パパママについて考える


プロテニスの世界を見てみるとコーチとしての親の存在というのは非常に大きなもののようです。以下はプロ転向後親をコーチとして一時期は雇っていた方々ですが、これを見ると異様さがご理解いただけるかと。

マルチナ・ヒンギスママ
アンドレ・アガシラスベガスの娯楽産業で活躍したパパ
モニカ・セレスユーゴスラビアの元オリンピック三段跳び選手でテレビディレクター兼イラストレーターのパパ
ウィリアムズ姉妹ビデオと本でテニスを勉強したパパ。離婚したママも現コーチ
エレナ・ドキッチ元難民のパパ
ジェニファー・カプリアティパパ
杉山愛芙沙子ママ
マリー・ピエルスアメリカから無理矢理ローランギャロスの近所に引っ越したパパ。後に暴力事件で追放
マーク・フィリプーシスギリシャ系銀行員のパパ
ピート・サンプラスギリシャ系小児科医のパパ
ダヤ・ベダノワナブラチロワとペアを組んだこともあるパパ

上記リスト以外にもまだまだいるわけですが、他のプロスポーツで選手の多くが両親のどちらかをコーチとして雇ってたり、親が毎試合観戦しているなどという話を聞いたことがありますか?
優秀なら13−4歳で世界レベルで競技できる水泳選手や体操選手だって多くの場合試合場では親なしで戦うのですよ。
プロテニスの選手ってみんなマザコン・ファザコンのガキばかりなのでしょうか。
確かに収入の一部をコーチ料として親に渡すと節税効果はあるでしょうし、個人競技といえどもクラブやナショナルチームのコーチ・マネージャーが選手たちを引率して外国遠征に出る陸上や水泳とは違うのも分かりますが。
しかも親の子供に対する支配力が大きすぎたり、要らぬトラブルを起こしたりするケースも多いようです。ここではプロテニス選手の親の行動を分析し、あなたの子供を立派なプロテニス選手にするための方策を考えましょう。

ドキッチパパ
まずはこの人から挙げざるを得ないでしょう。オーストラリアンオープンで記者に暴行。
ウィンブルドンで記者に借りた携帯電話をぶん投げて壊す、全米オープンで食事の鮭が高いといって暴れる。
女子テニス選手の半分近くは同性愛者だと言って非難する。WTAツアーへの出入り禁止が解けたかと思うと、娘のエレナと試合場でボーイフレンドをめぐって口論など話題には事欠きません。
試合場に現れる時は度々酒を飲んでいるらしい。エレナは暴力事件でWTA追放となった父親を持つマリー・ピエルスから「困っているならいつでも相談に乗るわよ」と同情される有様。
ダミア氏自身は元ボクサー兼トラック運転手だったそうなのですが、1989年のある日のこと、モニカ・セレスの試合を見ていて、彼女がテニスをやっていて海外で成功したのなら、うちの娘にもできるのではないかと思って6歳の娘を特訓したそうです。
その後この一家は現クロアチア共和国領内に住んでいたセルビア人ということでユーゴ難民として認定され、エレナ10歳の時に親戚を頼ってオーストラリアへ来ています。
実際クロアチア出身のセルビア人はミシェロビッチ政権下での民族浄化策の一環として、コソボのセルビア化のために強制移住させられ数年後にそこでまた家を失った人も多かったとのことですから、この判断は正しかったのではないでしょうか。
受け入れたオーストラリア政府が一家を救ったとも言えます。
さて、オーストラリアテニス連盟の物心両面の支援を受けた彼女のランキングが急上昇した折りには正にオーストラリアンドリーム実現かと思われました。
しかし、2001年初に同連盟の支援が不十分であることとマスコミの攻撃を理由に一家はダブルパスポートホルダーであるものの再びユーゴスラビア人として活動することにとなりました。
オーストラリアンオープンの一回戦でダベンポートと当たったことに関して同連盟が試合抽選を細工して娘を不利にしていると非難してもおったな。
実はセルビア民族主義者である彼がユーゴ空爆を行ったNATOとその背後にいるオーストラリア政府に反旗を翻したというのが本当の理由であると言われてますが。
日本のテニス雑誌などには一連の暴力行為について「平和が訪れないのでいらいらしている」と書いてあったようで、広い意味ではそうなのですが、どちらかといえば「戦争でユーゴスラビアがやられっぱなしなので米英の一般人に当たり散らしている」というのがオーストラリアのマスコミの共通認識のようです。
以降ドキッチ一家はオーストラリアに姿を現していないのですが、2002年のオーストラリアンオープンには前年までのフォードに代わって韓国の自動車会社KIAがスポンサーに付き、その時なぜかこの会社、国賊ドキッチパパをテレビコマーシャルに起用。「この会社、車売る気ないんか?」と全オージーを呆れさせました。(追記:2004年オーストラリアンオープンには出場予定でしたが、結局現れませんでした)
更にベオグラードで公共の公園として使われている土地に豪邸を建てたい旨の申請を出して拒否され、「女王以外はカスばかりの国」のイギリスへ娘もろとも政治難民としての亡命を考えていたそうです。
しかし、2003年5月には新聞の電話インタビューで通訳の息子を通じて、ドキッチがF1レーサーのエンリケ・ベノルディと同棲するために家を出たことについて、「もう娘の顔は見たくない。オーストラリアを出たのは最大の失敗だった。戻りたい」と言っていたそうです。
武田薫氏がテニスジャーナル2000年8月号にに『ドキッチ父は怖くない』というエッセイを書いているそうですが、私は怖いです。
とにかく娘に逆境を与えつづけ、反骨心を維持するその態度はわざとやっているのであれば想像を超えた謀略家です。

ヒンギスママ
ご存知の通りいつもコートサイドにいた人です。一時期コーチ契約を解消したこともありましたが、結局最後まで娘の指導を続けました。
娘にナブラチロワにちなんでマルチナなどという名前を付けたあたりからヒンギスの人造選手としての運命が始まったのは間違いないです。胎教もしていたかもしれません。
実際の問題としては試合中に大声で娘に指示を飛ばして、試合中にコーチをしたというかどで注意を受けた話くらいしか知りませんが、ヒンギス自身はメラニーさんに誉められたい一心でテニスを続けていたそうな。
彼女が幼少のみぎり地元の大会に優勝したときに誉めちぎって、逆トラウマを植え付けたとのこと。1999年全仏オープンの記録などを読むと、「観客全員が敵でも、私はママとマリオ(=母のボーイフレンド)の助けさえあれば、勝てるということを世界中に証明するんだ」ということなんだそうで、どんな麻薬を嗅がせればここまで心酔してくれるのでしょうか。
我々もヒンギスママに誉められると脳みそがとろけてどんな練習も厭わなくなってしまうのでしょうか。
ヒンギスの引退という事態はただ単にこの麻薬が切れただけのことなのでしょうか。ははうえさまー。おげんきですかあー。
もともと娘のコーチを始める前にも専業コーチでしたし、エレナ・ドキッチ一家を自宅での食事に招いてコーチの申し込みもしたこともあります。娘の故障中はミリアム・カサノワの面倒を見たり、娘のダブルスパートナーのアンナ・クルニコワを教えたりしたこともあったようですが、娘の引退後まだ定職には就いていないようです。
その秘密を棺桶に持って行ってしまうというのは惜しすぎます。誰かのコーチとしてその魔法を再度披露してくれるのを期待しましょう。あ、また娘を産むという選択肢もあり得るな。それとも孫か?

アガシパパ
元アルメニア系イラン人で、オリンピックボクサー。
このマイク氏貧しい移民としてアメリカに来た時にはデビスカップのアメリカ代表になるという大きな夢を抱いていたそうなのですが、大志かなわずラスベガスのエンターテイメント産業で働く一方、4人の子供にテニスを仕込む。
次男坊アンドレに才能を見出した彼、特訓を開始します。
かくして2歳で普通サイズのコートにオーバーヘッドサーブを入れていたとか、6歳の頃には父自作のテニスマシーンが繰り出す時速110マイル(178キロ!)の球を600−700球打たされていたとか、7歳の頃には毎日1000球は打っていたとかのアガシ伝説が生まれるわけです。
少年アガシが地元の大会で準優勝した時に「準優勝なんかイラン」とトロフィーを捨てそうになったので、見ていて可哀相だったとの逸話もあり。
14歳の時に室内ジュニア(16歳以下)ナショナルチャンピオンになり、「6−2、6−2で勝ったよ」と言ったら「どうして6−0、6−0で勝たないのだ」と叱責されたという話もあり。アガシ君、よくグレなかったものです。
あ、グレたこともあるか、プロ入り後に。長髪でデニムのショーツはいたりして。 しかしヒンギスもアガシもナンバーワンを取ったわけで、子供は誉めるのが良いのかけなすのが良いのか?

ウィリアムズパパ
ここに挙げた人の中で私が唯一肉眼で確認したのはこの人。見た目ただのおっさんです。自慢のカメラは持ってなかったな。
数年前「そのうちランキングの一位二位をビーナスとセリーナで取るのだー」とほたえておったかと思ったが、現実にそうなってしまった。
WTAの収益に貢献しているから分け前を増やせという要求もあったな。ビーナスの対戦相手のアイリーナ・スペリア(ルーマニア)を「太った大きな七面鳥」と呼んだり、ウィンブルドンの決勝戦で「これはビーナスのショーだ。他の誰も招待されていないぞ」という手作りの看板を挙げたりやりたい放題という感じではありますが。
ある日テレビでテニスを見て、楽しそうだし儲かると確信した彼、テニスプレイヤーの子供をつくるべく嫁さんから経口避妊薬を隠したり取り上げたりして娘を5人育ててます。
念願かなってスラム街から脱出しましたが、まあここまで計画通りに行くと大口を叩くのも分かりますが。
しかし一つ計算違いが。この人重度の飛行機恐怖症で、このため以前は遠征同行についてはウィリアムズママと国内・外国担当に分けていたそうなのですが、2002年の離婚後役割分担ができなくなり、2003年のウィンプルドンなどはそれが理由で娘たちに同行してません。
そういう意味では私がメルボルンで彼を見たというのは非常に貴重な経験だったわけですな。
(追記:ウィリアムズパパは「ウィンブルドンには行かない」という記者会見をしたのですが、会期中のセリーナからの度々の強い要請により、娘同士による決勝戦の直前に現地入りしたそうです)

クライシュテルスパパ
クライシュテルスママはベルギー代表を務めたこともある元体操選手。パパのレオ氏はベルギーのベストプレイヤーに選ばれたこともある元サッカー選手で、現在キムのマネージャーです。
「ベルギー政府に対して税金を納め過ぎているので移民を考えている。オーストラリアなんていいかも」発言で有名になりました。このおかげて多くのオーストラリア人がキム・クライシュテルスがオージーになるものと確信したのですが、彼女自身の「私はベルギー人」発言で終結。
ところがその後、彼が国際的アスリートに対する減税措置を政治家に働きかけたということで、父娘ともにベルギーマスコミと交戦状態。
どうせなら税金を取ろうにも取られないアフガニスタン人になるとか言って欲しかった。
その後また、クライシュテルスは「(国籍はともかく)オーストラリアかモナコに拠点を移すことは考えている」とは言ってますが。
あの、言っときますけど、オーストラリアは不動産などに対する税金は安いですが、所得に対する税金は高いです。

サフィンママ
このローザ・イスラノワという女性は元モスクワのトッププレイヤーだったそうですが、非常に優秀なコーチで5年世話したエレナ・ディメンティエワと10年面倒見たアナスタシア・ミスキナをWTAトップ10に送り込みました。
他人を一からきっちり育て上げるというのは結構珍しいですね。しかしディメンティワがよそのクラブに移ったのは息子と娘に専念しすぎたからという話もあり。
でもその甲斐あってディナラ・サフィーナ(SafinaはSafinの女性形)も16歳にして既にWTA50位台にランクされています。
2003年にも全仏オープンでミスキナ対サフィーナなどという対決もありましたが、アンナ・クルニコワも元100メートル走モスクワチャンピオンでもあるサフィンパパの経営するテニスクラブ出身だったはずで、こうなるとATP/WTAトップ100にいるロシア産テニス選手の半分くらいは(4−5人)彼女の息がかかっているのではと思われます。これはほとんど猪木組というか馬軍団というか石原軍団というかテニスマフィアではないかと思ってしまうのは私だけ?ゴッドマザーを裏切った選手のベッドには熊の生首が投げ込まれるのでしょうか。
ディメンティエワによると非常に厳しいコーチだそうですが、結構涙もろい面もあって、モスクワでのトレーニング環境の問題もあって強化スポンサーのついた13歳の少年マラトをスペインに送り出す時に、二人で大泣きしたそうです。

ヒューイットママ
ヒューイットパパは元AFL(いわゆるオージーフットボールのプロリーグ)の選手。ヒューイットママは当時プロリーグはなかったもののネットボール(パスだけで攻撃する女性用バスケットボールみたいなもの)の元トッププレイヤー。レイトンの試合はほぼ全部観戦しています。
最近彼女は息子とトイレットペーパーのテレビコマーシャルで共演しています。
気に入ったトイレットペーパーがないため、ロッカールームのトイレから出られずに試合時間に間に合わないというレイトンからの電話を試合場のスタンドで受け、鞄からソルベントトイレットペーパー4巻パックを取り出して「ボールボーイに渡して!」ということで観客の手伝いにそれがグラウンドから選手通路内に運ばれた後に、ヒューイットが現れるという内容です。
でもねお母さん、スタンドでは携帯電話使用禁止ですぞ。

エナンパパ
ヒンギスとは対照的にジャスティン・エナン=アルデンヌ自身は頼るような親を持っていません。
父親にテニスを教えてもらったのですが、14歳の時に乳癌で母親を亡くし(転移したのか死因は結腸癌とのこと)、その後彼に度々暴力を振るわれたため、早々に絶縁して家を出ています。
結婚が早かったのは「家庭」というものに憧れていたのが大きな理由であるのは想像に難くないですが…。

クルニコワパパ
彼女自身は8歳頃からパパとは別にパートタイムテニスコーチだったママと暮らしていたようですが、両親ともアンナがプロテニス選手になることは応援していなかったとのこと。
元プロレスラーで体育大学教授のセルゲイ氏はたまに試合を見に来る程度だそうで、あまり表へ出てきません。
賢いです。
出てこない方がいいです。
娘をそそのかしたら絞め殺されそうです。
でもそのパパ、2001年7月にロイター通信との電話インタビューで娘とアイスホッケープレイヤーのセルゲイ・フェドロフとの結婚の報道を否定してますが、2003年3月のフェドロフ及びフェドロフママのインタビューで明らかになったように一時とはいえ実際結婚していたわけで面目丸つぶれ。結婚の事実を知らなかったとしたら悲しすぎます。

ハンチコワママ
毒物学者だそうですけど、娘のマネジメントに専念して表へ出てきません。
賢いです。
出てこない方がいいです。
コーチによるとハンチコワママは「良くも悪くも支配力の強い女性」なんだそうで、娘をかどかわしたら毒を盛られそうです。
ちなみに一家は全員テニスをするそうですが、ダニエラ自身は元プロのお婆ちゃんに教えてもらったそうな。

この他ダベンポートパパは元オリンピックバレーボール代表、ダベンポートママも南部カリフォルニア州バレーボール協会会長なんだそうで、テニス選手の親にスポーツ選手が多いのは間違いないようです。

というわけで子供をトップランクのプロテニス選手にするには、
元難民で
誉め上手で
スパルタで
大口叩きで
他の選手のコーチで
節税家で
常にトイレットペーパーを鞄に忍ばせ
子供を虐待し
プロレスラーで
毒物に通じている
ということでなければなりません。
子供を鍛える前に自分を鍛えなければなりませんが、夫婦で分担すれば今からでも遅くありません。ロイヤルボックスに陣取る日を夢見て精進しましょう。
ちなみに、2003年6月25日付のシドニーモーニングヘラルド紙に「ヒューイットは親離れ(子離れ)するべきか」という記事が載ってましたが、スポーツエリートを輩出しているオーストラリア国立スポーツ研究所(AIS)の研究では年齢が10代半ば以降になると親が関与しない方が実力を発揮する選手の方が多いそうです。

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