SFに関するひと言
今回は最近読んだ中で面白い評論がありましたのでそれをご紹介することにします。
「思考する物語 SFの原理・歴史・主題」森下和仁著 東京創元社
2000年1月に刊行された同書の、表紙に巻いてある帯には、
「SFとは何か。SF特有の感動とされる「センス・オブ・ワンダー」とは何か。そして、物語とは。想像力とは。」 という歌い文句があり、「はじめに」には次のような文があります。
「さて、SFは間違いなく近代西欧文明の産物である。科学という思考方法がなければSFは成立しなかった。しかし同時に、神話時代からの古い物語の内容を受け継いでもいる。両者の関係をどのように捉えればいいのか。また、SFの持つ奔放な物語性の魅力はどこからきているのか。」
この問題意識は素直に共感できました。SFを空想科学小説と定義するとき、科学的センスに裏付けられた物語がなければなりません。しかし、極めて近似的な位置にあるいわゆるファンタジーとの違いは何か。ブラッドベリ−の世界や、最近特に話題になることの多いロード・オブ・ザ・リングやハリ・ポタなどのいわゆる異世界を扱うものは、私はSFとは思わない。虚構性と物語性だけでは足りないのです。そのプラスαを筆者は「センス・オブ・ワンダー」だというのです。
ハードSFといわれる分野には、クラークやアジモフ、ハインラインがおり、「地球幼年期の終わり」等の傑作がたくさんあります。日本では小松左京の「果てしなき流れの果てに」などはその代表格でしょうか。一方、SFの黎明期に書かれたスミスなスペースオペラなどは「レンズマンシリーズ」などの傑作があります。こうした流れを汲んでいるのが最近の「スター・トレックシリーズ」や「スター・ウオーズ」などでしょう。
こうした作品は、確かに無条件に面白いところがありますが、ちょっとちがった視点で大変面白いのは、掲示板にも書きましたが、50年代のアメリカの教師兼作家のゼナ・ヘンダーソン等の傍流です。彼女は作品のプロットについて面白いことを言っています。「私が書くSFとは、普通の日常の中におかれた異常な状況か、もしくは異常な状況におかれた普通の人」を描いているというのです。だからといって、彼女の作品は明らかにファンタジーとは一線を画すものがあります。ヘンダーソンの有名な作品には、異星の人たちが彼らの故郷の崩壊とともに難を逃れて地球にやってきますが、大変特殊な能力があるため移住した初期に悲惨な殺戮を経験します。それを族として記憶し、学んだ彼らはそれを徹底的に隠して生きていこうとする。その彼らが自分たちのアイディンティティが崩壊する前に、再度集結し種の共同記憶として個人の記憶を集めるのです。そして、それらがそのまま物語となっています。
ここにはある種の神話があります。この特殊な能力を魔法と言い換えて壮大な世界を構築していったのがファンタジーの作品群ですが、確かにこれも面白い。しかし、こうしたものとは明確に異なるもの、それが「センス・オブ・ワンダー」であるというのが著者の見解なのだと思いますし、このセンスオブワンダーのとりこになってしまったのが、わたしなのだと思っています。
いろんなことを感じながら読ませてくれる、大変興味深い一冊ではありました。
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