テニス美女について考える
最近オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の公立学校で採用されているYear 11 (高校2年生に相当)のBusiness Studies の教科書を見る機会があったのですが、マーケティングの章に「アンナ・クルニコワはアディダスのマーケティング戦略の一端を担っている」として写真がどーんと載ってます。
ビジネス雑誌"The Bulletin" からの引用とのことですが、1994年全米オープンジュニアでアンナ・クルニコワがマルチナ・ヒンギスに敗れた時、彼女は「勝ったのはあなただけど、私の方が可愛くて人気が出るわ」と言い返したらしいです。
最近では市場の需要を満たすために、実力が後回しにされることも多く、クルニコワのコーチ、ニック・ボロテリは彼女は18歳になるまでに年収1500万豪ドル(11億円)を稼ぐだろうと予想したとのことですが、現実にはそれ以上の稼ぎとなりました。
もしあなたが男女を問わず若く、容貌に自信があって、公衆の面前でプレイできる程度の実力があれば、試合の勝ち負けだけによらずにテニスで名を成すことが可能です。
美男美女の条件は個々人で異なりますがプロテニスの世界で一般受けするかどうかというのはスポンサー料に如実に反映します。ここでは本業より副業で稼げる現代テニス美女の事例を研究し、天から与えられた素質を最大限に活かす方法を考えましょう。
アンナ・クルニコワ
「コート上の妖精」「世界で一番セクシーなスポーツ選手」 WTAランキング最高8位、現在302位
1981年6月7日モスクワ生まれの22歳。173センチ、56キロ。父は元プロレスラーの体育大学教授、母はパートタイムテニスコーチ。5歳の時に両親からラケットをプレゼントされ、子供スポーツ教室でテニスを始める。
マラト・サフィンの父親が経営するテニスクラブ、セパタックにてトレーニングをした後、アメリカへ移住。10歳にてフロリダでニック・ボロテリの指導を仰ぐ。多分通信教育か何かでモスクワのハイスクールを97年に卒業しており、WTA公式サイトによると現在ロシア体育アカデミーの現役の学生でもあります。
99年にはテニスの賞金で70万米ドル(8000万円)、ヨネックスやアディダスのスポンサー料を中心にコート外で1500万米ドル(17億円)以上稼いでいます。最近は蔭りがあるといえ、それでも前述企業に加えオメガやマルチウェイスポーツブラなどの契約料で年間1000万米ドル(11億円)以上の収入があると言われています。
さあ、これがハイソな男たちとの遍歴じゃっ。
1996年15歳にてNHLで活躍する27歳のロシア人アイスホッケースター、セルゲイ・フェドロフと付き合い「ロブ打ちロリータ」と呼ばれる。
1999年(17−18歳)エクアドルのテニスプレイヤー、ニコラス・ラペンティと浮き名を流す。4月に彼の試合を観戦、彼が出場した南米でのチャリティーテニスにプレゼンターとして登場。同年のウィンブルドン(6月)にはダイヤの指輪をして現われ、フェドロフとの婚約説が流れる。
同年のクリスマスは現ボーイフレンドとされるラペンティと元彼のフェドロフと一緒にマイアミの豪邸で過ごす。
2000年(18−19歳)1月のオーストラリアンオープン、地下駐車場でオーストラリアのマーク・フィリプーシスとキスをしていたという目撃情報が流れる。双方とも「ジュニア時代からの友達」と一蹴し、クルニコワが彼の試合の観戦をしたことについては「コーチに男子の試合を見るように言われただけ」とのコメントあり。
2月に別のロシア出身のNHLスター、パベル・ブレとの婚約説が流れる。彼によると「3月になれば全てを話す」ということだったがその後何もなかった。プロポーズをしたものの彼女の母親の説得に失敗したとの説あり。
2001年(19−20歳)7月、フェドロフとモスクワで結婚式を挙げたという噂が流れる。父セルゲイ氏は電話インタビューでこれを否定。
彼女が大ファンである故に紹介を受け、プロモーションビデオで熱烈ラブシーンを演じた後も付き合っていたとされる歌手のエンリケ・イグレシアス(フリオ・イグレシアスの三男)と2002年1月に東京で密会デートをしていたことが発覚。
2002年6月、「クルニコワには膣が二つあって、そんな女は嫌いだ」とブレが発言したとの虚報を流した新聞社にブレに対する名誉毀損で罰金命令が下る。クルニコワからの提訴はなかったので彼女に対する名誉毀損の判断はなかったのですが、もしそうしていたら医師立会いの上で事実関係を確認してその診断書を元に判決が下ったのでしょうか。(あまりにアレなので伏せ字にさせていただきましたが、それでもという方はその個所にカーソルを合わせて範囲指定していただければ)
2003年3月、フェドロフと彼の母が「2001年から短い間だが結婚していた」ことを認める。ブレやイグレシアスなど男の出入りが破綻の原因とされる。
2003年8月の全米オープン期間中、イグレシアスはインタビューで「今のところ一週間以上一緒にいたいと思う女と出会ったことはない」と言い切る。10月にも「クルニコワと結婚したいと思わない」と明言する。
ああ、調べていてもどこでくっついたのやら離れたのやら二股三股かけていたのやら分からなくなってきた…。(追記:Australian Women's Weekly誌によるとクルニコワとイグレシアスは2004年2月に別れたそうです。ちなみに彼の最新シングルのタイトルは"I'm not in love"。と思ったら3月のイグレシアスのオーストラリアツアーに二人で手を繋いで現れた。ガセネタ掴まされたっ)
ともあれ、かつてのダブルスパートナーのマルチナ・ヒンギスに「練習よりお化粧に興味があるみたい」とからかわれてましたが、確かにそういう性格をしているらしい。(追記:クルニコワが「ツアー中一番長く練習用コートにいる選手の一人」と言われているのを忘れてました。すいません)
ボロテリアカデミーで13歳の時から彼女と一緒に練習したトミー・ハースは「彼女は最初から美人だったし、テニスも素晴らしかった」と言ったものの「当時の彼女はお高くとまっていて、人をぞんざいに扱っていた。それでやっていけることを知っていたんだよ」と酷評しています。ただ単に英語が喋れなかっただけかも知れませんが。でも「文句があるなら私を倒してからおっしゃいなさい。ほほほーっ」とコート上で高笑いする10歳の美少女って・・・。ものすごく嫌。
「将来はトークショーの司会をしたい」と言っていた割には故障中の副業としてオファーされた全米オープンテレビレポーターの仕事を5日で辞めてしまったというプッツンぶりも気になりますが。
しかし彼女の公式ホームページには「大成功」って書いてあったのはなぜ?5日も務めたからなんでしょうか。他のテニスプレイヤーにきつい質問をしなくてはいけないのと、中継ブースでスナックを食べ過ぎるのが辞めた理由だそうです。
実際に彼女を直接見た知り合いの日本人男性は「髪を下ろしたら、ほんとゴージャスで美人だよ」と言ってましたが、「髪を下ろす」というのは古い日本語では剃髪して僧籍に入るという意味ですがここではスポーツ用にまとめた髪を解くことですので誤解のないように。
私自身は実際2メートルほどの距離で見た経験がありますが、確かに美人ですけどセックスアピールはあまり感じませんでした。身長の割にはあんまり大きいという感じもしませんでしたね。でもロシア女にありがちな歳を取ったら太りそうなタイプのような気がするのは私だけ?
しかしながらとうとう2003年10月中旬にイギリスの新聞のインタビューで故障による翌年の引退を示唆しましたが。表彰式のプレゼンターや女優業は気に入っているらしいですし、007シリーズの新作が撮影に入る度に出演が噂されてますけど。しかし20歳台前半で最早「過去の女」扱いされてしまう彼女ってカワイソウ。
ダニエラ・ハンチコワ(この公式ページ本当に中身がない・・・)
「アンナ・クルニコワを倉庫に押し込めてしまう女」「スロバキアの脚」「白雪姫」 WTAランキング最高5位、現在19位
181センチ、56キロ。1983年4月23日スロバキアのポプラド生まれの20歳。父はコンピューター学者、母は毒物学者。6歳にて元プロの祖母(ヘレナ・ハンチコワ)の指導でテニスを始める。8歳でコーチを負かすほどの腕前となり、後にフロリダのニック・ボロテリアカデミーでトレーニング。
オトコについては現在コーチのナイジェル・シアーズ氏と恋愛関係にあり、それに悩んでいるので拒食症になっているとの噂あり。その噂を懸命に打ち消そうとしてバケツ単位でバナナを食べているとか。可哀相に揚げ物は食べられないらしい。
年に一度か二度のことで、そんなに度々出ているわけではないですが、最近自分でもパートタイムファッションモデル兼フルタイムテニスプレーヤーだと言っています。
「もちろんテニスが一番だけれども、ファッションショーのモデルは女の子の夢ですもの」とか言われると妙に納得してしまうのはなぜ。もともとファッションには興味があってプラダとかの買い物が大好きらしいですが。ことほど左様に完全な体育会系女ではないようで、8年間ピアノを習っていたということでツアー中のホテルのラウンジで仲間に披露することもあるとか。
彼女それなりに笑顔も見せればガッツポーズもしますし、ウィンブルドンで浅越しのぶに敗れた時は泣きじゃくったそうですが、どういうわけか私の前では笑顔を見せてくれません。真顔でいる時間がかなり長いような気がします。かなりクールかつ真面目な性格をしているのでは?眉間に皺を寄せている顔も結構多い。
試合の後、私の前を通ってコートから出て行った時、これまた至近距離から彼女を同一平面上で見る機会があったのですが、「マッチ棒に手足が生えた」的印象はあるものの、不健康に痩せているという感じはしませんでしたね。それからまた痩せたらしい(上記のWTA公表体重を一割以上下回っているのは確実とのこと)ので今はどうか分かりませんが。
その時はダブルスで勝利を収めたのですが、押し寄せるファンに対し、真顔のまま何人かにちゃっちゃっとサインを済ませて堅い表情のまま立ち去りました。その整った顔立ちと無表情さに「彼女は実はホンダの新型ロボットでエンジニアの広瀬真人氏が鈴鹿工場から遠隔操作しているのでは?」と思ってしまったことを告白しておきます。ピンチになると目から光線を発射したり胸からミサイルが飛び出るということはないでしょうけど。
アッシュリー・ハークルロード(これって公式ページ?)
「アンナ・クルニコワに対するアメリカの回答」「テニス界のブリトニー・スピアーズ」幼少時のニックネームは「小石」 WTAランキング最高39位、現在49位
165センチ、55キロ。1985年5月2日ジョージア州ローズビル生まれ、フリントストーン(ものすごい田舎で交通信号がないらしい)育ちの18歳。父は印刷業界で働く元カレッジフットボーラー、母は教師で元カレッジテニスプレイヤー。7.5万から10万米ドル(850万円以上)とされる単年契約をナイキと毎年更新中。
父親の勧めで4歳からテニスを始め、8歳の頃には一日3時間練習。ジェニファー・カプリアティのポスターを部屋に貼っていたものの、ソフトボールやバスケットボール、陸上競技にも興味を示し、テニスアカデミーに入って真剣に取り組んだのが14歳の時。「友達が皆やっていたし、テニスをするのはカッコイイと思ったから」ということだそうです。
それから1年ほどで全米ジュニアナンバーワンになり、その翌年ウィンブルドンでジュニアのダブルスのタイトルを取ってしてしまうわけで、この頃の彼女の横に立っていたならめきめきと上達する音が聞こえたかもしれません。
才色兼備のジュニア選手としてオーストラリアンオープンに出場した時に非番のボールボーイたちが彼女の試合に殺到したとの話は地元の新聞ネタになりました。
男関係で明らかになっている話としては、15歳の頃8ヵ月ほどアンディ・ロディックと付き合っていたものの彼女の方からフッたとのこと。彼の最近の活躍を考えるとちょっと勿体無くなーい?彼らのテニスデートというのを一回見てみたかった気もするぞ。(追記:2003年末にテニスプレイヤーのアレックス・ボゴモロフ Jr.との婚約が報道されましたが、上記ホームページでは当初そういう事実はないとのことでしたので、私はTennis Weekly誌の勇み足かと思ったのですが、最近本人も「若いので婚約期間は長くなりそう。今結婚するって言ったら父親が嬉しがるとは思えないもの」と発言していますので婚約ということで間違いないでしょう。)
口を開けば「テニスが一番」と言う他の美女と違って、ハークルロードはクルニコワや歌手のブリトニー・スピアーズと比較されることをあまり気にしていないそうです。
インタビューを読んでも当初は大変だったそうですが、14歳の頃からそういうことには慣れているそうですし、「私は結構信心深い方で、私がそれ(モデル的扱いをされること)をこなせるからこそ、神がそういう運命を与えてくているのだと思う」と言ってました。
だったら「神様がこうしろって言っているんだよ」とか言って迫れば彼女とあんなことやこんなことができるかもしれません。テニスとか。ウエイトトレーニングとか。走り込みとか。
でもシニアツアーデビュー当時のインタビューで、「アメリカ版クルニコワと言われることをどう思うか」と聞かれた時にこう言ってます。
「本当は彼女のこと好きじゃないのよ。全然違う人間だと思うわ。親しみ易いとは思えないし。彼女はとても可愛いけど、私はもっと元気に振舞うようにしているの。まだ話をしたことはないけれども、好きになれるとは思わないわ」
大先輩にケンカ売ってます。まあ確かに他のスラプ系美女と違って「明るい南部娘」的雰囲気は好きなんですけどねー。
マリア・シャラポワ(まだ公式ページはないようです)
「アンナ・クルニコワを歴史の教科書に載せてしまう女」「企業宣伝担当者の夢の実体化」 WTAランキング最高31位、現在32位
183センチ、59キロ。1987年4月19日シベリアのナヤガン生まれの16歳。2歳でチェルノブイリの放射能汚染を避けるため黒海沿岸のソチに移る。4歳にて父親の指導でテニスを始めるが、6歳でモスクワのテニス展示会に参加した時にマルチナ・ナブラチロワに見出され、虎の子の900米ドル(十万円ほど)で片道切符を買ってテニスのためにアメリカに移住(ビザ及び経済的要因で当初は父親のみ同行)。当然その時は父娘ほとんど裸一貫で、エンジニアのユーリ氏は"to eat", "to sleep"しか英語が喋れなかったらしい。彼女は職探しに行く父親の自転車の前に同乗し、行く先々に付いて回って英語を覚えたとのこと。
7歳にてフロリダのニック・ボロテリアカデミーでトレーニング。9歳半でマラト・サフィンやクルニコワの留学スポンサーもしたスポーツイベント運営会社IMGのスポンサー選手となる。現在フロリダのハイスクールの通信教育課程に在籍。4歳の時にソチ出身のエフゲニー・カフェルニコフからもらったサイン入りのラケットが今でも宝物。
映画(パールハーバー)、読書(シャーロック・ホームズ、ハリー・ポッター、長靴下のピッピ)、音楽鑑賞(エンヤ)、歌、ジャズダンス、ファッションデザイン画を描いたりする他に切手収集が趣味。
既にプロデビュー前にプリンスとは75万米ドル(8700万円)の5年契約、及びナイキとも多額のスポンサー契約を結んでいるとのこと。露出度も高く、ローリング・ストーン、バニティ・フェア、スポーツ・イラストレイテッドの各誌に登場しています。
ブロンドのロングヘア・赤褐色の目・限りを知らない長い足 (Australian Tennis Magazineに本当に書いてあった。ドーバー海峡を跨いだとかいう話はありません)。既にイギリス・アメリカではパパラッチが続出。実力に関しても将来WTAトップ10に入るであろうと予想している業界人は多数います。トップシードの杉山愛が途中棄権した東京のAIGオープンでWTA初タイトルをしっかり取るなど運も強い。ケベックのベルオープンでは決勝で相手が途中棄権しています。
ウィンブルドンでは観客に投げキスをサービスするなどエンターテナーとしての才能も十分。
その割には一番近い存在であるコーチに「次世代のクルニコワ」と言われたり、「アンナ、ちょっとこっちに来い」とか呼ばれたりしてからかわれているらしいですが。
年齢の故か男の噂は今のところありませんが、16歳とはいえ、背が高いこともあって写真を見る限りすっかりおねえさんです。
実はこの人、打つ時の叫び声が目茶苦茶大きいらしいです。本人も「将来は外見や叫び声ではないところで取り沙汰されたいわ」と言ってますが。
ウィンブルドンでは本人は声をできるだけ出さないようににしていたらしいですし、出すとしても(ヒューイットに倣ってか)「カモン」と叫ぶように努力していたらしいですが、だめだったとのこと。シベリア出身なんですからヤクート語やツングース語で「コノヤロー!」とか叫べば問題にならなかったのでわ?
コーチが言うには「バーミンガムで審判から注意された後は声を出さなかったんだからその気になればできるんだよ。馬鹿げてるから止めておけといつも言っているんだが」ということなんだそうです。
さてさて、テニスが個人競技である限り当然美女同士の対戦というのはあるわけで、2003年全仏オープンの抽選では選手8人中に欠場のクルニコワを除くハンチコワ・ハークルロード・シャラポワの3人が集中するという美女ブロックが出現しています。ここでは二回戦でハークルロードがハンチコワを破ってその名を世間に知らしめました。
さらに続くウィンプルドンではハークルロードとシャラポワの対戦があったのですが、この一件についてのイギリス・テレグラフ紙の記事が目茶苦茶に面白いです。
それによりますと後に「叫び声の見本市」と称されたこの試合、もしアムネスティインターナショナルの人権活動家が会場の外を通りかかろうものなら中でどんな拷問が行われているのか査察したくなったり、放送コードに引っ掛かりかねない状態であったそうです。
シャラポワは以前の大会でも試合の相手から、さらには隣のコートの選手からの申し立てにより審判から声が大きいとして注意を受けたことがあるそうですが、このウィンブルドン一回戦、シャラポワのファーストサーブの声、「ウーガー」に対してハークルロードは高音の「イーャー」でしか対抗できなかったとのこと。シャラポワはセカンドサービスでも「ウー」と力の入った声を上げていたらしいですが。
それから試合の間中、両選手は打つ度に叫び声を上げて、一度シャラポワがダブルフォアハンドのクロスコートショットを決めた時には象が双子を産む時のような「ニャアーッ!」という叫び声を上げそうです。
このクラスの選手に割り当てるには良すぎるコートを使ったのは正解で、美女目当ての多くの観客を収容できた上に他のコートから隔離できたのが良かったとのこと。
ハークルロードも相手の叫び声については「馬鹿げている」と言ったものの、自分の声に関しては「自然に出ちゃうのよ。いい呼吸をしている時には声が出るし、それを知っているからやってるんだけど」「シャラポワの相手をするときには声が大きくなる」と言ってたらしいですが。
ともあれテニスをしているからこそ美女になるのか、はたまた美女はテニスをするものなのか分かりませんが、テニスプレイヤーには美女が多いということになっています。
私の学生時代の友達は自分の女子大の体育会について「テニス部は日焼けするけどバドミントン部は日焼けしないのでそれぞれ『テニブス』と『ビジョミントン』と呼ばれている」と言っていましたがそんなことは決してありません。
競争上は不利ですが、この世間一般常識を利用してガンガン売り込みましょう。しかしながらテニス美女になるためにはニック・ボロテリアカデミーでのトレーニングは必須と思われます。アンドレ・アガシをはじめここを出たテニス選手は山ほどいますけど。(追記:最新型クルニクローンかつボロテリアカデミーの最終兵器、ブルガリアの14歳美少女、セシル・カラタンチェワはアンナ・クルニコワと比べられた時に「私ってそんなに下手なプレイヤーなんですか?」と言ったそうですが。彼女は2004年全仏オープンジュニアで優勝していますし、フェドカップでエレニ・ダリニドゥをはじめシニアプレイヤーを何人も葬っています)

