私の無線関連の歴史

1957 無線の原点  小学校1年生のころ家にあった並4ラジオの中を覗き、こんな見えない箱の中で暗い電球が光っていても意味無い?
不思議に思って眺めていました。
1961   更なる疑問 学校の登校の道筋に電気屋さんのごみ捨て場。L型抵抗 真空管などが捨ててあった。
拾った抵抗を辞書で調べる 「抵抗」電気を流れにくくする物 
これまた意味無い??
1962 ラジオ少年

小学校の高学年では家、近所のラジオを片っ端から解体。解体した部品で並2ラジオを作った。電源トランスもエナメル線まで分解したためトランスが無い! 鉄製番線を束ねてコアに。エナメル線を巻いてヒータートランスを作った。プレート電源はトランスレス・・・よく感電しました。(それでも音は出ました)

1963 テレビ少年? 中学校では立派な?ラジオ少年に成長。近所のテレビを無料で直して回り・・・電気屋さんに怒られた!
1964 ハムとの出会い

隣り町に梯子給電線の7MHzダイポールアンテナを発見。自転車で良く見に行きました。
CQ誌なるものがあることを知り、風邪の熱で寝ている時に母がなにか欲しいものは・・・・すかさずCQ誌

1965 通信型受信機 受信機:高1,中2に憧れ手持ちの部品で作成6C6−6CW5−6D6−6D6−6DHH2−42 なんとST管
1966 Qマルチプライヤ その後ST管からメタル管・GT管に交換・・理由は・・・??
この受信機で後日開局   国際電気のMF・・・は夢の憧れ
1967 発QSO? 送信機は6AQ5−6AQ5で声がばれない様にCWで        −・−・ −−・− アンカバー もう時効ですよね m(__)m  
1967 無線免許取得 取った免許が電話級 とにかく声を出したかった?
3,mar,1968 JA2KNW開局 岐阜県岐阜市下岩崎にて JA2KNW開局
RX :自作でHFは高1(6C6),中2(6D6)スーパー 
       50Mhzは6AK5ー6AQ8のLC発信コンバーター          (受信周波数がどんどん動きました) 
TX :TX−88D(始めて買えたメーカー製キット)+VFO−1    ANT:80mと40mは逆L。50Mhzは自作竹ざおGP。

         TVI:近所にTVIの嵐を・・・

QSO:80m・40m主体の国内QSOを主としたが、50MhzはTVIを逃れて、学校のクラブ局のTR−1000を借りて裏山へ

1969 SSBの受信 40mではモガモガ音が聞こえるようになり、トリオのJR−500を購入。ギヤダイヤルの感触に感激! A3送信−A3J受信の交信
1969 SSBへの憧れ TX:送信電波を少しでもSSBにとフローティングキャリヤ変調に改造。ピクピク触れるメーターに感激! 
1970 DSB

TX:SSBへの憧れは増すばかり 高いフィルターは買えないのでDSB送信機を自作 
その後復調しやすいように音声帯域反転DSB化

1971 SSB化 八重洲無線のSSBジェネレーターを購入
 SSB送信機自作 6JS6S
1972 念願の

TX:FL−DX400 RX:FR−DX400     

1974 1回目のQSY 神奈川県横浜市磯子区 会社の独身寮屋上に ANT:40mダイポール
 このころから無線は仕事。興味はオーディオにJBLだ。マークレビンソンだ。
1977 2回目のQSY 愛知県守山区瓢箪山 会社の社宅
JBL4333購入。趣味は完全にオーディオ・・・
1978 3回目のQSY 会社の関係で転勤族にいつしかアマチュア無線から遠ざかっていった。
QRT   ZZZ   しばらくアマチュア無線はお休み  ZZZ
1989 n回目のQSY 現在の住所に引越ししてきた。
TR:FT−679 ANT:オスカーハンターで14年ぶりにアマチュア無線再開 
AO−10にQRV 
1990 固定局開局 現在の住所でタワーを建設、固定局を開局して現在に到る。