親族越えについて考える
これをお読みになっているテニスプレイヤーの中には偉大な両親や兄弟がいて、それを越えられずに悩んでいる方がいるかもしれません。兄が国体選手だったとか母がインターハイに出たとか、祖父がノーベル賞物理学者だったとか。
幸か不幸か私はそういったプレッシャーとは無縁なのですが、ここではそういった世間の好奇の目に耐えつつさらなる高みを目指す若いテニス選手たちの事例を研究し、プレッシャーを克服する方法を考えましょう。
キム・クライシュテルスだってデビュー当時のベルギー国内ではベストプレイヤーに選ばれたこともあるサッカー選手のレオ・クライシュテルスの娘でしかなかったわけですが、今や立場は完全に逆転しているのですぞ。
ニコラスとジオバンニのラペンティ兄弟は政治家と元ミス・エクアドルの息子ということでプレッシャーがかかっているのかどうかは知りませんが。
親族で同時に同じ商売をしているということであればまず考えられるのが兄弟。現在現役のATP/WTAプロテニスプレイヤーとしては以下の兄弟がいます。(もっといるかもしれない)シングルスランキングは2003年末、年齢は今年6月のものです。(雑誌 "Tennis" 2003年10月号のものを改変)
| 姓 | 名 | 年齢 | ランク | 名 | 年齢 | ランク |
| ブレーク | トーマス | 27 | 258 | ジェームス | 24 | 37 |
| ブライアン | ボブ | 26 | 134 | マイク | 26 | 225 |
| クライシュテルス | キム | 21 | 2 | エルク | 19 | なし |
| ヒューイット | レイトン | 23 | 16 | ジャスリン | 21 | 541 |
| ラペンティ | ニコラス | 27 | 54 | ジオバンニ | 21 | 196 |
| ロクス | クリストファ | 25 | 73 | オリビエ | 23 | 45 |
| サフィン/サフィーナ | マラト | 24 | 66 | ディナラ | 18 | 54 |
| ウィリアムズ | ビーナス | 24 | 11 | セリーナ | 22 | 3 |
| セラ・ザネッティ | アドリアナ | 28 | 104 | アントネラ | 24 | 107 |
現役はマグダレバだけですが、マヌエラ・カテリナのマリーバ三姉妹も有名ですね。パラドーン・スリチャパンの二人の兄もATPプレイヤーの名簿に名前は載ってます。確かどちらかは現在パラドーンのヒッティングパートナーのはず。
現在活動しているのは末っ子のマショーナ・ラクタだけですが、アメリカのワシントン一家など5人の子供のうち男2人(マリバイ&マシスカ)、女2人(ミカエラ・アブラハム&マショーナ・ラクタ)がプロテニスプレイヤーでした。一体何を食べさせたらこれだけのテニスプレイヤーを量産できるのでしょうか。蚊取り線香粉にしてそばにふりかけ食べるのはアホの坂田ですが、ワシントン家では毎日テニスボールを朝食にしていたんでしょうか。
親子二代でプロテニスプレイヤーというのもちょいちょいありまして、これまた活動しているのは末っ子だけだと思いますが、ジンバブエのバイロン・ウェイン・カーラ三兄弟妹の父親、故ドン・ブラックは自分が活躍したウィンブルドンに子供たちを送り込むことに情熱を傾け、成功しています。アフリカの白人なのにブラック一家とはこれ如何に。(追記:ウェインとカーラは2004年シーズンにダブルスを組んで活動するなどしており、ウェインはダブルス中心に活動を続けているようです。私がATPの記録を調べた時点では2004年の活動暦がなかったので上表から外してしまいました)
オーストラリア人としてデビスカップを戦ったものの現在アメリカでテニスコーチをしているフィル・デントの息子のテイラー・デントは度々オージー選手に苦杯をなめさせてますな。(追記:そう言えばテイラーの母親のベティ・アン・グラブも性転換したルネ・リチャーズとダブルスを組んでたことで有名になったプロ選手だった)
ではまずはシニアデビュー前後の若い選手からご紹介。
ジェームス・ワン(マイケル・チャンの従兄弟)
彼の母親とチャンの母親が姉妹ということで従兄弟です。5歳からテニスをしていたものの、もともとバイオリンに才能があって競技会やリサイタルで全米を旅していたという異色の経歴の持ち主。兄を倒したいばかりに本格的にラケットを握ったところ10歳で初出場したトーナメントに優勝。2001年には全米ジュニアランキングのトップに上り詰めています。
18歳の彼、やはりチャンが憧れの的だったようです。チャンがニューヨークのトーナメントに来るときにはずっと彼の家に泊まっていたとのこと。しかしここに至って、「でも彼の時間を無駄遣いさせるのではなくて、本当に一緒に練習できるのは奇妙な感じだ」と言ってます。
現在スタンフォード大学でカレッジテニスプレイヤーとして活躍する彼、2003年5月のプロデビュー戦、フォレスト・ヒルズクラシックで敗れた相手はトーマス・ブレークだったりします。チャンの域に達するにはまだ時間がかかりそうです。
セルゲイ・ブブカ Jr.(セルゲイ・ブブカの息子) このページSergeiじゃなくてSergiyになってる・・・
ソ連・ウクライナの鳥人、セルゲイ・プブカ(以下シニア)の息子です。シニアはシドニーオリンピックを最後に棒高跳び選手を引退してから現在は国会議員として活躍しています。ジュニアは現在18歳ですがジュニア選手としてはかなり実績があります。
彼は7歳のときに母親の友達のテニスコーチのもとに連れて行かれ、それ以来テニスの虜になってしまったそうです。棒高跳びは遊びで一回したことがあるだけとのこと。
それ以来、9歳か10歳の時には父親を負かすようになったそうです。もちろんテニスコートでの話ですが。
現在モナコに住み、ボブ・ブラット(元ボリス・ベッカーやゴラン・イワニセビッチのコーチ)の指導を受けています。
初の欧州外本格遠征となったオーストラリアンオープンのジュニアトーナメントに現れた時には、やっぱり素性を知らない人から「あのセルゲイ・ブブカと同じ名前だね」とよく言われたそうな。2002年のシニアツアーデビュー戦では惨敗してしまったようですが。
でもやっぱり棒高跳びの才能はあるんじゃないかなあ。ラケットを支えにしてジャンピングスマッシュをしたら誰より高く跳べるとか。あ、それではラケットを振れないか。普通のネットを飛び越しても意味ないですから、彼の試合の時だけネットを5メートルくらいの高さに張るというのはどう?
ところでジュニアが言うにはシニアのテニスも恐ろしい勢いで上達しているとのこと。シニアがツアーデビューして親子ダブルスとかいう話になったらどうしましょう。それこそ6メートルのネットが要るような気がしません?長尺ラケットも彼にとっては短尺です。
棒高跳びのごとくラケットを逆手に握ってフォアやバックを打つという座頭市ショットもカッコイイかも。
ミカエラ・クライチェク(リチャード・クライチェクの妹)
まだ16歳なので海のものとも山のものともつきませんが…。あ、オランダ人だから山の者ではないか。確かにワールドジュニアランキング2位だったり、グランドスラムのジュニアイベントで度々決勝や準決勝に進出していますが。リチャード・クライチェクの腹違いの妹です。
96年にリチャードがウィンブルドンに勝利した時には7歳で、家でテレビを見ていたそうなのですが、そのことと自分がプロになったこととは全く関係ないとのこと。テニスが大好きで試合を楽しみたいし、旅行も好きなんだからだそうです。コーチの一人は父親のピーター・クライチェクですが、リチャードはトーナメント前に激励のEメールを送ってくるくらいだそうです。
ところが周りの期待はその程度ではないようで、2003年初に彼女がオランダでWTAツアーデビュー戦を飾ったときには500人からの観衆で会場が満杯になったそうです。そこでストレート負けをして一回戦を勝つのがどれだけ難しいかということを思い知ったとのこと。この時のプレッシャーは凄かったそうで、「リチャードの妹だから何試合かは勝つだろう」とか思われているのに耐えられなかったとのこと。試合を重ねるに従ってだんだん慣れてきたそうですが。このおかげか2004年全仏オープンジュニアではシングルスで準決勝に進出し、ダブルスでは優勝しています。
でも、「リチャードの妹だから法曹界に進んで当然」という人がいないのはなぜ。リチャードは現役中から法律書を友とし、今や現役の法学生ですよ。
アレクサンドラ・スティーブンソン(ジュリアス・アービングの娘)
彼女の場合は事情が特殊です。1999年のウィンブルドンに史上初めて予選から準決勝に進出したのですが、その時それ以上に世間をあっと言わせたのがこの一件。伝説的バスケットボールプレイヤーのドクターJことジュリアス・アービングが、「プロテニス選手のアレクサンドラ・スティーブンソンは私の娘である」と宣言してしまったのです。アーピングには別に妻と四人の子供がいます。
彼女のウィンブルドンでの活躍により注目が集まったことにより、どこから入手したのか新聞に彼女の出生証明書が載ってしまい、アービングはこれを一旦否定したもののプレッシャーのかかったスティーブンソンからアービングに発表を依頼したようです。私もウィンブルドンで活躍すると出生の秘密を暴かれてしまうのであろうか。これで彼女の血液型がRHマイナスAB型だったりするとほとんど大映ドラマの世界です。あ、RHマイナスの血液型はアメリカでは珍しくないのだった。
4歳のときにスポーツジャーナリストの母親がバスケットボールプレイヤーの写真が載っている新聞を指差して「この人があなたの父親なのよ」と言われて「そう」と答えたのが、彼女が父親の素性を知ったきっかけだそうです。
アービングの発表によると父娘はスティーブンソンが3歳の時に一回会ったっきりだそうですが、スティープンソンは8歳の時だと言ってます。
学校でアービングのバスケットボールトレーニングキャンプのチラシが出回り、その時にチラシを家に持って帰って母親に「パパに会いたい」と言ったそうです。
で、キャンプ初日に本人の顔を見たいばかりにサインボールの列に並び、順番が来なければいいと思っていたらそれが来てしまったそうです。そこで「サインボール欲しいの?」と本人に聞かれたものの「いらない」と答えて立ち去ったとのこと。列に並んで待っていたのに、傍から見ると嫌がらせ以外の何物でもありません。
スティープンソンは彼がその時彼女を認識していたのではと言っています。しかし何という対面の仕方。私の父親が長嶋茂雄だったとしてサイン会に行けるであろうか。
いずれにせよ非常に遠い存在だった人物が18歳にしていきなり人生に割り込んで来たわけで、当惑のしようは想像に余ります。
その後のインタビューでは「父親というものは娘をかまってくれるもので、その意味で言うと私には父親はいない」と言っています。養育費はずっともらっていたのにねえ。
最近でも騒ぎは収まらないようで「(歌手・俳優の)ジェニファー・ロペスにはいつもあることでしょうし、彼女の気持ちが分かるわ。周りに狂ったような人達がたくさんいて、彼女とベン・アフレック(元婚約者の俳優)自身では扱いきれないもの。(何を聞かれても)笑って『何とでも言って』としか言うしかないわ」
ということなんだそうです。
ジャスリン・ヒューイット(レイトン・ヒューイットの妹)
元オーストラリアナンバーワンジュニアで、キム・クライシュテルスとは同年齢なんですが、ライバルと言うには程遠い・・・。
彼女は2004年オーストラリアンオープンのワイルドカード出場を目指していたのですが、惜しくも選に漏れました。
しかしながらあと2−3年すれば、WTAトーナメントでエルク・クライシュテルスとの義理姉妹対決が見られるのはほぼ間違いありません。本気を出していないとの噂が絶えないウィリアムズ姉妹対決より、お互いプロテニスプレイヤーとしての生存を賭けたこちらの闘いの方が絶対に面白いでしょう。ジュニアダブルスプレイヤーとしてかなり実績があるエルクにこてんぱんにやられなければいいんですけど。
しかし今後ジャスリンがキムやエルクにむちゃくちゃ弱かったりすると嫁姑バトルの種になるのではないかとそれだけが心配です。「私の娘を打ちのめした鬼嫁」とか言われたりして。
まあ義姉妹ダブルスペアというのもありえますが、何か近所のおばさんテニスのペアリングを見ているような…。
ちなみにレイトンとキムの婚約発表後、彼のアデレードの新居での家族団欒の写真(多分隠し撮り)が新聞に載っていたのですが、ベランダのテーブルに着くヒューイット一家(ジャスリン含む)にエプロンをして食事をサーブするキムの姿がっ。家事でも先を越されてます。
ところでオーストラリアとヨーロッパ・アメリカでは当然時差があるものの、実は彼女の21歳の誕生日は「ヒューイット一族大勝利の日」でして、レイトンがロッテルダムで優勝する一方、義姉になるはずのキムがアントワープで勝利、ついでに彼女のボーイフレンドのヨアキム・ヨハンソンがメンフィスのATPイベントでプロ初タイトルを取るなど、彼女の周辺でどれだけ稼いだか分からないほどです。従って、三人からの誕生日プレゼントは非常に高額なものになったはずです。しかしもしかしてこの人、自分の勝ち運を他人にあげ過ぎているとかいうことはないんでしょうか。
ともあれ、翌日のシドニーモーニングヘラルド紙が書いてましたが、私もそう思います。
「ジャスリン、次は君の番だ!」

