テニスでモテモテについて考える


スポーツができる人というのは男女を問わず小学生から憧れの的であるのは間違いないことで、大人になってからも誰もが憧れるような芸能人と交際・結婚する人も多いようです。
プロテニス選手とて例外ではなく、歌手や俳優と交際した人が多数います。古くは俳優のテータム・オニールと結婚・離婚したジョン・マッケンローとか、これまたブルック・シールズと離婚したアンドレ・アガシとか。しかし今ではマッケンローは歌手のパティ・スミスと、アガシはシュテフィ・グラフと結婚しているのはご存知の通り。
まあ離婚した例ばかりではなく、俳優のブリジット・ウィルソンと結婚して幸せな家庭を築いているピート・サンプラスや元ボンドガールのダフネ・デッカーズと結婚した、リチャード・クライチェクなどの例もありますが。
サンプラスは男性ファッション誌GQに「スポーツ選手にとって結婚がどれだけ悪影響を与えるか」として名指しで取り上げられたことへの返答として2002年全米オープンに優勝していますが。まさかウィルソンラケットを愛用していたからウィルソンと結婚したわけではあるまい。両手にウィルソン。
ここでは最近の例を検証し、彼らに倣ってテニスプレイヤーとしての一挙両得を目指しましょう。

アンディ・ロディック&マンディ・ムーア
男:テニスプレイヤー。22歳。
女:歌手・俳優。20歳。出演映画に「ウォーク・トゥ・リメンバー」など。最新アルバムは「カブァレッジ」。
この二人2004年3月くらいに別れちゃったんですが・・・。2003年全米オープンで勝利した彼がスタンドの彼女と抱き合うシーンは感動的やったのになあ。なれそめから追跡してみましょう。
2002年の7月にロディックがトロントのマスターズシリーズに出場したときのこと。ムーアはこの街のセットで"How to Deal"(日本未公開らしいです)という映画を撮影していました。ここに現れた彼女の母親というのがめちゃくちゃのテニスファンで、娘を試合に誘うのです。 雑誌「ローリング・ストーン」でロディックを見て"He is cute"と思っていた彼女、「彼が出るの?」というわけで見に行く気になるのですが、残念ながらその日のナイトセッションの時間には撮影が入っていたわけです。そこで、彼女は母親に一度も会ったことのないロディックを試合後にスタジオ見学に連れてくるように頼みます。雑誌で見ただけの人にデートを申し込んで受けてもらえるのなら私だって藤原紀香嬢とデートしますよ。
これを受けたロディック、一種暴挙とも思える行動に出るのです。ここにテニス界きってのハンサムボーイで性格も良いとされるジェームズ・ブレークを伴って現れるのです。彼女がどんな人物か分からなかったとはいえ、ブレークに持って行かれたらどうするつもりだったのでしょう。
どうしてジョン・マッケンローやマラト・サフィンを伴って現れて、頃合をみて暴れてもらったりパンツを下ろしてもらったりして、彼女に危害が及びそうになった時に暴漢を退治し、「まあ、アンディって素敵なお方」というシナリオが描けなかったのでしょう。
そしてその翌日、それまで一度もプロテニスの試合を見たことのないムーアは撮影中唯一の休日にも関わらず彼の試合を見に行きます。そこで彼の試合っぷりにすっかり惚れ込んでしまうのです。試合後二人は何時間も話し込んでしまい、そこから交際が始まるということになります。でも、フロリダ州オーランド育ちのムーアとボカ・レイトン育ちのロデックが話し込んじゃったというのも分かりますが(300キロほど離れてますがアメリカ基準ではご近所さんなんでしょう)、前日にニューヨーク出身、コネチカット育ちのブレークは置いてけぼりを食らわなかったのでしょうか。
お付き合いに関しては仕事の関係で、二人で過ごす時間をつくるというのは難しかったそうですが、二人でテレビを見て過ごすことが多かったとのこと。ムーアは二人のために山のようにビデオを撮り貯めしていたそうです。
確かに多くのテニス関係者が語るように、ロディックの精神的成長にはムーアが一役買っていたというのは間違いないと思います。
「結婚の話もそのうち上がってくるでしょうけれども、二人とも若いし、今体験を共にすることができるのは素晴らしいわ」ということなんですが、結局2004年3月頃に別れてしまいました。
二人で作った「一生のうちにしたいこと100」のリストは9ヶ月余りでどれだけ達成したんでしょう。全米オープン制覇は達成したはずですが、「結婚」は未消化リストに残ったままになってしまうのでしょうか。「コーチを飛行機から突き落とす」というのは達成したな。「人命救助で表彰される」というのは別れた後の話だったし。
ムーアによると、「彼はハリウッドが嫌いで、仕事に関する理解がない」ということなんだそうです。この件でムーア本人より悔しかったのは彼女の母親であるのは間違いないと思います。
しかし大好きなコメディーショー「サタデー・ナイト・ライブ」に出演したくらいのロディックですから、ここはセリーナ・ウィリアムズのごとく俳優デビューすれば恋人の気持ちも分かったかもしれないのに。暴れん坊若様の役とか。

マーク・フィリプーシス&デルタ・グッドレム
男:テニスプレイヤー。27歳
女:歌手・女優。20歳。国外でも人気のオーストラリアドラマ「ネイバーズ」で俳優デビュー。歌手としてもデビューアルバムの「ボーン・トゥ・トライ」がプラチナディスクを獲得。ホジキン病(白血病に似た病気)であることを告白するが、化学療法の甲斐あって2004年前半に完治した模様。日本語ファンサイトあり。
実はフィリープーシスの2003年後半のアメリカツアーでは、テレビシリーズ「フレンズ」などで有名な米女優のタラ・リードがずっと応援席に座ってまして、本人達は否定しているものの恋愛関係にあることは確実だと思われてました。
しかし年が明けてシドニーのアディダスインターナショナルの席にはオーストラリアのポップ・プリンセス、デルタ・グッドレムの姿がっ。私は本命はリードであろうと思っていたのですが、シドニーやメルボルンでの観戦やデートの様子が新聞に載るわでこれは本気だと皆同様思った次第です。
この付き合いのきっかけは彼女が2003年の7月にホジキン病の診断を受けた後、フィリプーシスが有名人同士の縁でお見舞いのカードと花束を贈ったことだそうです。化学療法を終えて最終診断待ちの彼女がお礼状を出したところ、シドニーのアディダスインターナショナルに招待されて、交際が始まったとのこと。確か私が見た彼の一回戦の次のラウンドから臨席していたのではと思います。
当初双方ともお決まりの「いいお友達」宣言をしておりましたがその頃既に手を繋いで歩いていたがな。 ところがその時のアディダスインターナショナルやオーストラリアオープンの成績がぱっとしなかったこともあって、文句をつけた人がいます。かつて彼を指導したこともあるパット・キャッシュが「スカッドは一晩中寝ずに忙しかったのだろう」と非難したのです。
どうもこの人、スカッドの女性関係に異様に関心があるようで、かつて放っておけばいいものを「フィリープーシスは大事な試合の後にはアンナ・クルニコワと夜を過ごさなくてはいけないと言っていた」などと発言しています。もしかして彼を愛していて、嫉妬の余り女性関係をつぶしにかかるのか?師弟としての別れ方が穏やかなものでなかったことは周知の事実ですが。
これを受けたデルタが怒ったのなんのって、「彼とは違うホテルに泊まっているのにそんなことは言わないでほしいわ」とマスコミに激白しておりました。そら19歳でさげまん扱いされたら怒りますわな。(ちなみに「さげまん」は漢字では「下げ間」と書き、この「間」とは「関係・間柄」または運の巡り合わせのことであるとこの言葉を定着させた映画「あげまん」主演女優の宮本信子さんが言っておりました。つまり、男にも適用できることばです)
フィリプーシスもかなり強い調子で抗議の電話を掛けたそうで、キャッシュは「次にロッカールームで会ったら彼に暴行されるのでは」と言ってましたが。脅迫罪で警察に訴えることも考えていたとか。
キャッシュの言うことが本当だったのかどうなのか、その後彼はデビスカップ一回戦でも絶不調で二敗してオーストラリア連覇の夢を砕いてくれたわけですが。まあこの時は彼女は臨席してませんでしたけど。私はチームの勝利の女神、キム・クライシュテルスがいなかったのが最大の敗因だと思ってますが。
実はこの時彼は「左手の薬指」に白いテープを巻いて試合をしていたのですが、2月10日付のシドニーモーニングヘラルド紙が指摘しているように、シングルス一試合目敗退後、日を改めての二試合目、苦悩に顔を手で覆うその指のテープにはギリシャ文字Δ(デルタ)がっ!(ちなみに彼はギリシャ語ペラペラです)ヴィックスドロップの形を描いて咳止めのおまじないにしているわけではなさそうです。
Scud
Sydney Morning Herald, February 10, 2004
今や高校球児でも帽子のつばの裏に彼女の名前書くようなのはいませんが・・・。この人本当に純粋なんやなー。

そしてデビスカップで敗戦した直後にフィリプーシスは「調整のため」と称してカリフォルニアの自宅に引きこもってしまったのですが、アメリカ進出の打ち合わせに来たグッドレムと観劇デートをするわで、「どこが引きこもりじゃい」と突っ込みを入れたくなってしまったのは私だけであろうか。
ただし、4月にオーストラリアのテレビ業界の賞であるロギー賞の発表式に現れた二人は格好良かったなあ。スカッドはここではその性格の良さでテレビ業界人と一般人に対する評価をかなり上げたそうです。「テニス界の放蕩息子」も変わるものです。その後のウィンブルドンにもデルタは応援に来ておったな。
アテネオリンピックでは、デルタはオーストラリアオリンピック委員会から招待されて開会式に参加したのですが、その直前、選手村でのオーストラリアチームの結団式で国歌をはじめ、弾き語りで歌を披露してました。この直後のパーティーで、選手の一人であったフィリプーシスは「実は今まで彼女の歌を聴いたことがなかった」と告白していますっ。CDを持っていなくてもオーストラリアで彼女の歌を耳にせずに生活することはほぼ不可能ですが、「生で聴いたことがない」という意味なんでしょう。
ところが病み上がりのデルタはその直後、脱水と熱のため病院で手当てを受ける羽目になり、スカッドの方は練習を切り上げて3時間ベッドに付き添っていたそうな。彼女は実はリハーサルの時から気分が悪かったそうなのですが、細い体に鞭打って歌ったとのこと。まあ双方とも純真なこと。
一方、たった一人の女と付き合ったからって非難していたパット・キャッシュはその後、2002年の離婚以来やけっぱちになってデビッド・ベッカムの浮気相手とされたスポーツマネジメント会社所属のレベッカ・ルースと床を共にしたのをはじめ、女遊びを繰り返していたとイギリスのタブロイド紙に告白したことを申し沿えておきます。
(追記:2004年10月末にホテル王ヒルトンのご令嬢でパーティーアニマルの、パリス・ヒルトンがスカッドと交際宣言をして、「フィリプーシスはデルタが退屈なので別れた」と言っておりました。数日後に彼は「二人は仕事のために電話でちゃんと話をした上で、納得ずくで別れたのであって、パリスのためにデルタを捨てたわけではない」と反論しましたが、どうもこっちの方が真相に近い気がします。
再度追記:2005年3月にはモデルで新恋人のアレクシス・バーバラが左手の薬指にダイヤの指輪をはめた写真が出回ってますが、またもや婚約を否定しております)


エンリケ・イグレシアス&アンナ・クルニコワ
男:歌手。29歳。フリオ・イグレシアスの三男。出自を隠してオーディションを受け、見事に合格し歌手デビュー。日本語ファンサイトあり。
女:(元)テニスプレイヤー。23歳。
第六回でも書いた通り、もともとクルニコワがイグレシアスの大ファンで、紹介してくれた人があったとのこと。それ以来彼のプロモーションビデオで熱烈ラブシーンを演じたりしているうちに公然の仲となりました。
イギリスのタブロイド、サン紙なんかにはもうリゾートビーチで寝転がるイグレシアスの上にクルニコワが乗っかって全身密着の上キスしている写真が載ったりしてますけど。
既報の通り2004年2月くらいに別れたという話が流れ、イグレシアスの「今のところ一週間以上一緒にいたいと思う女と出会ったことはない」発言を知っていた私は「ふーん」と思ったのですが、これはUSウィークリー誌の早とちりだったようです。ステージ上で"I’m not in love"を絶唱する彼を見て勘違いしたのか?
というわけで、3月の彼のオーストラリアツアーに二人手を繋いで現れた時は「うわっ、騙されたっ」と思った私でした。ラジオのインタビューのためにシドニー市内エッジクリフから隣町のゴスフォードまで直線距離でたった60キロをヘリコプターで移動して発着に使ったクリケット場の隣の小学校の子供たちの度肝を抜いたのであります。
ここでヘリに乗り込む二人の写真をゴシップ誌で検証したシドニーモーニングヘラルド紙がまたもや追跡を開始するのであります。(Spikeという小ネタを追求するコーナーがありますが、一応大衆紙ではなくて「高級紙」です)
ここでのクルニコワの左手の薬指に大きな宝石のついた指輪がっ。そこでイグレシアスのツアーをアレンジしたフロンティアー・ツアーリングという会社に電話したら「その件については何も知らない」と答えられたそうです。続いて電話をしたレコード会社のユニバーサルミュージック広報の説明によると「決して婚約指輪ではなくて、ファッション用であるのは間違いない。ロシア人女性は婚約してなくても指輪をすることがある」ということなんだそうです。
その後もイグレシアスがプライベートライフに関しては口を閉ざしていることもあって、婚約しているという話は絶えませんし、6月ころにはアンナがプレッシャーをかけまくったという話も上がっていますが。ちなみに5月にアンナのお婆ちゃん(この人の名もアンナ)をモスクワに二人で訪ね、えらく気に入られたそうです。ロシア語喋れるの?
しかし昨年には「クルニコワと結婚する気はない」と断言したイグレシアスの意図やいかに。体に自身がないから結婚したくないだけかもしれませんが。実は3月にアルバムジャケットに裸の写真を載せるかということに話題が及んだ時に、「僕は世界最小のペニスの持ち主」とイギリスの新聞に告白していますっ。そんなモノの持ち主でもアンナと付き合えるのに標準サイズのボクはどうして・・・。しくしく。
(追記:2004年12月15日にアメリカの雑誌情報をロイター通信が転送し、その数週間前に結婚したという情報が流れました。フロリダのチャリティーテニスに現れたクルニコワが左手の薬指の指輪とイグレシアスについて尋ねられたところ、「結婚した」と言ったとのこと。二人のマネジメントサイドは沈黙したままですが。再度追記:その一週間後に彼女自身で結婚を否定したそうです。人騒がせな)

ロビー・ジネプリ&ミニー・ドライバー
男:テニスプレイヤー。21歳。
女:イギリス出身のハリウッド女優。34歳。97年に「グッドウィルハンテング/旅立ち」でアカデミー賞助演女優賞ノミネート。
ジネプリが2003年6月にロンドンのクイーンズ・クラブでステラ・アートステニスチャンピオンシップを戦っているのをテレビで見たドライバー、翌日には実地に彼の試合を観戦しに行くのです。そこでジネプリの知り合いを捕まえて「ミニー・ドライバーに会いたいか」と質問してもらっています。それを受けたジネプリの方は、「どうして僕?アンディでもアンドレでもいるじゃないか」と思ったそうですが、結局快諾してデートをします。
この関係、ドライバーの方が13歳年上なんですが、愛さえあれば年の差なんてを地で行ってます。テレビで見ただけの人に翌日デートを申し込んで受けてもらえるのなら私だって沢口靖子嬢とデートしますよ。
もともと彼女は「(男に)避けられているように思える」ということで男運のなさを嘆いていたそうなんですが、ハリウッド俳優のマット・デーモンやジヨシュ・ブローリンをはじめ数々の男性と浮名を流していたのはどうして。27歳年上のハリソン・フォードと交際していたこともあったから、ストライクゾーン広すぎ。コートに落ちる球であればテニスにはストライクゾーンはないからテニスプレイヤーを狙ったのかもしれませんが。まあこの絶望感がこのような行動に駆り立てたことは十分に理解できますが。私に相手がいないのは本当の切迫感がないから?負け犬の遠吠え。
交際が始まった後も彼女はぞっこんだったようですが。半年持たずに別れていたみたいです。別れた理由は寡聞にして存じ上げておりませんが。
彼女の方はそれからすぐにミュージックマネジメント会社の重鎮との関係が始まったみたいですが。ジネプリの方は地元ジョージアの女性と付き合っているようです。


あと、双子のダブルスプレイヤー、ブライアンブラザーズのボブ(左利き)の方は、デビスカップコーチのジム・クーリエの紹介で、女優のジョアンナ・ガルシアと付き合っているようです。彼女の方オーストラリアではあんまり有名でないのでよく分かりませんが。
しかしクーリエが何を基準にボブの方を選んだのか分からん。二人でシングルス対決させて勝った方に紹介したんでしょうか。

ジェニファー・カプリアティとテレビドラマ「フレンズ」で有名なマシュー・ペリーとは「お友達」と言っておりますので、そういうことにしておきましょう。彼、2002年6月以降結構彼女の試合を観戦してますし、クラブ通い(テニスクラブではないぞ)にも付き合っているみたいですが。しかし、
ここによるとアガシの前妻のブルック・シールズとも関係があったようだぞ?

以上の例を見てみますと、デルタ&スカッドの例を除いては、
ということが共通項のようですがどうでしょう。参考になりましたでしょうか。ならないって?そうですか。オーストラリアに住む日本人の私は最後の条件に関しては有利なんですけど。

ちなみに、2004年全仏オープン混合ダブルスを制したフランスの新鋭、タチアナ・ゴロビン(16歳)は芸能人など眼中になく、王侯、特にバッキンガム宮殿のウィリアム王子を狙っているそうです。彼女の野望が達成された暁にはテニスプレイヤー全体のステイタスが大きく上がることは間違いありません。応援しましょう。

まあ私もテニスプレイヤーの端くれとはいえ、会社のランチルームの女性向ゴシップ誌をいちいちチェックして必要があればコピーを取ってファイルするようなことをしてたらモテるわきゃないよ。わかっちゃいるけど止められない。

参考
"American Idle": ATP Official Magazine "Deuce" 2003
"Putting on the glitz": 2004 Australian Open Official Program
"Centre Courting": "Who Weekly" 22/9/2003

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