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ジャカルタの交通―(NO,02)
ジャカルタの人口はほぼ東京に近い大都会です。ジャカルタ市民の足は鉄道、バス(大型、小型)三輪車バイク(パジャイ)、タクシー、その他危険なバイクタクシーなども有ります。しかし交通状況は東京と全く違います、そのうち鉄道の占める利用者はたったの3%足らずだと言い。東京はそれに比べ路線は5倍、駅の数は12倍、乗客数は20倍だと言う事ですから。
インドネシアの鉄道は日本より4年早い歴史だと言う事ですが今では全く遅れています。市民に取っては安いし、乗客はドアから溢れ屋根の上乗るほど混んでいるし、年寄りや子供には安心できる乗り物です。改札口以外から入りタダの人も大勢居ます。しかし何しろ路線が少ないし毎日ダイヤが遅れる、駅が町の中心に成っていないので駅に行くのがとても不便です。
鉄道車両は日本からもヨーロッパからも入っていますが手入れが悪いので数年でガタガタに壊れてしまいます。6000型はそんな中、冷房が付き外見はピカピカで空いて居ます、だって普通料金の4倍も高いからです。一番遠いところはボゴール市で約50Km1時間の急行の旅です。
東京の地下鉄のほかにも緑色の中古の都バス50台が、8月29日から、 ジャカルタの目抜き通りを、さっそうと走り出します。
運転席も座席も日本語表示もすべて東京仕込みのスマートなワンマンバス。8年落ちの中古車ですが、待ちに待った「新品同様」の市民の
足としてジャカルタっ子を大喜びさせそうです。

車が絶対優先―(NO,03)
ジャカルタは1千万人余りの人口でインドネシア1番の大都会です。側道を含めての道路は10車線もあります、センターラインには緑も植えられ中心部には街頭に派手なランプの街灯もあります。都心部の道路にはUターンが殆どありません、だから反対側に行くのに遥か反対側に進んで大きなローターリでUターンしてきます
また都心部の道路には信号機もほとんどありませんだから道路を大型バス、小型バス、三輪バス、バイクが物凄い勢いで走り回ります、車線はあっても無くても誰も全然守りません。車線を守らないから物凄いスピードで数センチの幅で他の車の前に出たものが勝ちです。それは大型バスの前を横切るバイクでも変わりません早いものが勝ちです。信号も日本に比べ圧倒的に少ない様です、ですから車はスピードが出ています。
大型バスもバス停はあるのですが、客が手を上げたところで乗せているようです、ドアは空けたまま車掌が大きな声で行き先を叫び客を呼び込みます、バスは必ずしもお客のために止まるとは限りません、走ったまま客は乗り降りします、だからドアは初めから無いのかも知れません。
大きな交差点には必ずしも横断歩道がある訳ではありません。横断歩道はデパートの前でもあるとは限りません、10車線の道路を女でも子供でも車の間を縫って渡ります。物凄い車が一瞬切れた瞬間、駆け出してはだめです、数人が固まって、斜めに車を見て右手掌をひらひら振って車に見せるのです、手の平は白いからです堂々と渡るのです、どんなに怖くても引き下がったり、止まったり駆け出すのはもっと危険です。
ジャカルタには3度の食事もまともに食べられない人が沢山います、インドネシア人で車を買える人は夢のまた夢でサラリーマンにはとても無理でしょう、でも町には車があふれ、車が絶対優先です、何ぜなのでしょうか?
でも私たちも数日で慣れて何事も無いように道路を横断します。

町行くインドネシア人―(NO,04)
ジャカルタはなぜこんなに人が居るんでしょう朝や夕方は道に人が溢れかえっています。バス停や町角を通るときは人を避けて通らないと通れません、だからそこを通り抜ける間にスリに財布を抜かれると言います。
女性は殆どがジーパンとTシャツ、暑いのに殆ど帽子は被っていません、目が大きくて髪の長い人もいて色は黒いが綺麗な人も沢山います、男性は殆どがサンダルで靴下は履いていません、若い人は太っていないが男性でも身長は平均160Cmを超えたぐらいで案外小さいです。年寄りはあまり見えません、それ程長く生きて居られないからでしょうか。
ジャカルタの若い人はあまり歩きません、少しの距離もバスに乗ります、もっとも歩くとたちまち排気ガスが襲い、そしていたる所に穴がありよそ見をしては歩けません、第一暑くてそれ程歩けません、しかし夕方になると不思議に街角の至る所に腰掛けています、女性も男性もアベックも座ります、何のためかは判りません。多分自宅が夜も暑いからでしょうか。そう言えば案外アベックは仲良く手を繋いで歩いています日本より多いかも知れません。これも暑い国だからでしょうか。
女性も勿論ミニスカートは居ません逆に最近はスカーフの女性が増えたと言います、勿論宗教上の問題でしょうか。また自転車も時々しか見ませんでした。でも男性はすごく背が高く、女性はすごく太った個性の強い白系の外国人より、そんなインドネシア人は私たちに取って同じアジア人として馴染みやすいですね。

プアサ(断食)の月をラマダンと呼びます。(NO,05)
イスラム教最大の行事「ラマダン」の間は全員がプアサ(断食)を行います、その間、日の出から日の暮れるまで食事は勿論飲み物もだめです、2002年は11月5日から始まり12月4日ごろまで約1月間続きます。
その間勿論インドネシア人の食堂は昼間はすべて休業となります、食べ物は当然ですが暑い国なので飲み物が飲めないのが一番厳しいようです、現地の人は夕方になると相当疲れてくるようですだから効率も悪いし、早く自宅に帰ります。この間は運転手も家族が待っているので残業は嫌がるし、タクシーなどはラジオを聞いてプアサ明けの時間になるのを待って水を飲み始めます。
しかしプアサは子供や妊婦、年寄りは免除されるようです。勿論誰も厳しいのですが此れは神様と自分との約束なので、慣れてくる一日のプアサを終えて、美味しいものが食べられる事が最大の喜びです。ですからこの間、夜に豪華な食事をするのか食料の売上は増すと言われています。
でも私たち外国人はプアサをするわけには行きませんので外国人向けのレストランは開かれています、でも道路から見えないように窓はカーテンなどで見えないように工夫しています、でも職場の小さな食堂も休みますので、一応簡単な食事と飲み物を持って職場に行きますが、現地の人の前で堂々と昼食を食べるという事は出来ませんね。

ブキドリ車庫 (NO,06)
東京都から来た地下鉄車両はいったい何処にあるのでしょう、高層ビルが立ち並ぶジャカルタ中心街から数キロ、いわゆる下町にあります、東京の首都圏に匹敵するジャボタベックには3つの電車車庫があります、その内一番大きなブキドリという車庫は中心街から車で20分ぐらいですしかしそれも渋滞が無ければと言うことで混んでくると2〜3倍は普通に掛かります。
車両はヨーロッパの車両、日本の車両、以前は韓国の車両もありました、外国の車両はそれほど古くはないのでですが、傷だらけ、ガラスも割れ、車内もゴミだらけです、しかし、その中でも20年以上働いた6000型車両は一番綺麗な急行電車で冷房も付いているし故障のない車両と喜ばれています。だから6000型急行は普通電車よりも3〜4倍も高い運賃なのです。
ブキドリ車庫は入り口に少し緑もあって広いのですが、検車庫は大きいのですが極めて暗い建物です。洪水で電気が切れてそのままになっている様だし、インドネシア人は本当に目が良いですね。日本人は2階に特別の部屋を貰い、勿論クーラー、コンピュータ、コピー、などが有り現地の若い係員と共に働きます。働いている人は何人なのか今の所は判らないし、誰が職員なのか係員か業者なのか見分けも付きません、大体作業服など着ていないし、サンダルだし工具も持っていません、とても顔を覚えきらないので何回も挨拶していますが誰も好奇心一杯で気軽に私を歓迎してくれます。
インドネシアの国鉄は9月24日、首都圏で運行する客車400両のうち、 4割弱に当る150両が整備不良のため運行できない状態である、と新聞に書かれました。 国鉄監視団の調査によると、老朽化が進んでいるうえ、車両の整備予算が不足し、2000年5月に円借款で寄贈された地下鉄三田線の72両を合わせても
、現在運行できるのは200両余りだと言うことです。

ジャカルタの建物 (NO,07)
ジャカルタはインドネシア1番の大都会です、中心街の道路は10車線ですし20〜40階建ての高層ビルが新宿よりも多く建っています、ホテル、アパート、商社、銀行など本当に沢山建っています。しかし建設中のビルを見ると鉄骨は使われていません、殆どが鉄筋だけで細長い格好の良い高層ビルが出来上がっているのです。それはこのジャカルタにはあまり地震が無いからだといわれていますしかし理由はそれだけでは無いようです、華僑系の人が安く作りボロ儲けをしているようです、ですから地震のときは近づかない方が良いでしょう。
個人の家は高級住宅地に行くとヨーロッパ風の素晴らしい家もあります、しかし普通の家は赤い瓦で沖縄の家のような屋根です、壁はレンガを積んでセメントで固めたものです、そのセメントもすぐに落ちて色もまだらです、家の前には小屋があったり、洗濯物あったり、ニワトリがいたり雑全としています。
それでもその家は良いほうで川の上に家を張り出す人、ゴミの上に小屋がある人、河川の中にトタン板だけの家もあります、それも洪水があるとすぐ流されてしまうようです。
毎朝信号待ちをしている車の窓に向かって手を出し金をせびる裸足の子供たちを見るとこの子達には家があるのでしょうか。それでも町には超高級レストランや、超高級アパートが林立しています。

ラマダンとレバラン (NO,08)
イスラムの人は1年に一度を身も体も神に感謝してプアサ(断食)を行います月の満ち欠けで毎年日にちが変わるのですが毎年11日くらい早くなります。この間は日の出ている時間には食事は勿論、水も飲んでもいけません、しかし病人や子供はやりません。
プアサが行われる1ヶ月間をラマダン(断食月)と呼びますプアサの間に1度でも水など口にした人はその分、日にちが伸ばされます。それでもきついプアサを自分が無事出来たことをイスラムの人は大変喜んでいます。
プアサが終わると無事に終わったお祝いを「レバラン」と言い神に感謝して盛大に祝います。ジャカルタなどに地方から働きにきた人は田舎に帰ります、その数は4人に3人が帰郷するとも言われています。帰郷出来ないと田舎では「悪いことをしているから帰れない」と言われてしまいます。世界中では13億人が帰郷すると言われています。
1ヶ月のプアサが終わるとレバランと呼ばれるお祭りになりますお手伝いさんや運転手も殆ど帰郷するので居くなるし、帰郷する時のボーナスのやり方に日本人は悩むようです。今年は1週間ぐらいですが仕事になりません、日本企業もついでに1週間ぐらい休む事になります。
レバランを祝う祭りは中心街の道路ではトラックやバスの屋根にも人を満載して太鼓や鐘を打ち鳴らして若者たちが夜遅くまで走り回っていました。今年は爆竹は禁止されましたが、こんな素晴らしいプアサですから私が2年後に帰国した時、皆さんに強制するかも知れませんね。

ジャカルタの雨(N0,09)
今年の日本の寒さは異常のようですねお見舞い申し上げます。ここジャカルタの今は雨季だということですがあまり雨は降っていません、多分降っていたのは1週間に数回ほどでしょうか。
しかし雨季とは言っても日本の梅雨とは全く種類が違うようです雨が降る時も止む時も、はっきり判ります、突然強い風が吹き石のような雨が降り始めます、まさにバケツをひっくり返す勢いの雨です。現地の人も傘をさしません、傘をさしても意味はないし2〜3メートル先でもびしょ濡れです、たまに現地の方は服を着たまま平気で歩いて行きます、止めばすぐ乾くのですから。
雨が降ると忽ち道路は水浸しになり低い所では歩くのも困難なほど水が溢れます、車は水を切って走っています、だから日本人はセダンのような床の低い車には乗りません。普段は乗りにくいのですが4輪駆動の床の高い車に乗らざるを得ないのです。
しかしそんな豪雨も降るのはせいぜい1時間程度です。しかも雨が降ってもっとも良いことは、町に溢れていたゴミを忽ち川に流してしまいますからね。

平均的なインドネシア人(NO,10)
目が細く背が低くてメガネを掛けて、カメラをぶら下げて成金趣味のブランド物を身につけ、言葉が判らないと薄笑いをする、これが平均的な日本人でしよう。
インドネシア人は背は高い人から低い人までさまざまです、顔の色も日本人より白い人もたまにいるし、黒い人もいる、鼻も高い人低い人さまざま、女性も飛び切り美しい人もたまに居て体系もかなり凸凹がはっきりしています、衣類の色彩感覚でも素晴らしい色彩から、我慢できないほどの薄汚れた色までなんでもあります。そして町には何だか理解できない匂いがいつも漂っています。
経済的にも住宅も大く、車を何台も持っている人も居るし、朝晩毎日食事も満足に食べられない人も沢山溢れている。そして私たち日本人が食べる一晩のデナーは、運んでくるウエイトレスさんたちの1ヶ月分の給料にも値します。
平均的なインドネシア人と言うのはいるのでしょうか?顔立ちも色も体系も、きっと全て違うような気がします。多分日本の街を普通に歩いていたら誰もその人をインドネシア人だと判らないでしょうね。だから300の人種と300の言語をもつインドネシア人には多分平均的という言葉はないのかも知れません。

クリスマスと年末年始 (NO,11)
インドネシアは多様性の国です、90%近い人がイスラム教徒だと言われていますが、他の宗教行事も簡単に取り入れてしまいます、デパートにもホテルもアパートにもクリスマスツリーが飾られクリスマスカードが綺麗に飾られ売られています。インドネシア人は結構楽しんで贈り物などしているようです。
此れも単に何でも売れれば良いという商売根性だけの話で日本と同じかも知れませんね。
国では25日が休みとされ、会社によっては26日も休みの所もあります。年末の31日は全員が休みで夜中には中心街の通りやモナス広場では若い人たちがラッパや太鼓を鳴らしながら歩き回るようですが、私はまだ見ていません。
しかし新年は日本と違って普通1日だけが休みです、日本系の会社では長いところでは5日まで休みです、これは日本人の風習ですかね、ですから日本人は土曜、日曜を含めて9連休の人も居ます。でもインドネシア人は新年の2日か3日から働くようです。それではこれで遠い国より「良い年をお迎え下さい」

ジャカルタの物価 (NO,12)
タクシー(近距離) 10,000Rp (約140円)
携帯電話(本体だけ) 1,180,000Rp
携帯電話(通話チップ) 100,000Rp
ホテル市内電話1通話 1,088Rp
ホテル1泊 400,000Rp
6000型急行料 8,000Rp
普通電車料金 2,000Rp
バス 1,000Rp
絵はがき 2.000Rp
切手 3.000Rp
床屋 25,000Rp
ガソリン(1リッター) 1,810Rp
CD (勿論海賊版) 8,000Rp
中華料理(デナー) 350,000Rp
焼魚定食とビール 65,000Rp
てんぷらうどんとビー 42,000Rp
照焼定食とビール 55,000Rp
肉そば 10,000Rp
ラーメン 8,000Rp
カップラーメン 2,100Rp
菓子 5,500Rp
粉石鹸 12,400Rp
高級インドネシア料理 150,000Rp
紙パックジュース
7,500Rp
生ビール小 20,000Rp
みそ(信州1味噌)
26,000Rp
豆腐(日本食)
3,500Rp
乾麺(うどん) 7,500Rp
公務員給料(若い人) 1000,000Rp
ウエートレス(多分) 300,000〜500,000Rp
ホテル代は電卓の桁が足りなくなりそうなので他の物も勝手に自分で計算してみて下さい。
Rp×0.014で大体の日本円に近くなります。でも最近ではあらゆる物が値上がりしています。

毎朝タクシーで出勤 (NO,13)
暮れから正月まで9連休ぐらい有ったのはずですが何だかすぐ過ぎてしまいました、年末は先輩と一緒に遊びに行き、正月は接続を頼んだインターネットやさんに毎日散々待たされました、年末に引っ越したので台所用品など結構出費が多くなりました、これからが大変ですね。
これから毎日会社まで何を使って通勤するのでしょう、通勤列車は屋根の上まで人が乗っていて、もう私の乗るスペースはなさそうです。バスは何処行きか書いてありません行き先の番号があるだけです、バス停にもダイヤ表など書いてありませんでした。だから殆どの日本人は危険なバスや不便な鉄道が利用出来ないので、治安の問題からも自動車を持っています、しかし車の頭を先に出した方が優先の道路状態ではとても自分で運転出来ません、運転手も雇わなくてなりません、それには大変な準備と経費が掛かります。
そこへ行くとジャカルタ市内のタクシーは大変便利です、朝早くとも夜遅くとも何時でも走っています、そして大変安いのです、日本円で140円ぐらいで近い市内には行くことが出来ます、でも現地の女性でも夜は1人では乗りません、どこに連れて行かれるか判りません、知らない所で仲間と打ち合わせて金を取られるかも知れません。それ程でもなくても知ったふりをしてわざと遠回りをする時も有ります、だから暫くのあいだ毎朝のタクシ−通いも緊張です、
第一行き先を告げる怪しげなインドネシア語は通じるのでしょうか。
でも何とかなるものです、毎日20分ぐらいですが最近は車内で新聞を読んでいるのですからね。

インドネシアの時間 (NO,14)
日本では一家に数台の時計がありますね、その他にテレビやビデオ、オーデオ、炊飯器などにも時計が付いています。インドネシアでは個人の家でもせいぜい時計は一台ぐらい、事務所やお店でもあまり見かけません、日本ほどは無いと思われます。腕時計など最近まで高価だったからかも知れません。でもインドネシアには便利な時間を表す言葉があります「ジャムカレット」と言い(ゴムの様に伸びる時間)と言う言葉があります。
テレビでも時間は表示されないし、インドネシアの国内だけでも3時間の時差があるので表示も出来ないのかも知れません、実際テレビさえも時間通り放送されなくて、遅れるのは当たり前で前の放送が遅れるとだんだん遅くなると言う事です。日本からの衛星放送でいつでもNHKは放送されていますが日本との2時間の時差があるので画面の角に出る時間は表示されていません。
集合時間などは交通は完備されていないし、交通渋滞はいつも有るので約束出来ません、まして暑い国なので集会や約束はだいたい遅れます、約束の時間は到着の時間でなく家を出る頃の時間です。「なんで日本人は時間にいらいらしているのか判らない」とインドネシア人は言います。だから時間はゴムのように伸びるのです、それが「ジャムカレット」という言葉だと思います。これは便利ですね、2年間もインドネシアに居ればこんな便利な面白い言葉を覚えなくては、日本に行っても此れからは大いに「ジャムカレット」でのんびり行きたいと思います。
ジャカルタの警備員 (NO,15)
SOGOデパートはドアーの前は勿論のこと多分各階ごとに警備員が立っています。ホテルにもドアーの前にも、フロントの前、3階にも机を持って警備しています。ラマダン中や年末年始には金属探知機を持ってカバンなどを検査しています。何か特別に治安を強化する時は銃器を持った警官も現れます。本当に弾丸が入っているのか無いのか判りませんが気持ちの良いものではありません。
我がアパートでも道路から入ると警備員、アパートの入口で警備員、フロントで女性警備員、入口のナンバーロック。また部屋の鍵は靴が減るほど持たされます、それぞれナンバーが振ってありますがどれが何処かとても覚えられる物ではありません。
住宅街の角にも小さな小屋があり数人の警備員がたむろしています、商店街にも通路の入口にも車が通れないようなゲートがありますが昼間は開いています。
ジャカルタは大都市で外国人も多いので治安対策で警備員が多いのだろうか。それとも雇用対策なのでしょうか。そう言えば住宅街の警備員の小屋では昼間から賭け事をやっていました。
だから此れで安全だとは全く言えません、ホテルの金属探知機は1ヶ月間に1度も警報音が鳴ったのを聞いたことが無いし、多分電池がもったいないので入って無いのかも知れません、例え鳴ったとしても真剣に調べもしません。
1月10日日本人が良く利用する有名な「サリ、パン、パシフイックホテル」で日本総領事館員が拳銃を持った強盗に部屋の前で襲われ、多額の現金とコンピュータを奪われた、と言うニュースがありました。結局、治安とか安全とかは警備員ではなく自分自身で守る事なんですね。

洪水の多いbukit duri 車庫 (NO,16)
bukit duri 車庫はジャカルタ中心部より数キロ離れた川ぞえにあります、そこはマンガライ水門の側にあるので上流のボゴールなどに大雨が降ると直ぐ洪水を起こします、雨季などいつもひやひやしながらニュースなど気にします。
昨年の雨季には大洪水で近所は数日間水に浸かったそうです、でも車両の損害は一部で高い車庫に避難したようで被害はありませんでした。でも洪水のため今でもピットの中の照明は停電したままです。
敷地はそれほど大きくはありませんが入口は広場も有り緑も多く下町には珍しく広いので、会社のバス旅行の時はバスが10台くらい入っていました。また鉄道会社ばかりでなく隣の高校の生徒がいつも運動場として使ったり、また近所の民家の人も勝手に出入りして夕方などは子供たちのサッカー場に早変わりします。敷地内には猿、猫、鶏、金魚が飼われています、また車庫の後ろ側にはマンゴー、椰子、バナナなどが勝手に生えています、バナナは試食してみましたが取って直ぐは渋いですね。
此処には乗務員と車両保守係員が働いています、その他に車両の床やガラスを掃除する外部の業者などの人がかなり居ます。そしてそこには小さな小さな食堂もあります、此処では会社から少し援助があるのか道路沿いに屋台より安いと言う事です。

ジャカルタの水 (NO,17)
外国で食べ物で当たったよりも水でお腹を壊した方が怖いと言われます、飲み水に細菌が沢山入っている事も勿論有りますが含まれる鉱物資源も違う様です、ですから水を数十分も沸騰させなければ成りません
その他ジャカルタは古い下水や上水が壊れ下水が飲み水に混入していると言うひどい話もあります、殆どの日本人は必ず一度は水によってお腹を壊します。
さしみは論外、サラダ、飲み物の氷も危ないと言われます。重いと数日間ベットにと言うこともあります。ようは軽く下痢を数回して自分の身体を慣らす事がコツです、日常的に殺菌など気にしている人の方が返って被害が大きいとも言われます。何しろ早く現地の細菌に自分のお腹の中に住んで貰うことです
アパートなどの日本人は「アクア」を購入して食事に使っています、でも気する人は歯磨きはどうするの、お米を研ぐ時はどうするのとかの悩みは有りますが、もうこれは個人の問題です。その内平気で氷の入ったジュースも飲めるようになります。

自分の車の呼び出し (NO,18)
日本の国会議員会館などでは確か会館前の駐車場ではスピーカーで議員の名前を呼び、運転手さんを呼び出して居たような気がします、このジャカルタでも殆どのデパート、ホテル、アパートでも個人の車の運転手さんを駐車場からスピーカーで呼び出してくれます、勿論タダです、これをパンギルと言います。
勿論日本も高級ホテルや高級アパートでは個人の車を呼び出してくれる所もあるかも知れません、しかし高級ホテルも運転手つきの車も縁のない私には知る世界ではありません。日本でも最近は郊外に広大な駐車場を持つスーパーなどが出来ました、そこでは自分の車を置いた位置さえ忘れ探す事もしばしばです。
確かにジャカルタの高層ホテルや広大なデパートなどで自分の運転手さんを駐車場から呼び出すことは難しいので「呼び出すこと」は本当に便利です。
実際このジャカルタでは自分で車を運転する事は危険で専用の運転手さんを雇うのも当たり前ですが、通勤から、買い物、ある時には遊びにも専用の運転手さんに全てを任せる、あるときは町の様子を説明してもらう、あるときはインドネシア語の先生と本当に助かる存在です。でもあまりにも車社会中心の生活に何か考えさせられてしまう事もあります。

ジャカルタのトイレ (NO,19)
インドネシアのトイレは日本より絶対早くから衛生的で御尻に優しいウォシュレットですからね、しかも電気も必要ない完全手動式です。便器には金隠しは有りません、紙も有りませんただし相当田舎でも扉は有るようです。トイレの角にタイルの容器があり水が入っています、くみ出す容器も有ります、使用後水を便器に流し、その後使用した自分の左手も水流します、いつも話題に成るのは爪の中に入ったものは如何するかと言うことです。だからインドネシアでは左手で握手は勿論のこと他人に物を渡す時でも左手は厳禁と言われます。
これは紙で拭くより残らないし、乾燥もしません、水で洗うので衛生的なのだと現地の人は言っています? こちらの人はまた水浴を大変大切にします、多分1日数回は水浴(マンデー)をするようです、日本のように風呂桶はありません、大きな水貯めから容器で自分の体を流します、多分此方は暑いのでいつも水で流しているようです。此れも殆どがトイレと同じ部屋です。
インドネシアでは食べ物も習慣もあまり気にするほうではありません、しかし地方の家を訊ねた時などはトイレが一番悩む事ですね。でも最近はホテルやデパート、アパート、事務所などでもだんだん洋式になって来たようです。

ジャカルタの食べ物 (NO,20)
ジャカルタの食べ物は殆どの日本人には合うと思います、お米や麺類が日本と同じ主食だしお米もアメリカ米の様に長くなく、此方の有名料理はナシゴレン(焼き飯)、ミーゴレン(焼そば)ですからね。また野菜もねぎ、だいこん、ナスなども同じです。また海の魚、川の魚など沢山あります、特にナマズが美味しいですね、また雨季の果物は驚くほど美味しくてしかも安いのですね。肉は鶏肉と牛肉、山羊だけで豚肉は宗教上から絶対に食べません。だから此方の人は中華料理は食べません。
しかし生物はありません野菜サラダも生はありません、卵も生では食べません、暑い国なので殆ど焼くか煮ます。インドネシア料理には本当は玉ねぎ、キャベツ、大根などはやはり少ないですね、そして殆ど椰子油で炒めたものが多いようです。このジャカルタでは何でも買えます、日本食の食材専門店があり、醤油、ミリン、ごぼう、オクラ、納豆、豆腐、何でも売っています少し高いけど刺し身も空輸されています。
レストランは洋食、中華、ベトナム、タイ、世界中の料理が食べられます。日本レストランでは刺し身、うどん、蕎麦、焼きとり、天ぷら、冷奴、枝豆、何でも有ります、各国料理の内かなり高い日本料理かも知れませんが日本よりはずっと安いのでそれも魅力です、しかしこれらもこの大都会ジャカルタだからの話で地方の方がたまに来ると買い出して持っていきますからね。
でも本格的な日本料理の一晩の支払いはインドネシアのメイドさんの一月分の給料に匹敵しますからね。

日本人とは (NO,21)
ジャカルタには外国人が沢山いますがアメリカ人は大嫌い、その次はオーストラリア人、中華系はボロ儲けするから嫌い、韓国人は人使いが荒いから嫌い、だけど日本人は不思議に好かれる、何だろうかいろいろ理由あるようだけれど。
好かれる理由は簡単、日本人は大金持ちだから、嫌いな理由はケチだから、しかし勤勉、頭が良い、礼儀正しい、も好まれる理由。過去に親戚や知人に日本に行った事がある人も結構多いようです。だから誰でも日本人には大いに関心を持っています、特に若い女性は日本人と結婚したい希望は大変なもの、日本語の勉強の理由も日本に行きたいから、日本人と結婚したいから、が第一理由。最近は簡単ではありませんが日本語を知っていると就職が良いからもありました。
しかし案外日本の情報は少なくて、富士山、広島、桜、新幹線、SONY、トヨタ、ホンダ、中田、ドラエモン、クレヨン新ちゃん、は誰でも知っているが日本は物価が高いこと、家が小さいこと、死ぬまで働くかなければならない事などなかなか信じてくれませんでした。
日本の文化も歌や音楽も放送権が高いので放送されない、日本の歌手たちも最近は中国や韓国に行ってもインドネシアには来てくれない、テレビも殆どニュースだけ、雑誌も高くて買えない。だから日本の歌も、タレントの名前も知られていませんでした。
最近の青年は同じアルファベットを使う英語は少し話せるが、日本語はすごく難しいと言います、インドネシア人からは日本語の発音は難しいし、まして文字はひらがな、カタカナ、漢字と馴染みにくく難解だからでしょう。

ゴミだらけの車両 (NO,22)
Bukit duri 車庫は100両以上の車両が入庫して来るのですが、遅れて来ることは毎日の様ですその為、車両の検査予定もしばしば変更しなければ成りません。
職員や班長らしき人は制服とヘルメットを被っていますが若い人は殆どTシャツとサンダルで帽子は被らず工具も個人では持っていません、モーターのカーボンを替える人は懐中電灯を持っていますが他の人は暗い中でも平気で仕事をしています、きっと私たちより目が良いのでしょう。工具も種類が少ない為、大き過ぎる工具でボルトなどを壊してしまう事もあります。
毎日検査の人の動きは良く判りませんが、月検査の人は装置ごとに担当が分かれて仕事をしています、制御装置などは気吹く作業をしますが電動機はあまり気吹きをしません、だからモーターはゴミだらけです。特にモーターのフイルターに線路上のゴミを沢山吸い込みビニール袋などで全く塞がれている事もしばしばです。これが故障の原因になります。
職員や班長らしき人は別ですが、現場の若い人は電気の基礎知識もあまり無いようです。何しろ何処もゴミだらけですから。でも毎日の猛暑のなか若い人は油だらけになり、力仕事も嫌がらなく猛暑の外でも良く働きます。

誕生会を開きました。(NO,23)
自分の誕生日には酒のおかずに刺し身が1品増えるぐらい、最近は自分の子供たちも、既に親父の誕生日など関係なし、誕生日が話題になるのは自分の子供も小学生頃までの話、それが最近の日本の誕生日でしょう。
でもこの異国の地で何十年ぶりに自分の誕生日を祝いました、我がアパートには同じ職場の若い男性やアパートの受付嬢、メイドの友達など8人が来てくれました。この日は日本語の出来る人は殆ど居ないのですがカラオケ、ゲームケーキカットなど面白い誕生日に成りました。
当日来られなかった人も次の日に来てくれ、またワインや人形のお祝いや電話なども頂きました。仕事の関係で断れないのか、面白半分で来てくれたのかは判りませんが、インドネシアの習慣で全額自分持ちお土産付きですが実質4ヶ月足らずで此処まで人間関係を作るのも大変なんですよ、でも言葉なんて問題ジャーないですね、本当は親子以上に歳の差がある若い人たちですが何時でも若い人と話し、信用してもらえる日本人になって初めてアパートにも来てくれたのだと思っています。
そんな変な日本人ですが此れからも友達は沢山作って行きたいと思っています。

いろいろな仕事があります。(NO,24)
ジャカルタでも大変な就職難です、ましてや地方都市から毎年のように若者が大勢ジャカルタに出てきます、学校を出ても生産工場や商店で働ける人はほんの一部です、だから少しでもお金に成ることなら何の仕事でもやります。
発車待ちの電車の中は物売りの行列です、新聞、タバコ、お菓子、アクア、何でも売りに来ます、電車の中やバスの中にギターやベースまで持込み歌を歌い金を集めます。駅前などでは大きな声でバスやタクシーの呼び込み専門の人も居ます。街中で駐車場から出られなくても大丈夫案内してくれる人も居ます、混雑する交差点でも車の整理をする人も居ます、それも全て仕事なのです。
信号待ちで停止線に止まった車の窓めがけても、いろいろな物売りが押しかけます、新聞、アクア、西瓜、お菓子を売る人、タバコを売る人は当たり前ですが不思議なのは動物のお面を売る人、地球儀を売る人さえ居ます、いったい信号待ちで誰が買うのでしょうか。なぜか銀行の駐車場や商店の前で駐車場の整理をする人、其処は勿論公道のようですでも止めると金を請求してきます、道端の歩道の上には床屋さん、またミシンを並べて洋服を修理する人さえ居ます。
また面白い店もたまにはあります、壊れたタイプライター、網の壊れた扇風機、革靴の片方、きっと見る事も余り治安が良くないのですが覗いてみたいですね。雨の日には子供達が石鹸をつけた雑巾を持って自動車の窓を拭きます、幾らなのでしょうか。それでも毎日3食満足に食べられるのでしょう

ヤンティの一日 (NO,25)
ヤンティは今日もお客様のために一日中ホテルの重くて大きなガラスのドアを開けるのが仕事です。給料は本当に安くて欲しい洋服も買えないけれどホテルの制服が着られるのが友達にも一番の自慢です。
今欲しいの物は携帯電話だけれど2〜3か月分の給料ぐらい高いのでとても買えません。けれどお客様の日本人は携帯は勿論コンピューターや自分の車も持っています、ホテル内のレストランは覗くと怒られるが物凄く高い食事を毎日食べています。
そんな彼女の前を毎日、若くて背が高くいつもニコニコして少し手を上げて挨拶をしてくれる日本人が通ります、彼が通る時間は必ず決まっているのでヤンティも毎日彼が来るのを密かに楽しみにしていつもの時間を気にしながら笑顔で喜んで迎えます。
ある日彼はカメラを向けて、彼女に「名前を教えて」と聞いて来ました、ヤンティは胸が躍る程に嬉しくて、次の日写真を受け取っても「有難うございます」と彼女は小さな声で応えるのがやっとでした、彼女は何しろたったひとつしか知らない日本語ですから。
ヤンティは嬉しくて嬉しくてしょうがないので写真を友達に見せて自慢して回りました。でも彼の名前さえも知りません、フロントに聞けば判るがそんな事をしたら叱られます。
日本ってどんな所なのだろう、どうしてお金を一杯持って居るのだろう、富士山と新幹線ぐらいしか日本の事は知らないが日本人は皆働き者で礼儀正しいそんな夢のような日本が好きになり、日本語ももっと覚えたくなりました。
毎日彼が通る時間が待ち遠しく嬉しいある日、いつもより遅い時間に若い綺麗な女性を連れて嬉しそうな顔の彼がやって来ました、ヤンティは横を向いてドアを開けました、そして次の日から彼は手を上げて挨拶をしなくなりました。
「第一シリーズ」終わり
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