ラーメン屋「資料軒」☆資料室 |
| 製造銘板のいろいろ 製造銘板については、鉄道ファン(157号)に「わが製番探訪の30余年」(渡辺肇氏)の記事が今までで一番詳しいようです。 1929年以降は取付位置がボイラ前方から、正式にキャブのナンバープレート下と定められ、ナンバープレートと共に機関車の個性を際立たせるアイテムになっています。1956年12月に国鉄から銘板の規格についての指示(「20×30cmの長方形に限る」 )が出るまでは、各社の個性あふれる銘板が機関車に取り付けられていました。近年は製番も省略されるようになり、味気がなくなりましたが、蒸機の時代を飾った銘板のいろいろを紹介します。 ![]() 日立銘板(1939〜41年タイプ) 梅小路蒸気機関車館 2004年4月14日 1931、日立、昭和23年と言うキーワードは「どこかで見たことがある…」と思い、自宅に帰って調べると何とあのC623の事でした。日立は銘板のデザインを何度か変更しています。日立の銘板は前出の資料によれば、(1)1929〜32年、(2)1933〜36年、(3)1937〜38年、(4)1939〜41年とデザインが変遷したようです。このうち、(3)と(4)は殆ど同じデザインで、(4)は写真のとおり、(3)はメーカー名が社マークなしで、「日立製作所製造」となっています。 なお、戦後も蒸機には引き続きこのタイプが使われたようです。EL(水戸工場)には楕円の銘板、私鉄向けにはまた違ったデザインの長方形の銘板が用意されたようです。1968年から製造番号を省略するようになりました。 C623にはオリジナルな銘板が付いていたと思いますので、ここに飾ってあるのは、某プレートメーカーの「商品」なのかもしれません。 ![]() 汽車会社銘板(1937〜56年タイプ) 梅小路蒸気機関車館 2004年4月14日 汽車会社の製番1578はC581。同社は創業から1972年3月に歴史を閉じるまで、一貫して製造番号を大切にし、最後までその銘板に刻み込んできました(他社と合作の電機には例外あり)。デザインにも拘り、国鉄の「指示」があるまで楕円の銘板で押し通しました。1937年東京に本社を移したのを記念して、「輪違い」の紋を入れたそうです。 C581は現役末期の1970−71年の画像では製造銘板が紛失しているようですが、梅小路に来た時点で整備されたようです。 ![]() 汽車会社銘板(1901〜36年タイプ) 梅小路蒸気機関車館 2004年4月14日 汽車の製番936はC51239です。汽車会社の初期の銘板はこのようなスタイルで、1928年まで右書きでした。ローマ字の表記は初期の合資会社の時代は”KISHA SEIZO KWAISHA”と”OSAKA JAPAN”で、大正時代に株式会社になると、”KISHA SEIZO KAISHA”と”OSAKA JAPAN 19○○”となりました。 |
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