それでもボレーと言ってない
困ったことに先の国会で「日本語使用促進法」なるものが可決され、特別に許可を得た場合を除き英語などの横文字の使用ができなくなってしまった。全く国語フェチのやることはわけが分からない。テニスをプレイする、もとい、庭球を楽しむためにはどうすれば良いのだ。
中国語から借りてくれば良いとも言えるが、テニスは中国語では網球(簡体字表記では网球)である。これではネットボールになってしまう。審判だって中国語では裁判だ。ゲーム・セット・マッチを局・盤・比賽というのは便利そうだが、網球拍とか書かれてラケットのことだと分かる人はいまい。網球大満貫と言えば最早グランドスラムのことではなくて麻雀用語に見えてしまう。まるで戦時中のようであるが、ここはやはり日本語式の漢字用法でしのぐしかあるまい。
この庭球の試合もいよいよ山場である。最初に相手に一節取られたがその後こちらも一節取り、この系を取れば第三節を取って試合に勝つ。いよいよ試合決定点を賭けて反均衡側試合面からの始打だ。第一始打は切断始打とし、中央線近辺の接地球となったが、滑りが足らなかったのか相手は簡単に返打を戻してきた。
底線近辺に滞留していた俺はしばらく相打を続けていたが、こちらは相手方逆手側に角度球を打ち込む機会を得て始打線近辺まで進出し、直打を狙った。
ところが相手は回転曲高球を返してきた。すかさず俺は三歩下がって超頭打の体勢に入り、がら空きの相手方均衡試合面の側線際に超頭打を決め、勝利を手にしたのだった。
ところがこの度日本語使用促進法が改正され、中国を起源とする漢語も使用禁止になってしまった。漢字伝来以前には日本語には文字がなかったのだから、表記上は漢字・平仮名・片仮名の使用は可能ではあるものの、単語としてはやまとことば、つまり訓読みを使わなければいけなくなってしまったのだ。
この庭相鞠打ちの手合わせも面白きところへ差し掛かり、はじめの中ほどなる手合わせは彼の勝ちとなりしが次なる中ほどなる手合わせは我がものにて、この小さき手合わせを我がものとすれば、三つめの中ほどの手合わせを勝つことになりて、この大きなる手合わせは我が勝ちなる。手合わせの決まりなるしるしを得んべしと衡り合いおもてより切り込み手にてはしと始めなる打ち込みすれば、彼の手合わせおもての真ん中なる筋に近き地弾み球となりけり。此は思うほどに滑ることなかりければ彼はやすやすと返しぬ。
端なる筋あたりに留まりし我はしばし相打ちを続けしが、彼の逆さま手方に狭き角付き球を打ち込まんとすきっかけを得、続けて始めなる打ち込み筋あたりまで歩みを進めりて、じか打ちを試みんとす。
さりとて彼は高き弓なり回り球を返しにけり。得たりと我は三つ歩みを退けて頭の上にて打ち込まんと身構えを作りて、空なる彼の裏衡り合いおもての辺の筋に頭越し打ちを決めにけり。これにて我は大きなる手合わせに勝てり。
庭相鞠打ちの可笑しみを述べるのも骨折りなりけり。
注:大元のアイデアは清水義範著「言葉の戦争」(「ことばの国」収載)から拝借しています。

