ここ褒め
「ご隠居さん、ご隠居さん。大変なことになってしもた」
「何や圭介。お前の大変はいっつも大変なことやないやないか。池本さんのところのミケが仔でも産んだか」
「ちゃいまんがな。娘の愛がテニスの地区大会で優勝してしまいよった」
「ほう、それは大したもんや。お祝いはちゃんとしたか」
「いや、しようと思ったんですけどね、それがちょっと変な話になってきよりまして」
「どういうことやねん」
「決勝戦で相手した女の子が井ノ端町の岩下由香里ちゃんっていいまんねんけど、この子、隣の浜崎小学校の子やから愛と会ったのは初めてでんねん。それやのにウチの娘ときたら試合の後負かしたその子と仲良うなってしもて」
「ええことやないか。それでこそスポーツマンや」
「で、由香里ちゃんが『お父さんとお母さんも連れて一回ウチへ遊びにおいで。』ということになったらしい。その話を聞いたヨメの恵子が『井ノ端町の岩下さんってゆうたら聞いたことがある』ちゅう話になって、その、由香里ちゃんのお父さんとゆうのが、恵子が勤める橋本鉄工所に融資してくれている東京三菱UFJみずほ三井住友りそな銀行の支店長」
「しっかし『寿限無』みたいに長い名前の銀行やな。でもまあ奇遇やな。ええビジネスチャンスとゆうやつやな」
「そやからどうしたって遊びに行ったときに岩下サン相手に由香里ちゃんをどどーんと持ち上げにゃいかんのですわ。そいでこうやってどう褒めるか教えてもらいに来たわけですわ」
「それは難しいことやな。まあ人を褒める時に一番安全なのは年齢を聞いてみることやな。相手が歳を言うたら『ほう、そんな歳には見えませんな。十は若く見えまっせ』と言うとけば大概間違いはない」
「由香里ちゃんは愛とおんなじ小学五年生やから十歳若かったら赤ん坊だす」
「子供の場合は歳を大きく言うんや。『ほう、五年生とは見えないほどしっかりしたお子さんでんな』とかな」
「『由香里ちゃんは十二年生みたいですな』とか言うたらええわけでっか」
「小学校に十二年生もあるかいな。留年もできんぞ」
「その褒め方はわてにはちょっと難しすぎますわ。他に簡単なやり方はありませんのかいな」
「でも由香里ちゃんはテニスプレイヤーなわけや。テニスのプレーを褒められたら、べんちゃらも一人前やな。まあそれやったら決まった言い方はあるわな」
「それを教えてもらったら橋本鉄工所は安泰でっしゃろか」
「そうとも限らんけど、印象は良うなるやろ」
「ぜひ教えてくんなはれ」
「そうやな、まずスライスサーブをコーナーに決めてオープンコートをつくる技術には感嘆いたしました」
「スライスチーズを小女にくれてオープンサンドをつくる記述は簡単いたしかたなかった」
「一方でリターンの時のライジング打ちは素晴らしい」
「一家で一反を買いに行くウチは素晴らしい」
「それにバックハンドからの強烈なストロークには戦慄を覚えました」
「それにハンドバッグからの強烈なストリップには旋律をおぼしめました」
「大丈夫かいな。後で紙に書いたるさかい、それを覚えりゃええんやけどな。ボレーに対する突っ込みも素晴らしく、脚力にほれぼれといたしました」
「ボケに対するツッコミも素晴らしく、客に惚れられました」
「そしてここぞという時のロブやドロップショットには意表を衝かれました」
「そしてここぞという時のロバのドロップキックには衣装で浮かれました」
「なあ圭介、ちゃんと覚えんとかえって愛ちゃんの評判落としてしまうで」
「ご隠居さん。しっかし、何でこんなに苦労してよその娘を褒めなあかんねんやろなあ。大体その子が愛に負けてしまうくらい弱いからあかんのや。もう我慢ならん、これから相手の親とコーチのところへ行ってとっちめたるわ」
「それはあかんで。テニスの話だけに責める(攻める)時に会うと(アウト)は禁物やで」
元ネタ:ストーリーラインは上方落語「子ほめ」と清水義範著『騙し絵 日本国憲法 第四〜八章 寄席中継』(集英社文庫)を元にしています。

