工作室主任の日記


10月11日        
飛行艇に出会う
飛行艇us2沼南ラジオ工作室(自宅)近くに海上自衛隊下総基地がある。11日は、開設50周年記念の公開日。透き通る青空、強い日差しのもと基地所属機や飛来航空機の展示を見学に行く。
この基地に常駐するYS-11Tをはじめとして、哨戒機P-3C、輸送機C-1、各種回転翼機に混ざって、恒例の飛行艇(水陸両用救難飛行艇)も飛来していた。飛行艇は私個人とても興味をもってきたもの。1960年代に開発されて半世紀以上、さらにそれの20年以上の「2式大艇」をルーツにもち、外形もそれに類似している。
今回はいままでここで見たものと塗装も変わり、プロペラの形状が3枚から6枚になっていた。いままで見ていたのはUS-1A。これは、US-2であった。
今回の会場では、アマチュアの自作飛行機の飛行も行われた。飛行機を自作してしまい、そして自ら空に飛び立ってしまう人たちに畏敬の念をいだいたのであった。
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10月6日        
明け方に謎の動物出現
おおきな動物図はネズミのように見えるが、これは、私のイメージ表現力が足りないだけで、実際には「いたち」のようであった。
この日の明け方5時ごろのこと。枕元の雨戸の外のバルコニー(洗濯もの干し台)で、「ドタ・ドタ・ドタ」という音がいったり来たりするので目が覚めた。はじめは、カラスでも歩いているのかと思ったが、それにしては音が大きい。隣の無線室の雨戸をあけると、数メートル先の物干ざおの上でなにやら動物がどっちに行こうかというふうに、首をきょろきょろ。脚は、さおから落ちないようにと、ばたつかせている。一瞬、「これは、、、ねこ?」と思う。
と、ばたついている動物がこっちを見た。動物と私の視線がばっちり合ったのだ。双方ともびっくり。こちらは、「あきらかに、猫でも、犬でもない、なにかの動物」を認める。テキは、「人間にみつかった!」と緊張する(したと思う)。
あとは、動物は我が家の別のベランダに飛び移り、そこを行ったり来たり。さらに隣家の窓枠に飛び移り、電線経由で逃げようとして、ツメをがりがりさせている。 あたりが薄明るくなりはじめた頃、ようやく写真を撮ることを思いつく。携帯電話のカメラでおうが、失敗。動物は逃げ去った。で、この絵となった。
近隣の雑木林が一斉に切り開かれたため、そこに棲む動物たちも居場所がなくなっているのだろう。動物は、後に図鑑から「いたち」または「てん」ではなかったかと推測した。
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8月23日        
ハムフェア2009
ハムフェアのおみやげ毎年出かけるハムフェア。初日は仕事のため2日目に訪問。クラブブースには電信関係の出展が多いような気がした。アマチュア無線だけに残っているモールス符号通信は、アマチュアならではの特殊技能として独自の発展をしていくのかも知れない。自分も縦振れキーによる送信符号を印字機で調べてもらった。判定は、「けっこう、きれいじゃないか、、、。」 と?恒例のお買い物は、メータ二つと、毎年会場で購入する絶縁テープ。
  メータは帰ってから調べると文字盤の表示と実体が違う。実体に合わせて文字盤を張り替えたり、分流抵抗をつないで、目盛りに合わせるなどの細工をほどこした。
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8月20日        
FT−747GX復帰する
747GX復帰7メガ拡張パーティーは、第二装置で参加し、最終日までに70数局との交信だった。ゆったりと、アマチュア無線らしい交信ができる、と考えながらの拡張周波数への参入だったのだが、期間中、交信数を増やそうとすると、結局あわただしい交信になってしまい、反省。肝心の747は、2週間すこし経過したところで修理完了の連絡を受け、今度は大雨の中、修理の窓口まで受取りに出向いた。 説明によると「メインユニットIF回路の接触不良」20年間の経年変化によるハンダ面の劣化によるものとのこと。ハンダの補修のみで解決したので修理工賃のみだったが、「すでに部品の在庫が無くなってきているので、部品交換を要する修理は難しい」、とのコメントも。
その場合は、いよいよ、自分でいじり回さなければならなくなるのだろう。たぶん、この747、自分でCWフィルタ、TXCOユニット、FMユニットなどを基板にハンダ付けして追加拡張したものなので、その部分の自分のハンダ付けが不良だったのかもしれない。
なにはともあれ、一応現場復帰した747GX。今のところは快調に動作している。
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月10日        
FT−747GXがピンチ
FT747GXテストアマチュア無線の7メガ拡張周波数帯では、ゆったりとした交信ができてたいへん具合がよい、と喜んでいたら、無線機のほうが具合が悪くなってきてしまった。電源を入れて、少し時間が経過すると、送受ともできなくなる。受信は感度が極度に低下して、そうなると送信もできない。そのまま放置すると再び復旧することもある。20年前のFT−747GXだから、症状から不良個所を想定しつつ、部品(特にコンデンサ)が劣化してきてこんな症状を呈するのかと推測し、テクニカルマニュアルを見るが手に負えない。
本日、強風の中、同社修理窓口に持ち込んだが、まずは修理可能かどうかの連絡を待つ、という状態。
7月10日から10日間の周波数帯拡張記念のQSOパーティーがはじまったことろなのに。タイミングが悪かった。
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月1日        
レトラジ001の組み立て依頼を受ける
さすがのびやかな音だレトラジ001の組み立てを承った。
一月ほど前に注文受けたレトラジ001のキットを依頼により組み立てた。あらためて、そのスタイル、ストレート式ラジオの、のびやかな音を楽しむ。 。
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月15日        
プリント基板の検証
付録基板の検証原稿用制作が再び忙しくなってきた。同時に2石ラジオの基板検証を行う。工作室はいつもこんな状態になってしまう。
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月25日        
7メガバンド拡大で専用アンテナ設置
4バンド用だが7メガだけに使う3月末からアマチュア無線の7メガバンドに7100〜7200までが追加されている。昨年夏から7メガ用ワイヤーアンテナが切れていたが、仕事のつごうで、ゆっくり無線をすることもなくそのままにしておいたが、これを機にロータリダイポールを付け加えた。クリエイトの730V1は、むかし使っていたが、改めて新規に7メガ用として設置した。エレメント先を数センチ切り詰め、周波数帯も7100以上に調整した。
4月以降、今のところゆったりとした7メガでの国内QSOが楽しめているのだが、、。いずれこのあたりも混雑してくるのか?
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月25日        
クレーム対策でレトラジR2のヒータを直流点火に
ヒータをDC点火にレトラジR2のユーザーから、ノイズのクレームが来た。音が無音になるとジーというノイズが耳につくとのこと。R2AMステレオラジオでアンプ部分が真空管なのだが、スピーカが独自構造で音に重点をおいている。
手元の検証機でヒータを直流点火にすることで完全に除去できることを確認したので現物を送付してもらうべく依頼した。シャーシが届くのを待って修理することとした。
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月19日        
再生調整ができない
レトラジのMVC朝、妻を病院につれて行くため車に乗りかけたら、携帯電話がなった。販売店様から、「レトラジの購入者が正式サイトへメールで質問してたのに1ヶ月以上なしのつぶてだ」という問い合わせが来ているとのこと。 「そんなはずはないのだが、、、?」と思いつつも、連絡先を承る。
帰宅後、販売店様から聞いたメールへ連絡。ここから故障修理のキャッチボールの日々が始まった。各部の電圧値、CRの数値、再生用バリコンのピン、配線、再生調整についてなど、と。
最終的に2連バリコンの羽根が回転によって接触していた。羽根のそりを修正することで問題解決したとの連絡をお客さまから受け、部品の不良であることをお詫びした。
このところ、妻病院通い、父入院などのごたごた続きでやや疲労ぎみ。
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月12日        
原稿作品用プリント基板起こし
プリント基板作りそろそろ次の電子工作マガジンの仕込みのためプリント基板を作ることになる。回路をユニバーサル基板で組んで内容を仕上げていくが、最終段階でそれをプリントパターンとして起こすことにする。簡単なラジオなのだが、普段はプリント基板は使っていない。まずは5、6枚試作することにして制作したパターンをフィルムにプリント。蛍光灯を使って焼き付けから開始だが、始めた時刻そのものが夜中だったので、エッチング完成まで持ち込むのに徹夜状態になってしまった。でも、このラジオ、車にのせて千葉県内を走りながら聴くが、トランジスタ2石レフレックスながら本当に良く聞こえるので感心する。少し大きめのケースに入れたら愛着がわいてきた。
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月5日        
桜とともに町にSLがやってきた
小さいが蒸気で走る桜のまつりとともに、桜並木の中にミニSL用線路が敷設された。
先週から開花している桜がまだ散らず今週を迎えた。
近所の六高台の桜祭り。朝からSLの汽笛の音が。花見にくりだすと車両通行止めになった広い桜並木の中を走るミニSL発見。道路中央の緑地をはさんで100メートル以上のループになったレール、信号や踏切の遮断器も完備している。幼児達を乗せて元気に走っていた。
実際に小さな石炭を炊いて蒸気を発生して走るこのミニSL、本物と同じ動作。しばし見とれていた。
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月27日        
上野の山の遺跡
国会議事堂を模した仕事で都内に出ての帰り。秋葉原から歩いて不忍池(しのばずのいけ)へ。中央の弁天堂で桜を見ながらお茶とおでんを食す。しかし残念ながらあまり旨くなし。その足上野公園へ。ここも桜が満開でどこも宴会の場所取りグループが。その結果、排除された青テントの人たち向けのサポートも行われていた。そんな公園内をぶらぶらしていたら、京成電鉄の元の博物館動物園駅の入り口に行き当たる。
 この地下駅は既に廃止されているが、入口の外観は国会議事堂を模したと思われる造りのまま健在だ。まわりをぐるぐる巡って観察し、30数年前のことを思い出した。
この地下駅がまだ使われていた当時、階段を地下に降りていくと、すすけた壁に裸電球がぽつんとともる薄暗いホーム。地上とは別の世界が広がっていたものだった。
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月15日        
懸案のラジオ試作R5?となるか?
上がR5試作構想だけで手が着かなかったR5を試作した。R4もまだできていないのに、、、なのだが。
真空管ラジオキットのふるさとを自称する我が工作室。世の中に出たレトラジは1と2と3の3機種だけなのだけれど、登場できないたくさんのレトラジもある。原稿仕事が少し手を放れたので懸案の作品の試作をした。中身は簡単な3球スーパーなのだが。レトラジの雰囲気を持たせるためにキャビネットを各種手作りした。下は製品化されたR3を試作した時のもの。上がこんど作ったR5?の候補だが。
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月10日        
電池企画を振り返る3
木工や板金工事だ版元から編集後記作成の指令あり、それを記す。発行は近いのか? それにしても、この企画は、モノ作り、実験、撮影、といろんな作業がつきまとう。沼南ラジオ「工作室」と自称するくらいだから、ある時は木工、金工、木くず金属くずの舞う中での原稿仕事になるのだ。
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月9日        
電池企画を振り返る2
太陽電池利用電源企画の一つとして製作執筆した太陽電池利用パーソナル電源だ。
太陽電池、シールバッテリ、充電器を組み合わせてアウトドアでAC電源の電気器具を使うという趣向。太陽の日差しがこれからつよまってくることを期待しつつ、部屋の窓を開けて、身の回りの適当な器具と太陽電池をくみあわせた。
白黒テレビ、真空管ラジオ、アンプ、無線機、扇風機など動作を確認。春の日差しでも大丈夫。真夏のアウトドアが待ち遠しい。
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月9日        
電池企画を振り返る1
電池を作る大きな山を越したと思ったのは「入門企画の電池工作」。だったのだが、発行日はまだ先。しかしこの仕事、長く時間を掛けすぎてしまった。電池の歴史、原理、電池と社会のつながりを探りながら、電池関連の工作をしていくもの。だから電池そのものの製作実験も含むのだ。
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月9日        
秋葉原駅の裏表
秋葉原デパート跡ようやく一息つき、年末も手つかずだった工作室の大掃除にとりかかれそうになってきた。同時に秋葉原駅、電気街口が様変わりしていることにあらためて思い至った。秋葉原デパートが閉店になり改修の続いている駅前、従来はラジオ会館側が表側だったのが、現在は完全に裏口の風情。改修工事のテントや鉄囲いも、そんな雰囲気をさらに高めている。JR切符販売機も新しい街側に移動している。駅そばの店、デパート前で人だかりの出来ていた、各種の路上実演販売のあのにぎやかさも、古い秋葉原のものになってしまうのだろうか。
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月31日        
怒濤の1月だった!
これ安いがインクは高い正月のニューイヤーパーティーも2,3時間の22局のみで切り上げ。以来、毎日毎日早朝から深夜まで工作室転じて編集室にこもりきりのひと月だった。そんな中で、プリンタが突然動かなくなる。あわてて近所の量販店に買いに行った。8500円だった。安い。安すぎる。でも、安いことはいいことだ、と、ともかく買って来て使いまくる。ところがインクがすぐ無くなる。しかたなくまた同じ店に車を飛ばして買いに行く。高い!インクを3回買えば確実にプリンタが1台の金額だ。とはいえ、ともかくゴールは見えてきた。
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12月31日        
新企画取組みでモー大変!
09年は丑年です「電子工作マガジン」の第3号は3月に発売とのことで 編集部からのハッパがかかっている。ノンビリした年越しはできそうにもない今日このごろ。ところが、現在、もう一つの企画も超繁忙。で、この日記もぜんぜん手つかずで年を越してしまいそうなのでこれを記しているところ。昨晩までの原稿のおい込みで少しメドがたったので、今日の大晦日は原稿のお仕事をお休み。大掃除、買い出し、と今月始めてのアマチュア無線。年明けのニューイヤーパーティー以後はまた激動の原稿仕事が始まるのだ。
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11月16日        
電子工作マガジン第2号が出る
電子工作マガジン2号電子工作本入門誌として電波新聞社から発刊されていた「電子工作マガジン」の第2号が11月19日に発売になるとのこと。1号から沼南ラジオ工作室からの作品も掲載していただいているが、電子工作を通して科学する眼をはぐくみ、物作りの楽しさを知ってもらうためのマガジンとして浸透していってほしい。
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10月16日        
レトラジ001のST管化
ST管シャーシ改造レトラジ001のST管タイプは今でも問い合わせが多いのだが、真空管そのものをまとめて用意することができず限定販売で終わってしまった。GT管タイプもやったが、これも真空管の価格が高く、現在はMT管タイプのみを販売している。「手持ちのST管があるからレトラジ001をST管化できないか?」との問い合わを受け、特別バージョンのシャーシを作成した。
シャーシはMT管用のソケットの穴にしてあるので使えない。そこで市販の汎用シャーシにレトラジ専用の穴を追加したり電源トランス穴拡大したりして作成。ついでにグリッドキャップも真ちゅうで特別製作(製作というほどのものでもないが)。ユーザーさん手持ちのST管とシールドケースのレトラジ001ST改造タイプができた。ユーザーさんから、「音がとても良い」とのコメントをいただいた。大型キャビネット、6インチ半のSP、ストレート検波方式なので、音はのびやかなのだ。
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月24日        
秋葉原で 電子工作教室
LEDランプひと月前、年寄りの行く場所ではなくなってしまったと書いた秋葉原ラジオ会館だが、その8階の広い会議室。ここで電子工作マガジンの夏休み電子工作教室が開かれた。テーマはLEDランプとSP付きICアンプの2題。暗くなると点滅開始するLEDランプの製作の指導を担当。小学生から年輩の方まで幅広い参加者ながら主流は小中学生。電子工作をするだけではなく、電子街としての秋葉原を知っていただこうというのも主旨。
昨日のハムフェア会場にも電子工作教室があり子供達が大きな(手に対して)ハンダゴテを使っていた。今日もはじめてのハンダ付けに熱中。半世紀前の自分に重なった。こうした場を機会にしてエレクトロニクス分野に興味を持つ子供達が増えていくことを願っている。
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月22日        
BCLの巨星山田耕嗣氏逝く
BCLラジオ昨日、知人から山田さんが亡くなった! という電話を受けた。今日(22日)は木更津で行われた通夜の席に出たが雑誌編集者時代の旧知の海外放送局の元アナウンサー、執筆者、編集関係者が主に集われた。通夜の席では前日台湾国際放送で流されたその訃報をつげる放送も流された。山田耕嗣氏はBCLを子供達まで広げた教祖的な存在であった。現在でも雑音の少ない地として木更津に移住されて、世界の放送を受信されてBCL活動を続けられていた。私自身は1970年代雑誌編集者としてBCLページ執筆者の山田氏と出会って依頼、30数年のおつきあいだったが、最近は年1回夏のハムフェアの会場(主に日本短波クラブのブースにて)で顔を見かけ声をかけ合う程度になっていた。電波の世界ではアマチュア無線一辺倒だった私の眼をBCL(放送受信)にも向けさせたのも山田さんだった。
当時、夜8時過ぎになるとスカイセンサー5800をもって会社のそばの喫茶店「セザンヌ」の2階(木造なので受信しやすい)でドイチェベレのオープニングシグナル開始を待ったこと、いつも変わらぬあの親しげな笑顔が懐かしく思い出される。
享年67。まだまだ活躍していただきたかった。
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月24日        
カセットプレーヤ買ってみた
カセットプレーヤ秋葉原ラジオ会館4階の若松通商でアンプ実演用に使っていたカセットプレーヤに目を引かれた。末広町交差点の本店で販売しているとのことで、そこまで行き購入。2950円だったが、なんとDCアダプタ(13V3A)もおまけについている。パッケージには「ハイパワー60W」、「10CHグラフィックイコライザ」などの特徴が唱われている。 帰ってきて内部を見るとカセットメカの回りにIC、CRぎっしりの基板が。この価格で「部品ぎっしり」というところがイイ! なんだか得したような気分? になるのだ。
ここで、そういえばカセット付きCDカーステ(4月10日記載)が目の前にあることに気づいた。あのときDCアダプタが壊れてそのままだったのだ。電源さえあればよかったのだ! とりあえずこのDCアダプタを使いそっちを復活。カセットプレーヤを使うのはあとからのお楽しみとした。
それにしても秋葉原ラジオ会館・・・。中はどうなっちゃたんだろう。年寄りが歩ける場所ではなくなった。
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月29日        
部品ホルダをまとめて製作
部品ホルダ ユニバーサル基板やプリント基板での製作時や細かい部品どおしの半田付けのときにクリップ式の部品ホルダを使っているが、こんど電子工作教室に参加するにあたって、まとまった数のものが必要になった。安いのでも1個800円位だった。そこで簡単ななものを自作した。アルミの洗濯ばさみは1個30円、木片はありあわせのものなのを使った。簡単なものだが実に快適。精神衛生上もよい。
 
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月27日        
高知の思い出  

siokatsuo 高知に行って来た。自転車と市電で市内をめぐり、市電の運転手さんともお話しできた。食はかつをのたたきを重点的に研究?していたら友人から、かつをには「塩」もあると聞かされた。帰りの日にその「塩」にめぐりあえた。旨し。そして安し。
 
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月10日        
簡易なオーディオ  

carste もらって来たカーステレオを卓上用に化粧なおし。スピーカは100円のもの。エンクロージャはコイズミ無線で購入。電源に小型のACアダプタを使ってCDを気持ちよく聞いていたら負荷がおもすぎたのか1時間ほどしたらACアダプタが壊れた。1A以上の電源が必要のようだ。
 
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月27日        
SWL/BCLラジオ  

swlrx レトロなラジオの通信機版として1V1風のラジオを製作した。ICとトランジスタで高周波増幅、第二局発(BFO)付きスーパー。電信、SSBも受信可能だ。新潟の旅先でビニール線をつないで7メガのSWL。聞こえる時は実に良く聞こえるが時間によるコンディションの変化がよく分かる。受信に徹底するのもまた良い。
 
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月24日        
ラジオ工作の日々

key 真空管ラジオに集中して、新年のQSOパーティー以外、無線からしばらく遠ざかっていた。今日こそ、と思って朝7時ごろ7メガ帯を覗いてみたら、F6・・・など、ヨーロッパ方面も良く聞こえていることが分かった。といって、こちらの電波が飛ぶかどうかは不明。というか・・・、あのパイルの中に飛び込んでいく気力と実力に自信なく、30分ほどワッチしたのみだ。もし無線三昧に浸りたいなら、しばらくの間は受信練習しないとだめと悟る。
 
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月14日        
南房総の思いで

開いたポピー ひょろひょろした茎の先に楕円形つぼみがついたポピー、花瓶にさしておいたら、ひとつひとつ、つぼみが割れ、花が現れてきた。はじめはちり紙のかたまりみたいなものがしだいに大きく開いていく。赤、黄、ピンク、白、オレンジと。つぼみが開くまで色がわからないのでこんどはどんな色?と楽しみになる。 今、沼南工作室は、花の香りで満ちている。  
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月11日        
南房総は花いっぱい

海と花畑 花を摘み、うまいものを食べて!と期待して出かけた南房総。連休の真中だったので、ネットで見た「美味しい店」店内はどこも待ち続けるお客さんで超満員。それでも、と思い、そのひとつで2、30分ねばってみたけれど、小型トラックで魚が運ばれているのを見て、あきらめた。でも花はいっぱい手に入れることができた。海沿いのお花畑は暖冬のおかげか普通はつぼみの状態のきんせんかも完全満開。ポピーはつぼみの状態で買うことを始めて知ったしだい。
夕方、渋滞の帰り道に見つけた「新鮮とれたての回転鮨」。ここならば?、と入ってみたものの、店は開店しているのに鮨皿のコンベアは回転していない。店員がテーブルの間を歩き回って注文とってるが、ほとんどが品切れ。お茶も、いま沸かしているところで、、、、。と。深夜近くに帰りついた自宅近くでラーメン食べた。
 
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月26日        
やっぱり・・

切り払われた枝 年末のゴルフは案の定、ブービーメーカーだった。年があけてひと月。はやい。今年は冬の感覚があまりない。寒さが厳しくないだけありがたい。ことしは沼南工作室の整備強化とラジオ工作と無線三昧の日々に入る。ところで秋葉原中央通りのイチョウ、出勤時に見たら枯れ枝を切り払われていてすっきりした。春の準備か。
 
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12月27日        
どうせ・・
ブービーメーカ

だけど、直前練習 やめたつもりだったゴルフを、やむを得ずやるはめになり、工作室2階で発泡スチロールの球を打っていたけれど、一度くらいは本当の球で練習しなければ、、と思って夕方、ゴルフ練習場へ。以前は数10分待たなければならないこともあった気がするが、ほとんど客がなくあいていた。カラ降りや、とんでもない方向に球を飛ばすのを人にみられないのでよかったが、現場ではどうなることやら。
 
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12月22日        
秋葉原のイチョウ
枯れ落ちて、冬本番

枯れたイチョウ ひととき鮮やかに中央通りを彩っていたイチョウ、次第に葉を落としていき、12月下旬にはほぼ丸はだかに。店先の歩道一面の落ち葉をほうきではき寄せる人達の姿をみながら、出勤。眺める方はいいのだけれど、毎朝会社の前の歩道を掃き清める人達は大変。舗装もない昔は、こうした落ち葉がつもり、また土に帰っていったのだろうけれど。
 
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12月8日        
色づいた秋葉のイチョウ
歩道も黄色い絨毯に

色づいた秋葉のイチョウ 12月上旬になって秋葉原の街のイチョウは一斉に色づいてきました。街全体も年末の雰囲気がただようころに。歩道も黄色の落ち葉が敷き詰められ、ときおり木枯しにハラハラと舞う風景も見られます。
 
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11月30日        
秋葉原の紅葉狩り?
毎年のことながら、1年が過ぎるのは速いなあ、と感じる時期に。先週末、房総半島中央部、亀山湖周辺を周ったみると全国でも紅葉が遅い地域ながら山々がわずかに色づきはじめていました。
今朝、出勤時、地下鉄から秋葉原中央通りに出るとイチョウの鮮やかな黄色が眼にとまり、あらためて通り沿いのイチョウを見直してみたところ、それ以外はまだ緑色が勝っている状態。街全体が色づくのはいつごろか楽しみ。
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11月18日        
アフリカの民族楽器
「カリンバ」

karinba これはタンザニアの民族楽器「カリンバ」。両手でおさえて指で金属片をはじくとポロン、カリンという音を聞くと、アフリカ大地の雰囲気が満ちてくる。基部に巻きつけてあるブリキの小さな輪が微妙な響きを奏でるためのしかけのようなのだ。昨日松戸で会ったK氏と話ている時、民族楽器の話からもらった。家に持ち返ると女房子供とも、なに?これ?と面白がって奏でている。
 
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11月14日        
「M」君の不思議な体験話
昨日の続きだが、東京駅地下街で「M」君とあれこれと話しているうちに「M」が、「じつは先月不思議な体験をした」という。
Mによるとそれは、こんな話だった。
ちょうど1ヶ月前の上京時のこと・・・。
その日、新宿で、かつての仕事仲間との会合を終えた「M」は、帰宅のため新宿駅から東京行きのJR中央線快速電車に乗った。たまたま同じ方向に帰る一人の仲間(仮にY氏とさせていただく)もいっしょだったが、Y氏は御茶ノ水で「じゃあまた来月・・・」、と挨拶し下車。
一人になった「M」を乗せて電車は走りだした。御茶ノ水駅でY氏が下車する前から若干の尿意を覚えていた(らしい)彼(「M」)は電車が次の駅、神田に滑り込み、停止したとき「ここでトイレに行っておこうか」というつもりで下車した。
ところが、、、、、「M」が電車を下りると、、、そこは、「御茶ノ水駅」だった、というのだ。
たった今、仲間のY氏は御茶ノ水で挨拶して下車し、たしかに電車は御茶ノ水を発車した、、、。そして次の神田駅で停車した。神田駅のつもりで下車したら、そこは御茶ノ水駅であった。と「M」は言う。
私が、「Y氏が下車したのは御茶ノ水のひとつ前の四谷だったんじゃないか?」とたずねても、「絶対ちがう。」と、「M」。 これを聞いた私は、一瞬、映画「明日の記憶」の1場面を思い浮かべてしまった。ついに「M」も・・、ひょっとすると・・?と。
でもそうでもなかったようです。さらに話を聞いて思い当たりました。これを見たみなさんは、どう考えるでしょうか?
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11月13日        
学友M君と会った
月に1度くらい、湘南(沼南ではなく)方面から都内に出てくる高校時代からの友人「M」。今日はひさしぶりということで夜、東海道線で帰宅する前の彼と東京駅地下街で待ち合わせて会った。とれたてのブロッコリーを見せてくれた。緑の部分が少し白っぽいのが美味しいと。それは自家製ではなかったが畑に自前でも栽培しているとのこと。たしかに、摘み取ったばかりの野菜はうまい。土地持ちはうらやましい。
私は、昔撮りだめた写真ネガを整理しつつまとめはじめた、同一地点でみた昭和40年代の秋葉原と現代の秋葉原の街の写真ファイルを見せて自慢した。
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11月4日        
駐車場での不愉快
今日も、入院中の息子にものを届けに車で都内の病院に行った。帰りに近所のショッピングセンターに寄る。地下駐車場に入り、場内を駐車場所を探しながら低速で走行していると、後ろから大きな車が速度を上げて迫ってきたが駐車スペースがあったので停止し、その場所めがけて後退し始めたら、その車がぴったり後ろについていて、クラクションを鳴らす。やむを得ず、後退をあきらめ、前進して道を譲った。その車、なにやってんだ!とばかりに猛スピードで横をすり抜け、出口に向かっていった。
バカモノ!と叫びたいが、時すでに遅し。乗っていたのは若い女。「ばかもの!」とあとから怒鳴ったが、気持ちは収まらない。気分の悪い出来事だった。
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11月3日        
その心配なかった
入院している息子の面会のため都内の病院に。工作室(自宅)から約1時間と見ていたが、祭日昼過ぎのためか道はすいていた。外来がないため院内は静かだったが、病室から屋上にでてベンチで話す。日差しが強く暑いくらい。
ここは某医科大学の付属病院で東京周辺にいくつもあるが、通院していたK市内の同系列病院で、「手術スケジュールがいっぱい」とのことで紹介されて来た。あとからインターネットで見ると、世間で話題になった医療事故に関する話題などが掲載されていて不安になっていたのだが・・・、手術も終わり、その心配はなさそうだ。
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10月28日        
航空祭にてYS−11に対面
ys11 沼南ラジオ工作室(自宅)から自転車で15分くらいのところに海上自衛隊の下総航空基地がある。28日(土)はその一般公開日だった。各種用事があったため、自転車で基地へ向ったの午後2時ごろ。途中見学の帰りの人達(レシーバとカメラの姿からそれと分かる)とすれちがいながらゲートに2時半前に到着。基地内を延々と歩いてたどり着いた滑走路前の展示エプロンは、もう閑散としていた。 昨年は公開がなかったと記憶するが、それ以前よりも展示飛行機の機種はずっと少なかった。 そのなかで眼に入ったのがYS−11。つい先日、日本の旅客機から引退したニュースはさびしったが、戦後日本が誕生させた初の輸送機、ここではまだ6機が現役で活躍しているようでうれしかった。  
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