第三シリーズ「生きているジャカルタ」
 

            
日本の中古車両購入へ(NO,51)

 

(車両業界,NGO反発)国鉄(KAI)のオマル,ベント総裁はこのほど、約20年前に製造された日本製の中古電車40両を購入する計画があることを明らかにした。購入理由について、オマル総裁は「日本製の中古車両は、エアコンも完備しており、一両あたり約5億ルピアで購入できる。車両購入のための予算が限られており、インダストリ・クレタ・アピ(INKA)社が製造する一台あたり56億ルピアの新車車両を購入するのに比べ、経済的だ」と利点を強調した。

 

しかし、非政府組織(IRW)のタウフイック・ヒダヤット代表は「購入予定の車両の部品はすでに製造中止になっており、中古車両の維持費に莫大な費用がかかることになる」と延べ、日本製中古車両の購入をやめるよう要請した。

INKA社のロオス・デアロミコ社長も「鉄道車両の技術は常に進歩しており、20年以上前の中古車両を購入することに賛成できない。国内車両製造業を振興させるといった長期的視野に立ち、車両購入計画を行うべきだ」と語った。

2000年5月、東京都交通局が国際協力銀行(JBIC)の円借款事業として、地下鉄都営三田線の中古車両72両を国鉄に寄贈した。このうち、60両が首都圏の各駅で使用されており、12両が代替部品用として保管されている。

 

 
ラマダン「断食月」(NO,52)

 

10月27日からラマダン(断食月)に入ると言う事です、その間約一月間は朝5時から夕方6時まで食事は勿論水もタバコも飲むことが出来ません。

その為土曜と日曜日にはショッピングセンターは最後の夜を豪華に過ごそうと買い物客で一杯になりレジ前には長い列が出来ていました、また大通りもタクシーや自家用車で溢れ到る所で渋滞していました。でも不思議な事にこの間、ショッピングセンターの食料品の売上は増えるそうです、体力維持のために夜の食事を栄養豊富な物にするからかも知れません。

 

この間インドネシア人の食堂は昼間は全て休み、外国人向けのレストランも外から見えないようにカーテンで隠して営業をします、以前は日本人などに向けてのレストランなどでの酒類は黙認されて居たのですが昨年からは、外国人向けの店にも酒類の販売を禁止する、例外を認めないと警告されています。

 

この間は仕事にも大きく影響して来ます、この間は週一回の朝礼も無し、午後からの会議は殆ど予定されません、最も午後になると水も飲めず疲れてくることも当然でしょう。宗教はなるべく理解したいと思いますがなかなか難しいですね。

 


             
自分の昼食は確保する(NO,53)

 

10月27日から1ヶ月間は断食月(ラマダン)なので昼間は職場の小さな食堂も休みになります、去年はまだホテル暮らしだったのでホテルから職場と水を持って職場に通いました。
今年はインドネシア人と一緒に仕事はしていますが一緒に断食は堪らないので若い人に「何処か昼食をやっていないの?」って相談しましたでも彼らは笑って「貴方も断食をしなさい」と言うだけです。

冗談ジャーないよ、飯を食わなきゃ戦にならない、パンを持って来ようか、水だけにしょうか悩みました、でも助けてくれるのも此方の人たちです、やっと探しました。私の昼飯確保の方法があったのです、何時もの小さな食堂のドアは鍵が掛かり閉まっていますが私がそっとドアをノックすれば中から開けてくれ、皆に内緒で夕食作りの準備の食事を食べさせてくれるのです。

此処まで人間関係を作るのも大変なんですよ、太った食堂の叔母さんの写真を撮ってゴマをすったり、日本語を教えておだてたりしながら普段からお友達になっていたからこそ何とか飯にありつけたのです。



                
我が家の下が火事だ(NO,54)

 

朝早く目が覚めてのんびりしていたら、空が急に曇ってきた、その内に煙が窓からどんどん入って来る。此れはおかしいぞ慌てて窓の外を見ると下が見えない程煙が上がっている、我が家は15階だがまともに窓から煙は入ってきた方向の下を見ると火が見える、焚き火ではないその内早くも赤い火が広がってきた、我が家から多分50メータ足らず、でも間にアパートの塀があるが角度からほんの目の下だ。

 

始めは煙、その内、赤い火になり、人が住んでいるのか見えない隣の少し大きな家に燃え広がった頃ようやく、表のビルからホースが届いた、数人で抱えて水を放水するが奥の家なので火にはなかなか届かない、近くには小さなお寺もあるが延焼するのだろうか、ホースも二本となり、ようやく火が下火になった頃ようやく消防車のサイレンが鳴って一台駆けつけた。

 

言葉は判らないが見物人から非難の声を浴びているようだ殆ど簡単な木とトタン板で出来た家のようなので多分簡単に火も点くし、燃え広がる建物のようだ、これではジャカルタは何時でも火事の心配がなくならない、恐ろしい所ですね。

 


             レバランの帰省客(NO,55)

 

運輸省は18日、今年のレバラン中の帰省客は、前年比10.11%増の1886万人に上ると明らかにしました。乗り物別ではバスを利用する人が一番多く、約980万人(前年度比5%の増)、ついで列車の280万人(増減なし)、フェリーの290万人(5%増)飛行機の189万人(30%増)など。航空運賃の値下がりを背景に、飛行機の利用客の大幅な伸びが数字にも表れた格好だ。それ以外では一日あたり32万4千人が自家用車で帰省し、その多くがブンチャック峠を通る為渋滞が予想される。帰省ラッシュは22日〜24日で、Uターンラッシュは28日〜30日になる見込み。 <じゃかるた新聞、11月19日付けより転載>

 

インドネシア消費者協会は17日、レバラン(断食明けの大祭)休暇に向けて数十本が追加運転される国鉄(KAI)の列車ダイヤについて、事故やトラブルが起きる可能性が高いと警告、注意を呼びかけた。同協会の調査によると今年8月と9月の二ヶ月間に全国の国鉄全線で発生したトラブルは、機関車のエンジントラブルが364回、脱線が9回、衝突事故が4回、重大な事故につながりやすい信号や通信機、電気系統のトラブルが二ヶ月間で568回も有ったと明らかにした。同協会は、信号機や電気系統のような技術的トラブルが多く、重大な事故を招く恐れが有るとしている。一方、国鉄ではレバラン中も各地に作業員を配置するほか、列車の運転手の労働時間も最大8時間にするなど、事故の防止に努めるとしている。

       <じゃかるた新聞、11月18日付けより転載>

 

列車の火災が発生

18日午後8時15分ごろ、南ジャカルタ、クバヨランバル付近を走行していたタナバン発スルボン行きの普通列車の2両目で火災が発生、同9時過ぎに鎮火したが、先頭車両と2両目が全焼、乗客10数人が火傷や切り傷を負った。出火原因は、2両目のパンタグラフのショートと見られる。

11月20日、メデア、インドネシアより転載>

 


 

ハイキング (NO,56)


ジャカルタから高速道路をボゴール方向に南下して、チマンギスで高速を降り10分足らずで集合地のレストランに着きました、今日は子供や主婦など50人近く居たでしょうか、全部が日本人です、係員からコースの説明などを受けてごご2時少し前に出発しました、始めは面白半分に元気よく子供が先頭を進んでいます、係りの方が畑のそばや、川の土手にコースの目標になるように白い紙を断裁した目印を置いてゆきます。途中は「シンコン」の畑「バナナ」の畑などあり緩やかな丘陵進み、川に出ます川には橋も無く仕方が無いので靴を脱いで渡ります、水は少ないのですが女性は怖いので上流に橋を探しています。

丸木橋あり急坂あり、先頭グループは何時か6人になってしまいました、途中何度も目印の紙を見失い引き返すときもあります、あるときは民家の軒先を生活の臭いを感じながらかすめて歩きます。川を渡れず遠回りしたグループは大きく遅れたようです、それでも子供たちは何時でも元気が良いですね。

一番乗りでレストランに着いたら3時間を過ぎていました、休む事も忘れて、帰ってから一番乗りのグループの自己紹介をしたら仕事の関係で案外近しい方ばかりでした。日本では簡単に1〜2時間の散歩は出来ますが、此方ではなかなか難しい環境です、久し振りのインドネシアの田舎の風景を楽しみながら歩いたハイキングでした。

   

汚いお札(NO,57)

 

インドネシアのお札はどうして汚いのでしょうか、角が折れているのは当たり前で、皺くちゃで黒くなって破けている物もあります。大体サイフなど持っていないようです、男は直接ポッケットに入れるか、女性はそのままバックに入れます。だから買い物をしてもお釣りを揃えないで、貰っても手の平の中でくちゃくちゃにして持っています。此れで何枚貰ったか判るのでしょうか。

だいたい少額紙幣では大した物も買えないのでホチッキスで数枚重ねたお札もありました。

 

此方のATM も同じようです、角が折れていても平気で出てきます、きっと日本より優秀な機械かも知れませんね。汚いお札は銀行で交換しないのでしょうか、古いお札も流通していて日本人など良く釣銭に渡されます、もう古いお札なので使う事は出来ないと言われます、銀行に行けば交換してくれると言う事ですが、いちいち銀行に持って行く暇もありません。米ドルも小額紙幣の交換はホテルなどでも嫌がるし交換しても交換率は悪くなります、また米ドルの新札は偽札が多いので透かしたり眺めたりして番号もチェックされます。

 

此方の最高額紙幣でも100000Rpで日本円で1400円ぐらいでしょうかだから大した物も買えません、普通自分のサイフの中に50,000Rp札を20枚ぐらい入れていますが日本レストランで食事をしたりデパートで買い物をすれば忽ち無くなります。

 

 

みんな親切ですね (NO,58)

 

インドネシア人は本当に親切で話し好きですねタクシーの運転手は勿論、何時でも話をしてきます、貴方は日本人か。何年住んでいるのか。家族は居るのか。殆ど同じような質問をしてきます。あまり煩いときはインドネシア人だ、答えると殆ど笑い出します。でも便利な時もあります、これは何処で売っているか、何処が安いかなど聞くときは便利です、また町の出来事まで何でも知っています。ただ地図には弱いようです、地図をグルグル廻してその内、地図と関係なく指で指して「この方角だ」と、きっと言います。

 

買い物で困った時でも誰でも親切に教えてくれます、道に迷っても町で地図を出して考えていれば、必ず数人が寄って来て道案内をしてくれます。車から顔を出して道を聞くと誰でも必ず教えてくれます多分「知らない」とは必ず言いません、親切ですからね。本当は知らなくと勝手に自分で作っても教えてくれますだから行って見るととんでもない所に案内される時も有ります道を知らない事は恥だし、教えない事はもっと不親切なんでしょうね

 

日本だったらやたら人に道を聞くと変な顔をされるし黙って無視されるし、若い女性ならきっと逃げ出す事でしょう。子供だって知らない人とは喋るなと教育されて居るのですから寂しいですね。

 

 

 

列車内の売り子たち (NO,59)

 

ジャカルタの旧市街にある「コタ」の駅は多分ジャカルタでも一番賑やかな大きな駅でしょう。オランダ時代の建物で天井が凄く高く10数本の列車が入るホームは何時もお客でごった返して居ます。勿論改札の前もホームの中も売店や売り子たちが沢山いますが発車を待つ列車の中はもっと騒然として居ます。

 

それぞれが肩から荷物を下げて売りに来ます。次から次から皆違う物を売っています。水(アクア)、パン、みかん、粉ジュース、トーフ、たばこ、玉子、ライター、ボールペン、おもちゃ、玩具の車、傘、電球、懐中電灯、額絵、キーオルダー、新聞、本、布、扇子、笛、バトミントン、カレンダー、ヘヤーバンド、靴下、寄付金募集、楽団演奏、掃除、この他にも有ったでしょうが20分ほど待った間に客席に押しかけた売り子たちです。

 

1人ずつ品物を持ち大きな売り声で車内を次から次に売り歩きます、また勝手に座った客の膝の上に商品を置いて行き、暫くして回収して行きます、その間売れる事もあるのでしょうか。小さな子供は勝手に車内を掃除して時々袋を出してお金を請求しています、見ている間は殆ど売れていないしお金を出す人も少ないようです。

 

また楽団も来る事もあります、ギターは当たり前、ベースやドラムまで持ち込みます、それで結構綺麗なハーモニーでうたを歌います、数分するとお金を回収に来ます、勿論払ってもよし、払わなくとも良しです。

 

 

               
鉄道車両の改造 (NO,60)

 

インドネシアと日本では鉄道について環境が大きく変わります、常夏の国なので冷房は年中動いています、また路線内もゴミが多くモーターの中までゴミだらけになります、また習慣や文化の違いもありまた経済的に予備品も買えず車両保守が極めて悪い状況ですですから車両は直ぐ壊れて数年で使い捨てになってしまうのです。

 

しかし日本では考えられない事も平気で行っています、運転台のない中間車両から運転台を作って先頭車両にしてしまうのです。それも車庫内で外部の業者によってです、部品が足りなければ外国産の車両から流用して、電線が足りなければ可燃性のビニール線を継ぎ足して、改造図面は業者の頭の中に有るようです、日本ではこの様な改造はとても監督官庁から許可は得られないでしょうね。

 

ある日突然中間車が切断され骨組みだけになった時は驚きましたがマスコンもブレーキ弁も立派に付いています、しかし部品もマチマチ取り付け場所もマチマチなので運転手は困らないのでしょうか?勿論6000型の最大の売りである冷房は全車完備ですからね。

 

どれが6000型改車か外国車か初の国産車だか判りますか。一番下が国産車でそれ以外は全て元6000型なのです。

 

    

                 
親指 (NO,61)

 

日本から数千Km離れているし赤道を挟んで反対側のインドネシアでは習慣、文化など似ている所もありますが随分違う所もあり時々小さな事でも驚く事もあります。

 

普通日本人は地図を見る時も、何かの書類にサインする時もその場所を「人差し指」で指示しますが此方の人たちは「親指」で指示します。初めての時はこの人だけかな思いましたが、他の人も同じように親指で指示します、始めは何処を指しているのか判りませんでしたが最近は何とか理解出来る様になりました。

 

でもむかつい男性に野球のグローブの様な大きな親指で指し示されるとギョッとしない訳には行きません。それはエレベータのボタンを押す時もやはり親指でした。でも最近自分でもエレベータのボタンを親指で押していました。

 

また日本人は自分の事を話すときは自分の鼻を人差し指で指しますが。此れだけはやめた方が良さそうです、此方では「私は助平だ」と言う様な意味だと聞きました。ふつうは親指を内側にして胸の辺りを指すのが良いようです。やはり習慣、文化の違いは大きいですね。

 


 

ジャカルタの新年 (NO,62)

ジャカルタの新年は3回あります11日のキリスト教、122日のイスラム教、223日のヒンズー教と、それぞれの宗教の新年に国民全体が休日となるから羨ましいですね。特に1231日の夜は新年のカウントダウンと供に若者や子供たちが紙で作ったトランペットを鳴らして町中を歩きます。何時から始まったのか何の意味があるのかは判りません。

 

 ジャカルタ湾に面したアンチョール公園には、国民に絶大な人気を誇るダンドゥット歌手イヌルらのコンサートで約二十五万人の人出を記録しました。 午前零時ラッパの音とともに一斉に花火が打ち上げられ、会場は最高潮となります。

 

郊外のタマン・ミニではダンドゥットの王様ロマ・イラマが、大観衆の前でマイクを握り、首都圏の若者や家族連れで身動きが取れないにぎわいとなり、昨年の十万人を超える十一万五千人に達しました。 昨年中止した花火大会を復活させ、ワヤン・クリット(影絵芝居)や伝統舞踊ジャイポンガン、野外での映画上映など盛りだくさんのイベントがありました。何れの集会も会場費が高くて払えない若者が会場の外に集まるなどインドネシアらしいですね。

 

街ではホテル・インドネシア前のロータリーでは、午前零時、ホテルの屋上に「新年おめでとう」のインドネシア語の電光版が点灯されると、噴水を囲んでいた群衆約五万人が、一斉に新年のあいさつを交わしホテル・インドネシアのロビーでは、恒例のダンス大会。昨年、庶民に広がったパプア生まれのダンスと言われるスジョジョ・コンテストで盛り上がりました。

 

 

 

「悪魔のくだもの」(NO,63)

 

インドネシアは雨季の今が果物の最盛期です、マンゴー、椰子、スイカ、ぶどう、ドリアン、ランブタン、ドック、ナンカ、サラック。マンガ(日本ではマンゴーと言いますが)いまはマンガが最盛期です、ガンや成人病の予防に効くベーターカロチンが多いのですが何しろ美味しい。ハム・マニス、ハルム・ベロン、ゲドン、ゴレック、マナラギ、その他沢山の種類があるそうです。

 

しかし何と言ってもドリアンを食べない訳には行きません。熱帯地方の果物らしい独特の香気と、とろける様な美味しさから「果物の王様」と呼ばれるドリアンは、値段は高いのですが一度食べると借金をしてでも毎日でも食べたくなると言われ、別名「悪魔のくだもの」とも呼ばれています。


果肉は柔らかく、クリーム状で少し繊維がありますが舌ざわりは甘くなめらかで酸味はありません。こってりとした味で、栄養価も高く、ビタミンA、リン、カルシュウムが多く含まれ大変優れた果物です

 

初めてこの匂いに会うと、ちょうど都市ガスが漏れているような匂いがします。気になって近づいていくと、大変です、どろどろに腐って異臭を放っている玉ねぎに、ありとあらゆる汚水が流れ込んで淀んだどぶ川にどっぷりと浸かったような強烈な悪臭です。こんな食物を口に入れられたら、臭覚に異常があるときっと思われます。


でも、不思議なことに、我慢に我慢を重ねて一旦口にして食べれば・・もう、ドリアンの虜になります。たぶん不思議なことにそれからは、ガス臭いことはあってもあの悪臭はしません。甘いー、とろけるような妖艶な香りがたちこめ、思わずその香りに引き寄せられてしまいます。でも最近は洋食中心の食事が多いので、かなりの方があまり気にすることもなく最初から大丈夫で、特にチーズのお好きな方はまったく悪臭を感ずることなく食べられると言います。           

 

でも今でもホテルで食べる事や飛行機に持ち込む事は禁止され、特に薬やお酒と一緒に食べてはいけないと言われています。何故なのでしょうか。

         

 

                 ジャカルタの街角が突然牧場に (NO,64)

 

住宅街の街角の緑地に、鉄道線路沿いの長い土手に、学校の塀の外、緑にある日突然牧場が誕生します、白くて痩せて少し小型の牛。白や黒、茶色が混ざった羊、せめて最後に街角の緑でも食べさせたいのだろうかジャカルタの至る所に牛や羊の数十頭ずつの群れが突然ジャカルタの街角に現れました。

 

2月2日はイスラムの犠牲祭です、羊1頭で人間1人の供養に、牛一頭で7人の供養になると言います、神に捧げその後自分たちで肉を捌き焼いて皆で分けて食べる様です、デパートなどでは生活困窮者に配られる事もあります。

羊が50万Rp(日本円で7000円ぐらい)、牛は400万Rpもすると言う話ですから、羊でもとてもメイドさんに買えません、1月の稼ぎに匹敵しますからね。

 

しかし個人ではとても買えないので殆どは会社や団体、学校などで買って、費用はみんなで集める所もあれば会社などで出してくれる所もあります。それに付けてもこんなに沢山の牛や羊が売れるのでしょうか。写真を撮っていたら「安くするから買え」と言われ困りました。しかし昨日まで可愛く直ぐそばで草を食べていた羊も次の日には運命の日になる事を知って居るのでしょうか。

 

 


あるJENIの生活 (NO,65)

 

JENI はジョグジャカルタの9人兄弟の下から2番目に生まれました、農業で生活する一家ではとても食えないしジョグジャでは少しも仕事がないので上の兄弟を頼ってジャカルタに出て来ました。

 

家はジャカルタの下町で川の直ぐそばにある小さなちいさな家で部屋にはドアも無かったが、親戚、家族など大勢が殆ど一家のように助けあいながら生活していました、だから彼女は此処が故郷でした。

 

若い頃紹介され結婚しましたが火事には2回あい、洪水は数え切れないほど経験したと言います、洪水を逃げて避難した先ではたった一つの財産である衣類などが盗まれるし、胸まで浸かる洪水の中から近所奥さんの首を掴んで助けた事もありました。親戚の元メイドは結核を患いながら金が無いので入院も出来ずに2年間寝たきりで最近22歳の短い人生を終わりました。

 

彼女の夫はバスの運転手でムスリムでしたが酒を飲み、結婚して数年目から仕事のストレスの為か沢山飲むように成りました。次の日も休む事も多くなったため職場から叱られるし、また酒代を払うためにも盗みをするようにも成りました。彼女は本当は別れたかったのです、しかし男の子が2人いたのに夫は彼女を殴ることもあり、タバコの火を腕に付けられた事もありました、彼女は決心しました。

 

彼女は子供と分かれるのは死ぬほど辛かったのですが、しかし生活費と夫のためにも子供を親戚に頼んで出稼ぎに出ることにしました、頭の良い彼女はその頃めずらしいコンピューターの打ち込みの仕事ができるので外国での仕事を選びました。

 

心配な子供の事、でも楽しい外国生活、彼女は多くない給料の殆どを夫と子供のために送金しました。しかしそんな生活も長くは続きませんでした、不規則な生活から「夫が病気になった」と連絡があったのです、永くはありませんでした。彼女はいま後悔はしていません、そんな彼女はいま遠くの大学に通う息子に仕送りをするのが唯ひとつの楽しみです。苦しいジャカルタでの生活は多くの女性がそうであるように。



                 
車のパンク (NO,66)

 

仕事で高速道路を降りて普通道路に入ろうとしたら運転手が何か叫んでいます、その時は判らなかったのですが車の後輪がパンクしたと言う事でした。

車は数メートル走らない内にガタガタしだした、通行人に車の修理やを聞いているらしい、高速道路を曲がると直ぐに修理工場がありました、此れではとても数百メートルも走れないでしょう、助かったと思いました、

 

修理工場は施設も近代的で日本の修理やにある自動のタイヤはめ込み、バランス調整などもそろっているし修理工の作業も手早い店でした、タイヤには「バイクのバルブ」の先が尖って刺さっていました、6ミリほどの太さなので直ぐ空気は抜けてしまう、何故こんなものが刺ったのだろう!!

 

新聞によると夜の高速道路でパンクをさせ車を降りた所で強盗をする連中が居るらしい、場所も高速の終点なので、あるかも知れない!!しかしいまは昼間だ、それにつけても直ぐ側に車の修理やがあり、作業も手馴れている、何か怪しい、出来すぎている。犯人はもしか修理やか!!

新品のタイヤは日本円で5千円でお釣りが来た安い!まー仕方が無いか!!

 

 

              
テレビ撮影―(NO,67)

 

突然話があって、テレビ東京の「ODA広報番組」に出てくれないかと話がありました、日本からプロデユーサとカメラマンそして現地案内人である日本人女性がある日の1日を追いかけて撮影しました。電話で大した打ち合わせも無く、ただ日常の仕事ぶりを撮影したいとの事でした。一応事前に職場には了解を取ってあったのですが、職場の人からは「新しい電車を撮れ」「俺にもしゃべらせろ」、などと珍しい日本人の撮影に大いに関心を持っていたようです。

 

特別なシナリオもなく、撮影のヤラセもなく、何か雑談の合間に撮影されるし照明もある訳でもなく、ビデオカメラも趣味のビデオのように小さいのであまり意識しないで撮影は進みました。東京のテレビなので此方では見られません。終わって見ると恥ずかしい場面はないだろうか、おかしい発言はしてないか、少し心配でした。

 

ODAの広報テレビ番組として「宍戸開の地球サポーター」という番組がテレビ東京で1月下旬、午後9時55分に6分間だけの短い時間放送されます。東京でみた友人たちからは「あの場面はやらせか」などとも言われましたが本音で話し働く姿を見てもらえただけで良しとしますか。 

 

 

 

バンジュール (NO,68)

 

19日頃から降り続いた集中豪雨による洪水でジャカルタ市民は1万3千人以上が避難生活を強いられたと言います。市では昨年380億Rpで浚渫やゴミの撤去を行ったと言いますが根本的な洪水対策にはなっていないようです。

 

雨季もそろそろ明ける時期ですが上流のボゴールで川の水が怒涛のように流れているのを見て危ないなとは思っていました、夜のテレビでもジャカルタ各地で洪水のニュースです。その夜ブキドリの町は膝くらいの水が出て近所の人たちが助け合い、荷物を高い所に、また炊き出しと大変な騒ぎです。

電気も止まり明り取りのためのロウソクを倒しボヤになり、幸い水は何処にでもあるので、洪水の避難を一時中止して皆で水を掛け消し止めました。

 

年寄りや病人を避難しようにも道にタクシーやバスも通らなくなり、昼間は洪水のため家具や衣類の避難を近所の人たちで手伝いますが、夜は洪水のためにドアも閉まらず、家具や衣類、電気器具など盗まれた人も有ったと言います。住民のベットの上にも水が被り、夜も眠る所が無かったと言います。

 

朝早くからブキドリ車庫の人たちに電話をしても繋がりません、何時もの時間より早く職場に向かったら、車庫に通じる道路がすでに交通止めです、幸い車庫内には殆ど水は入らなかった様ですが、昨年車庫の塀を一斉に強化した事も良かったのかも知れません。でもテレビで見る洪水の中で喜んで泳いでいる子供たちは何なんでしょうか。

 


                新しい赤い冷房バス(NO,69)

 

首都ジャカルタの大量輸送機関として提起されたバスレーンは長い間賛否両論で大論争でしたが1月15日から21箇所の停留所、新しい赤い冷房バス、時速40〜50Kmのスピードで走り出しました。バスレーン(ブロックM〜コタ)12,9Kmを当初は20台、最大56台の予定で1月中の2週間は無料とするなどのサービスもあり物凄い盛況でした。

 

ただ3車線のメーンストリートの1つをブロックで囲みジャカルタ名物の渋滞を益々増加させた!同時期に導入された「中心街に入る朝夕3人以上乗っていない自家用車から罰金を取る!」など市の政策と供に批判などの反対意見も盛んです。試運転当初は(日本の地下鉄に使用している自動ドアー)のセンサー不良なのか停留所の定位に止らなかったためかドアが開かない車が出てきて仕方なく中央禄地帯に降ろされた客もあり、訓練中にバス停などにぶつかりたり故障で6台が故障しました。

 

バスレーンの運転手の悩みも「トイレに行く時間が無い」始発に着いても待ち時間が10分しかなく途中の停留所にもトイレが無い為、我慢できなくなった運転手がブロックMのトイレに行き後続のバス8台が立ち往生するなどの問題もありました。しかし最近ブロックMの停留所に運転手専門の休憩所が出来ました冷房付き、トイレや食堂もある広さです。

 

バスレーンは2,500Rpで欧米人や日本人の姿も見られる様になり、チケットを購入する長い列が出来たり改札機が故障して手作業でチケットを回収する所もありました。

警備員は全部で845人が20箇所のバス停に2〜5人の配置24時間体制で警備。しかし以前は1日8万〜15万Rp稼いでいたが「基本給200万に1日3万7千5百の手当がつくと言うが実際には基本給70万Rpだったのでがっかりだ」だから普通のバスの運転手に戻るつもりだなどの声もありました。

 

赤い冷房付きの新車はメルセデスベンツと日野の車で今流行の低床ではなく発想の転換で高床にして床をフラットにしました、だから乗客の出入り口は1mぐらいの高さだから専用のバス停が必要なのです。右側使用ですが両側どちらにも出入り口があります。バス停は中央分離帯にある島ホーム型で冷房完備、入口に改札口がありチケットを購入して、運転手は金銭を扱わないので乗降が早いのです。

 

乗降口は4折観音開きのドアは広く、座席は対面座席ですが、立つ人のつり革がなぜか天井のパイプに固定されてなくブレーキ時などつり革ごと流れて少し危険でした。最近では前車が見えるほどの車間距離で、あまり待ちませんでした。

 

バスレーンの会社は先月の15日から30日までのお客が約180万人に達したと発表しました、一日平均12万人、3イン1の影響かラッシュ帯の時間が多く1日以降有料になったが既に市民の信頼を得ているので今後も1日当たり10万人以上になるもようと話しています。州政府は今年度中に40台のバスを追加するほかコタ停留所の地下道建設や雨よけ設置に1200億ルピア」を拠出する計画です。




                  
「3イン1制度」(NO,70

 

バスレーンの導入と供に中止案、延期案など大論議を呼んでいましたが、ジャカルタ特別州では3イン1制度(都心への車両流入規制するため3人以上の乗車を必要とする)1223日から、テスト期間に入り、午前7から10時、午後4時から7時までの朝夕2回に拡大する事を決めました。規制道路はタムリン、スデルマン、ガドットスブロト通りなどです。

 

1ヶ月のテスト期間を終えて123日から本格的な実施に入りました、警察は規制区域内の出入り口にテロ対策並の厳しい規制を引き、初日から違反キップを切られ、免許証を取り上げられる車が続出しました、罰金は100万ルピアに下がったものの、始めは半信半疑でしたが強い規制に企業も「乗合出勤」「裏口出社」「替え玉乗車」などの対応に追われています、違反者は違反キップにサインをさせられ免許証を没収、後日裁判所に出頭して最高100万ルピアの罰金を払います。あるビルでは裏門を開放し、またあるビルではセキュリティが警官がいるかチェック、企業からの電話に答えています、またタクシーは規制除外なのでビルの出入口にタクシー乗り場を新たに作ったり、ブロックMの日本レストランでは客の来店が遅くなり回転率が悪くなったとボヤいています。

一方車を持たない一般市民はオートバイやバスを利用するので影響はない。タクシーはマイカー族が乗り換えるとは思えないが規制区内は走り易くなった、と言います。また官庁の赤プレート、CD(外交)ナンバー等も規制の対象とされているとのことです。

 

3イン1取締り初日の取り締まりで1092人を検挙した罰金刑は最高100万Rp通常5〜15万Rpジョッキー(数合わせの乗員)たちの収入が増加して「最近は11万Rp朝夕3回乗れると大喜びでした。

 

新「3イン1制度」から1ヶ月が経過したが、25日間で取り締まりで検挙された違反者数が9695人に達しました。午前中の時間帯で検挙されるドライバーが若干多かった様ですが。検挙数は日を追うごとに減少している様です。でも企業は大変、お手伝いさんを乗せたりジョッキー専門の人を雇って会社の制服を着せて乗せているという話も聞きました。

 

地裁は取締りが始まった26日、27日に検挙されたドライバーの略式裁判50件を行いました、しかし、実際に行われたのは29件、罰金5500ルピアを支払ったが、欠席した被告達はチャロ(中間業者)を雇い、75千ルピアを支払ったと言います。地検では毎週火曜日に裁判を開廷、2回目のこの日は数百人が職員のマイクで呼び出され通常5万ルピアが課せられた。「毎夕仕事で荷物を届けるので規制時間が終わる午後7時まで残業しなければならなくなった」と話しています。

しかし、そこはジャカルタ。規制区域外で逆に渋滞が激しくなり、今まで20分の所が1時間ぐらい掛かるようになりました。あるお客企業では本気に移転を考えている所も有るようです。何れにしろまだまだ結論は相当先になりそうですね。

 



                 「3イン1制度」(NO,70

 

バスレーンの導入と供に中止案、延期案など大論議を呼んでいましたが、ジャカルタ特別州では3イン1制度(都心への車両流入規制するため3人以上の乗車を必要とする)1223日から、テスト期間に入り、午前7から10時、午後4時から7時までの朝夕2回に拡大する事を決めました。規制道路はタムリン、スデルマン、ガドットスブロト通りなどです。

 

1ヶ月のテスト期間を終えて123日から本格的な実施に入りました、警察は規制区域内の出入り口にテロ対策並の厳しい規制を引き、初日から違反キップを切られ、免許証を取り上げられる車が続出しました、罰金は100万ルピアに下がったものの、始めは半信半疑でしたが強い規制に企業も「乗合出勤」「裏口出社」「替え玉乗車」などの対応に追われています、違反者は違反キップにサインをさせられ免許証を没収、後日裁判所に出頭して最高100万ルピアの罰金を払います。あるビルでは裏門を開放し、またあるビルではセキュリティが警官がいるかチェック、企業からの電話に答えています、またタクシーは規制除外なのでビルの出入口にタクシー乗り場を新たに作ったり、ブロックMの日本レストランでは客の来店が遅くなり回転率が悪くなったとボヤいています。

一方車を持たない一般市民はオートバイやバスを利用するので影響はない。タクシーはマイカー族が乗り換えるとは思えないが規制区内は走り易くなった、と言います。また官庁の赤プレート、CD(外交)ナンバー等も規制の対象とされているとのことです。

 

3イン1取締り初日の取り締まりで1092人を検挙した罰金刑は最高100万Rp通常5〜15万Rpジョッキー(数合わせの乗員)たちの収入が増加して「最近は11万Rp朝夕3回乗れると大喜びでした。

 

新「3イン1制度」から1ヶ月が経過したが、25日間で取り締まりで検挙された違反者数が9695人に達しました。午前中の時間帯で検挙されるドライバーが若干多かった様ですが。検挙数は日を追うごとに減少している様です。でも企業は大変、お手伝いさんを乗せたりジョッキー専門の人を雇って会社の制服を着せて乗せているという話も聞きました。

 

地裁は取締りが始まった26日、27日に検挙されたドライバーの略式裁判50件を行いました、しかし、実際に行われたのは29件、罰金5500ルピアを支払ったが、欠席した被告達はチャロ(中間業者)を雇い、75千ルピアを支払ったと言います。地検では毎週火曜日に裁判を開廷、2回目のこの日は数百人が職員のマイクで呼び出され通常5万ルピアが課せられた。「毎夕仕事で荷物を届けるので規制時間が終わる午後7時まで残業しなければならなくなった」と話しています。

しかし、そこはジャカルタ。規制区域外で逆に渋滞が激しくなり、今まで20分の所が1時間ぐらい掛かるようになりました。あるお客企業では本気に移転を考えている所も有るようです。何れにしろまだまだ結論は相当先になりそうですね。



 
                
猛威振るうデング熱 (NO,72)

 

5年周期で流行を繰り返すデング熱は今年がピークと言われています。昨年は14,073人の患者で、59人の死者となっています。普通大人の場合8〜10日ぐらい、子供の場合は4〜6日間の潜伏期間があり、頭痛、吐き気、発疹のほか38度以上の高熱が2〜7日間続きます。

 

世界保健機関によればアジアやカリブ海一帯の熱帯地方で年間1億人が感染し致死率は約5%と言われます、インドネシアでもジャワ各地で広まりカリマンタン、スラウエシなどが多いのですが、首都ジャカルタ大変な勢いです。

 

デング熱は幼児の死亡が相次ぎ、今年はデング熱の流行に衰えが見えません、患者数は19,031人に増加、死者は336人に達した、治療費の一部無料や蚊の駆除に乗り出したが流行のピークと言われジャカルタの病院は多くの患者でベットが廊下まで溢れ重度のデング熱出血熱で幼児の死亡が増加しています。薬の配布カウンターや受付は市場のような人で、祈祷師が祈りをしている姿もある。医者は「デング熱は寝かせる、点滴を打つなどの対処療法のみ医者や薬に不足は無いが患者を収容する場所が無い」「戸や窓の開け閉めを徹底し蚊の侵入をふせぐ、媒介する蚊は日中活躍するが、窓を開けて寝る場合は蚊帳を使うべきだ」と言われます。

 

ブキドリ近辺でも幼児などが入院し、小学生が亡くなったと聞き、また職場の関係者も罹ったとの事で日常の話題でした。しかし3月に入って全国規模に拡大したデング熱の流行が衰退傾向にあり3月15日現在患者は34,463人、死者は452人(2004年)に達したが4月までには通常の状態に収束する見通しと言われます。

 


                 
インドネシアの総選挙 (NO,73)

 

総選挙は4月5日投票で24政党が参加して、国会の定数550に対し約7000人が立候補し地方代表議会には128人が立候補、そのほか地方自治体の選挙もあり空前の選挙になるようです。だが前回1999年の劇的な「改革ムード」とは違いしらけムードさえ漂って改革への期待を裏切られた失望感などが低調ぶりの背景にあるようです。

 

市内では政党や候補者の山車が行進したり街や住宅地には政党旗やステッカーが一斉に登場、新聞やテレビでのメデアキャンペーンも盛んです。真っ赤なTシャツのオートバイ部隊。庶民にとって選挙パレードは楽しく小旗、ポスター、カレンダー、アメ、アクア、政党名入りのタバコまた帽子まで配られています。パジャイ300台も普段通れない中心街で排気ガスを撒き散らしながら走っていました。

 

しかし集会場に集まったのは数千人、前回の数十万人にはとても及びません。「再び政権を担当すれば公務員に1ヶ月分のボーナスを支払う」とか「弁当やTシャツが貰えるから参加した」「オートバイで走り廻るのが楽しい」と演説には関心無さそう。マスコミも総動員でテレビスポット、新聞の広告、テレビは30秒約2000万ルピア。総額数十億ルピアをの膨大な資金を投入する事になります。

 

メガワティ大統領も集会では国家が直面する問題や政策については一切触れずロックバンドの演奏に合せて歌ったり踊ったり「バスで来た場合は1万〜2万ルピアバイクや車で来た5万ルピア」「キャンペーンには参加したけどどの党に投票するかはまだ決めてない」、「オートバイ行進は楽しいけど演説を聞くのはつまらない」。「政策を訴えても聞いてくれるのは教育の高い2%の人だけ」と言う人も居る。

 

また各党が公共バスを貸しきるため、運転手は「公共バスでは1日20万ルピア。だが選挙だと1日40万になる」とホクホク顔。地方に行くと道路ごとに旗の色が違う所を見ると部落毎の締付があるのか出身者なのでしょうか

 

しかし有権者は結局これまでと同じ政党に入れるだろうと予測されています。此れは政策の無い何処かの国と同じで、まだまだインドネシアは平和ですね。

 
 

             ジャカルタ名物列車の屋根の人 (NO,74)

 

電車の屋根に登る乗客が後を立たない現状を打破しようと国鉄はこのほど首都圏を走る電車10本の屋根を来月までに半円形に改良すると発表しました。以前から屋根に乗れないようにするために終点の駅で竹の棒で叩いたり、乗っている人から罰金を取る。また屋根にトゲを付けたりして来ましたが効果は有りませんでした。今回は屋根を2重にして半円形にして乗れなくしました。

 

ただし20Kgの鉄板を1両に16枚も乗せたので重量も大変です。この様に昨年来電車4本の屋根を半円形に改良したところ、屋根に登る乗客が激減。無賃乗車の乗客も減った事から電車1本当たり8000万ルピアを投じて屋根の改良しました。

 

しかし利用客からは満員となった車内に乗れない乗客が屋根に登っていると指摘もあり「故障した列車を修復し運行本数を増やすのが先だ」と批判しています、首都圏を走る電車は屋根に登った乗客の転落事故が後を絶たず無賃乗車が恒例化。無賃乗車は35%で1日当たり約45万人が無賃乗車を行っていると言われています。

 

 

                 
歴史を尋ねるたび(NO,75)

 

ジャカルタ歴史博物館の案内で観光に参加しました。電話で申し込みした時には7時30分集合と聞き、すごく早い集合だなとは思っていたがやはり出発は9時近くなってから、出発前に飲み物と弁当が配られ、参加者は30人〜40人ぐらいでしょうか、しかし車内でも行き先の説明も判らない中、小型のバス3台に分乗して約1時間ほど走りかなりのカンプン(田舎)に入ってきました。

 

名簿を見ても多分、私のほかに日本人は1人のようです、今日の予定もはっきり判らないまま、変な日本人が一人なので皆が親切に気を使ってくれました、「飲み物が有りますよ」「あなたのバスはあちらです」小さな観光地に着いてからようやくNGOで働く日本人を探し少し話してみました。「ベタウイの人は月に数回ここで民族衣装を着て子供達に踊りを教えていると言う」話で、ベタウイ人は過ってのジャカルタ近辺の種族でした。今のジャカルタはインドネシア各地から集まって人たちなのでこうして1つの部落を中心に昔の習慣、文化を子供たちに積極的に伝えているようでした。

 

当日は小中学生らが一生懸命踊りの練習しているのを見学しまた小さなお土産やさんも覗いて見ました。しかし歴史の観光よりもビックリしたのは参加者全員が本当に親切に、たった一人の言葉も判らない日本人が可愛そうに思えたのか良く気を使ってくれました、たった3時間足らずの出会いでしたが長年の友人たちの様な関係でした、後で聞いてみるとバンドンの大学生グループのようでした。

          「第三シリーズ」終わり

 


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