伊豆田トンネル

四国は高知県土佐清水市の国道321号線に伊豆田トンネルがある。Webで伊豆田を検索している時に ヒットしたのである。2000年8月に四国に行った時にこの国道321号を通り、伊豆田トンネルの写真 を撮影してきました。

伊豆田トンネル

国道321号線を足摺方面に向かい伊豆田トンネルを抜けたところに電話ボックスがあり、 そこに車を止めて伊豆田トンネル入り口に行く。「これがWebで見た伊豆田トンネルか〜 何か伊豆田の姓と由縁があるのだろうか?」と疑問に思う。これまで伊豆田と名のつく ものは見たことがないのでとても感慨深いものがある。

伊豆田トンネル入り口には、トンネルのプレートが貼り付けてあった。1994年7月に出来て、 長さが1620mあるとのことである。手持ちの道路地図を見ると、新伊豆田トンネルとの表記 がある。新ということは古い伊豆田トンネルでもあるのかと地図を見直したが、その地図には そこまで書かれていなかった。しかし、近くに名前のないトンネルマークがあったので、 それが旧伊豆田トンネルかと思っている。

8月終わりに、ホームページを作るためにWebで再び伊豆田を検索していた時、 こんなページ を見つけた。このページによると昔の伊豆田トンネルは、埋められているとのことだ。


【埋められた昔の伊豆田トンネル跡】

車を止めたところの電話ボックス。ここに住所が書かれている。「土佐清水市下ノ加江 伊豆田トンネル西口」。別に伊豆田という地名ではないようだ。では、どこから伊豆田 トンネルという名がついたのだろうか…?

伊豆田トンネルを抜けて足摺方面に少し行くと、ドライブイン水車がある。このドライブイン の前に”伊豆田トンネル記念石(開通平成6年11月31日)”と書かれた石があった。伊豆田 トンネルを掘っていく時に出てきたものの一つらしい。また、この近くに地図(とても大雑把 なもの)があり、それを見ると伊豆田峠との記述があるではないか。この辺に伊豆田山でも あるのだろうかと思ってしまった。

そこで、ドライブイン水車に行き、店の方になぜ伊豆田トンネル、 伊豆田峠と呼ばれるかを 尋ねてみたが、あいにく物知り爺さん(?)が不在ということで聞くことはできなかった。 非常に残念である。しかし、その後の調査で、この下ノ加江一帯(昔の幡多郡)は、明治 22年〜昭和25年に伊豆田村(いずたそん)という 自治体として存在していたことがわかった。

関連情報
伊豆田峠 <土佐清水市>
 中村市津蔵淵(つくらぶち)から土佐清水市下ノ加江にいたる間にあり、葛篭山 (くずかごやま)(標高417m)西方にあって標高246m。むかしから「上り下り3里」といわれた 伊豆田坂は、中村と足摺地方をへだてた交通の難所で、峠下の下ノ加江が商港として栄たのも、 ここから3里の坂路を上下するよりも海路で中村へ向うのが容易であったからである。この難を 緩和するため、峠の下方に昭和34年伊豆田トンネル(延長368m)を開いたが、トンネルの位置が 坂の上方にあるため急坂の改善にはあまりなっていない。

伊豆田坂

伊豆田村(いずたそん)<土佐清水市>
 明治22年〜昭和25年の幡多郡の自治体名。土佐湾西端に面し、下ノ加江川および久百々流域に 位置する。下ノ加江・布・久百・立石・鍵掛(かいがけ)の5か村が合併して成立。旧村名を 継承した5文字を編成。役場を下ノ加江に設置。明治24年の戸数685・人口3049(男1575、 女1474)、厩320、船154。同43年43年郡道中村下ノ加江線開通。大正4年の戸数729・人口 4721、田201町2反・畑143町1反・山林4393町3反(幡南探古録)。昭和7年頃の資料によれば、 面積4.74方里、戸数933・人口4342、産業に緘しては住民の6割強が農業、4割弱が漁業その他 を営み、物産は食用作物10万3957円・生繭9万1099円・林産(主として木炭)8万7809円・ 水産13万9545円などで、特産品は赤物と蛤、鯛・イトヨリなどの漁獲高は県下一であり蛤は 形が大きいことで有名であるという(県誌)。同11年の生産総額100万9583円うち農産18万 3903円・畜産4307円・林産65万4226円・水産16万1523円・工産5624円、主要生産品は木炭・ 魚・米(経済一覧)。同24年の世帯数850・人口5585。同25年町制施行し、下ノ加江町 と改称。

真念庵(しんねんあん)<土佐清水市下ノ加江市野瀬>
 高知県西部には久礼坂、片坂、伊豆田坂の三大難所があった。現在は伊豆田峠 の中腹にトンネルが抜けており、交通の障害が緩和された。中村市と土佐清水市の境にある 伊豆田坂を下ると市野瀬に着くが、そのバス停のすぐ近くの山手に四国霊場の番外札所の 真念庵がある。これは、天和年間(1681〜84)、大坂平島の回国僧真念が難渋する巡礼者のために 庵を開いたものである。巡礼者がここに荷物を預けて金剛福寺へ参拝に行き、その日のうちに 引き返し宿泊することができ、翌朝には道を西にとり次の札所である宿毛の延光寺へ行くので ある。老人や病弱な巡礼者はこの庵に札を納めて金剛福寺を省略するともいわれている。 庭には四国霊場の本尊石仏88体も立てられ、周辺には弘法大師にまつわる三度栗やくわずの 梨がある。なお、市野瀬から下ノ加江川支流に沿って1.5Km行くと、延喜式内社の 伊豆田神社がある。
 下ノ加江川の河口から約2Kmの所に下ノ加江遺跡がある。縄文時代から歴史時代に わたる複合遺跡として注目される遺跡である。


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