写真帳4静態保存機☆C58−2(三井芦別鉄道) |
![]() 旭川市高砂温泉「ニュー温泉」 2003年8月12日 C58−2履歴 昭和24年12月8日 汽車製造 No2592 使用開始 昭和24年12月 日 昭和46年3月31日廃車※ 私鉄の自社発注C58形は昭和16年11月製造の天塩鉄道1、2号と、戦後は三井鉱山芦別鉄道(昭和35年9月三井芦別鉄道に改称)が発注したC58−1とC58−2の4両で全て汽車製造製で、給水暖め機が省略されたものの国鉄C58形と同一設計です。本機とC58−1の戦後の2両は船底テンダになっていて、どことなくスマートな感じがします。 給水暖め機が省略されたのは、製造コストを下げるためという説があるものの、(有意義な価格差があったとは思えないことから)普段使ったことが無いものを敬遠したという推論が有力です。 現役時代の同機は一時期火の粉止めなのか、煙突回りに金網を取り付けていました。その名残か、煙突に穴が開いているのが分かります。 ![]() 旭川市高砂温泉「ニュー温泉」 2003年8月12日 現役時代の同機は、かなり汚れが目立つカマでした。DL化後、予備機として雨ざらしになっていたのを、定山渓温泉のあるホテルに観光用として買い取られることになりましたが、途中の札幌−定山渓の国道230号の2つのトンネルを通り抜けることが出来ず、転売されることになったようです。現在は旭川市高砂温泉の建物の中に鎮座していますが、薄暗い上にガラクタや他の鉄道部品とともに雑然と置かれて、その隣は「梅の間」、「竹の間」、などという客室になっていて、かなり異彩を放つ空間になっています。 ![]() C58−2の現役時代(写真提供「トレインショップ・からまつ」) 煙突の回りに取り付けられた金網状のものは、火の粉止めなんでしょうか!?奥山道紀さんのお話では、上に載っているものが単なる鉄板ならば、別の用途の可能性もあるようです。「即ちボイラーに火を入れる際に通風が良すぎると、火種が直ぐ消えることがあり、煙突に鉄板を被せる事がありました。この鉄板の開閉装置という事も考えられます。」とのことです。 ※「機関車製番台帳」(沖田祐作)によると製造年月は1948年12月8日、廃車年月は1971年3月31日とありますが、「北線路」(湯口徹)によると製造は昭和24年12月、廃車は昭和41年という事です。製造年は他の文献でも昭和24年12月というものがあるので、それに従いました。また「蒸気機関車」誌Vol61)に昭和43年撮影の同機の写真が掲載されていますので、昭和41年の廃車というのも、疑問で、昭和46年3月31日廃車で良いのではないかと思われます。 |
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