「低く下ってご覧になる」

 この宇宙が途方もなく大きいことを知ったとき、悲しい気持ちになった。そんな
経験をした人はずいぶん多いのではないでしょうか。自分が砂粒よりも小さな
存在に感じられ、空しく悲しくなるのです。私が生きても死んでも揺るぎもしない
大宇宙は、私を悲しませ、空しい思いを呼び起こします。

 けれども、その宇宙さえ造られた大きな方を知ったとき、私たちは自分の小さ
さを悲しみ、空しい思いになることがありませんでした。この方の全能は、宇宙
を越えた高さから、まっすぐに私のところまで急降下して、私をご覧になることが
できるような全能だからです。

 上記の詩編は、どこまでも下って来られる私たちの神の不思議さを歌っていま
す。天をはるかに越えた高い所から、低く下ってまず天をご覧になり、さらに低く
下って地をご覧になり、さらに、その地の中でも特別に低い人々(弱い者、乏しい
者)に目を留めて、その人々を引き上げて下さる、と言うのです。

 主の全能は砂粒のように小さな私にさえ目を注ぐことができ、私のすぐそばまで
来ることのできる全能です。この不思議な主の全能に勇気づけられて、どんなに
低い場所にいる時も、主に向かって目を上げ、主に祈りたいのです。

<これまでの御言葉Aはこちら>

主はすべての国を超えて高くいまし
主の栄光は天を超えて輝く。
わたしたちの神、主に並ぶものがあろうか。
主は御座を高く置き
なお、低く下って天と地を御覧になる。
弱い者を塵の中から起こし
乏しい者を芥の中から高く上げ
自由な人々の列に/民の自由な人々の列に返してくださる。
                        (詩編113:4〜7)

<これまでの御言葉@はこちら>