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国内活動国際活動について 

● 国内活動

はじめに

 国連は1975年を国際婦人年と定め、メキシコにおいてエポックメーキングな国際婦人年世界会議を開催した。本年は、その30周年にあたる記念すべき年である。世界女性会議は、その後1980年コペンハーゲン、1985年ナイロビ、そして1995年には、大規模なNGOフォーラムへの参加者を含む約4万7千人の世界の女性が参加した、北京女性会議が開催された。まさに世界女性がエンパワーされる機会となったのである。本来なら今年は北京から10年ということで大きな世界女性会議が開かれてしかるべき年であったが、種々の事情から開催できず、「北京+10」と銘打って毎年開かれる通常の国連婦人の地位委員会を拡大した会合がニューヨークの国連本部において開催されたのである。これは、閣僚クラスの政府代表も含むハイレベル会合であって、80名以上の閣僚クラスの政府代表を始め、NGO関係者も合わせて計6千名が参加した。これについては基調報告 国際活動で詳細が述べられる。
わが国においても、1975年以降、女性たちの活動は画期的に進捗してきたと思う。しかし、30年前、20年前、さらには10年前の女性たちの熱気が、この5年間にも継続していたであろうか。また、日本社会は、女性の真の「平等・開発・平和」をめざして進んでいるであろうか。残念ながら、ジェンダー平等に関しては楽観視できない状況が日々強くなりつつあるように思われる。基調報告において、まず、この30年間の歩みを振り返った上で、私どもが国際婦人年連絡会の目的とする男女平等参画社会の形成に向かって、この5年間どのように歩んできたかを述べたい。

1. 国際婦人年連絡会結成時から現在までの活動を振り返って

 国際婦人年を迎える直前の1974年12月に、国連NGO国内婦人委員会の呼びかけによって、全国組織を持つ30の民間女性団体が集まり、国際婦人年記念集会を東京で開催するための相談会が持たれた。そこで、故市川房枝先生を委員長とする実行委員会が結成され、準備を重ねて、1975年11月22日に、神田共立講堂において、内閣総理大臣三木武雄氏の出席も得て、盛大に国際婦人年日本大会が開催されたのであった。このとき参集した女性団体数は41団体であり、大会後に共同運動の必要性を感じて、最初は参加各団体の幹部による個人組織として、「国際婦人年日本大会の決議を実現するための連絡会」を同年12月に結成し、やがてそれは、全国女性団体による組織となった。その後新しく加盟した団体も加えて53団体になった時期もあったが、現在当初の加盟団体と同数の41団体が加盟している。  
1980年、連絡会は「国連婦人の10年・中間年日本大会」を、「国連婦人の10年・中間年世界会議」の決定を踏まえて、前回と同日の11月22日に日比谷公会堂で、全国から2300人の女性が参加して開催した。さらに、1985年には、同じく11月22日に日比谷公会堂で国連婦人の10年を締めくくる「国連婦人の10年日本大会」(約2000人参加)、90年11月17日「民間女性会議」(憲政記念会館にて約380名参加)、95年11月22日、日比谷公会堂で「NGO日本女性大会」(1900人参加)、2000年11月18日には千代田区公会堂で「女性2000年NGO日本大会」(約900人参加)と5年ごとに大会を開いて、現在に至っている。
2001年には、正式名称を「国際婦人年日本大会の決議を実現するための連絡会」から「国際婦人年連絡会」へと改称した。数が多いことが必ずしも勢いのあることを示すわけではないが、女性大会に参集する人数の推移を見るとき、徐々に参加人数が減少していることに気付く。女性の地位向上を目指して、「平等・開発・平和」のスローガンを高く掲げ女性たちが集い、語り合い、連帯して活動した30年前、20年前、10年前の勢いが、現在、やや弱くなっているように感じられる。確かに、この30年間に主要なものだけをあげても、女子差別撤廃条約の批准「男女雇用機会均等法、」「育児・介護休業法」、「男女共同参画社会基本法」、「配偶者暴力防止法」などをはじめ男女共同参画会議の設置、内閣府男女共同参画局の推進体制、そして男女共同参画基本計画の策定等、つぎつぎに「平等・開発・平和」実現のための法整備は行われた。しかし、現実にそれらの法制が生かされているかというと、まだまだ「道遠し」の感はぬぐえない。
 女性運動の勢いがやや衰えたかのように見える理由としては、次のようなことが考えられる。すなわち、忍従を強いられ、選挙権も与えられず、男女不平等の中で黙々と働いてきた戦前の女性たちの苦労が、「そんなこともあったのか」と軽く受け止められ、実質はともかく、法的には整備されつつある男女平等を当たり前のこととして受け止め、物質的な豊かさを追求し、世界の情勢にも、国の政治の動向にも、「女性は家庭へ」という動きにも、男女平等に対する反対勢力の勃興にも、無関心という人たちが残念ながら増えてきたことによるのではなかろうか。また、この傾向は、特に若い女性の間に多く見られる(たとえば、総選挙における20代女性の投票率の低さ)が、その影響もあるのか、女性団体にも高齢化の波が押し寄せており、国際婦人年連絡会の各加盟各団体とも会員の高齢化は著しいものがあり、中には、後継者が得られないまま会を解散し、連絡会からも自動的に退会となったものもある。                          
 一方、今回の総選挙の結果に見るように、女性議員の数は確かに増えたが、その選ばれ方を見るとき、地道に草の根で、女性の地位向上を目指して努力する人材の登用が欠けていて、決して手放しで喜んではいられないものがある。また、「ジェンダー」という言葉すら「家庭を壊す元凶」と言う極論が堂々と論じられたり、男女共同参画社会基本法の改廃まで口にする人たちが出てきていることの危険性に気付かないままでいる人たちも多いのではなかろうか。各地で見られるいわゆるジェンダーに対するバックラッシュの傾向はじわじわと拡がっており、この5年間は私どもの目指す「平等・開発・平和」を推進するよりも、むしろ後退させないために努力を続けざるを得ない状況であった。
2002年には、民法を改正し「選択的夫婦別姓制度」の導入を願って請願や集会をおこなったが、実現するに至らなかった。また、女性蔑視発言などで物議をかもした石原都知事の意向を反映してか、都財政赤字の財団整理の最初にあげられ、1992年に設立された財団法人東京女性財団の廃止が、2003年に決まった。この財団は東京都が運営基金を出資し、その利子による運営は民間に委ねられていて、ウィメンズプラザの運営や民間の女性問題研究への助成など、先進的な活動を行ってきたが、廃止に至ったのは都行政の後退である。また、2004年には国立女性教育会館を国の青少年関連施設法人と統合させるという方針が打ち出された。国立女性教育会館は、1977年の設立以来、研修・情報・調査・交流の4機能を持ち、女性たちの活動の拠点であり、途上国の女性政策担当者の研修や施策のモデルとしても大きな役割を果たしてきたもので、これを青少年関連施設法人と統合させるということは、合理化の名の下に、男女共同参画施策を後退させることになると主張して、国際婦人年連絡会では要望書を内閣官房長官・男女共同参画担当大臣をはじめ各関係大臣および委員に要望書を提出した。この強い反対表明と、独立行政法人に関する有識者会議の座長と面会をして、反対の理由を訴えるなどしたことに加えて、海外を含め多く反対運動があったことが功を奏したのか、独立行政法人国立女性教育会館は単独の法人として存続できることになったのである。
今回のこのNGO日本女性大会において、私どもは、次の5年に向けて、こうしたバックラッシュの流れをせき止めるだけではなく、ジェンダー平等と平和な社会を目指して、さらに大きな一歩を踏み出す力を得たいと願っている。私どもの「男女平等の主張」すなわち、生物学的性別によるそれぞれの違いはあるが、それによって男と女の役割分担を固定化したり、個人の能力や趣向により自由に活動できる社会作りに反対することがあってはならないという主張を、理解し受け止めてもらう努力がいっそう必要であることを痛感する。国際婦人年連絡会においては、このため、各分野で勉強会や討議を行い、政府に対する要望書、自己の立場を明確にするための声明文を発信し、また、毎年テーマを決めて集会を開いてきた。

2. 国際婦人年連絡会の各委員会の働き

 国際婦人年連絡会には、現在6つの委員会即ち「政策方針参画」「教育・マスメディア」「労働」「家族・福祉」「平和・開発」「環境」で構成され、そのもとに全体会で芳志決定をしている。さらに国際部およびユニフェム(国連婦人開発基金)の働きがある。各委員会の活動の詳細については、プログラム資料を参照されたい。 
2000年11月の大会では、21世紀の幕開けを目前に控え、21世紀こそ私どもの目指す「平等・開発・平和」がよりいっそう前進するようにという熱い期待があった。しかし、世界の誰もが夢にも考えなかった、ハイジャックされた2機の民間ジェット機がニューヨークの世界貿易センタービルに突っ込み、ビルの崩壊と多数の犠牲者を出すという、いわゆる9.11事件が勃発した。21世紀こそ平和な世界をと望んだ世界の多くの人々の夢は無残に破られ、テロ防止を口実に、アフガニスタンやイラクでアメリカは戦争を起こし、非戦闘員である多くの女性、子供、高齢者たちが殺され、住むところを破壊されている。また、民族紛争もあとを絶たない。その結果、目を覆うばかりの貧困、女性に対するレイプ、病気や障害を持つ人々が十分なケアを受けられない等、基本的人権が踏みにじられるような事態が各所で発生している。
 一方、武器の開発・増産、軍備の増強は、とどまることを知らない。開発途上国においても、その国の予算の大きな部分を軍事費が占めている。憲法9条を持つわが国においても、軍事費は、米国、ロシアに次ぐ世界第3位である。しかし、日本が戦後60年間戦争をしないで経済的な成長を遂げることができたのは、憲法9条によるところが大きい。この憲法を変えようとする動きが、非常に大きくなっている現在、国際婦人年連絡会の憲法堅持の精神は、よりいっそう強調してもし過ぎることはない。「剣を取るものは皆、剣で滅びる」という聖書の言葉はまさに真実をついているといえよう。また、この憲法に盛られている基本的人権の尊重は、男女平等の根本であることを忘れてはならない。
 憲法を改定しようという動きは、教育にまで及び、教育基本法の改定という動きも激しい。自国の犯した過ちについて正しく次世代に教えることを自虐的であり愛国心に欠ける教育と考えるような、間違った愛国心教育を行おうとしたり、「君が代・日の丸」の強制に見られる思想および良心の自由の制限や、皇国史観に立った歴史教科書までが導入され、アジア諸国、特に韓国や中国の不信をかっている。
 さらに、現在ますます必要となっている正しい性教育を非難したり、心の問題の重要性を口実に、子どもたちの心に踏み込むような副読本が、小・中学校に配布されたり、次代を担う子どもたちの教育に対して国際婦人年連絡会が発言しなければならない問題も数多い。巻末年表には、どのような要望・請願・声明を出して来たかが掲載されているのでぜひ参照していただきたい。こうした問題に対するマスメディアの姿勢は残念ながら、かつてよりいっそう消極的、後退しているように思われる。女性たちの活動についての報道はほとんどされなくなってしまったばかりか、戦争への道をたどることをむしろ推奨するような主張を掲げるマスメディア機関もかなり見られる。こうした機関からは、「男女平等参画社会」の実現に対しても基本的には反対とする論調が、たくみに展開されていることに危機感を抱かざるを得ない。
 WHOの定義によれば、65歳以上人口が7%以上の社会を高齢化社会、14%以上の社会は高齢社会と称される。2004年10月1日現在の統計によれば、日本の人口に占める65歳以上の人口の割合は19.5%で、わが国は明らかに高齢社会となっている。ちなみにジェンダー平等を重視する人々にとって、高齢者の介護を家庭の責任において行うことを示唆するような方針が次々と打ち出されることは、暗に女性にその責任を負わせようとしていることが窺われて納得しがたいものがある。福祉予算がカットされることは弱者に冷たい競争社会に拍車をかける状況を招くであろうし、高額所得者優遇の現在の税制は、貧富の格差を増大する不健全な社会を招来する原因となるであろう。中高年男性の異常な自殺率の高さ、また女性においても高齢になるにつれて自殺率が上がっていくことは、わが国の大きな社会問題点とされる。国際婦人年連絡会は、高齢者が安心して生活できる社会の実現に向けて、そうした社会が、結局すべての人にとって住みやすい社会であると信じて活動を続けてきた。
 一方、生涯を通じて女性が健康に生きられるように、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの向上も国際婦人年連絡会の重要な主張の一つである。自分の体について自己決定権を持つことは、女性の基本的な権利であるが、この言葉はまだ一般社会に定着していない。わが国の若い女性の間に蔓延しつつあるHIV/AIDSの感染状況に鑑みても、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの概念をもっと理解しやすい言葉に翻案し、社会に広げていくのも国際婦人年連絡会の責任であろう。
女性の労働の問題に目を転じると、多くの職場でいまだにさまざまの男女格差が見られる。賃金格差も埋まらないし、管理職に就く女性の数も少ない。働き方が多様化し女性労働者の権利を守るための活動は、国際婦人年連絡会創立の当初から重要な課題として取り組んでおり、現在、仕事と家庭の両立施策の充実をはじめ男女雇用機会均等法の抜本的な改正が不可欠であるという立場に立って、特に表面的には見えにくい形での間接差別の禁止を強調している。
また、この5年間は、世界各地で大きな自然災害が続発している。その原因のいくつかが、人口増大と人間の欲望による自然破壊が影響しているといわれ、環境問題は、他の分野とも大きくかかわる問題である。環境・開発の10年が本年4月より行動が開始されたが、この期に積極的な活動が期待されている。

3. 今後の活動を進めるに当たって留意すべきこと

 国際婦人年連絡会の活動を概観して、すべての問題を解決する近道は、女性たちが政策決定の場に多数参画することであると考えられる。生活に密着した血の通った政策立案には、「社会的・文化的に形成された性別」すなわちジェンダーの視点を欠くことはできない。現在の日本社会は男性にも住みにくい社会であるので、ジェンダー平等の視点に立って問題を解決しようと考える男性を増やし、協力してよりよい社会を創る努力を進めることが必要である。
そのためには、志を同じくする人たちとの連帯が不可欠である。国際婦人年連絡会に新しい団体を加え、特に若い年齢層への働きかけに努めると同時に、広く一般社会にその存在を知らしめ、活性化を図る。草の根の女性たちとの連帯を国の内外を問わず強化したい。一例を挙げると、首相の靖国参拝の翌日に中華全国婦女連合会の張 静国際部長たちと話し合いを行ったが、女性が正しい国際理解をもつことにより、相互理解を深めていくことができると互いに確認した。
現在、わが国はいろいろな意味で危機に直面している。国際婦人年連絡会は、机上の空論をたたかわすのではなく、本日の資料に述べたような行動目標を実践していかないならば、その存在理由はなくなるであろう。男女の区別なく、誰もが自分の実力で活躍できる社会を作るためには、平和な社会の実現がなければならず、まさに、市川房枝先生の述べられた「平和なくして平等なし、平等なくして平和なし」なのである。ジェンダー平等の推進が基本的なものであるということは、国連事務総長のアナン氏もこの3月の「北京+10」会合の開会演説で述べられたことである。
痛みはともに分かち合い、格差の少ない明るい社会を創ること、それには人間の心の問題をもっと重視していかなければならないと思う。法の整備や、理想的な施設を作っても、それを運営していくのは人間である。これからの日本経済・社会を支える上で大きな問題は急速な少子化である。合計特殊出生率は1.29となった。政府は少子化対策として、仕事と家庭の両立支援や保育所の増設、子どもを持つ女性が働きやすい環境を提供するのは当然であるが、それによって、女性たちが子どもを産み始めると考えるのはいささか短絡的ではないだろうか。女性たちがどのような生き方を求めているか、世界観、人生観、問題意識などすべてが関与して人々の行動が決定されることをもっと考慮すべきであろう。
どのような精神に基づいて、さまざまな政策が打ち出されているかを見抜く鋭さを持つと同時に、私どもの活動は人間の尊厳に敬意を払った、一人一人を大切にする暖かさを伴った社会を創っていきたいと願う。




● 国際活動


 国際婦人年連絡会は、「女性2000年会議: 21世紀に向けた男女平等・開発・平和」と題する第23回特別総会に、前世話人が政府代表団顧問として参加し、さらにオブザーバーとして2名が出席して以来、1998年に国連経済社会理事会より与えられた特別協議資格を十分に活用して、数々の国連関連国際会議並びにその他のNGOの国際会議に、積極的に参加してまいりました。
 中でも、2001年6月にニューヨークで開催されたHIV/エイズに関する第26回国連特別総会、同年8月から9月にかけて南アフリカ・ダーバンで開催された人種主義・人種差別・外国人排斥及び関連する不寛容に反対する世界会議、2002年4月にマドリードで開催された第2回高齢者問題世界会議は、特に印象深い国連会議でした。
 国際婦人年連絡会は、国際会議に単に参加するだけではなく、そこに提出された重要な文書、採択された文書や決議を日本語に翻訳し、様々なNGOに配布し、国際社会の動向の周知を図ってまいりました。
 今年は北京+10の年にあたり、3月の第49回国連婦人の地位委員会で、「北京宣言と行動綱領」及び第23回国連特別総会成果文書の見直しが行われ、政府高官による一般討論は、総会本会議として行われました。この会議には、国際婦人年連絡会世話人の1人を含むNGOから3名が、政府代表団顧問として加わりました。
 今年の北京+10となった第49回国連の婦人地位委員会に、政府高官として出席した西銘順志郎内閣府大臣政務官が行ったステートメントの「男女共同参画社会」が、英語でgender-equal societyと訳されていたことから、国会で、「ジェンダー」や「リプロダクティブ・ヘルス」という用語は国際的にも合意を得ていないという趣旨の発言があり、「女子差別撤廃条約」を日本が留保条件なしで批准したことまで非難いたしました。これを受けまして、また、例の新聞社が出している雑誌で、外務省を国賊集団と呼び、内閣府の男女共同参画局をフェミニズム革命日本支部と呼ぶような論文が発表されました。
 そこで、北京+10の会期中に行われた各国高官、国際団体、NGOによるステートメントを分析してみました。ステートメントは全部で174あり、その内訳は、EU、G77/中国と各国代表が142、国連機関と国際団体によるものが20、NGOによるものが12でした。ステートメントは1人5分との制限時間がありましたので、かえってどんなことが各国及び国際社会の最重要問題であるかがはっきりとわかりました。
 gender-equal societyという言葉は、韓国もそのステートメントの中で使っていました。140カ国と2グループのステートメントをつぶさに調べました結果、gender-equalityについて述べた国は何と86カ国と2グループ、ジェンダーの主流化は22カ国と1グループ、ジェンダーの視点について述べた国は13カ国と1グループありました。その他、ジェンダー予算、ジェンダー統計、ジェンダー監査、ジェンダー格差を国の最重要問題として挙げた国も多数ありました。つまり、「ジェンダー」という用語は、国際社会では完全に定着していることが証明されました。
 「リプロダクティブ・ヘルス」につきましても、カトリック国・イスラム国の意見はあるものの、中絶の権利に対して反対の意を表明したのはアメリカとマルタだけで、ブラジル、ポルトガル、エクアドルのようなカトリック国はこれに賛成しております。
「女子差別撤廃条約」は、批准国が今や180カ国で、当初留保条件をつけていた国々も留保条件をどんどん撤回しております。イスラム国であるモロッコは、特にこの留保条件の撤回についてステートメントで述べました。モロッコの他に、「女子差別撤廃条約」の批准を国の最重要問題として述べた国は、140か国中31カ国ありました。条約の選択議定書の重要性について述べた国も、8カ国ありました。 
 こう見てきますと、一部の国会議員の言動は、国際的動向を全く無視して、誤った方向に国民を導こうとしている意図があり、誠に残念なことです。
 今年8月には、中華全国婦女連合会と中国外務省が主催した国連第4回世界女性会議10周年記念大会に、出席しましたが、開会式で胡錦濤国家主席が、ジェンダー平等が開発の基礎であるという趣旨の大変によい演説をしました。
 9月には、国連広報局・NGOが開催する年次会議が開かれました。この会議のテーマは、「私たちの課題: 平和、パートナーシップ、革新に対する声」で、124カ国から1,160団体、3,500名が登録しました。会議中に、コフィ・アナン事務総長を初めとする各国の要人から、1週間後に控えた2005年世界サミット成果文書案の危機を訴える悲痛な叫びが聞かれました。NGOは、「狭量な利益を捨てて妥協せよ」との行動の呼びかけを採択して、サミットに送りました。
 サミットの成果文書は、3月に国連事務総長より総会に提出された文書「より大きな自由: 万人のための開発・安全保障・人権に向けて」を基にして、第59回総会議長が6月5日に成果文書案を作成して、総会に提出しました。これに対して、NGOの意見を聞くために、6月23日と24日に、各国政府、民間セクター、NGOを含む市民社会団体が参加した国連史上初めての公聴会が、国連広報局・NGOの主催で開かれました。そして、ここで出てきた意見を忠実に取り入れた改訂案が、8月5日に発表されました。
ところがここに、ブッシュ大統領が任命したボルトン米国連大使は、なんと400乃至750カ所もの修正案を提出して、文書の折衝は難航しました。その結果、軍縮と核不拡散に関する文言を全部削除した成果文書が、9月13日の第58回総会の最終会議で承認され、それがそのまま9月16日のサミットの第6回会議(第60回総会の第7回会議)で採択されたのです。
このように、今回のサミットの成果文書は、安全保障の点では失敗に終わりましたが、女性に関する問題では大きな後退はなく、公聴会で出されたNGOの意見が取り入れられた文書が採択されました。(詳しい内容は、添付の資料参照)
小泉首相と町村外務大臣が出席して採択された2005年世界サミット成果文書に、「ジェンダー平等」や「ジェンダー主流化」や「リプロダクティブ・ヘルスへのアクセス」が高らかに謳われています。今、日本で吹き荒れているジェンダー・バッシングが国際社会に対してはいかに説得力のない、無駄な足掻きであるかをはっきりと示しています。ジェンダーの視点なくしては、開発も貧困撲滅も平和も達成されないことは国際的に合意された真実であります。
国際婦人年連絡会は、今後もジェンダーの主流化をすすめ、性別に捉われないジェンダーから解放された世界を目指す国際社会と国連に積極的に協力し、その活動に参加していく方向をたどっています。



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