどろきて飛びゆく夜の飛行機の赤き灯は青きより強くまたたく
遠きより人は憎しみゐるらむか清らなる君の声聞きにゆく
風いでて灰の飛び散る焚火の跡君を見送りしあとに見てゐつ
雪のうへに細き足跡を残しゆく君との別離を予想してをり
幾度のためらひの末に打ち明けむ雨降る町の赤電話に来つ
【裸女の像】
西の日に向ひて汗をぬぐふ人エンジン止めしブルト−ザーに立つ
我が閉めし扉閉めなほすをとめごの遠くより我に目礼返す
裸女の像芝生に細く影ひきて夕の活気を町は帯びきぬ
昭和43・44年
【線路の月光】
指示事項メモし復唱し点呼終る今夜の乗務は嵐となるらむ
過電流警報ブザーまた鳴れば冷房をとめ換気をとめぬ
午前一時乗務終れば雲晴れて鉄路二条にひかる月光
乗務終へ霜ふる夜の月明り時計の日付は半ばかはりぬ
出勤点呼乗務点呼終業点呼退出点呼かくしてもまだ事故は起る
【車内検札】
惰性を自覚し検札をする車掌我に厳しき視線ひとつまつはる
様式変りなじめぬ切符切りし今日疲れてながく風呂に浸りぬ
乗客を見切りて発車する時にするどき罵声を車掌我が受く
【縁談】
丁寧に言葉を選び礼を言ふこの縁談も断るつもりにて
背の低きをとめをほめて言ふ母に我は視線をそらしてゐたり
楽な暮しはできぬと言ひし時少女の瞳大きく動き我を離れず
【電光文字】
ベトナム和平をつたへゐし電光文字色変へて桜の便りを始む
郵便車の曲り来る道光りつつ城跡の坂に降る細き雨
右の翼かがやきしあと尾翼ひかり朝日の前を戦闘機過ぎき
【出庫点検】
わが電車の出庫点検異常なし明けゆく空の星かげまばら
雪うすく積りし朝光の中を浮き出でて直ぐなる軌条二筋
暖房に窓の曇りて暖かき電車に明るき朝光満ちぬ
ひえびえと霧動く午後の山の駅に乗務は終りぬ眠たかりけり
駅出発基本動作に忠実に勤めて午後は早く疲れぬ
青き旗をランプに代へて振り続く黄昏早き氷雨降る車庫
【退職】
白き壁整ふ机背広の人ら現場への指示はこの部屋より出づ
任期短くかはりゆく区長助役らにまつはる人らに我はこだはる
退職届書き終へて見る窓の外雲斑らなる山の夕焼け
職離れ友らを去りて無為の日に鉄橋渡る電車見て来ぬ
【英虞湾】
離れつつ形変へゆく雲二片夜明けの空に輝きをます
虹消えし遥かに波の寄せる島雲間の光ひと筋立ちぬ
ぼそぼそと理由を言ひて泊らざる妻帯者君はいかにも消極
吹き荒れて黄砂に煙る英虞の海いづれの島も右に白波