石川啓の短歌
歌 集 一 鱗 集
昭和61年12月発行少年期より昭和55年までの作品(「でんぐるま」収載分を除く)を収めた。
[石川 啓短歌ノート] の副題がある。私家版。
(ここには その一部)
昭和33年頃(中学生)
水仙の花咲くそばに犬来りしきりに鼻をうごめかすなり
昭和41年頃まで
長き乗務終へて月照る山峡の駅に降り立ち聞く虫親し
枕木の霜に残月光りをり出庫電車の点検せはし
隧道を出でし小駅に助役氏と敬礼交はす通過車掌吾
茂れるまま枯れにし葦の葉擦れの音夕暗む中にいつまでも聞ゆ
棚引く霞光る川面枯葦に鳥の声水郷の午後ただ静かなり
つかの間を晴れたる空の虹低く田舟掉さす農婦は若し
昭和44年まで
憎しみを予期して発車待つ駅に梅雨のはじめの雨降りいだす
停年を二ヶ月前に轢死せし保線手の遺族が社宅出でゆく
パンタグラフの上昇する影朝の日に浮き出て車庫の壁に映りぬ
発車合図送れば速やかに発進する君との乗務今日は楽しき
不正客摘発増運賃収入個人成績表点呼に立つ時必ず見える位置
この乗務終へて言はむ我が心確かめ確かめ山の駅を発つ
車庫線二十一番転轍機を渡りて終りし我が乗務少時く光る線路見て立つ
昭和45・46年
君に会ふためらひありてヒヤシンス匂ふ花屋の角曲がりきぬ
人を憎み口数少なく勤めゐて夕べとなれば君に会ひに行く
訛りなく清き声にて話しくる君の電話はいつも簡潔
少し酔ひ手をとり歩むネオン街誰も誰も味方に見える
降る雪を君に伝へて言ふ電話名古屋は寒の雷鳴ると言ふ
駆けゆきて汀に振り返る汝の頬少し日焼けして旅の五日目
埃の体湯玉の火傷汗のしみ今日から妻が待つ早く帰らむ
昭和47年以後 53年まで
倒産し鉄門錆びし紡績工場あはれ花さへまばらな桜
月の暈を横切りたりし飛行機の点滅する灯星にまぎれぬ
雨の後俄に昼の光差し倉庫の屋根のトタンがきしむ
親の資格など言へば誰にありやなし我が手に載りて湯に浮く命
生みしより髪をつくらず化粧せずありのままなる妻となりゆく
生みしより物を言ひ切る事多く妻は家の中に位置定めゆく
アルバイトの女子高校生に突然に「お疲れですか」と声掛けられぬ
なべて誰も不平を言ふ時背を丸めボソボソ言ひて聞き取りにくし
電気炉に続けて湯玉爆ぜる時鉄鋳る工場華やかに見ゆ
昭和53年から55年
「短歌の製作に言語の制限なし」として「短歌入門」著されしは四十数年前
その時々に文語口語を使ひ分け歌作りゆかむこのアララギに
口語でも文語でもよしよき歌に自づからかなふ言葉定まる
旧漢字知らぬ世代にかはりゆき歌の用字も変りゆくらむ