ダヤ・ベダノワ

2002年1月アディダスインターナショナル 対 アメリ・マレスモ
ダブルス with カベトスラバ・ハドリコワ 対 ニコール・アレンド/マグダレナ・マリーバ
2003年1月オーストラリアンオープン 対 ナタリー・デーシー


初めて見たのが2001年のオーストラリアンオープンのテレビ中継。チェコ期待の新星として3回戦で当時9位だったエレナ・ディメンティエワと対戦し、勝利を収めたのですが、通路でのインタビューに英語でペラペラ答えよって、当時英語に不自由であった私は「何やこの小娘」と思ったので記憶に残ったのでした。

翌年シドニーで実際見た時には一緒に見た日本人男性が「ガリガリだな」と言ってましたが、ホントにガリガリ。しかしながら隣国(スロバキア)の同年齢(今年20歳)、同タイプ(こちらもガリガリ)、名前も一緒(彼女の本名はダニエラですが、舌の回らない幼少期に自分のことを「ダヤ」と言っていたのが気に入ってそのまま使っているそうです)の女、ダニエラ・ハンチコワに人気実力で完全に先を越されましたので、私はっきり言って最近ベダノワの応援に回っております。
そういう意味では圧巻はテレビで見た2003年ホップマンカップチェコ対スロバキア戦。ベダノワがハンチコワを破り、ユリ・ノバックがドミニク・ハバティを倒すというチェコ連勝の展開で、混合ダブルスへ。Iフォーメーション・デフェンシブポジション・サイド入れ替えと多彩なフォーメーション作戦を繰り出すスロバキアペアに対し、強打一本槍のチェコペア。結局スロバキアが勝利を収めましたがシーソーゲームの熱戦でした。あまりに頻繁にスロバキアペアがサイドを入れ替えるので、スロバキアチームも審判も入れ替えのタイミングが誤っているのに気が付かず、プレイ中のノバックの指摘で発覚するというのがありましたが、プロでもこういうことあるんですね。

成績的には2001年全米オープンで準々決勝進出、2002年半ばにはWTA16位までランクを上げたのですが、その後手首の故障もあって、2003年初は50位代からのスタート。こんな実力ではないと思っているのですが…。あまり知られてませんが、彼女はイワン・レンドルと同じ町の出身、子供の頃はヒンギスの練習相手、前コーチで父親のジャンはレンドルと戦ったり、ナブラチロワとペアを組んだりしたこともあったそうです。

実際見てみますと彼女のサーブは足使いが特徴的です。プロは後ろ足を前足に引き寄せてサーブを打つわけですが、普通の選手は足の裏を地面に向けたまま摺り寄せます。ところが彼女は立てた爪先で地面を摺ってペースラインぎりぎりまで引き寄せ、しかも手を大きく回しつつ、コート内に重心を移すので、舞台上に倒れ込むバレリーナを思い起こさせます。女子では完全に絶滅したと言われるサーブアンドボレーをたまにとはいえ体現してくれる選手としても貴重なんですけどもねー。

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