テニス選手の体型について考える


女子プロテニス界がパワー全盛になったと言われて久しいですが、テニス選手の体格についてちゃんと分析した文書というのを見たことがありません。身長・体重等数字で表せる指標があるにも関わらず、ただ単に「重い」「パワーがある」「背が高くて遠心力が使える」といった表現しかしていません。
彼らの体格についての情報は基本的にはATP/WTA発表の数値を信用するしかないのですが、これと実際の数値、特に体重が乖離しているであろうというのも容易に想像がつきます。
セリーナ・ウィリアムズが175センチの59キロというのはどう見ても信じられんのですが。実際見た時のあのボリューム感からすると。筋肉は脂肪の三倍重いといいますし。
一方、2003年初には「コートでもすごく練習をしているし、ウエイトトレーニングもしっかりしているけど(筋肉がつかない)。ヒンギスや私のような体型の選手が活躍するのはいいことだと思う」と語っていたジャスティン・エナン=アルデンヌなどは言葉とは裏腹にグランドスラム初制覇となった全仏オープンまでの6ヵ月で6キロ体重を増やしてきたという話です。2004年オーストラリアンオープンの優勝スピーチでも12月の一ヶ月間世話をしてもらったフロリダのトレーナーに謝辞を述べていました。
他にもレイトン・ヒューイットはトーナメントを休場してデビスカップの準備に専念している2003年後半の3ヵ月の間に5キロ筋肉を付けただとか、リンジー・ダベンポートは1年で10キロ減量だとか、結構変化するもののようです。
2004年のオーストラリアンオープンでマラト・サフィンは報道陣にエフゲニー・カフェルニコフが引退すると語った上で、「彼は105キロあるんだ。重すぎると思わないか?」と発言したそうです。ATP公式ページ上のカフェルニコフの体重は84キロです・・・。
一方、体重の変化の発表はないもののアナスタシア・ミスキナは2003年の一年間で見た目ではっきり分かるくらい激ヤセしつつランキングを上げてますし。

現代テニスではホントに背が高くて重い方が有利なのか?検証してみましょう。以下のグラフは2003年末のATP/WTAトップ30選手の身長と体重をプロットしたものです。数字はランキング、アルファベットはイニシャルで、10位毎に色を変えています。

ATPトップ30
ATP Weight&Hight
注:世間一般に出回っているエントリーランキングとATPウェプページに載っているチャンピオンシップランキングは異なります。ここでは同ウェブページの選手データに採用されているチャンピオンシップランキングを元にしています。

WTAトップ30
WTA Weight&Hight

BMI (Body Mass Index)
体重(kg)を身長(m)の二乗で割ったもの。この数値が22近辺であれば病気になりにくいとされる。判定基準の設定には各種あるが代表的な指標としては以下の通り。

国際的に用いられているもの   日本肥満学会の判定基準 
18.5未満 痩身    20未満痩身
18.5以上25未満標準    20以上24未満標準
25以上30未満軽度肥満    24以上26.5未満肥満気味
30以上 肥満    26.5以上 肥満

上のグラフにおいては二本の紫色の直線の間に位置していれば標準的な体格ということになる。
基本的にはBMI値そのものには男女差はほとんどない。体脂肪率の関係から女性には別の肥満基準を適用するべきとか足の長い黒人は白人に比べてBMIが下がりがちだとかの議論があるがここでは省略。日本肥満学会が独自の基準を適用しているのも「アジア人には肥満の定義を厳しくすべし」という論拠に沿ったものと思われる。

標準偏差
偏差とはデータのばらつきの度合いを示すもの。実際に計測された数字が基準点(通常は平均値)からどの程度離れているかということでその広がりを表す。数値が大きければ集団内のそれぞれのデータの差が大きいということになる。


男女とも基本的には小さい人ほど軽い、大きい人ほど重いという常識に収まりますが、多少特徴のある人もいるようです。まずはデータを使ってそれぞれの集団間に差があるのか調べてみましょう。


統計分析
t検定という統計処理方法を使って男女選手の体格に本当に差があるのかとかランキングと体格に関連があるのかといったデータを数値で表すこともできます。
話がややこしくなりますが、一例として「男子選手のランキングと身長に関係があるのか」を有意水準5%(P:同じような状況下で検定を行うと 20回に1回は決定を誤る危険性があること)で調べてみますと、
1−10位選手と11−20位の選手間では有意差あり(P<5%)
11−20位選手と21−30位選手間では有意差なし(P>5%)
1−10位選手と21−30位選手間でも有意差なし(P>5%)

多くの統計では場合有意水準5%未満で「差がある」としますので、男子30位以内、10位区切りのグループ間においては1−10位の選手(平均183センチ)は11−20位(平均188センチ)の選手に比べて統計的に有意に身長が低いと言えます。単純に言えば10位までと20位までの選手の身長に差があるのは偶然である可能性は低くて、身長が低いからランキングが高いと言えるいうことです。
ランクの高い方が背が低いとは意外でしたね。まあ平均身長でいえば21−30位の選手もほぼ一緒なんですが。(平均184センチ)確かにトップランクのプロの間で比較しても大した差がないのは当然でしょうが、ここはまあお遊びということで。一般人と比較すればそれなりに差は出るとは思いますが。
このようにして比較したところ、男女それぞれの10位区切りのグループにおいては上記以外には身長・体重・BMIに違いは見出されませんでした。

男女間各30選手の比較はサンプルのばらつきが大きいためかt検定がうまく行かなかったのですが、15位までの選手で比較したところ身長・体重・BMIに有意差がありました。男性の方が高くて重いのは当然ですが、BMIに関してはもともと男女兼用の指標であることが示すように、一般人の場合には男女差はないものなのですが、テニス選手の場合は有意差が出ています。(偶然で異なったデータが出る可能性1%以下)これって結構大発見かもしれません。
女子選手の方が低いのは女性の特徴として比重の軽い体脂肪が多く、筋肉をつけて重くなるということが起こりにくいためでしょうか。ある研究では同じBMIの場合女性の方が男性より10%程度体脂肪比率が高いことが分かっています。

では男女それぞれの選手に関して見てまいりましょう。

男子
女子に比べて標準偏差が小さいので身長差は小さいと言えるでしょう。グロジャンとコリアの低身長ぶり(でも175センチ)が目立つ程度と言えます。最高のファルケルク/ミルニー(195センチ)と比べても20センチ程度低いだけで、差が30センチ以上ある女子とは明らかに違います。ちなみに小さい小さいと思っていたマイケル・チャンは175センチの72キロでコリアやグロジャンより6−7キロばかり重いです。
ちなみにロジャー・フェデレがここでの平均身長体重にほぼぴたっと収まります。
このランキング外では2003年を45位で終えたベルギーのオリビエ・ロクス(165センチ・59キロ)がツアー中最低クラスでしょうか。しかしながら彼は同年のウィンブルドンでは四回戦まで進出しています。この時208センチのイボ・カルロビッチと一緒に撮った写真が発表されているのですが、頭二つ分低いです。
ちなみに、カルロビッチはこの大会でヒューイットを倒したのですが、この時の記者会見で「家族で大きいのは僕だけで、両親とも普通の身長だよ。でも家に来る郵便配達人が大きかったかな」と危ない発言をしております。どうせウソをつくなら「僕は前世紀のヨーロッパを支配していた巨人族の末裔なんだよ」とか言って欲しかった。
実は下には下がありまして、2003年を75位で終えたロクスの弟、クリストファは160センチの68キロです。アジア人の選手と比べても間違いなく低いと言えます。兄に比べて体重が重いところに努力の跡を感じたりしますが。彼がキリスト教化以前のヨーロッパを支配してた小人の子孫であるという証拠はありません。[訂正]すいません、クリストファはオリビエの兄で、しかも身長は170センチでした。訂正してお詫びします。
ダブルスで活躍する選手ではトッド・ウッドブリッジとファブリス・サントロが177センチです。
一方、選手のBMIを見てみると一般人に比べて結構重めの選手が多いようです。アガシやロディックをはじめ24を越えている選手が何人かいます。25以上はヨナス・ビヨルクマンとアグスティン・カレリです。
BMI21のレイトン・ヒューイット(68キロ)が最も痩せている選手ということになります。モスキートことファン・カルロス・フェレーロでも21.7です。ちなみに彼、ボクシングのモスキート級(45キロ以下)には出場できません。

女子
一時リチャード・クライチェクに「太った豚」と称された選手たちではございますが、BMIを見る限り普通です。身長とBMIで標準偏差は男子を大きく上回っており、選手による体格の差が著しいと言えます。最高のダベンポート/ボビーナ(189センチ)と最低のスマシュノワ=ビストレッジ(157センチ)との身長差は32センチあります。
一方、59キロの線に選手が集中しているのは「60キロはイヤ」という乙女心によるものでしょう。ポンドオンスで測るアメリカなどでは別の心理的障壁があるものと思われますが。60キロで申告しているエレナ・ドキッチ、偉い。
この中ではカプリアティの重量ぶりとハンチコワの痩せぶりが目立ちます。カプは一日2時間半から3時間練習して、ジムでも1時間ばかり過ごすそうです。99年にカプリアティに筋肉をつけたハロルド・ソロモン氏が2004年からハンチコワのコーチに就任しましたが、何か大変な仕事を請け負ってしまったような気が…。
グラフ中一番重いのはリンジー・ダベンポートですが、2001年初にパット・キャッシュが「ダペンポートは砲丸投げをした方がいい体型だ」と言ったのを聞いたレイトン・ヒューイット、「パットは喋り過ぎ。彼女は何回もグランドスラムを勝っているし、いい体型をしている」と反論しています。どっちが大先輩だかわかりません。
私もここのランキング外にいるミリアム・カサノワ(170センチ・70キロ)をこの目で見た時に「この人選手?」と思ったことを告白せねばなりませんが、彼女のBMIは24.2ですから標準の上限と言ってよいでしょう。もちろんプロですから動きに関しては我々とはミミズとゴキブリほどに違います。
このランキング外で小さい選手と言えば154センチ・52キロのタチアナ・パノワがいます。2003年はまともに出場できなかったので119位に終わりましたが、2002年は23位の選手です。

というわけで、体重といえばこの方々。

ダニエラ・ハンチコワ(181センチ・56キロ・BMI 17.1)
BMIを見る限り不健康に痩せてます。とかく拒食症との噂が絶えません。どんなに痩せている男子選手でもそういう噂が立ったことはないのに。公表体重を一割以上下回っているとの話もあります。 本人は「長い試合も戦えるし、全く問題ない」と言っていますが、大マルチナなどは「あの体型はテニス選手としては馬鹿げている。あと5キロはつけないと」と言い切ってますし、トレーシー・オースチンも同様のことを言っています。
前コーチのナイジェル・シアーズ氏は栄養士の指導を受けていることを認めた上で、「それが問題なのは分かっているので今何とかしようとしているところだ。彼女はよく練習する分だけカロリー消費が激しいから。ただし、若い女性にとっては太ると着られない服もあるので」と弁護していました。
しかしながら新コーチのハロルド・ソロモン氏の最初の指示は太ることだったらしい。まだ成果が出ているとは思えませんが。そら、腕を二回り太くして成果を出したジェニファー・カプリアティを育てた経験からすると大いに不満でしょう。(追記:彼女は2004年前半で5キロ筋肉をつけたとのこと)
確かに彼女よく練習をしますが、ファッションモデルの仕事は受け付けないことにしたそうですし、ここはもう相撲部屋に倣うしかないでしょう。朝食抜きで猛練習、その後朝昼兼用の食事を摂って午後は昼寝。こうすると栄養を欲しがっている体の吸収が良くなります。オーストラリアンオープンで彼女の練習を見ていた時にソロモンコーチに進言すればよかった。でもそのすぐ後に東レパンパシフィックオープンで日本に行っていますから東関部屋を見学したことを期待しましょう。
でも本当に入門させるのは止めてね。これ以上外国人力士が増えると日本相撲協会が何を言うか分かりません。あ、身長は十分でも体重で引っかかるから新弟子検査に通らないか。
手足が長いというのもテニスでは有利に働くものとばかり思っていましたが、テレビの解説をしていた小マルチナが「彼女の嫌いなものの一つに高速ボディ攻撃がある。よけ切れない」と言っていました。 確かに高速ボディ攻撃ではなかったですが、私も浮き球を真正面からボレーしに行って、ラケットをさばき切れずにボールを自らの土手っ腹に当てるというシーンをこの目で見たことがあります。手が長いのもいいことばかりではないようです。人間はカメではないので短くしたい時には手を引っ込めるということはできませんが。

ジェニファー・カプリアティ(170センチ・72.5キロ・BMI 25.1)
3年ばかり前に新聞に掲載していた写真ですが、同じバックハンドを打っている写真を並べて「一年前」「現在」という説明付きで「マルチナ、ウィリアムズ姉妹に勝ちたければ私のようになりなさい」というのがありました。そこではびっくりするほど腕の太さが違ったものです。ハンチコワもホテルのベッドルームにこのポスターを貼るしかないでしょう。(追記:2004年7月22日付のシドニーモーニングヘラルド紙にダニエラの似たような写真が載った!)
2003年初にオーストラリアに来た時に、サンデーテレグラフ紙が「プラムプディングの食べ過ぎで下腹がたるんでいる」と書いたことにすぐ反応、「テニス選手の体型はいろいろだけど、私の腹筋は岩のように硬いわよ」と言っています。
その時もレイトン・ヒューイットが弁護しているのですが、「彼女が勝っている限り、何も問題ない。注文をつけるのは難しいよ。グランドスラムに勝って、ランキング3位にいるのならそんなに問題があるとは思えない」と言っています。
重い女性にコンプレックスでもあるんですか?母親も妹も細いほうですし、キムもデータ上は太い方じゃないけれど。
カプリアティはその後ドバイWTAオープンの公式ディナーで、アラブ人ダンサーから少しレクチャーを受けただけでその腹筋を使って他のどの選手より上手にベリーダンス(ヘソ踊り)を披露して報道陣にサービスしたそうですから、全く問題ないと言えるでしょう。そうか、腹筋にはそういう使い方もあったか。

そして小兵に弱いのがこの人。

マラト・サフィン(193センチ・88キロ・BMI 23.6)
彼自身「俺は大きい、お前は小さい。だから俺が勝つ、とは限らない」「僕には小さい選手が持っている器用さがない」と言ってますが、2002年二位シードでウィンブルドンに出場した時にはオリビエ・ロクスに一本のサービスエースも取られないのに4セットマッチとなって苦戦しています。
あとはとにかくファブリス・サントロにめちゃくちゃ弱い。業師のサントロがサンプラスをはじめ強者に度々災いをもたらしていることは有名な話ですが、サフィンはほとんど勝ってません。確か今までの通算戦績がが9戦7敗のはず。
しかもサフィンが2004年ホップマンカップ混合ダブルスでチェコペアと対戦した時にはシニアデビュー直後の17歳、身長160センチほど(確かこれより低かったように思ったのですが、6月の発表値は165センチでした。伸びたのか?)のバルボラ・ストリコワに何回かサービスエースやリターンエースを食らっています。サフィン&ミスキナと対戦する時に小さいパートナーを選ぶというのはユリ・ノバック(190センチ)の作戦だったのか?
ちなみにこの大会、出場8+1チーム中(カナダ予選落ち)、女子選手の方が背が高いチームが優勝のアメリカ(ダベンポート/ブレーク)と実質二位のオーストラリア(モリック/ヒューイット)となっており、フランスもサントロがマレスモより2センチ高いだけで、女性の方が大きいというのはあまり気にするほどのことでもないような気がします。

ということで基本的には動ける限りでかくて重い方が有利というのはスポーツ選手の常ではあるのですが、テニスでは対応の余地は大いにありそうです。ボクシングのごとく体格による階級制を設ける必要は一切ないといってよいでしょう。
不利を承知でロクスのようにサービス&ボレーに磨きをかけるか、サントロのようにコート上の魔術師を目指すか、はたまたパノワのようにダブルスで鍛えて攻撃力やコートスピードを上げるか、オプションは結構あります。

ちなみに16歳で180センチを超えたサフィンの妹、ディナラ・サフィーナは「もう伸びるなっ」と思ったそうで、乙女心は勝負を超えたところで複雑なのでございます。

参考文献
"Let's Get Physical": Australian Tennis Magazine Vol 28. No 4, April 2003
"The Small Men Stand Still": Deuce 2003 Issue
"The effect of sex, age and race on estimating percentage body fat from body mass index: the Heritage Family Study" : Jackson AS, Stanforth PR, Gagnon J, et al, International Journal of Obesity Related Metabolism Disorder, Jun 2002;26(6):789-96

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