食物について

 チャイ考

ミルクティーというと、どうもお茶にミルクを注ぐというイメージがあったが、かつてイギリス人がお茶を淹れるのを観察していたらミルクに紅茶を注いでいた。我々の感覚とは逆である。こちらが「ふーん、本場イギリスではミルクを先に入れるのかぁ」と感心したら、相手は「いや、どちらでもいいのよ」と笑った。

インドのお茶(チャイ)もミルクティーだが、これはやたらと甘い。紅茶を煮たててミルクを注いでひと煮立ちさせて作る。砂糖は一人分につきティースプーン2〜3杯といったところか。カルダモンやシナモンを加えて作ったマサラチャイも美味である。インド周辺の西アジア各国ではこうしたチャイがポピュラーだが、パシュトゥーン人などは甘い緑茶も飲むようである。また、ネパールの山岳地帯ではヒンドゥー系の住民は砂糖入りの、チベット系の住民は塩入りのチャイを飲むという違いがあるらしい。塩入のお茶にバターを入れて攪拌するとバター茶といわれる飲み物になる。このお茶でツァンパ(麦焦がし)を捏ねて食べると美味しい。ブータンあたりでもこのバター茶を飲むようである。

モンゴルのお茶もチャイと呼ばれる。標準語(ハルハ方言)ではツァイである。磚茶(だんちゃ)と呼ばれるレンガ状に固めたお茶を砕いたものを煮立て、塩とミルクを入れて作る。シャルトスというバターのようなものを浮かべて飲んだりもするが、いわゆるバター茶とは異なる。さらに好みによって煎り粟、乾燥チーズ、砂糖などを入れて飲むこともある。モンゴル国の都市部では紅茶も飲まれるが、砂糖だけしか入れない。普通の紅茶にミルクを入れるとなぜか不思議がられる。ところで、ロシアンティーについてくるジャムはお茶に入れるのではなく、食べながら飲むのが正式な流儀らしい。

このチャイという言葉、中国語の茶葉(チャイェ)が語源らしいが、北はロシアから中央アジア、西アジア、中近東まで広く流布しているようだ。ただし、国や民族によってミルクティーだったり、ただの紅茶だったりと様々である。ちなみに英語などのティーという言葉は、中国語の南方方言からきているそうである。

 豆腐考

知り合いの尼さんがいうには、どこかで一丁千円の豆腐を売っているそうだ。彼女は「死ぬ前に一度食ってみたいなやぁ」としきりにつぶやいていた。私がお寺に滞在中に、有志10人が一人100円ずつ出し合って買って食べるという話が持ち上がったが、人数が集まらなかったのか立ち消えになってしまった。

さて、この豆腐なる食品、中国人の発明によるものだが、実はモンゴル人がチーズを作っているのを見て豆で真似して作ったのが始まりらしい。中国語でモンゴル式チーズのことを女乃豆腐(ミルク豆腐)と呼ぶが、実際は豆腐こそが豆チーズなのであって逆なわけである。中国ではほとんど水分がないほどの硬さで、ひも状になった豆腐も売られている。概して中国の豆腐は日本のものより固めだが、豆腐脳と呼ばれる道端で売られている豆腐のあんかけのようなものは、かなり軟らかかったようである。

そういえば豆腐とチーズ、外見がよく似ている。かつてドイツを旅行したとき、店先で売られている物体が、まさかとは思いつつもどうにも豆腐に見えてしかたなく、つい買ってしまった。食べてみたら、案の定、軟質チーズであった。モンゴル国内では、日本系の焼肉レストランに行けば中国製の豆腐にありつくことができる。高級品を扱う市場でも、探せば手に入るかもしれない。だがやはり、豊富に売られている各種チーズを買って食べたほうが美味しい。

かつて、『豆腐百珍』という文庫本を所有していた。江戸時代に記された、豆腐を使った料理百種をまとめた本である。見ているだけでも楽しい本だったが、誰かに貸したら失くしてしまった。ちょっと残念である。

去年、父親が豆腐作り機を購入した。うちの母親は家の中に道具が増えるのを神経質なほど嫌う性質なので、この大掛かりな機械に対しても反感を覚えたらしく、「豆腐なんてスーパーに売っているのに、なんでわざわざ作らなきゃならないのか」とブツブツ言っていた。とはいえ、自家製の豆腐はなかなかオツなもので、今度機会があったら、ぜひ例の尼さんにも試食させたいと思う。

注:「女乃 nai」は合わせて一文字。

 パン考

今日はパンについて書く予定だったが、強行軍の後で猛烈に疲れているので、とりあえずスペースだけ確保しておこう(^^;

ホームページの更新も今日の予定だったが、都合により延期。

 ラーメン考

中国は蘭州市がラーメンの本場であるらしい。中国のよその土地でも「蘭州ラーメン」と銘打ったラーメン屋をあちこちで見かける。たいていは蘭州市出身のムスリムが店を経営している。蘭州から日本へのお土産にインスタントラーメンを買ったこともあるが、しかしどうも不評だった。インスタントラーメンそのものは日本が元祖なわけで、もっともなことである。

さて、このラーメン、中国語で「拉面」と書く。文字通り生地を引き伸ばして作るのである。両腕をいっぱいに伸ばして、一本が二本、二本が四本、四本が八本・・・といった具合でどんどん細く引き伸ばして本数を増やしていく。注文の際に太さを指定することもできる。スープは牛肉でダシをとったもので、しかもかなり辛い。麺生地に入れる香辛料の類は彼らのトップシークレットで、外部の人間には絶対に教えてくれないそうである。しかし、中国人にいわせると、日本のラーメンはなかなか良くできていて、やはり日本人の物まね技術は世界に冠たるものであるようだ。

数年前、日暮里で中国人が経営しているらしきラーメン屋を見かけた。ガラス越しに中を覗くと、本式に生地を引き伸ばして麺を作っていた。ところが、その日は仕事前で緊張していたせいか食欲が湧かず、残念ながら食べる気になれなかった。一ヵ月後、どさ回り(^^;を終えて戻ってきて再び日暮里を訪れたが、かのラーメン屋は潰れてしまったらしく、影も形もなくなっていた。残念なことをしたものである。

去年の秋、チャットのオフでラーメン博物館に連れて行ってもらった。地下は昭和初期をイメージした造りになっていて、薄汚くてじめじめとした感じが無性に居心地がよかった。どこか中国の路地を連想させられた、といったら中国人に怒られるだろうか。館内で食べたラーメンもとても美味しかった。機会があったらまた訪れたいものである。

 ジンギスカン考

子供の頃、実家にはジンギスカン鍋がいくつもあった。鉄製の半球型の鍋で、表面に格子状の切込みが入っているやつだ。ガスコンロに乗せて使用する。毎年夏になると父が職場の人たちを招いて、庭でジンギスカンパーティーをやった。はっきりしたことは覚えていないが、いつも15人以上集まっただろうか。とにかく、大人たちにかまってもらえるのが嬉しくて、いつも大はしゃぎした覚えがある。

このジンギスカン鍋なるもの、どうやら日本人の発明らしい。蒙古兵が鎧兜で肉を焼いて食べたのが始まり、などとまことしやかな説もあるようだが、いったい誰が最初に考え付いたのやら。どこかの料理店の店主が考案したのが始まりだと聞いた。もともとモンゴル人にはあまり肉を焼いて食べるという習慣はない。食べるとしたら、たいていは塩茹でにしたものを骨ごと、小刀で器用に肉をこそげ落としながら食べる。ところが驚くなかれ、彼らはお腹をこわした時にはわざわざ焼肉を食べるのである。お腹に優しいのだそうである。そういえば風邪を引いて弱っているときにも、我々だったらお粥が欲しくなるところだが、肉入りのスープを飲む。肉をたっぷり食べて栄養をつけるのだという。ところで彼らには肉を甘く煮付けるという習慣がない。すき焼きには砂糖も入れるという話をすると、露骨に気持ち悪がる。

内蒙古にはマトンのしゃぶしゃぶもあり、ハローン・トゴーとと呼ばれるが、これはもっぱら料理店などで出されるもので、遊牧民をはじめとした一般家庭で食べられることはない。味付けはいたってシンプルで、基本的に塩味だけである。それでもマトンで濃厚な出汁が出る。日本でもモンゴル人を招待するときには、たいていしゃぶしゃぶを食べさせることにしている。

 キムチ考

韓国を旅行したとき、田舎でふらりとバスに乗ったら、一人の乗客に「どこへ行くのですか」と日本語で話しかけられた。「さぁ、どこに行くんでしょうねぇ」と呑気な答えをすると、「じゃあ私についてきなさい」と言われ、ひょこひょこ付いて行った。慶州市にはかなり伝統文化が残されているようだ。バスの車内に、白いパジ・チョゴリを身につけたお年寄りたちがずらりと腰をかけていたのは圧巻だった。

さて、このキム先生だが非常に流暢な日本語を話す。学校の先生をしているとのことで、歴史や文化にかなり詳しく、親切にも貴族の住居跡など市内の名所を案内してくれた。ある民家を訪れたところ、庭先に壺が並べてあった。何に使うのかと質問すると、キムチを保存するものだと説明してくれた。さらに別の家にお邪魔した際、軒先に先ほどのものと同じような壺が置いてあったのでキムチの壺ですかと尋ねると、その家の住人はこれはおまるだと言った。どうもしげしげと見ると、先ほどのキムチの壺に規格がそっくりであった。

結局、キム先生のお宅には二泊ほどご厄介になったが、食事は毎食ご飯とキムチという取り合わせらしい。ただの漬け物というよりは、おかずといった感覚なのだろうか。とはいえ、ソウルなどでの食生活は多少異なるようである。ソウルの安宿に泊まったときのこと、中庭でアジュモニたちが大きな盥にキムチを漬け込んでいた。それを見物しながら、極めて怪しげな韓国語で「韓国料理はおいしいですね」などと言ったら、「え?キムチは料理じゃないですよ」と言われてしまった。

祖母が若い頃は、副業として下宿屋をやっていて、大学で仏教を学ぶ中国や韓国からの留学僧たちが数名下宿していた。彼らから本場のキムチの作り方を教わって、祖母も真似して作ったりということだ。キムチにはアミを入れたり、代わりにイカの塩辛を入れたりしてもいいそうだ。かなり長く置いて酸っぱくなったキムチは、豚肉と一緒に煮込んでキムチ鍋にするとなかなかいける。祖母の存命中に、もっといろいろ作り方を教わっておけばよかったのかもしれない。

 たこ焼き考

「たこ焼き」と「たい焼き」は一見似ているが、別のものである。一文字違いというのもさることながら、たこ焼きの方は中にたこが入っているからたこ焼きなのであって、なにも八本足をしているわけではない。逆に、たい焼きの方は鯛の形こそしているが、中に鯛が入っているわけではない。もしも「人形焼」に人形のカケラが入っていたりしたら、それこそ食べられたものではない。人形という名前は、たい焼きと同様に形状を模したものである。また、「たまご焼き」はというと、中に卵が入っているというよりは、焼かれるのは卵そのものというべきであろう。ところが、「しょうが焼き」はしょうがを焼いたものではなく、しょうがで味付けされた豚の焼肉である。

さて、では「炉端焼き」はどうだろう。中に炉端が入っているわけでも、炉端の形をしているわけでもなく、単に炉端という場所で焼かれるものという意味である。「鉄板焼き」などは、鉄板という道具を使って焼いたものを指す。「すき焼き」も本来、鋤を使って焼いたものらしい。ところが、「どんと焼き」となるともっと厄介である。どんととはなんぞや、というと祭りの名前であるわけだが、どんと場で焼かれるものというよりは、どんと祭りの際に焼かれるものという定義の方が当たっているだろう。「お好み焼き」などは同じ鉄板の上で焼かれるものだが、好みの具を混ぜて焼く、といった意味であろうか。

つまり、なんたら焼きという名称は、以下のように分類できるわけである。

@焼かれる材料+焼き
A材料の味付け+焼き
B材料に含まれる具+焼き
C焼き上がりの形状+焼き
D焼かれる場所+焼き
E焼く道具+焼き
F焼かれる場面+焼き
G焼く様式+焼き

それにしても、たこ焼きとお好み焼き、材料からしても実によく似ている。ソースや青海苔をかけて食べるところなどそっくりである。いっそ、たこ焼きの材料を鉄板の上にぶちまけて焼いてみたらどうだろう。やはり巨大なたこ焼きと呼ぶべきだろうか。はたまた、キャベツが足りないとはいえ、たこ入りのお好み焼きと呼ぶべきだろうか。いや、こんなあほなことをやったら、大阪人に袋叩きにされそうな気もする。

注:『言語学』(東京大学出版会,1993) より一部引用

 コーヒー考

大学の同級生がドイツに住んでいたときのこと。日本へのお土産にコーヒーを、と思ってお店に入り、「ドイツのおいしいコーヒーをくださいな」と言った。すると店員に、「なんですって。ドイツにコーヒーなんて生えてませんよ!」と嘲笑されてしまったそうだ。なるほど、ドイツ製のコーヒーといっても実際にはブラジルあたりからコーヒー豆を輸入してくるのだろう。ドイツ人らしいもっともな理屈である。とにかく、世の中にヒステリックになったドイツ人ほど手ごわいものはない。そこで彼女は、はらはらと泣き出してしまった。私などが泣いたところで天下のドイツ人が動じようはずもないのだが、幸い彼女は美少女であった。かの店員、やばいと思ったのか、コーヒーをきれいにラッピングして渡してくれたということだ。ドイツのお店ではめったにないようなサービスである。

とにかく、ドイツ人はコーヒー好きだ。ドイツの朝食はたいていコーヒーで始まる。これに黒パンとバター、ハムや半熟のゆで卵などを食べる。コーヒーはたいていブラックだったような記憶がある。一方、中国でコーヒーを注文するとたいていミルクと砂糖入りで運ばれてくる。単にインスタントを溶かしただけなのか、あるいはブラックで飲むという発想がないだけなのか。内蒙古にいたころ、現地に住んでいたドイツ人がみんなにドイツのコーヒーを振舞ってくれたことがあったが、中国人たちはさかんに「苦い、苦い」と顔をしかめながら飲んでいた。そのころ現地で売られている中国製のコーヒーといったら、麦の粉に味をつけたようなまがい物ばかりで、およそコーヒーとは似ても似つかない代物だった。それでも近頃では巣雀(ネッスル)製のコーヒーがかなり出回っているようだ。

インドではホンモノのコーヒーよりもインスタントコーヒーの方が珍重されるらしい。そういえば駅のコーヒー売りも「ネスカフェはいらんかね〜」といって売りにきた。注文したところ、小さなポットとカップを渡された。2ルピーだという。やけに安いと思いながら中身を全部飲み干した。ところがいざお金を払う段になったら、なんと売り子は、「一杯2ルピーで、3杯飲んだから6ルピーだ」などとほざく。なんだか騙されたような気分になったが、しぷしぶ言われた額を支払ったのだった。

 焼きザケ考

焼き魚というやつは、どうもあまり好きになれない。特に焼きザケなどは苦手である。しかし、同じ魚でもアユやマスなどは焼き魚でもけっこういける。なぜだろうか。きっとアユやマスは川魚だからおいしいに違いない、と単純にそう考えていた。

ところが、最近知ったのだが、マスも分類上はサケ目サケ科の仲間なのだという。さらに奇妙なことに、ベニザケとベニマスは同じものを指す。海魚といっても、サケは産卵の時期には川に戻ってくるので、全く川と無縁というわけでもない。すると、もし目の前にベニザケの切り身を焼いて出されたら、自分は果たして喜んで食べるのだろうか。ちょっと実験してみたいところだが、自分で焼いて自分で食べるというのでは、あまり実験効果も期待できそうにない。

そこで、推論を述べるに留まるのだが、何も言わずに出された場合、おそらく見た目で判断するのではなかろうか。サケに見えるかマスに見えるかで、おいしいと感じたり感じなかったりするのだと思う。では、目隠しをして食べたとしたらどうだろう。きっと「これはマスです」と言われれば知らぬが仏で喜んで食べるのかもしれない。

突き詰めて考えてみると、サケが苦手でマスが好きだという事実には、別の要素が理由として絡んでいるようである。まず思い当たるのは、サケの切り身はたいてい、やたらと塩辛いということだ。そういえばマリネにしたサケはおいしい。今ふと思い出したのだが、蒸したサケの切り身にホウレン草入りのホワイトソースをかけたやつも、母親の得意料理で、これも好物である。すると、自分はサケの切り身が苦手であるとは一概に言えなくなってきた。

もしかして、海魚が苦手で川魚が好きだというのも、単なる思い込みに過ぎないのではないか。以前飼っていた猫が、やたらと川魚が好きだったことも影響しているかもしれない。そういえば自分はイカは苦手なのだが、どうやら猫が食べると腰を抜かすという言い伝えに関係があるようだ。なにも人間さまがイカを食べたところで、猫のように銅代謝ができずにウィルソン病になるという恐れはないわけだ。だがきっと、猫の健康に良くないものは、なんとなく気分的に好きになれないのだろう。

 目玉焼き考

目玉焼きは目玉が一つしかないが、一方で西洋風のものはサニーエッグと呼ばれるのに目玉が二つ揃っている、というのはよく知られた話だ。うどんにぶち込んだ生卵が「月見」になるのだから、本来なら月見焼きでもいっこうにかまわないわけである。そういえば、マクドナルドの月見バーガーなんてやつもあった。目玉焼きをはさんだものが月見に化けたのは、目玉バーガーだと語感が不気味だからだろうか。

さて、パシュトゥーン人はたいてい朝食に目玉焼きを食べる。この目玉焼きだが、両面を裏返して焼く。彼らにしてみれば、日本人が目玉焼きの片面しか焼かないのはどうにも解せないのだという。たしかに、両面焼いて中に半熟の黄味を閉じ込めた目玉焼きはナンによく合う。チャイを飲みながら、とろとろした半熟の卵をナンにつけながら食べる。日本に暮らすパシュトーン人は、トーストした食パンにこの目玉焼きをつけて食べていた。

梅棹忠夫の『モゴール族探検記』(岩波新書)には、アフガニスタンに住むモンゴル人の末裔を訪ね歩いた記録が綴られている。彼らモゴール族は祖先がモンゴル人だといっても、ほとんどイスラム化しており、言葉もペルシャ語を話す。調査当時は多少カタコトのモンゴル語を話す人がいて、しかもそれが中世のモンゴル語の特徴を残していたという。その中で著者は、アフガニスタンでの食生活について「毎食、油の中に浮いた目玉焼きという食事にうんざりした」と感想を述べていた。元来パシュトゥーン人は遊牧民であり、古くは中央アジアに居住していたという話だが、卵を常食にしているということは、かなり前から定住化が進んでいるということか。分類としては、いわゆる山岳民族というやつに属するのだろうか。

 ミルクライス考

お釈迦様が悟りを開いたとき、村の娘スジャータが乳の粥を持ってきて食べさせたといわれている。しかし、この乳の粥、実はヨーグルトであったという説もある。漢訳される際に、当時中国にはヨーグルトに相当するものがなかったので意訳され、それがそのまま日本にも伝わったというのだ。ところが、現在のインドには牛乳でお米を甘く煮て、シナモンなどの香辛料で味付けた食べ物も存在する。初めて食べたときは、ご飯を甘く煮るという感覚にカルチャーショックを受けたものだが、日本でもおはぎのようにご飯を甘くして食べることもあるわけだ。当時からこのような食べ物が存在したかは不明だが、ひょっとしてこれが乳の粥というやつなのではなかろうか、と密かに考えている。

ドイツにもこれとよく似たような食べ物がある。ミルヒライス(ミルヒはミルクの意)と呼ばれるもので、同様にお米を甘く煮て砂糖とシナモンで味付けをする。家庭によってはレーズンを入れたりすることもある。さらに、モンゴルにもこのような食べ物が存在する。香辛料こそ入れないが、やはりご飯を甘く煮て食べる。すると、この種の食べ物はもしかして、酪農文化の伝統を持つ地域でかなり普遍的に食べられているものかもしれない。

 ビール考

中国では「乾杯」というのは文字通り「杯を飲み乾す」ことであり、ひとたび乾杯の音頭をとったなら、グラスを一気に開けるのが礼儀にかなったやり方だという。しかも、各人がちびちびとやるといった発想はないらしく、誰かがグラスに口をつけるごとにいちいち乾杯させられるので、たまったもんではない。はじめっから一滴も飲まないでおくか、早々に酔いつぶれて(あるいはふりをして)しまうに限る。

かつて実家に韓国人の旅行者を招待したときのこと。夕飯にビールを勧めたが、飲み干すとき必ずそっぽを向いていた。どうやら目上の人に対する敬意の表れらしい。お酌をするときは瓶を持つ手の肘に、もう片方の手を添えるのが礼儀のようだ。タイでビールを注ぐのを目にしたときも、片手を水平に伸ばして高々と持ち上げていた。これまでの観察からして、このようなスタイルはアジア各国で見受けられ、日本のように瓶を両手で支えるというのは珍しいようだ。余談だが、日本でも化学屋さんたちは、必ず酒瓶のラベル側を上にして持つらしい。試薬を扱うときの癖なのだという。

モンゴルにはアイラグ(馬乳酒)という飲み物があるが、これは馬の乳が糖度が高いことを利用して作った、一種の乳酸発酵飲料である。ちなみに、カルピスはこのアイラグにヒントを得て造られたものだという。さてこのアイラグ、発酵が進んだものはブクブク泡が立っていて、なんとなくビールに味が似ている。ビールにミルクを混ぜたような味だといってもいい。面白いことに、モンゴル語では逆にビールのことをシャル・アイラグ(黄色い馬乳酒)という。もっとも、口語ではロシア語や中国語からの外来語でピャーポ、ピーチューなどと呼ばれることの方が多い。

インドではイスラム教徒ならずとも、飲酒はかなりタブー視されている。ノンアルコール・ビールというやつが売られていたので、好奇心に駆られて飲んでみたら、ただの炭酸入りリンゴジュースだった。

 北京ダック考

うちの母親は北京ダックを作ることができる、と言ってもたいていの中国人は本気にしてくれない。だがそれは、本式の料理書を紐解いて作るかなり本格的なものだ。私が幼い頃、来客があるとよく作ってくれたものである。

まず、近所の肉屋にあらかじめ注文して鴨一匹を丸ごと仕入れる。これを寒い時期に軒先に吊るして、蜂蜜を塗りながら約一週間おく。こうして、これをオーブンで焼くのである。餅(ピン)のほうも粉を捏ねて二枚重ねにしたものを、のし棒で薄く延ばして火にあぶり、さらに蒸し器で蒸す、とかなり本格的だ。日本では昔はテンメンジャンなどは手に入らなかったので、八丁味噌などを混ぜ合わせたもので器用にそれらしいものを作っていた。

父親の友人で、満鉄帰りの人がいるが、かつてこれをご馳走したときには「ホンモノはこんなもんじゃない」とちょっと不満そうだった。そのときは、母も中国で実物を食べたわけではなく、本を見て作っただけなのだから、さもありなんと思っていた。ところがかの父の友人、数年前に香港に旅行に行って北京ダックを口にする機会があったという。そのとき、うちで食べた北京ダックにあまりにもそっくりなので、真っ青になったということだ。私もおととし、北京で念願の北京ダックを食べてみた。たが、身内びいきの意識も働くのだろうか、かつて母親が作ってくれたやつの方がずっとおいしかったように感じた。

 アボカド考

アボカドというやつは好きだが、どうも高価である。たった一個で198円もする。あるとき、売り場でしばしたたずんで、買おうかどうかかなり迷ったことがあった。だが、「人間いつ死ぬか分からないから、好きなものを食べよう」と思い切って買って食べた。半分に割って、残りは翌日に食べるので一回100円未満だ。考えてみればそう高くもない。

ときどき、なんの理由もないのだが、無性に悲しくなることがある。そんなとき、なぜかアボガドを買って食べることにしている。ささやかな贅沢である。

 チーズ考

むかし羊の胃袋で作った水筒にミルクを入れ、ラクダの背で砂漠の旅に出た男が、やがてそれを飲もうとしたらミルクが白く固まっていたという。西欧に伝わるチーズ誕生のエピソードである。それは暑さで自然に増殖した乳酸菌が、乳糖を乳酸に変え、その酸と胃袋から染み出たレンネット(凝乳酵素)の働きで自然にミルクが固まったものだ。現在でもいわゆるナチュラルチーズは、ミルクを細菌発酵またはカビ発酵させたものをレンネットで固めて作られる。

ところで、モンゴルのチーズはちょっと製法が異なる。まず、絞りたての乳を鍋にかけて上に張る膜を分離させてウルムと呼ばれるクリームチーズのようなものを作る。80℃前後で固まる乳蛋白の一部と脂肪が一緒になったものである。この残りの脱脂乳を放置して乳酸発酵させたものを火にかけて凝固させ、日なたで乾燥させて固める。これは方言によってホロードまたはアーロールと呼ばれる。作りたてのものはカッテージチーズに味が似ているが、固まったやつは石のようにコチコチである。モンゴル人でも食べていて歯が折れてしまうことがあるそうだ。味はちょっとパルメザンチーズに似ている。また、アルツと呼ばれる酸味のあるチーズもあるが、この製法は一種独特である。乳酸発酵させた脱脂乳を蒸留させてミルクウオッカを作り、その残りの酒かすのようなものを乾燥させて作るのである。

チベットのチュラと呼ばれるチーズも、ヤクの乳で作られるが、基本的な製法はホロードと一緒のようだ。ただし、豆粒大にポロポロとくずしてから乾燥させるので、小さくて食べやすい。ところで、インドのパニールと呼ばれるチーズであるが、どうも味がホロードの作りたてのものに似ている。本をみた限りでは、酸乳を火にかけて凝固させて作るとしか書いていない。たぶん、ホロードとは違って、乳脂肪分を取り除かないので軟らかさを保っているのだろう。すると、ひょっとしてモンゴルのビャシラグという軟質チーズに相当するのかもしれない。それにしても、インドのように暑い国で、脂肪を分離させないで作ったチーズが日持ちするのだろうか。ちょっと不思議である。

参考文献:新沼杏ニ『チーズの話』(1983年, 新潮選書)






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