潜水艦と潜水調査船    8/11  更新


あれから20年  8/11  
        

 今朝早く知人から電話が掛かってきた、NHK朝のラジオ番組で今日は何の日というのをやっているが今日はしんかい6500の記念日だと言ってるが何の記念日かと言う問い合わせだった。

 聞かれた仙人は ???・・・・・・で直ぐに思い浮かばなかったが今日8月11日は20年前に近代的有人潜水調査船としては世界最新記録を達成した日だというのを思い出した、当時は仙人も53歳仕事盛りであった。

 三陸東方沖の日本海溝でしんかい6500の最終潜航試験を実施し、船体が安全に問題なく世界最深に潜航できることを確認する日だった、当時はまだ潜航マニュアルとて無く自分で造船所としての安全潜航マニュアルを書きそれを当時の運輸省に提出し承認を得て実施した、公認の無免許運転である、潜水調査船にどんな法規を適用するか確定していなかった時代である。    

 当日は快晴で検査官とコ・パイロットとの3人で前人未到の深海底に潜航していった、まだレスキュウの方法も無く深海底6500mは未知の世界だった。

 要求された書試験を無事済ませ一つ一つ検査官の確認を得て全てこなし最後に6500mではなくプラスαに潜るようにと要求されていた、αとはいくらかと言うとそれは船長に任せるが監督官庁としては無事に6500mの潜航許可するために余裕が必要と言われたのである、そこで決心をしてしんかい2000の時は2008mまで潜航したので8/2000から考えて28m深く潜ることにした、これが近代的有人潜水艇の世界記録となり今でも破られていない。

 この潜航での陸上基地は大船渡に設置していた、日本海溝の試験海域から大船渡港に帰るのに一昼夜が必要とした、岸壁には大勢の人が出迎えくれてわれわれの偉業を祝福してくれていた、当日大船渡のある造り酒屋は急遽記念の酒を作りプレゼントしてくれて今でも開封せず大事にとってあるはてさていつ開封するかいまだ思案中である。



潜水艦の新装備品  1/5

 潜水艦の搭載する装備品は日進月歩であると聞く、現在建造中の潜水艦『そうりゅう』にも多くの新機軸が採用されているがその中で仙人が一番興味を引いているのが非貫通型の潜望鏡がある。

 文字通り艦体を貫通していない潜望鏡といおうことである、潜水艦建造の仕事に携わっていたころは潜望鏡の装備にも関係していたので尚更である、潜望鏡の装備はただ単に機械的に取り付けるだけではなく、艦体中心線に対して完全に垂直、水平に装備しなくてはならない、潜水艦の艦体でも夜と昼間では上下、左右の温度差により艦体が歪む、長時間このひずみを計測し最も『ゼロ』に近いところで貫通部のボーリングを行い潜望鏡を搭載する。

 また搭載後でも貫通部が真円で潜望鏡の上昇下降がスムースで水漏れが無いことが要求される、軽く回り水漏れが無いことが装備の難しいところである、潜望鏡で狙った目標に魚雷を確実に当てることも装備の正確さのひとつである。

 単純に考えて非貫通型だと上下するのは艦体の外に装備する上部のみでいいことになる、観測する艦内側は上下する必要が無くなり装備も楽になりそうな気がする、上部潜望鏡と下部潜望鏡の間は光ファイバーで結ばれることになろう、しかし旋回するときはどうなるのだろう、誤差があっては艦位を出すにも、目標を観測するにも難しいことになるし距離を測るのも難しいことになるだろう。

 このように新装備が開発されると技術者にとっても用兵者にとっても難しい問題が出てくるのだ、いずれにしろ新型潜水艦SS501 『そうりゅう』には各種の新技術が搭載される予定だそうだ。



潜水艦の艦番号(ハルナンバー)  12/7

 潜水艦の艦番号は501の初代くろしおから始まり599の2代目せとしおで終わりと考えていたが15年度計画艦(川崎造船で建造中、20年3月竣工予定)が600である、物の始まりは1からだから艦番号も600がさいしゅうとなるらしい。
 
 昭和一桁とか平成一桁とかいうのは昭和10年、平成10年のことを言うらしい、したがって10年生まれはひと桁に分類するらしい。

 いままで初代、2代目と数えていたが抜けた番号もある、因みに502〜510、512〜520、525〜560までが一度も使用されていない番号である。

 自衛艦艇の番号は500台が潜水艦、600台が掃海艇と定められている、これから考えても600では少々違和感を覚える、とにかく『そうりゅう』は501である。

 葉巻型のおやしお型は11隻で完成のようである今度は『そうりゅう型』は何隻できるのか楽しみである、乗員数も70名から65名の減員であるが新装備のスターリングエンジンが増えており乗員は相当苦労するのではないかと思う、主蓄電池が早くリチュウムイオン電池になれば相当メインテナンスフリ−になるだろうがなかなか一度には其処まで行かないようだ。



 
潜水艦「そうりゅう」  12/6 

 昨日神戸で新型潜水艦の進水式があり式に参列してきた、小春日和の空の下、平成16年度艦の最新型の進水である、装備は艦毎に更新され新機構が採用されている。

 先ずその艦名である、「そうりゅう」と命名された、潜水艦の命名基準は海象または海中動物とされていたが基準を改正し創造の動物名も付けられるようになったとのことである。

 おやしお型を発展させ、スターリングエンジンAIP方式よって水中航続力を高め横舵と縦舵を統合したX舵を採用して水中運動性能を高めるとともに海底に沈座時や接岸時の舵の損傷の危険を無くせる。

 また推進電動機は回転子に永久磁石を用いた交流可変型となり直流方と比べてコンパクトで高トルクなものとなっている。

 潜望鏡は潜水艦で初めて非貫通型を搭載することになっている、完成は21年3月就役の予定である。

 基準排水量 2900トン (おおきくなったなぁ)
 水中排水量 4200トン
 全長      84m
 主機/軸数  ディーゼル2機 スターリング発電機4機 推進電動機1機1軸
 出力      水中 8.000馬力  水上 3.900馬力
 速力      水中 20ノット     水上 13ノット
 兵装      533ミリ魚雷発射管 6門
 乗員      65名

 X舵だと4枚の舵を微妙にコントロールすることによって水中3次元運動が自由に可能になるがしかしそれだけシステムがが複雑となり、ダメージコントロールが難しくなる、また本艦は徹底した静粛化が図られセール前面下部は整流のため富士の裾野のように流線型化されている、X舵の運動性能がどんなものか操艦してみたいものである。



 
南海トラフ地震発生帯掘削計画    9/28




 10月からスタートする地震予報や、近く発生すると予測されている東海地震、東南海地震の防災,減災に役立てようと南海トラフ巨大地震発生域に観測網を設置する計画が進められている。

 これは海洋調査船『ちきゅう』により水深1.900m〜4300mの熊野灘海域に5箇所の分岐装置から各4点計20点の観測装置を設置し各観測点間を15〜25Kmとして平成22年から運用を開始する予定だそうだ。

 またこの秋から『ちきゅう」や他の掘削装置により地球に穴を掘り地震発生予測地帯から直接岩石サンプル(コア)を採取してその物理、化学的な分析を行うことで地震発生メカニズムの究明を行うこととしている。

 また、コア採取後の掘削孔に様々なセンサーを設置し長期に亘って観測を行うことができるシステムも開発しており防災・減災に役立つことを期待している。

 南海トラフはフィリッピン海プレートが東海沖〜九州南部の西日本に沈み込み周辺ではマグニチュード8級の海溝型巨大地震が、およそ100〜150年間隔で繰り返し発生しており、今後30年以内に東南海地震が派生する確率は60〜70%と見積もられています。



行って来ましたてつのくじら館    4/19

 4月17日開館当初の混雑を避けて『てつのくじら館』へ行って来ました、残念ながら当日は火曜日休館日でした、仕方なく江田島の幹部候補生学校に見学に行って来ました。

 翌18日朝からてつのくじら館に行きました、懐かしい艦なので期待して入ったのですが、艦内は中部のCPO室の外壁を開けて出入り口とし士官室区画に入るようにしてありました、前部に進むと第1、2士官室を崩しCOCにはいる通路としていました、艦内で一番広い士官公室は現役のままでした発令所は当時のままですが深度計の目盛りは数値が消されていました、潜望鏡は2本とも上げた状態ですが変倍、俯仰、旋回は効きません一番興味を持つのが潜望鏡の見え方ではないでしょうか是非改善して欲しいところです。

 発射管室には行けず発令所の床にアクリル板から下を覗けるようになってました従って科員食堂や調理室なども見れません、現役潜水艦と共通する部分も多いと思われるけどもっと艦内を公開してもいいのではないでしょうか、OBとして不満が残りました。

 せっかく巨費を使って記念館を製作したのだからもっと一般に楽しんでもらえる施設であって欲しいものである。



てつのくじら館開館日決まる    3/2

 今春開館予定で準備が進められていた日本初の実物潜水艦を展示する呉の『てつのくじら館』の開館日が発表された。

 呉市の大和ミュージアムの隣に開設された『てつのくじら館』はいよいよ4月5日に開館されることになった、3日に開館記念式典を行い5日から一般に開放される、開館時間は午前9時から午後5時まで、夏休み期間は延長される、休館日は山とミュージアムと同じ火曜日である。

 てつのくじら館は海上自衛隊の史料館で、江田島の教育参考館、鹿屋航空基地史料館、佐世保史料館(愛称セールタワー)などに続く公開の史料館で国内では初めて陸上展示される実物潜水艦『あきしおb』が目玉展示品で人気を集めるだろう、隊員の教育も目的としており、潜水艦と掃海の歴史がメーンテーマである。

 潜水艦は艦首部を史料館の正面に突き出す形に設置され館内3階から艦内に入り、潜望鏡を備えた発令所などが見学できる、『てつのくじら館』は鉄骨3階建てで床面積3600平方メートルあるが潜水艦内は狭いので一度に40人程度しか入れない、開館当初は混雑が予想されるので時間指定の入場整理券を発行し混雑緩和を図るそうである、また当分の間は団体予約は受け付けないそうである。

 このほか実物の魚雷、機雷、DASH、掃海具巻き上げ機、パネルなど1000点が展示される。



新鋭艦せとしお就役    3/1




 昨2月28日防衛省になってはじめての自衛艦旗授与式が神戸の三菱造船所で挙行された。
就役したのはおやしお型の10番艦の葉巻型『せとしお』である、初代のせとしおは試運転に携わったので思いで深い名前である。

 暖かい日が続いたこの冬だが久しぶりの六甲颪の吹きすさぶ神戸の岸壁で、式典は12時から厳粛に執り行われ式典終了後記念セレモニーを経て初代乗組員一同は艦長指揮の下勇躍国防の任務につくべく訓練海面に向け神戸の港を後にした。

 『せとしお』は今後横須賀を基地とする第2潜水隊群の隷下に入り活躍が大いに期待される静粛な潜水艦である。



潜水艦の街 『呉』    1/15


昨年陸揚げされた記念館『あきしお』現在公開の為着々と準備が進められ外観は殆ど完成


 毎年恒例の潜水艦OBの集い西日本どん亀会が呉で開かれ、懐かしさに駆られ毎年参加している今年も呉森沢ホテルで開かれ全国各地から200人を超す参加者があった。

 潜水艦くろしお1隻で発足した自衛隊潜水艦部隊も今や18隻体制となり潜水艦隊を構成するまでになった、初期は全てが人力だったが今やコンピューター制御のハイテク艦ばかりとなっているが究極は人智がものをいう艦である、従って乗員の連帯感は強く苦労をともにした乗員は齢を重ねてもその絆は深く高齢化しても懐かしいものである、自衛隊潜水艦の揺籃期に活躍した強者たちの回顧談は尽きることが無かった。

 一夜をホテルで過ごし快晴の翌日話題の『てつくじら』記念艦『あきしお』を見てきた、3000トンの巨体はさすがに大きい、特に下から見上げると迫力がある、この艦を最初に潜航させたのは私なので特に思い入れが深い。

 重心査定と言う作業では海中で艦を安定させる為50Kgの重量の増減で艦が浮き沈みするのでこの作業には神経を使う、艦内で人がひとり動いただけで前後の傾きが変わる潜水艦はさほどに微妙な艦である。

 『てつくじら』はいよいよこの4月に公開される、この時にはまた訪呉するつもりでいる。




 1隻の貸与艦から始まった海上自衛隊の潜水艦も今年で51年となりもはや初期の潜水艦は歴史の彼方に忘れ去ろうとしている、ここに来て初期の国産1号艦から順次発展してきた潜水艦を網羅した特集が発売された。

 世界の艦船10月増刊『海上自衛隊潜水艦史』である、写真が主であるが懐かしい画像が満載でありドン亀乗りにとって非常に興味があるのではないかと思う、そして自分もああ歴史の一翼を担っていたんだなぁ、という気持ちを呼び起こしてくれる思い出深いものだと思う。

 執筆者も極めて身近な人や直接上司として仕えた人たちでもあり、また当WebのLinkにも掲載されている人たちである、各艦の写真を見ながら当時を思い出しその艦の出来事が後の歴史になるとは考えていなかったことどもが目の前によみがえってきたり、記録にない出来事などが脳裏によみがえったりする。

 又、写真ばかりでなく掲載されている図面などは潜水艦オタクの方々には一見に値すると思う、潜水艦には「秘」の部分が多く退職後もドン亀乗りはしゃべらないがそのような部分の一部でも垣間見ることが出来るのではないか。

 潜水艦の増強については政治的な面も多く当時のわれわれにとっては知る由もなかった予算折衝の様子もわかる、何故第1次オイルショックの時潜水艦1隻の建造が取りやめになったのか、ということも中枢部に居た人たちの折衝などが今になってわかってきた。

 潜水艦の陰になって支えてくれた当時でも旧型の支援艦が創意工夫しながら表の潜水艦を支援してくれたことなど忘れることが出来ない、国産1号艦『おやしお』の新造公試のとき海上自衛隊には救難艦はなく、救難艦『グリーンレット』や『コーカル』等に全面的に米海軍の支援を受けたのも思い出させてくれる。

 詳細な解説は期待されないが豊富な写真から当時を類推させられることが多くドン亀乗りにとっては貴重な一冊と思う。



これでいいのか新聞報道     

 去る11月26日付の産経新聞に 浅海域で行動が活発化している中国潜水艦に対処するため防衛庁は潜水艦の索敵能力の向上のため潜水艦の新型ソナーを開発するという記事が出ていた。

 これはまず中国がわが国の仮想敵国であるかのような書き方で、中国潜水艦は浅海域200m付近で行動していると書いている、潜水艦の装備機器やその能力は秘密部分が多いが開発前からこのような記事を書かれるとそれの対処機器や能力が更に発展する、此処に矛盾が生じる。

 潜水艦のプレゼンスはそこに居るか居ないかではなく、居るかもしれないという危惧が大事である、武器もしかり探知していないのではなく探知されているかもしれないという危惧される事が大事だ。

 海上自衛隊潜水艦のソナーの能力は秘中の秘である、こんな事を研究していると明かすこと事態が利敵行為繋がる事を銘記する必要がある、最近は新聞も真面目に防衛論議をするようになってきたが記者はもっと勉強すべきだし書いていいこと悪い事を取捨選択すべきだろう。

 記事を読んでいて記者の浅学に気づいたのに用語のおかしなところである、「潜水艦が潜航したまま」と書くべきところを「潜水艦が『潜行』したま」と書いている、デスクもチェックできなかったのだろうか、それとも不思議に思わなかったのだろうか。

 しかし、如何に性能のよいソナーを装備し探知してもその後の攻撃をさせないような制約をかけていては相手になめられる、海自潜水艦や対潜哨戒機に探知されても攻撃は仕掛けてこないと思われては宝の持ち腐れである。

 1年前、中国原潜『漢級』がわが国の領海を侵犯して潜航したまま逃げおおせたのがいい例である、潜水艦が潜航して相手国の領海を侵犯する事は無害航行に当たらず明らかに敵対行為であるこれは国際常識である、早急に対処要領を変更し攻撃可能にする事が先決であり、侵犯を防止する手段である新聞はこのような事こそキャンペーンすべきではないか。






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