首を振る


「ああ、おったおった。ご隠居さん、ちょっと相談ごとがありまんねんけど、よろしいでっか」
「嫌やと言ってもするんやろ。話ちゅうのは何やねん、圭介」
「恥ずかしい話なんですけど、ウチの娘が変な遊びにはまっておりましてね、どうしたものかと思案に暮れとるんですわ。」
「ほう、いい加減なお前と粗忽で有名な恵子さんの娘とは思えないあの利発な愛ちゃんが」
「頭が良すぎて、自分の子でないような気もするんですけどね。慌て者の恵子が買い物の帰りに自分のとこと間違えてどっかの学者の家に入ったっきり、自分の家に帰ったつもりになって、そのまま相手に晩飯作って風呂入って一緒に寝てしもたんやないかと」
「相手にも顔がついているんや。それくらい分かるやろ」
「じゃなければ恵子の子宮に遺伝子組み換え工場があって、身長一センチくらいの大きさの白衣の科学者が怪しい薬を使って突然変異を起こしているとか」
「ええ加減なことを言うたらいかんわ。で、その遊びというのはどんなもんやねん」
「何ちゅうか、学校から帰ってきたら、しゃもじのお化けみたいなもん持って、近くの運動公園に出掛けまんねん。『お父ちゃんは下品やから来んといて』とか言うてね。こっそり後をつけてみたら、そこに集まってきた友達やらと一緒に何やするんですが、そのしゃもじかと思ったものの包みを解くと、先っぽに網を張ったハエタタキの親玉みたいなもんだ。それでどじょうでもすくうのかと思たら何や毛の生えた鞠を持ち出してきてそれに当てて同じもんを持った友達に渡しよりまんねん。でっかい網の向こう側にいてるその友達がそれを受け取るのかと思たら、その子もハエタタキに当てて娘に返しよりまんねん。それでまた娘が同じように打って、あっち行ってこっち行って、あっち行ってこっち行って…。ずっと見てたら首が痛うてかなわんのですわ」
「何や、それはテニスやないか。硬式庭球とも言うな。球を打つもんはラケットっちゅうてそれ専用に作られたもんで、ハエタタキではないで」
「へっ、とするとあれはスポーツっちゅうか、球遊びの一種ですかいな」
「そうや、世界的に大変人気のあるスポーツや」
「はあ、やっぱりご隠居さんは偉いわ。相談して良かったわ。これで我が家も安泰や、よよよ」
「泣かんでもよろし。しかしテニスも知らんとは困った大人やなあ」
「やったらもののついでに聞いてみますけど、球を打ち合っている最中に『フィフティーン』とか『フォーティ』とか言っているのは何のことですかいな。いや、わたいもそれが15や40の意味やというのは分かってますけどね」
「あれはポイントを数えとんねん。もちろん得点を多く取った方の勝ちや」
「ほな何で、一つ二つと数えんのでしょうか」
「うーん、それには長い歴史があってな、一言では語れんのや」
「そこを何とか説明できんもんでっしゃろか。これ以上娘に馬鹿にされとうないんですわ」
「説明しても良いが…。長いぞ。便秘症の恵子さんのトイレより長いぞ」
「どうでもええこと知ってまんな。ほなどうぞ」
「あああ、わしの座椅子に座り込んでしもた。ままええわ。なら始めるぞ。昔な、フランスの貴族にセバスチャアン・ド・テニスという人がおってな」
「テニスって人の名前やったんですか。どのくらい昔の話ですか」
「大昔や。ビックバン以前の話や」
「えらい昔やな」
「テニス卿が発明した新しいスポーツを試してみようとしたねんけど、彼はもう歳や。しかも持病のリウマチが悪化して歩くこともでけへん」
「ようそんな人がスポーツを発明したな」
「そこで誰かに試してもらおうとしたんやけど、何せ新しいスポーツや、村人たちは『悪魔のたたりがある』とか言うて誰もやってみようとはせんかったんや」
「よっぽど人望のない人やったんやな」
「それで落胆したのかテニス卿は持病のリウマチが悪化して、床に伏せったまま息も絶え絶えの状態になってしもた」
「かわいそうなことでんな」
「そのテニス卿にやな、息子が三人おってな、ブー、フー、ウーと言った」
「どっかで聞いたことのある名前やな」
「父の病気を慮った三人の息子、然らば父の枕元で我々が試してみましょうと名乗り出て、それを聞いたテニス卿が喜んだの何のって」
「そら嬉しいでしょうな」
「そこで死を決した三人の息子は別れの水杯を交わし、来生でもきっと兄弟として生まれて来ようと今生の別れを告げた」
「どうゆうスポーツやねん」
「その頃のテニスは死人が出ようかという大変荒っぽいスポーツやったんやぞ」
「ようそんなスポーツ考え付いたな。それにキリスト教に来生ちゅう概念はないんとちゃいますか」
「ともあれこれを『テニスコートの誓い』と言う」
「はいはい」
「で、父母の見守る中、三人の息子はコートに向かう。互いにテニスで競ったねんけど、三人の実力に差がありすぎる。それも当然、三人の歳には大きな差があったんや。そこでブーは三点、フーは二点、フーは一点取ったら勝ちということにしたんや。いわゆるハンディキャップやな。その時ブーは40歳、フーは30歳、ウーは15歳やったからそう呼ぶことにしたんや」
「40歳と30歳の体力は大して変わらんような気もするけどな」
「その頃は平均寿命が短かったから、すんごい差やったんやぞ」
「なるほど。やっぱりご隠居さんはものをよう知ってはるわ。でも点数数えるときに『ラブ』とかも言いますけど、それはどういう意味なんですか。息子はもういなかったんと違いますか」
「(困ったな)それがおったんや。命懸けでテニスの試合を終えた息子たちを待っていたのが、テニス卿夫人出産の知らせ」
「旦那はよぼよぼの老人と違ったんかいな」
「凍結精子を使ったんや。当然その時のやや子の歳は零歳や。二人の愛の結晶やというもんでその子を『ラブ』と名付けた。それで得点なしはラブや」
「しかしフランスの話やのに何で英語の名前がつくんでっしゃろか」
「(うまいこと行ったと思ったのに)その頃フランスのアルデンヌ地方では英語の名前をつけるのが流行っとったんや。もう、ものを尋ねてばかりで困ったもんやの。そうやそうや、この前お前に貸した五万円、返してもらいたいねんやけど、どや」
「それは無理ですわ。テニスの見過ぎて首が回らんようになってしもた」

元ネタ:ストーリーラインは上方落語「千早振る」を元にしています。

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