戦艦武蔵 (本)
戦艦武蔵は太平洋戦争時の戦艦大和と同型の2番艦として建造された。この本はその戦艦武蔵の生涯を記録した本で作者は吉村昭氏で新潮文庫からでている。最初出だしは戦争とは全く関係の無い棕櫚の繊維が市場から全く無くなるという所から始まる(棕櫚の繊維は防水性などに優れていた為に漁具などに使われていたもので何故棕櫚繊維が無くなったかは読んでのお楽しみ)。このように全く気付かない内に戦争の足音は聞こえて来るものという暗示から始まり、長崎の三菱造船所で機密に対する厳重な監視の中建造が始まる。そして今まで例を見ない超戦艦建造にまつわる苦労などののちに進水が行なわれ艤装がおこなわれ、そして海軍に引き渡される。その間に戦争は始まり戦艦中心の戦術から空母中心の航空戦に移行しつつあった。しかし建造した技術者達は自分達が心血をそそいで建造した通常の攻撃ではびくともしないこの船は、すでに船を越えて「浮かべられた島」で決して沈むことは無いと信じるようになっていた。そして乗組員も「この艦は絶対に沈まない。この艦が沈んだ時は日本の国は終わりなのだ。国の終わりなら死んでも一向に悔いはない。」と考えるようになっていった。この辺りから戦争という巨大な力に産み出され人間の知恵と努力の結晶である戦艦武蔵が戦いに身を投じる事も無く、実際はすでに無用の長物と化しているにもかかわらず不沈戦艦として有る意味で「神」に祀り上げられていくさまは人間の愚かさや戦争の愚かさを見せ付けられている様だ。そして最後は新戦術の航空機によってなぶり殺しにされ多くの人命と共に沈んでいった戦艦武蔵を筆者のペンは哀愁や同情を交えず克明に書いていく。この本を読んで人間の中にある偉大さや愚かさ、矛盾そしてあまりにあっけない死など考えさせられる事が多いので皆さんにもぜひお奨めしたいと思う。
では舞台であり主役でもある戦艦武蔵とはどういう戦艦だったのか簡単にスペックなどをまじえて書きたい。まずは成り立ちはワシントン、ロンドン両条約で対米6割の海軍力に制限された日本は条約失効後一気に不利をばん回するのに敵主力の40センチ砲搭載の戦艦を越える46センチ砲搭載艦を建造しパワーバランスを逆転しようとした。そして呉海軍工廠で1番艦大和が建造された。その2番艦として武蔵が長崎三菱造船所にて建造され、3番艦信濃は横須賀の海軍工廠にてその後建造(ミッドウェイで空母を失った為空母に改装)された。4番艦も呉にて建造予定だったが戦況窮迫の為途中で解体。航空機の急激な進歩の前に戦艦同士の艦隊決戦という形態が無くなった為に移動するだけで大量の燃料を喰う大型艦は全くの無用の長物になってしまって歴史上最大の戦艦として今も名を残す。
戦艦武蔵は昭和19年10月捷号作戦に参加、ブルネイ湾よりフィリピンへ向かう。同月24日シブヤン海にて米軍機に攻撃され魚雷20発、直撃弾18、至近弾多数で沈没。全乗組員2399名中1023名が艦と運命を共にし戦死。
諸元
全長 263メートル
全幅 38.9メートル
排水量 68200トン(満載時71100トン)
重油搭載量 6300トン
航続距離 (16ノットで)7200浬(13334キロメートル)
最大速度 27ノット
軸馬力 150000馬力
主砲 46センチ砲3連装3基9門
副砲 15.5センチ砲12門(その後改装にて6門に減らし代わりに対空力が強化された)
搭載航空機 6機
乗員 2300名
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