山と自然               6/19   更新


健気に咲きました    6/19


 生き残った2株の笹ゆり、今日19日に見事に咲いていました、いつかいつかと思いながら心待ちにしていたが見事に谷間の白百合の楚々とした可憐な花を付けていました、崖の上のほうなのでカメラもズームを使いピントも甘いですがこれで仙人も安心しました。

 有難う、暫くは通るたびに可憐な姿を楽しませてくれるでしょう。



またも盗掘された笹ゆり    6/18



 昨日あと2~日で開花すると思われた笹ゆりが今年も心無いマニヤ?荷盗掘されてしまった、有蕾の笹ゆりは7株有ったがそのうちの5株をやられてしまった、山野草は自分が見つけたら掘りとってもいいとでも思ってるのだろうか、自然の山野草は環境が変わると生育が止まってしまう、今年は自分ところに移植して開花しても来年咲くとは限らない。

 何年もかかってやっと群落を作るまで回復したのにそっとして自然に開花するのを待てない、自分さえよければと言う心の狭い人がいるもんである、今まで開花を心待ちにし通るたびに膨らむ蕾を愛でてきたのにほんとに悔しい思いをしている。

 人目につきにくいところにあと2株残っていたのに少し安心をしぜひ掘り取られないことを念じて待つことにしよう、本当に悲しいことである。



何じゃこれは    6/12


 今日笹ゆりの群落を探していたら奇妙なものを見つけた、相当高い崖の上の小さな木の根元に引っ付いてた、近寄れないがズームでパチリ。

 蜂の巣のような気がするが素焼きの一輪挿しをさかさまにしたような形をしていて出入り口が下についており雨水が入らないような形になっている、暫く観察をしていたが出入りする虫は見つからなかった。

 大きさは直径5~6cm長さ12~3cm位小さな木の節につけられていた、自然の造詣の見事さに暫く見とれていた蜂がよく造る巣材のようだった、これから笹ゆりの観察時のじっくり眺めてみよう。

 笹ゆりは先般来見つけてた株の近くをよく観察してみると一昨年荒らされた近くに有蕾の株が7本、無蕾の株が数本復活しているのが発見した、有蕾の株はそれぞれ色づいておりここ数日で開花するものと思われ通るたびに観察している、ここ数日が楽しみだ、一昨年見つけた鳴子ゆりは残念ながら見られなかった。



やっと見つけた笹ゆりの蕾     5/31

 一昨年手折られてしまった自生の笹ゆりの生育していた場所にもしやと思いよく探してみたら可愛い蕾をつけた株を4株見つけました、今年は気をつけて見ないと分からないところに自生しています。

 自然の生物も種の保存の能力があるのでしょうか、岩盤の割れ目の養分や水分の少ないところに懸命に種を繋ごうとしています、観察しているところを見られないようにそっと見守って生きたいと考えています、何時ごろ可憐な薄桃色の花を咲かせてくれるか楽しみです。



春の遅い沈丁花      4/28

 山里は春が遅い沈丁花などは雪が解けるとすぐ咲く花であるが私の庭の沈丁花は寝ぼすけである、山桜が咲きだしてからやっと香りを漂わせあたりに知らせてくれる。

 金木犀は晩春に年の暮れを知らせる花であるが沈丁花は雪深い山里にやっと春が近づいたよと馥郁たる香りで知らせてくれる、その香りたるや春の夕暮れあるかなきかの風に乗って近くの人にそっと知らせてくれる。

 花は純白の小さいものである香りも金木犀ほどの強烈ではなく、ほんとに言葉どうりに馥郁と薫ってくれる、心癒される春の花である。



山桜が好き      4/27

 今年も桜狂想曲が終わりも山郷静かになった、しかし仙人の棲む渓流沿いの山桜はひっそりと花を咲かせている、私はこんな桜が好きである、名も無い小さな樹であるが毎年一月後れで小さい花を川面に映して咲いてくれる、この山桜が咲くといよいよ仙人の毛ばり釣りのシーズンが始まるのである、だからこの山桜が好きなのだ。



猪が蛇を食う      4/27

 昨日林道を大きな青大将が横切っていたのを車で頭部を轢いてしまった、体長が1m50cmは有ったろうか、生き物を轢くということは気持ちのよくないことで今朝になって処分しようと探しに行った所蛇の屍骸が見当たらない、周囲をよくよく確かめてみると鹿か猪の足跡が残っていた。

 猟師に話をするとそれは猪だという、鹿は春には出てきた新芽を食べる、動物は食わない、猪は悪食だから何でも食うとのこと、轢いたのは隣の山小屋の急な登り坂のカーブのところだった、横切るときは手を上げてくれればブレーキを掛けたのにと少し後悔している。

 雪が解けてもまだ山小屋の周りをいろんな獣がうろうろしているものだ。



3日続きの大雪です  1/26

 3日続きの寒波が去り小康状態になりました、24日は急激に気温が下がり谷間の仙人の所も猛烈な地吹雪でした気温は終日氷点下2℃でこの冬一番の寒さで積雪も40cmを超えました。

 それ以来25,26日とまるで冷凍庫に入ってるような寒気で連続の-2~3℃の真冬日が続き積雪量も70cmを超えました林道は連日除雪車が来てくれて外に出るのに困ることは無かったのですが林道までのアクセスの人力排雪が大変で苦しい作業でした。

 今日午後になってやっと陽がさしてきて小康状態となりやれやれです、3日ぶりに町営の温泉に行きのんびりと体を休めてきました、まだ寒中ですからこれからも雪は降ることでしょうそれでも昨年に引き続き暖冬で降雪が少なく助かります、一昨年のような大雪で灯油の高騰であれば泣きっ面に蜂ですこの冬はこれくらいの雪で経過して春を迎えられたらなぁと切望しています。

 春よこい早く来い,爺も待望しています。



初雪が降りました  11/18

 午後から冬型の気圧配置が強まってきました、気圧もどんどん低くjなり気温も午後2時で1.5℃になりとうとう雪が降り始めました、初雪です。

 昨年の初雪は12月3日でした、今年は13日も早い初雪ですもみじも完全に散りきらないうちの降雪でいよいよ冬支度を迫られています、明日は早速冬タイヤに交換するつもりだしその他もろもろ冬支度に忙しくなります。

 さてこの冬はどんな冬になるでしょうか昨年は比較的楽でしたが一昨年は大雪でした、今年は灯油も値上がりして庶民には暮らしにくい冬になるかもしれません、自然の猛威には逆らわず順応してひっそりと暮らすようにしましょう



やっと色づきました 11/8

 遅れていた今年の紅葉も朝晩の冷え込みにつれやっと紅葉らしい色になってきました、10日前はなんだかくすんだ色でしたが鮮やかになってきました、暫くは目を愉しませてくれそうです。



山からの贈り物 10/16

 今年も山の幸が届きました、雨で不作と伝えられていた秋の味覚マツタケです、季節が遅れているせいか少々小ぶりですが強烈な香りが届きました、仙人の広島の郷里では子供の頃祖父が10月15日の秋祭りが過ぎるとナバ番と称して11月末まで山小屋に泊り込みで番をしに行ってました自分と頃の山ですがそのくらいよく取れました、その山の赤松の樹もほとんど松くい虫にやられナバ山は全滅してしまいました、郷里では松茸のことをナバと言い、シメジはハギと呼んでました、大きいものは松茸より大きな一本はぎといい傘の沢山付いた物は千本ハギと言います。

 こちらの山にはまだ健在のようです、はしりのマツタケは画像のような子供のチンチンほどの可愛いサイズですがこの位のが一番美味しいです、戴いたのは郷愁を誘う香りを漂わせています、香りマツタケ味シメジと言って味はシメジのほうが美味しいように思いましたが、最近は手に入りにくくてマツタケは入手困難のようです。

 戴いたマツタケは早速お吸い物、松茸ご飯、猪肉のすき焼きにといろいろ考えています、合わせてクリタケもいただきました、強烈な自然の恵みです山の神様に感謝していただきます。



昔トンボ  9/26



 今年は猛暑だったせいか赤とんぼ、アキアカネの下山が遅いようだ、いつもなら短波のアンテナにずらりと羽を休めているのに今年はまだそんな光景を目にすることが無い、尾根筋のほうも暑いのでまだ山を下る気にならないかもしれない。

 ところで毎年ムカシトンボが戸を開け放した家の中を縄張り調べのために飛翔しにくるが今年も
やって来ました、このトンボをはじめて目にした時はオニヤンマと間違えていたがよく見るとオニヤンマよりもちょっとスマートである、「山陰のとんぼ』という本で調べて見て『ムカシトンボ』とわかった。

 なんでも古代から生息しているらしく山陰の脊梁山脈付近に生息しているようで、頭がけむじゃらくが特徴らしい、このとんぼは毎年代代わりはしているのだろうが毎年1匹我が家の家の中を自分のパトロール範囲にしているらしく家に入ってきて飛び回りそして納得?したら入ってきたところから出て行く。

 台代わりの時にパトロール範囲のDNAがちゃんと受け継がれているのか知らん、家の中に飛んできた時暫くは人の眼前でホバリングをして人の人相を確かめている、DNAに記憶している人相を確認してるのかもしれない、毎年のことなのでこちらも秋になると心待ちにするようになった。



正直な花  9/21

 今年は猛暑で昨日今日も30度を越える暑い一日だった、もう直ぐ彼岸の中日である農作業を見ていてふと気が付くと田圃の畦に水気の少ない彼岸花が懸命に季節を知らせるように咲いていた、彼岸に咲くから彼岸花といわれているが死人花とも言われあんまり好まれる花ではないが毎年彼岸の中日頃に満開となる。

 しかし今年のような少雨、高温だった夏でもその名に違わず健気に咲いて季節を知らせてくれる貴重な花である人に踏まれてもしっかりとその存在を主張する季節の花である、兄が亡くなって間もなく1周忌の法事をすると義姉から連絡があった、人の仏事を知らせる花でもある。



今年もやっと会えました  6/24
 
 昨年自生の笹ゆりを見つけ密かに愛でていましたが心無い人に根こそぎ持ち去られ悔しい思いをしていました、そこには今年も小さな笹ゆりの芽が出ていましたが蕾も付かず、茎も小さく細くてとても花を咲かせるまでにはいたりませんでした。

 ところが今年は思いがけないところに一房の蕾を見つけました、やっと昨日開花したのを写しました、昨年の花は純白でしたが今年の花は裏が薄紫色で少し大きいようです、自然のものは場所や日当たりにより花の色が変わるのでしょうかそれとも昨年のとは種類が違うのか浅学の身には見当も付きませんが人知れずひっそりと咲く自然の花々は美しいものです、今年こそ採られないようにと念じています。





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