こんな山を歩いてます〔1〕


 太郎山                               2004年5月29日

 生憎の天気予報に、のんびり湯元から戦場ケ原を歩いて高山でシャクナゲでも見るつもりで出かけたところ、予報が良い方に外れたらしい、いろは坂を上るにつれどんどん青空が広がってきた。雲がかかることの多い白根山もすっきりと見えている。こうなったらやっぱり高いところに登りたい。あわただしくコースタイムを積算するとなんとかいけそう。バスが光徳経由だったこともあって、急遽、前から登りたいと思っていた太郎山に登ることに予定を変更。単独の時は絶対に行き先を変えないという自分なりの掟をとうとう破ってしまう。
 なかなかのロングコースだからいつものようにゆっくりお花を観察していては帰りのバスに間に合わない。頂上に着くまではお花はダメよと自分に言い聞かせ、もっともいい具合に高山植物にはまだ季節が早くてあまり誘惑されることもなく、ひたすらせっせと歩く。原生林の急登が続き、山王帽子山の三角点で西側の眺めが開けて、残雪の会津駒と燧ヶ岳の一部展望。 一度大きく下って登り返し。この頃から、山王林道に車を置いて山頂ピストンをしてきたと思われる登山者数組にすれちがう。「おひとりですか?」「え〜っ、これからですか?」「熊に遭わないようにね。」遅い出発の上にまだまだ遠い山頂、やっぱり無理があったかな〜と焦り始めていたところだったというのに、こんな励ましの言葉を頂いてしまって更に不安が増してゆく。急に重くなった足取り。そんなときふと目に飛び込んできた鮮やかな紅色。あっ、シャクナゲ。落ち着いて見回すと奥の斜面にもたくさん咲いている。お花の力は素晴らしい、おかげで元気を取り戻し順調に歩を進めて西峰の小太郎山に到着。目を見張る360度の展望。間近の日光連山の特異な盛り上がりと中禅寺湖、戦場ケ原、白根山は大迫力だ。そして残雪の上越の山々。いつかは登りたい皇海山。
 太郎山主峰へは高度感たっぷりの切れ落ちた岩場を乗り越えていく。もうすぐ山頂という所で、今年初めてのイワカガミが迎えてくれた。「また会えたね」とご挨拶。そして山頂着14時13分。こんな時間ではもう誰もいない。ウグイスのBGM付きでしばらく眺めを堪能しオートで記念写真を撮り、名残惜しく山頂をあとにする。新薙コースは岩と根っこの急坂が続く。久しぶりにダブルストックが大活躍の1時間半だった。途中、シャクナゲがまさに満開。色の濃いのから薄いのまで様々、花の塊を光沢のある葉が引き締めている。華麗で美しい花。期待していなかっただけにこれはかなりうれしい。頑張ったご褒美かな。
 無事に山道が終わるとあとは三本松まで2時間近く裏男体林道を歩かなければならない。とぼとぼと半分くらい歩いただろうか、私を追い越していった車がしばらくしてバックしてきて目の前で止まった。一体何事か?と思うとドアが開き、「猿が出ているので危ないから乗っていきませんか」と声をかけてくださる。林道でうろつく猿の集団を見かけて、ひとり歩きの見ず知らずの私を気遣ってわざわざ戻ってきてくださったのだった。ありがたくお言葉に甘えさせていただく。10分後には三本松に到着。感謝の気持ちで山行をしめくくった。バス停付近では戦場ケ原に初夏を告げるズミの花が咲きはじめていた。


 榛名・相馬山                            2004年4月3日

 関東にいながら榛名湖は初めて。半分観光気分で高崎発のバスに乗り込むとシーズンオフのせいか乗客は私たち二人だけ。車窓はサクラが満開で思わぬ花見となる。標高が上がるにつれサクラも蕾みに逆もどり。閑散とした榛名湖畔、青い湖面を外輪山がとり囲んでいる。思ったより急峻な山が多い。秀麗な榛名富士の右には今日の目的の相馬山が特異な姿で聳えている。
 バス道を少し戻って天神峠へひと登りで稜線にあがり氷室山、天目山を越えていく。前半は階段が多く息がきれる。樹木がとぎれると榛名湖が見下ろせる。縦走路の両脇にはツツジが多い。再訪は豪華絢爛なコースになる花の季節にしよう。切り開かれた広い尾根は気持ちがよく小鳥の姿も何度か間近に目にした。相馬山は近づくにつれどんどん険しさを増していき、立ちはだかるといった形相だ。巨大な磨墨岩の基部を巻くあたりから、昨年の妙義山を思い出して身の引き締まる思いがする。
 磨墨峠をすぎると赤い鳥居をくぐりいよいよ相馬山の登りが始まる。とたんに道の両側には信仰の様々な石碑が現れ、妙に人臭い雰囲気に変わってしまった。古くから信仰に根付いた山であったらしい。鎖や鉄バシゴもあったが思ったよりずっと楽な登りで山頂へ。春霞みで期待した展望は得られなかった。芽吹き前のモノトーンの世界、花もひとつも無かったけど、この時期ならではの静かな山歩きを楽しむことができた。
 バスで伊香保温泉まで下る。北側が広く開けて谷川連峰と武尊山方面が白くうっすらと姿を現していた。名物の温泉街の階段で地ビールを賞味して、最後は渋川駅でSL、D51を見学。ホームから赤城山が良く見えた。


 秋山二十六夜山から棚ノ入山                   2004年3月7日

 秋山二十六夜山から棚ノ入山、雛鶴峠と歩きました。
 下尾崎バス停から二十六夜山直下までは雪はほとんどありません。ゆっくり登っても汗ばむ程で、さすが日差しは春を感じます。気の早いお花は咲いてないかと私の眼は早くも地面に釘付け。雑木林の日だまりではシュンランが盛んに葉を伸ばしています。ひとつずつ覗いてみると、蕾みをつけたのが2,3株ありました。アオイスミレの葉もあちこちに顔をだしています。縁が淡い紫色の白い花弁のこのスミレは他のものに先駆けて花を咲かせます。あと2週間もすればたくさんの花が目を楽しませてくれるでしょう。
 月待ちの広場に着くと、なんと二十六夜塔が台座から外れて横倒しになっています。友人とふたり、女の力では動かしようもありません。秋山村役場のHPに問い合わせ欄があったので、直してもらうようメールでお願いしておきました。
 あまりパッとしない山頂では写真を撮っただけですぐ棚ノ入山へ出発。じきに露岩に出て展望が開けました。あれ、どうやら浜沢に下る尾根に入っているようです。地図を見ると、もう少し下れば三日月峠への分岐に出るようですが、どうしても棚ノ入山に尾根が分岐する地点を確かめたくて登り返しました。道標は無いものの尾根が顕著に二手に分かれています。こんな所をノーマークで通り過ぎてしまう自分の力の無さに鬱々・・・。この頃から天候が急変、凍えるような冷たい強風が吹き始め、空も雪雲に覆われたかと思うとサーッと青空が広がる不安定な状況に様変わり。そんな天候の下で二十六夜山から棚ノ入山へは思った以上に長く感じました。雪が5〜10cmと少ないため急斜面の登りでは枯葉が滑ってなかなかはかどらないし、この先のあまりポピュラーとはいえない行程を思うと少し焦りました。やっとのことで棚ノ入山に着くと、うっそうとして展望なしの予想が見事に大外れ、防火帯が広く伐られて道志の主稜線が目の前にドカンと現れました。途中で「朝日山まで行こうか」などと色気を出していたのですが、とんでもない。見上げるごとくにそびえる姿にもう登る元気も無く、また今度。
 サンショ平から西へ続く雛鶴峠への道はここ数日人の入った気配がないようでした。見事な赤松林に感心しながら思いの外はっきりとした道をゆるやかに下って行きます。気に掛けていた尾根の分岐には赤い杭が立てられていて難なくクリア。ここは自然と左手へルートが続いているように見えるのですが、右に入るのが正解。でもそちらはいきなりの急降下になっているので杭が無いと見落としてしまったかもしれません。その後も2ケ所仕事道に惑わされ、その都度コンパスで確認しながら歩きました。雛鶴峠の少し手前で西に大きく展望が開けました。三ツ峠が正面に、南西には道志二十六夜山、そして今倉山の右手には富士山が右のスカイラインだけ姿を見せていました。
 バスは17時台までありません。どこか入って休める所はないかと探しても店の一軒もなし。この風では寒くてじっと待っていられないので、雛鶴神社で雛鶴の由来を勉強したり、ツクシやフキノトウを見つけたりしながら車道を延々と歩きました。こんなことなら、穴路峠越えをするんだった。
 とても寒い一日でしたが、山の春がすぐそこまで来ていることを感じとることができて気持ちのほんわか暖かくなる山行でした。


 毛無山                               2003年12月7日

 年初に今年こそと誓った天子山塊の毛無山へ行って来ました。一年に数日あるかないかのすご〜い快晴の朝を迎えて、新横浜を過ぎて早々、車窓に朝日に輝く富士山が出現。幸先が良いですねぇ。新富士駅で友人夫婦の車に拾われて登山口の麓へ向かうと、右手の富士山がどんどんと大きくなっていきます。心浮き立つ気分っていうのはこれこれ!
 登りはじめて30分ほどで不動滝の展望台。落差はかなりのもの、水量もこの時季にしては多いそうでなかなかの滝です。ちょっと遠いのが残念かな。それにしても急登に次ぐ急登。屏風のようにそそり立つ山の山腹を一気に突き上げる尾根は登るほどに更に更に急になっていきました。でも振り向けは樹間越しながらそこにはいつも富士山の姿があって辛さも吹っ飛びます。八合目と九合目の間の展望台に立つと迫力満点、裾野まで遮るもののない雄大な富士山のお出まし。雪は六合目位からでしょうか、一点の曇りもない青空に真白に光り輝いてました。岩が張り出していて駿河湾から安部奥の山々もよく見えます。
 稜線にでてしばらく行くと西側の岩の上はアルプス展望台。今度は南アルプスです。甲斐駒〜聖、手前には笊・布引と予想以上に大きく展望できました。頂上は展望のための伐採は殆ど行っていないようで、もっと開放的な山頂かと思っていたので意外でした。もちろん富士山は見えるのですが、山名標柱の前に立つと木立が少し邪魔するんですよね。
 下りは地蔵峠まで稜線を歩いて、沢沿いに滝を眺めながら麓の登山口に戻りました。展望の開けるところでは飽きもせず何度も富士山を眺めては「素晴らしい」「見事」と繰り返し繰り返し・・・。富士山を200%堪能した一日でした。


 焼岳                                2003年10月4日

 メーリングリストのお仲間の「焼岳行ってきました」を出かける直前に拝見、ナナカマドの紅葉に期待しての出発となりました。
旧道〜山頂〜上高地のルートで歩きました。インターネットを検索すると、旧道は歩く人が減って道が荒れているとか分かりにくいとか、実際に迷った人の報告もあったりで不安材料がいっぱいだったのですが、ヤブも無く見回せばテープ(白が多い)もしっかり付いていて、難なく歩けました。ブナの森も立派ですし、人が少なくて静かです・・・と言いたいところですが、この日はなんと80人の団体さんが登っていて賑やかでした。ただ、地図上の第一ベンチも第二ベンチもベンチらしいものはありません。第二ベンチは標識すら確認できませんでしたが、急坂が終わって平らになったところのようです。ここで穂高の眺めがぐぐっと開けます。新道では合流点まで展望が無いそうですから、この日、雲に覆われる前の穂高連峰の全貌を見たのは旧道を上がった人だけのはず。
 頂上は寒かった。風はあまりありませんでしたが、じっとしてるとシンシンと冷えてきて10時半ころにはパラパラと小雪が(風花かも)舞いました。展望は最高です。私の(と、つい言いたくなる)笠ヶ岳は目の前、夏に登った白山も見えました。それから水晶岳、鷲羽岳、野口五郎岳の裏銀の山々、双六岳から西鎌尾根まではくっきり。槍穂だけは9時半ですでに頭は雲の中だったのが残念。
 未確認情報ですが、転落事故もあったようでヘリがブンブン飛んでました。山頂でも、おむすびころりんならぬ、デジカメころりんをしてしまった人がいて大騒ぎでした。(取りにいけるような場所ではなかったみたいです)
 紅葉は少し早い感じでしたが、焼岳小屋へ下りていくとき見渡す斜面がところどころ赤や黄が混じって、また笹の明るい緑が光に輝いてとてもきれいでした。林床ではゴゼンタチバナ、マイヅルソウ、ホウチャクソウなどが赤や青の実をつけていて、花は殆どありませんが色彩豊かな良い季節に来れたな〜というのが感想です。

* 当日午前9時ごろ、上高地から焼岳小屋に向かう鉄はしご近くで、埼玉県の59歳の女性が登山道を外れて焼岳を眺めようとしてバランスを崩し、ガレ場を約500メートル転落して死亡したとのことでした。山頂から見るとヘリがやけに低いところを旋回しているなと思っていましたが。事故の現場を何も知らずに下ってきてしまいました。ハシゴの地点を除けば普通の登山道です。ほんの油断の一歩が取り返しのつかない事態を招いてしまったようでした。



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