心に残る山旅 |
久恋の山 |
北アルプス 笠ヶ岳(2897m) 2002年9月13〜15日 諸般の事情でこの夏はもう北アは無理かと諦めていましたが、なんとか出発にこぎつけました。今回は父と二人の山行です。笠ヶ岳は若い時から憧れの山。過去に、一度は悪天で、もう一度は友人の不調で双六池から笠ヶ岳へと向かう分岐を諦めて鏡平へと下った経緯があります。父も北アの殆どの山頂を踏みながらも縦走路から外れるこの笠ヶ岳だけは未踏、北アのあちこちから端正な笠ヶ岳の姿を眺めては、いつか必ずと想いを募らせていたのでした。 父娘そろって永年の夢を果たすべく待ちわびた出発でしたが、こちらの計画に併せるかのように秋雨前線が活発化し三日間あまり思わしくない天候となってしまいました。 しかし私にとっては21年ぶりの北アルプス。谷に残る万年雪や、ガスが流れてうっすらと山の影が現れるさま、ハイマツの稜線、身近でさえずるイワヒバリなどを見るにつけ、やっと森林限界を超える山域に帰ってこれたという喜びを感じずにはいられませんでした。 笠ヶ岳は残念なことに真っ白いガスの中。この山頂で私はアルプスの再スタートを切り、父はもう体力の限界を感じているのかアルプスのゴールと覚悟したようでした。それぞれの想いは違っても、久恋の山の遙かに憧れ続けた山頂を踏む瞬間は、万感胸に迫るものがありました。 <行程> 13日 新穂高温泉−わさび平−小池新道−鏡平(曇→晴れ→曇→雨) 14日 鏡平−弓折岳−抜戸岳−笠ヶ岳山荘(雨→曇→雨) 15日 笠ヶ岳−杓子平−笠新道−新穂高温泉(雨→曇→晴れ) |
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妙心上人のお導き |
道志山塊 御正体山(1682m) 2002年4月29日 結婚してしばらく岐阜市に住んでいました。大垣市の北、山間の根尾村には樹齢1500年を越える古木「淡墨桜」があり、春には大きく広げた枝いっぱいに上品な白い花をつけることで有名です。私も新婚の春に大きなお腹を抱えてお花見に出かけました。 このサクラ見物のついでに立ち寄ったのが谷汲村の横蔵寺でした。その寺にはミイラが安置されており、一般にも公開されています。信仰心の無い私にはただ珍しく、すごいものを見たといった印象しかありませんでした。 そして月日は流れ子育ても一段落して私は登山を再開、日帰りで登れる山に手当たり次第に通っていました。御正体山もそろそろと思いながらも、樹林の山頂は展望も無く図体が大きいだけでつまらなそうな山、そんな印象で登高意欲がわかずに先送りにしていました。 そんな折、メーリングリストのお仲間で山梨県のあの辺りに特に詳しいNさんが「御正体山で即身成仏を遂げた妙心上人の即身仏が故郷の岐阜の寺に安置されている」といった内容の投稿をされたのです。まさにあの時のあのミイラです。まさか御正体山と深い繋がりがあったとは・・・。 何か不思議な縁を感じました。あの時妙心上人を拝見したことが、18年の時を経て今、私を御正体山へと導いているとしか思えません。折しもサクラの花のほころび始めるこの季節に。私の心の中で、御正体山がとてつもなく大きい存在になった出来事でした。 三輪神社から登り鹿留分岐に到着。富士山が雲の上から迎えてくれた。ここで少しコースを外れ、妙心上人がお籠もりをした上人堂の跡を通る鹿留コースの方へと歩いてみる。 何本もの立派なブナが大きく枝を広げて静かに佇んでいる。190年ほど前、この少し先で一水も取らず座禅し断食してミイラになるという鬼気迫る修行が行われたわけだが、もちろんそんな雰囲気はみじんも感じられるわけもなく、今はただ春の息吹にあふれかえった明るい尾根道が続いているだけだった。 そして山頂は‘なんの変哲もない’と一言で片づけられてしまいそうな、ただの丸い広場。でも展望に目を奪われない分、何故かゆったりとくつろげる静かな空間だ。後から来た男性登山者が、着くなり「あ〜、いい山頂だ」とつぶやいたのが印象的だった。 山中湖畔の平野まで歩く。せっかくこんな近くまできたというのに富士山は昼すぎから雲に隠れてしまっている。ところが劇的な最後が待っていた。タクシーで山中湖岸道路を走っていくと、突如思いがけない高さに富士山が現れたのだった。少し黒い筋を見せて、冬よりも精悍な男前の富士山、感激だった。さすが晴れ女の面目躍如とそのときは思ったが、やっぱりあれは妙心上人のお取り計らいだったのかもしれない。 |
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山行中に大げんか |
北アルプス 鷲羽岳(2924m) 学生時代 学生生活最後の夏休み、登り残していた鷲羽岳が気になっていた。三俣山荘あたりから見上げると鷲が大きく羽を広げた如きの勇壮なその姿。前年の夏合宿では雨にたたられ、無念にも素通りに終わっていた。長く山に入れるのも、もう今年限りかもしれない。表銀座から裏銀座コースを続けて歩く計画を立てた。 二日目の朝、燕山荘のテントサイトからは青空の下にはるか今日の目的地、槍ヶ岳がくっきりと見渡せた。しかし、小型台風が予想外の速さで接近していた。大天井岳を過ぎて 水俣乗越を通過したあたりから雲行きが怪しくなる。槍の殺生にテントを設営し、翌日はさすがに停滞となった。布一枚で隔てられた外は白いガスと暴風雨。ポールを支えながら、テントの内側に触れないように背中を丸めてヒザを抱えて、下界に降りたら何食べよう、ソフトクリームだの氷宇治金時だの、そんなたわいのない会話で盛り上がりながら、女同士三人、3000mでの台風体験をけっこう楽しんだ。 翌日、台風一過の晴天を期待したのにどういうわけか空はどんより、パッとしない。槍の穂先に登頂した後、西鎌尾根を急ぐ。ガスはどんどん濃くなってゆき、双六小屋のベンチで昼食を広げていると突然スコールのような雨が降り出した。小屋の従業員の方から「中へ入りませんか」と親切にも声をかけてもらい大急ぎで撤収、小屋に逃げ込んでコーヒーを頼んでホッと一息、さてこれからどうしようということになった。 「天気も期待できないし予備日も使ったので今日はここまでにして明日新穂高に下りよう」と私は下山を主張した。ところが「とにかく今日は予定通り三俣山荘まで行く」と、親友K。 S先輩は言葉少なだが、やはりもう下りるほうに賛成らしい。悪天の中の縦走なんて合宿のときだけでもうたくさん、まっぴらだ。天気の良いときにまた来ればいいと、私は本気で思っていた。でもKはあくまでも縦走続行を譲らない。最初は穏やかに話し合っていたのが、かなり感情的になり、語気も荒く言い争いのようになってしまった。2対1だったのに、結局最後は 「卒業して田舎に帰ったら簡単に山へは行けない」というKの一言に折れた。かなりやり合ったので、ずいぶん気まずい想いのまま予定通り歩を進めることになった。挙げ句の果てに、なんとKは双六岳のピークを通って稜線通しで行きたいと主張する。こんなに天気が悪いのに、ああもう勝手にしなよ。私はブツブツ文句を言いながら、先輩と二人最短コースで三俣のサイト地へ向かった。あの夜のテントの中の様子、なぜか憶えていない。でもきっと会話なんて無かったんだろう。 一夜明ければ、まさかの晴天。Kのどうだといわんばかりの得意げな顔。晴れればこっちも文句はない。鷲羽岳への一気の登りを気持ちよくこなした。 Kへ。いつの間に私たち仲直りしたんだろう。野口五郎岳でのスナップは 三人ともニコニコ顔だよ。「卒業したら簡単に山へは行けない」とか言っちゃって、社会人一年生の夏には二人で穂高を縦走したね。ともあれ、あの時のあなたの強さに、今となっては感謝です。 鷲羽岳からの360度の大パノラマは今でもはっきり瞼に焼き付いていますよ。 |
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よくぞ無事で |
西上州 二子山(1165.6m) 2001年11月25日 西上州初見参、二子山に登ってきました。月一回参加している山のグループは、半数以上が中年になって山を始めたという人達です。この時期に、こんなところへ、このメンバーで行くか?大丈夫? 無事に戻りましたが、それはそれはスリリングな一日となりました。 西武秩父駅よりタクシー2台に分乗して、坂本の民宿「登人」の裏まで入る。紅葉の美しい沢沿いを50分ほどで股峠に到着。ザックをデポしてまずは東岳へ向かうことにする。 行けるところまで行ってみようという提案。まずは滑りやすい急坂、そして木を掴みながらの登りになる。一組の夫婦が登頂を諦めて戻って来た。左へ回り込んで行くと岩場出現。ここで、メンバーの女性1名「私、荷物番してま〜す」と勇気ある撤退。しかし登る分にはそうは難しくない。下を見れば多少高度感あり。危ないのはこの部分だけで、その後は小さなアップダウンで東岳山頂へ到着。 すばらしい展望! 武甲山、雲取山、両神山、御座山、荒船山、赤久縄山、西・東御荷鉾山、城峰山・・・。西上州は初めてなので、正直なところあとはよくわからない。遠くに八ヶ岳が頭だけちょこんちょこんと見える。男体山と日光白根山は確定かな。 ここに登ってこそ見ることのできる、西岳の入道のごとくそそり立つ姿が印象的。 さて、往きははヨイヨイ帰りはというと、やはりあの岩場で難儀するもの数名。ゆっくり、ゆっくり。下を見ちゃダメ、びびるから。なんとか無事に股峠に戻り、これから先は一般ルートだからもう大丈夫よね、と口々に言いつつ余裕で西岳山頂へ。 ところがこれでは終わらなかった。山頂からはヤセ尾根の急降下、そして縦走路は緊張を強いられる岩稜が続き、鎖場を下るとやっと樹林の道になった。 この日のみんなの気持ちを要約すると以下の通り。 ワクワク→ビクビク→ドキドキ→ガクガク→ソロソロ→ハラハラ→ホッ→ヤッター、以上くり返し数回 →無事で良かった!ああぁ〜すっごく面白かった! 小春日和に助けられた一日でした。はまるよ、西上州。 |
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新種のお花? |
本社ケ丸(1631m)鶴ケ鳥屋山(1374m) 2002年6月9日 梅雨入り前にもう一回、もう一回とついに日曜日4週連続の山歩きとなりました。今回は念願の本社ケ丸から鶴ケ鳥屋山です。快晴の空の下、大展望にハプニングありと、今年前半最後を飾るとびっきりの山行になりました。 大月駅からタクシーに乗り笹子の変電所の先、橋を渡ったところまで、5690円。真夏を思わせるジリジリと焼け付く太陽、真っ青な空。気温も高いが、少し強い風がさわやかで救いになる。山道に入り、歩きやすい道を徐々に高度を上げていくと、先々週の笹子雁ケ腹摺山からお坊山の稜線がだんだんと低くなっていって、丸太のベンチに着くとウワッと展望が開け、大菩薩や奥秩父がもう並んでいる。登るにつれ今度は八ヶ岳、甲斐駒〜白峰三山と徐々に見える範囲が拡がる。正面はるかに北アルプス!あの大きなたわみは槍穂の大キレットだろうか。北アが見えて私の躁状態はさらに激しさを増していく。 そんなとき、誰かが「この花はなに?」と言ったらしい。私は八ケ岳の峰々を順に目で追っていて、ちょうど赤岳から目を移したところで「阿弥陀あたり・・・」と独り言を呟いた。すると「アミダアタリっていうの、これ」というのが聞こえた。エッと我に返り、お互いの行き違いがわかって一同大笑い。それはヤグルマソウだったのだが、それ以来これを見るたび「アミダアタリ」といってはその時の情景を思い出すことになる。 清八峠できょう初めて出会う人たちは天下茶屋からという。ここで清八山(1593m)へちょっと寄り道。5分の登りで山頂に着いたとたん、ワ〜ッと一同大きい声をあげてしまう。目の前にあまりにも大きい‘偉大なる通俗’富士山のお出まし。真近で見る富士山はほんとうにすごい迫力。その右裾野には、十枚山〜毛無山、御坂の黒岳、釈迦ケ岳が並び、その背後には南ア聖岳から順に甲斐駒ケ岳まで、くっきりすっきりの大展望が広がった。 峠に戻りいよいよ本社ケ丸への登り。途中には数カ所岩場もあり、展望が開ければついつい足を止めて、なかなか先へ進めない。咲き残りのミツバツツジやヤマツツジが山道に彩りを添えている。最後は岩登りの感じで頂上へ。今度は南側に丹沢〜道志山塊方面の眺めが良くなり、御正体山はひときわ大きくて、あの時の感動が蘇ってくる。 本社ケ丸の頂上にいた団体もピストンで戻り、縦走路は再び静けさが戻ってきた。風が通らないところはサウナのごとく暑く汗が吹き出てくる。角研山(1377m)で笹子へのルートの分岐を確認する。道標は無いが、道はあるようだ。 さてこのすぐ後、思いがけなくイワカガミの大群落に遭遇。時期はすでに過ぎ花は終わっていたが、北斜面いっぱいに広がる葉の規模を見てもかなりのもの。来年はこれを見にまた来よう、はてどのコースでなどと考えているうちにヤグラを通過、すぐに笹子への分岐があるはずと思うがなかなか現れず、道はどんどん下り続けている。少しヤブがちな感じ。 なんか変だなぁと思いながらも尚も下ると、前方に三ツ峠が見えた。そんなはずはなくコンパスを取り出すと尾根は真南に落ちている。真東に向かっているはずなのに。何故か左手あらぬ方向、樹林越しに鶴ケ鳥屋山が見えている。「道が違う・・・。」 とにかく確実なところまで戻ろうということになった。間違えて戻る登りのツライこと。いやに長く感じるが10分も下っていないはずだ。ヤグラまで戻るが、途中にあるはずの笹子への分岐が無い。4人の八つの目で見落とすわけはなく、キツネにつままれた様なおかしな感覚。もう少し戻ってみる。はたして斜面の右へと巻き道があり、一分ほどで‘正規のヤグラ’に出た。 反省点。縦走路上のヤグラの直前に派生する宝鉱山への尾根に引っ張られてしまったこと。ヤグラ跡はこちらの尾根にも、というよりこの付近のあちこちに残骸があって、それに惑わされてしまったこと。なにより、イワカガミの群落にすっかり舞い上がってしまって、ボーッと前の人に着いていくだけだった私の注意力不足。 約40分のロスでしたが予定通り鶴ケ鳥屋山へ向かうと、眺めが開けて間違って下った尾根がはっきりと見てとれました。ふ〜んだ! 堰堤まで下ってくると黄色い木イチゴが鈴なり。みんなで大騒ぎして頬ばりました。あ〜、美味しかった。ごちそうさま。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- この本社ケ丸、二子山、そして瑞牆山 、妙義山など、何度も山行を共にしたAさんが急逝されたという悲しい知らせが届きました。彼女と行く山はなぜか快晴でした。元気の塊のような彼女の屈託のない明るい笑顔が浮かびます。天国で百名山の続きを歩いてください。Aさん、どうか安らかに。ご冥福をお祈りします。 (2006.5.29記) |
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