蒸気男爵のテニスマシーン
「やあ、ヒギンズ教授、よく来てくれたね。二年ぶりかな。インドはどうだったかね」
「おかげでいろいろと研究が進んだよ。ウォルター男爵。我らがビクトリア女王のおかげて彼の地の景気も大分良いようだ」
「まあ、イングランドでは少々犯罪が増えたりしているがね。まあ僕もできるだけ人を雇って失業者の減少に微力ながら貢献しているというわけだ」
「ところで男爵、君の蒸気機関道楽は相変わらずかね」
「ああ、つまらないガラクタばかり作って毎度がっかりしている」
「何か面白いものはできたかね。この屋敷の中にあるのなら見せてもらいたいものだな」
「見せるようなものでもないが、隠すようなものではない。いいさ、工房に案内しよう。お茶の前に話題を仕込んでおくのも悪くないだろう」
「この扉を開けていいかね。あっ、この中は寒いぞ」
「蒸気機関で冷媒の圧力を操作して温度を下げるものだ。食品が冬場に腐りにくいというのはよく知っていると思うが、ここで食品を保存すれば長持ちするんじゃないかと思うんだ。冷たいところで保存する機械だから冷蔵庫だな」
「これは何だね。蒸気機関でたくさんの球を転がしているが・・・」
「ああ、これは蒸気計算機だ。こちらの操作盤で数式を入力すると、この供給機から送り出す球の数を決めて、数式に従って球の数を加減乗除して最後に残った球の数を重量から割り出して計算結果とするものだよ。まだ10000までの加減乗除しかできないので乗数や平方根の計算もできるように改良したいと思っているところだ」
「こちらの物は空を飛ぶ機械なのかね?」
「ああ、レオナルド・ダ・ビンチの『空中螺旋』にヒントを得て、蒸気機関で回転翼を回して浮き上がろうというものだ。出力が頼りないのと前へ進むことができないのを何とかしなければいけないのだが」
「これは何の機械なのか皆目見当がつかないが。ここに並んでいる球をどうかするのかね?」
「そうだ。僕は最近ローンテニスというスポーツに懲りだして、屋敷の庭にコートまで作って練習しているのだが、いつもいつも従僕のロバートやニコラスに相手をさせるのは気の毒なのでね。いずれにせよ彼らはテニスについては素人だから球をまっすぐ打つこともろくにできない。僕が打つための球を出すだけなら人間がしなくてもいいだろうということで機械に任せようというわけだ」
「こんなのが相手になるのかね」
「一分間に三発球を飛ばすことができる。動かしてみようか。おーい、マイケル、石炭をくべてくれ」
「さあ、お茶にしてくれたまえ。教授がインドで飲んでいた紅茶には劣るだろうが、それでもこれはなかなかのものだよ」
「しかし驚いたものだな。人間でないものとテニスができるなんて」
「実はスコップを使うのが上手いということで、テニスマシーンには園丁のマイケルに石炭をくべてもらっているのだが、彼の息子で助手を務めている14歳のリチャードがテニスに興味を示してね」
「労働者にテニスをさせるつもりなのかい」
「ローンテニスだから園丁の息子をテニス選手にしてやるといいんじゃないかと思うんだ。あの機械さえあれば親子で延々と練習ができるわけだし。そうすれば僕は世界初のプロテニス選手のパトロンになれるかもしれないんだよ」
「そんなにうまく行くものかね」
「将来のことなんて誰も分からないさ。テニスマシーンが世界中に普及したり、テニスを職業とする青年が何千人もいる世の中が来るかも知れないかってことさ」

