規則破りについて考える
プロテニスの世界にはゲーム上のルール以外にかなり厳しい取り決めがあります。しかしATPやWTAの選手規則ではドーピングや八百長以外のことは全てお金で解決できるというのも事実らしく、その辺はかなりドライだなという感じはしますが。
我々アマチュアの場合は手抜き試合をしようと試合放棄をしようと成長ホルモンを摂取しようと社会的に非難される以外に懲罰はありませんが、罰則をくらった選手たちがどのように対応しているか見て参考にしてみましょう。
しかし、まだまだ係争中の案件も多いので何とかして真相を明らかにしなければなりませんが・・・。
グレッグ・ルセドスキーの薬物疑惑
2004年1月に前年7月インディアナポリスRCAチャンピオンシップの薬物検査の結果が発表になり、6人のプレイヤーがドーピングの疑いありということになりました。実際に嫌疑をかけられたのはグレッグ・ルセドスキーだけなんですが、彼は無実を主張しています。
これは同じイギリスの名探偵にご登場願いましょう。ロンドンはペーカー街221番地に手紙を送らなくてはいけませんが。
ワトソン「ホームズ、変な依頼が来たんだ。テニスプレイヤーのグレッグ・ルセドスキーが薬物を使用しているかどうか調べてくれというのだが」
ホームズ「その件なら聞いている。彼の尿から禁止薬物のナンドロロンが検出されたという話だね」
ワトソン「検出されたのならもう申し開きの余地はないのではないかな」
ホームズ「ところがそうではないんだ。そのしばらく前に同様の処分を科されかけたチェコのボーダン・ウリラッハはじめ他のプレイヤーもドーピングをしたとされていたが、これはATP支給の電解質補助食品が原因とされている」
ワトソン「だったらルセドスキーの場合もそれが原因ということではないのかな」
ホームズ「ところがこの問題の食品は5月に選手に対しての支給が打ち切られているんだ。ルセドスキーから検出されたのは7月だ。そのせいで彼は2年間の出場停止の危機に直面したというわけだ」
ワトソン「そう言えばグレルモ・コリアが2001年にATP支給のビタミン剤のためにナンドロロンが検出されて一時出場停止になったということがあったな。ファン・イグナチオ・チェラにも同様の疑いがかかっていた。しかしルセドスキーも災難だな。ドーピングを見抜かれたにしろ疑われたにしろ。同じ頃盗難にあったこともあるんじゃないかな」
ホームズ「いいところに気が付いたね。彼が2003年ウィンプルドン前哨戦の一つ、ノッティンガムで優勝した時、受賞セレモニーの間に現金とクレジットカードを盗まれている。何か共通点は見出せないかな」
ワトソン「被害者が同じということ以外は考えつかないが・・・。あっ、ロッカールームにはATP関係者しか入れず、問題の食品もATPから支給されたと言われている・・・」
ホームズ「そう、ルセドスキーの足を引っ張ろうとしている勢力がATPの中にいるということだよ」
ワトソン「それが分かったからこそATPも翌年3月に彼を無罪放免ということにしたんだね」
ホームズ「その時彼は妻とカイロにいて安物のエジプトワインで祝福したので二日酔いがひどいと言っていた。まあこれでATPの落ち度がはっきりしたわけだ。この場合は事故だったわけだが、薬物の力を借りて成績を残そうなんていうスポーツ選手が後を絶たないのには全く呆れるね」
ワトソン「じゃあ、君はATPの誰がルセドスキーを陥れようとしているのか、どうして彼が狙われているのかも見当がついているんだね」
ホームズ「いや、実はそれに関しては全く考えが浮かばないんだ」
ワトソン「どうしたんだい。いつもの推理がないじゃないか」
ホームズ「どうもこうも体に悪いからって君が僕のとっておきのコカインをどこかに隠してしまうからじゃないか」
ワトソン「・・・・・・」
エフゲニー・カフェルニコフの八百長疑惑
スポーツブックメーカーにおけるエフゲニー・カフェルニコフの試合に対する賭けについては以前からとやかく言われていたそうなのですが、この度、新聞報道で大きく取り上げられたことにより表面化しました。この件、ロサンゼルス市警の名刑事に調査してもらいましょう。
エフゲニー・カフェルニコフがその男に声を掛けられたのは昼間の練習を終えてコーチと一緒にホテルのフロントで鍵を受け取った直後だった。
「こんにちは、カフェルニコフさん。ロス市警殺人課警部のコロンボって言います。ちょっとお話を伺いたいのですが」
雨も降っていないのに薄汚れたレインコートに身を包み、手入れはしているのだろうがもじゃもじゃになってしまった黒髪の男が彼を見上げている。自己紹介のつもりなのか右手でわしづかみにした警察バッジを高々と挙げていた。
「いいですよ、でもここではちょっと・・・。部屋で話しましょうか」
カフェルニコフはロビーの人目を気にしつつ答えた。その言葉を聞いていたのかいないのかその男はすたすたとエレベーターの方に歩いていく。唖然と見つめているコーチに一声かけるとラケットバッグを抱えた彼はあわてて後を追った。
エレベーターの扉が閉まると早速カフェルニコフはその男に尋ねた。他には誰もいない。
「警察が私に何の用だっていうんですか」
コロンボは彼に一瞬目を合わせるとすぐまたあらぬ方向を向いて答えた。
「いや、あなたの八百長疑惑の件で少し伺いたいことがあるんです」
「やっていないって言っているでしょう」
「まあ、ちょっと気になることがあるもので・・・。ああ、この階ですか」
今度ばかりはコロンボはカフェルニコフの後について部屋に入ってきた。
ラケットバッグを下ろすとカフェルニコフはソファーを勧めた。
「いやあ、立派な部屋にお泊りだ。私の母方の又従兄弟がサンタモニカでB&Bを経営してるんですがえらい違いですねえ」
カフェルニコフは場違いな話にややうんざりしつつコロンボを促す。
「で、話というのは何なんですか」
「さっきもお話した通りあなたの八百長疑惑の件なんですが・・・。タバコ構いませんか?」
「どうぞ」
コロンボはコートのポケットから安物とはっきり分かる葉巻を取り出して火を点けつつ言った。
「ちょっと整理させてください。事のあらましはこうだ。あなたが試合をする時にはベットフェアーをはじめとするインターネットのスポーツ賭博サイトで度々特異な賭けパターンがみられる。イギリスのサンデーテレグラフ紙が昨年末に報じたところによると、あなたが10月にリヨンでフェルナンド・ビンセントと対戦した時にあなたが圧倒的に有利だという予想に反して、あなたの敗戦に多額のお金が賭けられた。怪しく思ったブックメーカーのベットフェアーは6時間前に賭けを締め切ったが、あなたは多数の予想に反して足首の故障による途中棄権で負けてしまった。こういうことでよろしいですかな」
何度も聞かされる話ながらカフェルニコフは彼の言葉を最後まで聞くと言った。
「事実としてはそうかもしれませんが、私には何の関係もないですよ。私はテニスプレイヤーとしていつでも勝ちたいと思っている。それにベットフェアーとATPが顧客記録を調べて私や家族、コーチが賭けたのではないということははっきりしているじゃないですか。結局ビンセントにも私にも何のお咎めもなかった」
「そうですか。ありがとうございました。またお話をお伺いすることがあるかもしれません。今日のところはこの辺で失礼します」
コロンボは葉巻をもみ消すと、のっそりと立ち上って振り返りもせずにドアに向かって歩き始めた。カフェルニコフは彼に聞こえないように小さくため息をつきつつ、ドアを開けるコロンボを見送った。
と、半分閉じかけた部屋のドアからコロンボがひょっこりと顔だけを突き出して言った。
「ああ、もう一つだけお尋ねしますが、新聞社相手に提訴しようかと考えているというのは本当ですか」
カフェルニコフは一瞬びっくりしたものの顔には出さないように努めつつ言った。
「ええ、考えていますよ。どうやったらいいのかまだ具体的には思いつきませんがね」
今度こそコロンボが部屋から姿を消すと彼は小さくため息をついた。
その男はまた待っていた。トレーニングジムから出てきた彼の背後から声をかけてきたのだ。
「すいません。またお邪魔します。どうですか、調子は」
カフェルニコフは言った。
「どうもこうもロッカールームに入るたびに他の選手から一生の敵のように見られて泣きたいくらいだ。それにご存知の通りあれ以来故障でまともにプレーしていませんよ」
コロンボも同意する。
「それはご愁傷様。度々すいませんが、ちょっと時間をいただけますか。ええ、今回は立ち話で結構です」
「少しだけですよ。で、結局どうだったんですか。私は無実だったんでしょう」
コロンボはあっさりと認めた。
「ええ、結局あなたが八百長に関与しているという証拠は見つかりませんでした。どうも世間を騒がせるのが好きなファンがあなたの敗戦を願っているようですがね」
「ロシアデビスカップチーム代表キャプテンのシャミル・タルピセフは私のことをわがままだと言ってますがね。それとこれとは別の問題だ」
「いずれにせよ、あなたの今の状態は精神的にも肉体的にも最悪だ。ウチのカミさんが言ってましたが、この状態はあと数ヶ月は続いてまともにトレーニングのできないあなたはブクブクに太るだけだ。つまり、八百長があろうとなかろうと、あなたはしばらくプレイできないってわけだ。じゃあ、これで」
言うだけ言うと唖然と見つめるカフェルニコフを尻目にコロンボは前と同じようにすたすたと歩いて去っていった。挨拶のつもりなのか背中を向けたまま右手を高々と挙げて。
レイトン・ヒューイットのインタビュー拒否
レイトン・ヒューイットは2002年8月にシンシナティのマスターズシリーズで試合前のテレビのインタビューを拒否して罰金を言い渡され、無効請求の裁判を2003年ウィンプルドン直前に起こしています。
ここは、日本の名裁判官に登場してもらって裁いてもらいましょう。
お白州に控える男二人、ドンドンと太鼓が鳴って、時代考証的にはおかしいとはいえ、裃を身に付けた大岡越前守忠相、背筋を伸ばしたまま悠然と歩を進めてお白州に現れた。男達はただひれ伏していた。
「面を上げい。これより両名に対しての詮議を始める」
朗々と宣言したことであった。
「まず、栄汀比井組織男。その方インタビューを拒否した職業庭球選手であるこの男に罰金を科した、その事実にしかと相違はないな」
「間違いございません。選手ならびにプロテニスを宣伝するのは私共の大事な務め。特に青少年は身共の大事なお客様でございます。ATPの公式取材を断った者は罰金刑に科すと選手規約にも明記してあるのでございます。せっかく自身の良い宣伝になる機会だというのにこの男の気が知れませぬ。罰金を科されて当然なのでございます。ここでこの男のわがままを打ち捨てておきますと他の選手に示しがつきませぬ」
そしてもう一人の男に向き直った越前、
「次いで、飛雄一刀」
「お奉行様、ヒューイットにてございます」
「ならば、ヒューイット。その方ATPに申し付けられたテレビのインタビューを断り、それがために科された罰金の支払いを拒んでいるという事実にしかと相違はないな」
「仰せのとおりでございます」
「なぜインタビューを受けぬ」
「嫌だからでございます。もともと私がガキプレイヤーであった頃から栄汀比井組織男はトーナメント組織委員会の意に反して私のリプトン選手権のワイルドカード出場権を取り消そうとしたり、ATPユニバーシティでの受講を強制したりの嫌がらせを繰り返しておるのでございます。この件に関しては、私は大事な試合の前のインタビューには一度足りとも応じたことはなく、それを理由に断ったところこの栄汀比井組織男は理不尽にも罰金を払えなどと申すのでございます。しかも私が一旦拒否をしたところ10万米ドルの罰金を2万米ドルに減額したのがいい加減である証拠。そして実はこの度の件については、もう一つのインタビューを断ったのを根に持ってこのような嫌がらせをしているのでございます。このインタビューを仕組んだ雑誌は青少年向けという触れ込みながら実のところはソフトポルノ誌。健全たる青年としてそのようなことを看過するわけにはいきませぬ。さらにそんな雑誌に私の写真が裸のおねいちゃんと一緒に載ろうものなら、キムに張り付けボレー攻めの刑に遭ってしまいます」
双方の言い分を聞いた大岡越前守、しばらく眉根に皺を寄せていたが、やがてにっこりと微笑むとこう言った。
「ならば、こういたそう。罰金は帳消しといたす。そして、ヒューイット、お前には間もなく始まる2003年ウィンプルドン一回戦負けの刑を申し付ける」
気色ばんだ男二人が立ち上がって何か言おうとするのを越前守、手で制し、
「決勝準決勝まで進めば獲得できる何万ポンドという賞金を得られなくなるのだからヒューイットにとっては罰金を払ったも同然である。栄汀比井組織男は初の一回戦敗退チャンピオンということでヒューイットの顔に泥を塗ることができ、八百長がばれたとしてもウィンブルドンはATPイベントでないから全く問題はない。そして裁きに責任を持つためにこの越前、スポーツブックメーカーにヒューイット優勝と賭けて大損をいたそう。これでヒューイットもこのような裁きを下したわしに対する恨みも晴れるであろう。そのためには負けねばならないのだ。かくしてこれを三方八百長損の裁きと申す」
男二人、声を揃えて叫ぶのであった。
「そんなあー」
その声が聞こえたのか聞こえなかったのか、大岡越前守忠相は高らかに宣言するのであった。
「これにて、一件落着っ」
まあ、テニス選手の裁判と言えばマルチナ・ヒンギスのストーカーに対する請求は結審しましたが、彼女にはまだセルジオ・タッキーニ相手の故障に対する損害賠償請求が残っていますな。
あとは、アンナ・クルニコワがフロリダの豪邸の所有権を巡って両親と訴訟合戦をしている話とかがありますけど、テニスには直接関係ないのでここでは置いておきましょう。
「この謎は必ず解いてみせる。じっちゃんの名にかけて!」
ああ、びっくりした。金田一君、呼びもしないのに出てこないでよ。
「アンナ・クルニコワ、犯人はお前だ!」
犯人も何も、この件はただ単にクルニコワのフロリダの豪邸に関して二人で三分の二の所有権を主張するセルゲイとアラの両親がアンナ相手に訴訟を起こして彼女が訴え返したという親子ゲンカじゃないですか。
「オレは初めっからアンタが怪しいと思っていたんだ」
誰か助けて・・・。
<この文章には多大にフィクションが含まれています。念のため>
(追記:シャーロック・ホームズが常用してたのはヘロインではなくてコカインでした。発表当初の内容から変更しています)

