天皇制側の「女帝」論議は本格的に始まった
桜井大子
昨年四月二九日(ヒロヒト誕生日・みどりの日)、世論調査会(共同通信社加盟社)による同月一八・一九日付け「皇室世論調査」の結果が報道された。目玉は見出しにも踊っている「『女性の天皇』五〇%が容認」という結果だ(『朝日新聞』)。九二年にも同調査は行われており、その結果は皇位継承権について「男子に限る」が四六・八%、「女子が天皇になってもよい」が三二・五%。昨年は「男子に限る」が三〇・六%、「女子が天皇になってもよい」が四九・七%と、「女帝」容認で完全に逆転した。私たちはこの結果そのものはもちろん無視できないと考えている。が、世論は作られるということも知っている。状況判断のための材料すなわち情報なくしては世論は作り出せないという当たり前の法則や、調査方法によって異なる結果を引き出せることも。そして、このカラクリをフル活用できるのが、経済力をはじめ多大なる力を持つマスコミであることも。世論調査の結果もさることながら、世論づくりに精を出す政府・宮内庁とマスコミの連携プレーに、私たちはより注目しなければならないのだ。
九五年、宮内庁は内部検討用に作成した皇位継承資格順位に関する資料を作成した。翌九六年一月、『This is 読売』は「男子一系は絶対か」(加藤孔昭)や、他国の王位継承を紹介する記事など、「女性天皇の時代」と題する特集を組んでいる。ヒロノミヤ・マサコに子ども(男子)が産まれないという事態が続くこと二年半という時期であった。『This is 読売』はその約一年前(九四年一二月)にも「憲法を考えるときが来た」という特集を組み、「読売改正試案」なるものを出している。しかし、そこでは憲法第二条にあげられている皇位の継承についてはまったくふれていない。ヒロノミヤ・マサコ結婚の翌年(一年半後)のことである。
ヒロノミヤ夫婦は相変わらず子どもを産まない。秋篠宮夫婦には産まれるが二人とも女子。この皇位継承者不在という天皇制にとっての危機は、時間がたつにつれ逼迫してくる。マスコミの報道は人工受精論まで飛び出すほどのエスカレートぶりだ。また直接「女帝」をうたっているわけではないが、皇位継承の問題を含め「皇室典範とセットで改正を」という憲法9条改憲論(岩井克人『朝日新聞』九六年八月九日)など、さまざまな論がここ数年起こってきている。ことの重大さに対応しきれない宮内庁は、九七年から九八年にかけてマサコの妊娠話についての報道を控えさせたようにみえた。少なくとも、「女帝」ものは一切姿を消した。そして昨年、例の世論調査から半年後の一〇月、一冊の本が出た。高橋紘・所功共著『皇位継承』(文春新書)だ。帯には「このままゆけばやがて皇位継承者がいなくなる日が来る?」とある。章だてを簡単に紹介しよう。序「皇位継承の危機」、一「『万世一系』はいかに保たれたか」、二「『女帝』出現の意味」、三「『皇室典範』の成り立ち」、四「お側女官の役割」、五「昭和天皇の苦悩」、六「新『皇室典範』のディレンマ」。
ついに出たか、である。第一・二章では、歴史と呼ぶにはほど遠い『日本書紀』『古事記』を参考にした古代から幕末までの皇位継承の紆余曲折について。第三章では皇位継承問題を中心にすえた戦前・戦後の「皇室典範」の成立過程や内容。第四章、戦後廃止された「側室」制度がいかに皇位継承を助けてきたか。第五章、「側室」廃止をはじめとする皇室の「近代化」をはかった昭和天皇の「苦悩」。第六章、「皇位は皇統に属する男系の嫡出男子がこれを継承することとし、女系及び庶出はこれを認めない」「皇族は養子をなすことができない」という最初の改正法案のための要綱を基本的に取り入れた戦後の「皇室典範」。一貫しているのは、いかに「万世一系」を保つために歴代苦労してきたか、いかに現「皇室典範」が天皇制を危機においこんでいるか、である。そして「女帝」の歴史的な役割とこれからの可能性を随所に忍び込ませている。「女帝」推進派は本腰を入れてかかってきたのだ。「女帝」推進派だけではない。本書刊行の意味は、皇位継承問題からどうしても逃げることができない宮内庁の、「女帝」という選択肢も含めた「前向き」な検討が始まったということでもあるのだ。
私たちは、『This is 読売』が「女性天皇の時代」を特集した九六年、積極的に反天「女帝」論議をニュース紙面上や討論会上で繰り返し行なった。反天連メンバーはもちろん、多くの人にさまざまな視点から論議に参加してもらった。「女帝」容認によって天皇制が維持されること、「女帝」が出たところで女性差別がなくなるわけではない、それどころか差別の構造をますます見えづらいものにしてしまうだろうこと、女というジェンダーに込められた意味が新しい天皇制を模索する側にどのような力を与えるか等々、出尽くしたか、と思えるほどの論点がすでに出ている。現在における私たちの主張は、基本的に二年前と変わるところはない。そのおさらいから始める必要もあるだろう。そして、ミチコのビデオ講演という突出したビヘイビアなど新しい状況を睨みつつ、新たな視点を加えつつ論議を再開しなければならない。
状況は九六年に比してどのように違っているのか。決定的なことはさらに三年が経っているということだ。政府・宮内庁は本当になんらかの手を打たねばならないと考えているに違いない。私は、男子が産まれる産まれないに関係なく、憲法第一四条(法の下の平等)に内包される男女平等を掲げ、フェミニズムに敬意を表し、皇室の「民主化」をうたいあげて、誰もが納得できる形で「女帝」容認に踏み切るに違いないと考えている。また、このかん家族や結婚の問題が静かにそして着々と語られてきたことにも注意をとめておきたい。たとえば、『朝日新聞』は結婚、父子・母子関係、不妊問題等々、家族を中心に特集を続けている。メッセージは「家族の崩壊」への警鐘というよりも、現実にある人間関係や家族とどのように向き合っていくのか、である。モデル探しよりも、マスのレベルで家族概念や人間関係の新たな再構築の模索が具体的に始まったといえるのかもしれない。これらは天皇制の再定義にどのような影響を及ぼすのか。私たちには、大きくは軍事問題をも含め、これらの現実的な問題とすりあわせながら、そしてイギリス王室が打ち出した「改正案」等も視野に入れ、反天皇制のための具体的な「女帝」論議をつくり出す必要が早急にせまられているのだ。
(『反天皇制運動じゃ〜なる』No.18、1999.1.12号)