写真帳4静態保存機☆C5549


稚内市 開運町 北防波堤利礼ドーム  1990年5月5日

C5549履歴 昭和12年3月 汽車製造 No1457
C5549は青森区に新製配置。以後昭和31年頃に旭川区に移動し、そのまま昭和47年3月25日に廃車になるまで旭川で活躍し、時のSL保存ブームに乗って、静態保存されました。
しかしながら海に突き出た岸壁に保存されていた関係で、腐食が進み、解体されてしまいました。C55は保存機も少ないため、残念ですが、最初からこのように海に近い場所に保存されたこと自体、十分に保存コンディションを考慮して計画されていなかった事を物語っております。



稚内市 開運町 北防波堤利礼ドーム  1990年5月5日

もともと風の強い土地柄で、GW期間中とはいえ曇って気温も低く、人っ子一人居ませんでした。バックの利礼ドームはC5549とほぼ同じ昭和11年の完成。映画やドラマなどのロケ地としても時々使われますが、間近で見るとコンクリート製で、寒さのせいもあって寄せ付けがたい冷たさを感じてしまいました。
C5549は1996年10月頃に解体され、動輪だけが残っているそうですが、非常に残念なことだと思います。

KOさんから現役時代のC5549の写真をお借りできましたので、ここに飾らせていただきます。

現役時代のC5549[旭川]  深川 1969年3月 撮影:KOさん

函館本線滝川−旭川間は1969年10月1日電化であわせて納内−神居古潭−春志内(信)−伊納は新線に切り替わりました。C5549の外観上の特徴は、ナンバープレートの取付位置が下に偏っていること、フロントデッキの握り棒が両方とも下から三分の一のところで折れ曲がっていることがあります。その他は他の大半の北海道型C55形と同様の装備です。
稚内機関区でC55の運転を経験された方の記事で、「流改の30番は調子が悪かったし、49番はシクハック、50番はコマルと言われて、調子の悪いカマでした。」というのがありましたが、30、50はC55の最後となる宗谷本線で1974年にC57形に交替するまで使用されました(C57も12月9日でDL化されました)。


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