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沿革:岩手LA 発足から 三分の一世紀

岩手LAは1972年2月6日、盛岡市に設立されました。今年は設立35周年目に入りました。。発足時の会長は大森吉博さん、会員19名でした。設立から、おおよそ三分の一世紀が経過しましたが、この間に大きな変革が3回ありました。第1期JLAA(日本疑似餌釣り連盟)東北支部時代(1972〜1985)。第2期、JLAA岩手支部時代(1986〜1990)。第3期、現在の岩手LA(1991〜)と、大きく3期に分けられます。

第1期 ルアーフィッシングの草創期で、ベイトロッドにスピニングリールの組み合わせといった笑うに笑えない話もありました。少ない情報とタックルで暗中模索をしながらルアーフィッシングを始めたわけです。1972年12月3日には宮城LA、仙台LA、福島LA、会津LA、岩手LAの五つのクラブで「日本疑似餌釣連盟(JLAA)東北支部」が設立されました。1973年には第1回東北支部釣り大会が田瀬湖で開催されました。ルアーはガラガケ(引っかけ釣り)ではないかと新聞に取り上げられ、草創期の先輩達は誤解を解くのに大変な苦労を経験したそうです。

第2期 1986年に東北支部から独立し、新たに「JLAA岩手支部」を設立しました。岩手LA(盛岡中心)。SARA(釜石市)。12インチ・クラブ(久慈市)。ドライ・ジョッカーズ(軽米町)の4クラブ、35名で発足しました。1983年に岩手県内6河川8漁業組合でルアー禁止となり、岩手LAは禁止解除の要望書を提出し、さらに岩手県ルアー団体連絡協議会を設立。その後、請願書・署名簿の提出など息の長い運動の甲斐もあり暫時解禁、最後に小本川が2004年に解禁となりました。1989年にはブラックバスのゲリラ放流の北上により岩手県でも問題になりトラウトフィールドの保善の意識を再認識しました。

第3期 1991年、岩手のルアーマンのために北東北を中心にした活動のクラブを目指し、JLAAから脱会し(12インチ・クラブ)(ビギナーズ・ラック)(Hit)の3クラブで「岩手LA」を結成。第1期草創期から岩手LA発展に大きく貢献した故・阿部由一元会長の悲しみを乗り越え、現在は(12インチ・クラブ)を核とした県北地区・(Hit)を核とした県央地区・(ネイティブ)を核とした県南地区の連合体としての体制を確立。20代から60代まで幅広いルアー、フライフィッシング愛好者の倶楽部として、多くのルアーマン、フライマンとの広い交流を目論み、新たなトラウトパラダイスを目指して現在に至っています。

1999年度より組織改革をしました。
 
1. 3クラブの連合組織を改め、個人会員の集合体とする。
2. 久慈・二戸をベースとした県北地区、盛岡をベースとした県央地区、北上をベースとした県南地区の連絡体制を取り、会員の結束を固める。
3. 役員改選により下記の通り新執行部を定める。
2006年度役員
 
会 長      : 六本木久志
副会長      : 本波幸一 
県央地区代表 : 久慈哲成 
県北地区代表 : 中田浩行
県南地区代表 : 阿部哲
事務局      : 斉藤孝樹

 
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