人種・文化的背景について考える


オーストリアは移民国家なので外国出身の人と対戦する機会が結構ありました。手足の長いユーゴスラビア出身の兄ちゃんと対戦した時にはどこにパッシング打ってもボレーを返されてしまうような気がしましたし、カンカン照りの中での対戦でイタリア系おっさんの耐久力にはびっくりしたものです。スウェーデン出身のテニスコーチのサーブは天井から落ちてくるみたいな高さです。それでなくてもヒップホップダンスとソフトボールをやっているというオージー姐ちゃんにフラットでバシバシ返されると辟易しているというのに。嫌でも人種的ディスアドバンテージを感じたりしてしまいます。
プロテニスの世界でもどうしても現在のところヨーロッパ・アメリカの白人選手が多数を占めています。非主流派である選手の背景を考察すれば我々一般プレイヤーにも何らかのヒントがあるかもしれません。
あなたのテニスクラブに黒人選手が入ってきて「黒人には勝てない」とあきらめる前に何とかできるかも?

黒人
まあ現代テニスで黒人といえぱウィリアムズ姉妹ということになるでしょう。彼女達はアメリカでは最もマスコミ露出の激しい黒人に挙げられています。しかしながらここまで来るにはそれなりの道程があったようです。
マルチナ・ヒンギスは2000年9月にタイム誌で、ウィリアムズ姉妹が試合を有利に運ぶためにことさら人種差別を取り上げていると非難していましたし、マルチナ・ナブラチロワも「黒人であるが故に特権を得ている」と言ってましたが。まあこれは人種差別的発言と捉えられるよりはヒンギスやナブラチロワ自身も経験してきた「勝者に対する誹謗中傷」の一環であるとの解釈が多いようです。
確かに彼女達の試合振りを伝える報道を見ても、そうであるのは否定できませんが、「爆発的」とか「パワーで圧倒」みたいな表現が多く、「戦略的」のような表現はほとんど見つかりません。Australian Tennis Magazine にもビーナスのことを「黒人の体力に任せて」みたいな表現をしていました。実は黒人がスポーツ選手として優秀なのかという議論は人種の優劣を論ずることになりかねないため、あまり研究されていないそうなのです。以下はMSNジャーナルのマーティー・キーナート氏のコラムからの引用です。

私の祖国アメリカでは、黒人が白人などほかの人種よりも生まれつき足が速く、高く跳べて、身のこなしが軽やかで……という考え方には、いまだに根強い反論がある。ごく最近まで、大半の社会学者は、そのような人種の優位性を裏づける決定的な科学データはないと譲らなかった。北米やカリブ海の黒人が秀でている種目で、ブラジルやアフリカ系の黒人が必ずしも秀でてはいない、というわけだ。さらに、人種だけが好成績の理由だとしたら、棒高跳びや円盤投げなど黒人選手が強くない種目もあるのはなぜか、とも主張する。

 一方で、アスリートの実績には人種も関係があるようだと指摘する、勇敢な研究者も出てきた。その1人、ジョン・エンタインは2001年に、『タブー:黒人アスリートはなぜスポーツ界を席巻し、人々はなぜその話題を避けようとするのか』(邦題・黒人アスリートはなぜ強いのか──その身体の秘密と苦闘の歴史に迫る)という著書で物議をかもした。


まあ、チャンダ・ルビンやアレクサンドラ・スティープンソンやマショーナ・ラクタ・ワシントンがパワーに任せた試合をしているようには見えませんが・・・。
ウィリアムズ姉妹の母親のオラシーン・プライス女史は、幼少の娘たちの練習を見ている時に、暇なので隣でプレイしていた野球少年からバットを借りてバッターボックスに立ち、夫がマウンドから全力投球したテニスボールを打って柵越えしたといいますから、パワーに関しては黒人だからどうこう言うより遺伝とか個性とかいう面が大きいのではないかと思いますが。

アレクサンドラ・スティーブンソンの母親は現在彼女のマネージャーをしていますが、白人の元スポーツジャーナリストです。彼女も娘が差別を受けているとマスコミを度々非難していますけれども。ちょっときつい質問を受けると「私がジャーナリストだった時にはそんな質問はしなかった」とかすぐ言うそうですから、非常に保護的な親であるのは間違いないようですが。
でも、ウィリアムズ姉妹の父親のリチャード・ウィリアムズ氏が根拠もなく「白人は馬鹿だ」みたいな発言をすることに関しては「これは逆差別だ」と書いているジョーク新聞もありましたが。確かに人種的どうこうは別にしてビーナスの対戦相手のアイリーナ・スペリアを「太った大きな七面鳥」と呼ぶのはどうかと思うぞ。

一方男子の黒人トッププレイヤーはジェームス・ブレークということになります。アーサー・アッシュ以来黒人のハイランクプレイヤーが出ていないこともあって、黒人社会の期待は高いようです。彼の母親はイギリスから来た白人ではありますが。
これは有名な話ですが、ブレークとレイトン・ヒューイットが2001年の全米オープンで戦った時に、黒人の線審が一セット中に二回ヒューイットのフットフォールトを取ったことに腹を立て、彼が線審とブレークを指差して「同じじゃないか」と主審に訴えたという話がありました。ヒューイットはその後「差別的な発言はしていない」と言っておりましたが、ブレークの方は「ちょっと気に障ったけどね。彼はエキサイトしていたからあまり考えずに発言していたんじゃないか。彼が人種差別的な意味で言ったのではないことを願うよ」ということでした。
2002年の同大会でも二人は対戦したのですが、この時にはヒューイットがダブルフォールトを犯した後に、観客から拍手が起こった時にはブレークは手を挙げて「そういう応援は要らない」という意思表示をしたそうです。
そしてその後4セット目にスタンドから「ジェームス、奴に勝たせるな。彼は人種差別主義者だ」という女性の叫び声が聞こえたそうです。
試合後ヒューイットと握手したブレークは「僕のファンが君を悪く言ったことを謝るよ」と言ったそうな。実はヒューイットはそのファンの発言を認識してなかったそうですが。
黒人に限らず、ロディックに続く選手が出てこないところがアメリカプロテニス界の悩みの種だそうですが、実はアメリカ以外のところから次代の黒人選手が出てきそうです。
惜しくも2004年全米オープンタイトルを逃してスティファン・エドバーグ以来のジュニアスラム完全制覇を逃したガエル・モンフィスは黒人のフランス人ですが、ウィンブルドンで三冠を達成した時に「僕の目標はジュニアではなく本選で勝つことだ。ジュニア選手になるためにここにいるわけではないんだ。2−3年後にはトロフィーを持っているよ」と語っていました。期待しましょう。

イスラム圏出身
ムスリムの場合、宗教上いろいろ制限があるもので、特に女性はテニス競技には出場し難いのかと思ったのですが、必ずしもそういうわけではないようです。

現在のハイランクの男子選手ではモロッコのユーノス・エルアンヌィやイシャム・アラジが代表例でしょうか。彼らははまあイスラム圏出身であろうがなかろうが普通のテニス選手ですが。
一方、パキスタンのアイサムル・クレシはツアー中のお祈りは免除させてもらっているそうです。まあ、戦闘中の兵士は礼拝しなくていいそうですから、似たようなものでしょう。彼はパキスタンのテニス普及度について「もっと宣伝すればテニスに参加する人も増えるのに。僕はそうしているけど(クリケットに人気があるので)誰も聞こうとしない」とぼやいております。

女子の場合は国によっては服装・行動の規範が厳しいものでスポーツをすることさえままならない場合もあるようです。イランやサウジアラビアの場合、父親や夫の同伴がなければ練習のため外出することもできませんし、男性コーチに教わるなどもってのほか、試合の観客も女性のみといったことが普通のようです。イランはシドニーオリンピックに服装で問題にならない射撃の選手を送り込んで「次は漕艇だ」と言っておりましたが。アテネでどうなったのか情報を取り損ねましたけど。
一方、東南アジア諸国では、私が見た限りでは中国系やインド系を除いてみればクアラルンプールやジャカルタでヘッドスカーフをしている女性の数は半分くらいといった感じですか。ほぼ全部が腕や脚を隠しています。クアラルンプールのショッピングセンターでジーンズをはいて座り込んでお尻を覗かせていたイスラム女性の下着が紫のTバックであったのは宗教上の服装規定とは関係ありません。頭隠して尻隠さず。

まあこの辺は時代によって変遷するのも事実で、2002年のコモンウェルスゲームズ(英連邦大会)にマレーシアの女子水泳選手が初めて出場したのですが、これはボディスーツ型全身水着のおかげだそうです。それまでは彼女は普通の水着を着ていたので全審判・観衆が女性の国内選手権にしか出場できなかったとのこと。まあ、私がジャカルタに出張していた時にミス・インドネシアがミス・ユニバース本選で水着を着ると発言して物議をかもしたりしていましたが。
ちなみにオーストラリアには一人非常に有望なジュニアサッカー選手がいまして、彼女は半袖短パンのユニフォームの下に同色の長袖長ズボンを着てヘッドスカーフをしています。

さて、テニスの話に戻りますが、レバノンだってフェドカップに出場しているわけですし、そういう点ではあんまり問題がないのかもしれません。
それを体現しているのがモロッコのバヒア・ムフタシヌで、彼女は2003年全仏オープン予選で今売り出し中の中国人選手、鄭潔を破って本戦出場を果たしています。この時に彼女は「これでアラブ人やイスラム教徒が国際スポーツの高いレベルで戦えることが証明されたと思う。私が例外というわけじゃないわ」と他のイスラム女性にエールを送っておりました。
今のところ、最も成功したイスラム圏出身の女子選手はインドネシアのアンジェリク・ウィジャヤということになりますが。彼女は十字のネックレスしてますから、クリスチャンであろうと思われますし、普通のテニスウエアでノースリーブだって着ますから、インドネシアではあまり問題がないのでしょう。同国のウィーネ・プラクシャもフェドカップ等で馬鹿にできない実力を発揮し始めました。
ヨーロッパに目を転じますとセルビア・モンテネグロやクロアチア出身のプロテニス選手は結構いるのに、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のムスリム選手がいないのは戦争でそれどころでなかったからだと思われますが、国自体も落ち着いてきたし、そろそろ出てくるかももれません。まあ、公立学校でのヘッドスカーフ等顕著な宗教シンボルの着用を禁じて問題になったフランスや、人口の6%がムスリムだというオランダとかその辺から出てくる可能性もありますが。

ちなみに、ビンラディンテレビと揶揄されるカタールの衛星テレビ、アルジャジーラが2003年全仏オープンの中継を現地からアラブ諸国に対して始めた時は「なぜテロリストの一派がここにいるのだ」と不信がられたそうです。仮設ブースをおみやげ物屋やファーストフード店の間に設けて中継していたそうですが、アラブ諸国でもテニスに対する関心が高まっているとので中継が必要になったとのこと。2005年オーストラリアンオープンにも中継ブースを設置するそうです。これでアラブ産のテニス選手が増えるかもしれません。期待しましょう。

アジア人
現在のトッププレイヤーとしては女子では日本の杉山愛・浅越しのぶ・小畑沙織・森上亜希子、韓国の趙倫貞、タイのタマリーン・タナスガン(アメリカ出身でダブルパスポートホルダーだそうです)、インドネシアのアンジェリク・ウィジャヤあたり、男子ではタイのパラドーン・スリチャパンと韓国の李亨沢でしょうか。
2004年ウィンブルドン参戦時にはホテル住まいでの退屈さを紛らわすためにウィジャヤ・タナスガン・プラクシャとジャネット・リー(台湾)のアジア連合でロンドンに共同で家を借りて寝泊りしていたとか。やっぱりヨーロッパやアメリカの選手と一緒に住むよりは気が楽なんでしょうね。
しかしまあ他のスポーツの例を見てもそのうち来るぞ、しかも女からと思っていたらやっぱり来ました、中国人選手。鄭潔が2004年全仏オープン四回戦進出、ランキング50位突破。2004年11月時点ではWTAトップ100に3人ランキングされているし、ロシア人の次は中国人か?

西アジアや南アジア人は別として(アラブ人やインド人は人種的には白色人種)、東アジアや東南アジアの人間はどうしてもスポーツ選手としての体格にハンデがあります。テニスの場合はあまり影響がないのではというのは第9回で述べましたが、やはり意識せざるを得ないようです。レイトン・ヒューイットは「アジアの選手は大きくないし、親しみを感じる」と言ってましたが。
そういう意味ではアメリカ人とはいえ、やはり中国系アメリカ人、マイケル・チャンの影響は大きかったと言えるでしょう。コーチの父親に名選手のビデオを見せられて育ったパラドーン・スリチャパンのヒーローも彼だったようです。
しかし、彼が最初にチャンに会った時の話というのがユニークです。もともとスリチャパンは彼を尊敬するあまり話をするのを怖れていたとのことだったのです。しかし、ツアー参戦一年目に一人で旅している時に香港から東京に行くことになって、パラドンは航空便のチケットをマネジメント会社に頼んだものの、Eチケットだというので実際のチケットを渡してくれない。チケットを頼んだのだから渡してくれれば良いのにと訝しがりつつロッカールームに入ったら、そこにチャンがいたそうで、憧れの人に対する最初の言葉というのが、
「Eチケットって何ですか?」
というものだったそうです。もちろんチャンは丁寧に教えてくれたそうですが。

アジア人に対する文化的障壁というのも確かにあって、これはテニスの話ではないのですが、オーストラリアのプロゴルファー、ジャン・ステファンソンが「こんなことを言ったら非難されるのは分かりきっているけれども」として、朴セリをはじめとするアジア人プロゴルファーを非難していました。彼女によると「アジア人は感情を表さないし、英語が喋れるのに喋らないから女子プロゴルフツアーを台無しにしている」とのことです。 プロゴルフツアーでは、週末の本戦の前にプロアマ交流戦があり、彼らがアマチュアゴルファーと一緒に回っている時に高額の費用を払っている参加者に対して『ハロー』と『グッドバイ』しか言わない」ということです。当然というか何というか、彼女は後ほど謝罪してましたが。確かに「オシャベリな女は無粋」とか「無口な男は格好いい」といった価値観は理解され難い気がします。

というわけで、ドイツ育ちの沢松奈生子でさえも著書「沢松奈生子 テニスレッスン」で、プロのダブルスで「私はサーブが苦手なので先にお願いします」などと言おうものなら「そんな自身のない奴とはペアを組めん」と解消されてしまうかもしれないと言ってました。やはりプロテニスは謙譲の通用しない「アピールしてなんぼ」の世界だそうです。
一方、「阿川佐和子のこの人に会いたい」インタビューによりますと、マルチナ・ヒンギスは、デビュー当時は日本人選手と対戦するのが嫌だったと言います。「無表情で何を考えているのか分からなくて・・・」ということだそうです。
このアドバンテージを活かさない手はありません。日本人は能面をしてテニスをするべきです。さらにはコート入りの時にニンジャマスクをし、それをかなぐり捨てたなら隈取をほどこした顔をさらけ出して毒霧を吹けば東洋情緒満点です。あ、これはプロレスラーのザ・グレート・カブキがやっていたか。
こういうことを服装規定が許さないのなら、顔面をアロンフルファで固めて試合に挑みましょう。武士は十年に方頬笑うだけで十分です。
まあ理解できないのはお互い様で、沢松奈生子は「英語が最大の問題だった。(ロッカールームなどで)皆が何を言っているのか分からなかったので非常に疑い深くなった」と言っておりますが。

李亨沢も28歳にして英語に難儀しているそうですが、2003年に彼がシドニーでATP初タイトルを取ったと聞いた当時の金大中大統領は対北朝鮮政策の討議中にも関わらず、会議を中断してお祝いの電話をしたそう。
政府からのサポートと言えば、パラドーン・スリチャパンとその父親は政府から外交官パスポートの発給を受けているそうです。彼が言うには「急いでいる時に空港の出入国管理で列に並ばなくて良いのは便利だ」といった程度の利益だそうですが。でも、「外交文書が入っている」とか言えばその国の税関係官や軍・警察からの手荷物検査を拒否することができるのでは?ドーピング用薬剤や爆弾だって運べるぞ。
メガワティ大統領(当時)も「わが国にはスポーツヒーローがいない」と嘆いてばかりいないで、インドネシア産のトッププレイヤー、ウィジャヤに特権を与えればよかったのに。

ちなみに日本テニス協会の内山勝常務理事・総務本部長は「女子選手は国内で男子と練習できるが、男子選手は国外に相手を求めなければ強くなれない」と言ってます。スリチャパンもアジア人選手はもっと国外に出なくてはならないと言っています。つまり、ヨーロッパに遠征するのもいいんですが、日本男子が試合を通して強くなるには近場の台湾や韓国や中国が強くならなきゃいけないということです。

しかし今年台湾から初めてウィンブルドンの本戦に出場した王宇佐は「初戦の相手がロディックでなかったら、二回戦か三回戦には行っていた」とのことで、アジア人の体格について尋ねられると「ヒューイットやフェレーロは小さくて細いし、耐久力とか別の身体的要因が問題だと思う。もし僕がそんなに大きな体だったら、今日ロディックに勝っているよ」と言ってました。同国の蘆彦勲は一回戦勝利しているし、うかうかしていると日本男児も他の東アジア各国に先を越されるぞ。


参考
"Asia Major" Australian Open 2003 Program
"Japanese Jubilation" Australian Tennis Magazine, May 2004

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