潜水艦と潜水調査船   1/29 更新


こんなの釣れたらどうする?     1/29

 「海洋工学センター海洋技術研究開発プログラム自立型無人探査機技術研究チーム」 ずいぶん長い名前の研究チームだ、海洋無人ロボットの開発である、生物運動型潜水機の開発で日本のチームがフランスで最優秀デザイン賞を獲得したそうだ。

 生物運動型というわけで形が魚になったのだろうが真鯛そっくりである、水中生物のようにひれを動かししなやかに運動するようにと研究開発したそうで、弾性振動翼推進システムの開発に成功し、将来は自立運動が可能なように開発を進めるそうである。

 現在では無人潜水機うらしまがあるが将来こんなのが海中で泳ぐようになり釣り針にかかるようになったら面白いだろうなと思う、また、潜水艦にも応用が利くようなら雑音低減にもなる画期的な開発だと思う。

 それにしても最近は研究者もユニ−クな物を開発するようになったものだ、釣り人の夢をかきたてる魚である。



しんかい6500と宮崎 勤     1/17

 連続少女誘拐殺人犯 宮崎 勤が最高裁で死刑の判決が出た、何故此処で取り上げたかと言うと犯人の犯行があまりにも残虐で如何にむごかったかと言う事もさることながら、彼が逮捕されたのが1989.8.11だったからである。

 当日私たちが目指した25年にわたる国家プロジェクトの集大成日、即ちしんかい6500が世界新記録に挑んだ日だったからである、当日大船渡東方遥か200海里の太平洋日本海溝で6500mめざして潜航を開始した。

 各社の取材陣も母船上でしんかいの世界記録を取材するため沢山のテレビクルーも朝から取材要領を確かめていた。

 無事世界新記録6527mの潜航を達成し浮上してきたところ宮崎 勤の逮捕を各TVが報道し、しんかいの記録など飛んでしまった、カメラマンなど悔しがる事こちらが慰める側にまわるほどだった。

 世紀の記録も一悪人の逮捕と言う事の方がニュースバリューは大きかったのである、あれから17年無駄飯を食わせていたんだなぁと何だか複雑な気持ちになる。

 最高裁の判決が出て刑が確定してから執行までまだどの位かかるのだろうまだまだ無駄飯(国費で)を食わせなければならないのだろう、執行が長引けば再審請求や減刑嘆願書が出たりするだろう。

 仙人としてはこんな奴は確定したらすかさず執行する事だと思っている、それも罪無き無辜の少女の死の恐怖を本人に味あわせるため『鋸引き』『八つ裂き』『生き埋め』等公開処刑を実施すべきだ、最近の少女誘拐殺人事件の防止のための見せしめにも役立つのではないか。

 少々荒っぽい意見だが当時を思いだしてこんな事を考えた、こんな事を書くと人権団体関連の人からお叱りを受けるかもしれないが仙人の本音である。



寒波と潜水艦       12/19

 護衛艦や商船ではクローズド艦橋で吹きっさらしブリッジはまず見られない、最近の大寒波襲来で潜水艦のオープンブリッジの冬の水道の北上の辛さを思い出した。

 画像のように豊後水道、紀伊水道にはものすごい雪雲が流れている、こんな時は気温はだいたい零度以下、風速1Mで体感温度は1℃下がる。

 気温0度北の風15mとすると体感温度はマイナス15度となる、神戸港に入港する時など東西に走る小型船が多いので操艦には神経を使う、特に目玉が凍るのには困る、人の目は常に涙によって潤滑されているのだがその涙が凍ってまぶたが開かなくなるのである。

 こんな時まぶたの上からマッサージをして溶かしてから開くが今度は視点がなかなか定まらず苦労する、今回のような寒波の時に水道を北上する艦を操艦するのは並大抵ではない、連日の寒波襲来で過去を思い出した。



日本沈没        12/3

  昔、日本沈没と言うサイエンスフィクション映画があった、これは小松左京の同名の小説を映画化したものだった、この小説がこのたびリメイクされしんかい6500が撮影に協力し名前も『わだつみ6500』として登場する。

 監督は特撮を得意とする樋口真嗣、出演者はパイロットに草g剛、ヒロインはハイパーレスキュー隊員に柴咲コウが演じている。

 物語は地殻変動による日本沈没の危機に立ち向かう人々を描いているそうである。

 映画は先月末クランクアップ、東宝の配給で来年夏に公開される予定だそうである、草g剛がどんなパイロットを演ずるか興味津々公開が待たれる作品である。



これでいいのか新聞報道     11/28

 去る11月26日付の産経新聞に 浅海域で行動が活発化している中国潜水艦に対処するため防衛庁は潜水艦の索敵能力の向上のため潜水艦の新型ソナーを開発するという記事が出ていた。

 これはまず中国がわが国の仮想敵国であるかのような書き方で、中国潜水艦は浅海域200m付近で行動していると書いている、潜水艦の装備機器やその能力は秘密部分が多いが開発前からこのような記事を書かれるとそれの対処機器や能力が更に発展する、此処に矛盾が生じる。

 潜水艦のプレゼンスはそこに居るか居ないかではなく、居るかもしれないという危惧が大事である、武器もしかり探知していないのではなく探知されているかもしれないという危惧される事が大事だ。

 海上自衛隊潜水艦のソナーの能力は秘中の秘である、こんな事を研究していると明かすこと事態が利敵行為繋がる事を銘記する必要がある、最近は新聞も真面目に防衛論議をするようになってきたが記者はもっと勉強すべきだし書いていいこと悪い事を取捨選択すべきだろう。

 記事を読んでいて記者の浅学に気づいたのに用語のおかしなところである、「潜水艦が潜航したまま」と書くべきところを「潜水艦が『潜行』したま」と書いている、デスクもチェックできなかったのだろうか、それとも不思議に思わなかったのだろうか。

 しかし、如何に性能のよいソナーを装備し探知してもその後の攻撃をさせないような制約をかけていては相手になめられる、海自潜水艦や対潜哨戒機に探知されても攻撃は仕掛けてこないと思われては宝の持ち腐れである。

 1年前、中国原潜『漢級』がわが国の領海を侵犯して潜航したまま逃げおおせたのがいい例である、潜水艦が潜航して相手国の領海を侵犯する事は無害航行に当たらず明らかに敵対行為であるこれは国際常識である、早急に対処要領を変更し攻撃可能にする事が先決であり、侵犯を防止する手段である新聞はこのような事こそキャンペーンすべきではないか。



『兵士を追え』        8/13

 杉山隆男氏の著作に兵士シリーズ3部作がある、最近刊行された『兵士を追え』を読了した、前2作は陸上自衛隊、航空自衛隊の現場の隊員を直接取材したもので、今回は海上自衛隊の中でも特殊な任務に当たるP3C塔乗員と、どん亀と称する潜水艦乗りにすっポットを当て、直接P3Cや潜水艦に長期にわたって乗組み機械・装備にではなく人間に絞って取材している。

 両者とも軍事機密の多い対象であるため写真はほとんど無いが日々の訓練を通じ潜水艦では暗黒の海中でどんな艦内生活をして居るか生き生きと書いている。

 特に潜水艦乗りの性格形成に環境が与える影響を緻密な筆致で描き出している、一つ一つ思い当たることばかりである。 OBの会である『どん亀会』にも言及し潜水艦乗りの絆がいかに強いか一連托生の世界に生きた人間の生活を悲喜こもごもを交え活写している。

 とかく潜水艦オタクといわれる人は艦影の詳細や性能面に目が行きがちであるが、防衛の最先端をいく潜水艦でも全て人により動かされていることがよく判ると思う、作者は潜水艦や乗員に愛情を持って取材し記述しているところに好感が持てる。

 行間にはところどころおやっと思わせる説明や記述があるのはやはり門外漢のせいかなと感じた。



露潜水艇の救出       8/11

 ベーリング海のカムチャッカ半島沖200mの海底で潜航中ワイヤーに拘束されたロシアの潜水艇AS28が昨日無事救出された。

 遭難以来76時間ぶりだそうである、このような場合救出のタイムリミットは艇内の酸素保有量に左右される、大体3昼夜でリミットに達すると考えられるのでぎりぎり危機一髪だったと想像される。

 深海潜水艇はDSRVとも略称されるが深海潜水艦救難艇ではDeep Sea Rescue Vesselの頭文字を取っており深海潜水調査船はDeep Sea(or Submergible) Research Vehicle の頭文字をとり民需用か軍事用かに区分している。

 今回の事故は200mの海底に設置した音響機器に引っかかった魚網ワイヤーに船体が拘束されたようである、北方海域の200mの海底では夏でも水温は5度くらいだろう、真っ暗な狭い艇内での不安はいかばかりだろうと思うとゾッとする。

 潜水船に乗っていて一番気がかりなのは自艇の船尾が見れないことである、しんかい2000・6500とも何れも後方監視のカメラは装備されていなかった、テスト段階で私は装備の必要性を強調したが、要求性能に無かったということで実現しなかった。

 今回は多分海底設置の音響機器の引っかかっているワイヤーの取り外しに行き逆にそれに引っかかり立ち往生したものだろう、潜水船の馬力はたいして大きくなくワイヤーに拘束されればおしまいである、たまたま浅い海域でありロシア海軍が面子を捨てて国際救助に踏み切ったので乗員全員の救助が出来たのは僥倖であった。

 とかく宇宙は注目されるが海底は未知の割りにおざなりにされているようだ、、今回は海上自衛隊から潜水艦救難母艦など4隻、英海軍の無人潜水救難艇「スコーピオ」、米海軍の救難艇2隻も駆けつけたが「スコーピオ」がワイヤーの切断に成功したもので、AS28はこの後自力浮上した、5年前にも原潜クルスクの事故があり全員死亡の悲報があったが今回は全員救助という快挙でほっとしている。




潜水艦の新機軸       7/23

  先日技術畑のOBから潜水艦の画期的な新機軸のヒントを得た、主電動機が永久磁石を採用し速力の切り替えも今までのようなものから極低速に切り替わるそうである、バッテリ−電力から直流を得て回転する潜水艦では速力制御は難しかったがインバーターを採用し、界磁を制御することで無接点で制御できることになる。

 これはしんか6500でも採用していたのだが潜水艦のような大容量の電力制御も可能になったらしい。

 バッテリーもリチュ−ムーイオン化され、容積比も2.5倍となっており、メインてナンス・フリーとなり付随して蒸留水タンク、冷却装置、攪拌装置、補水作業も不要となり行動の自由度はずいぶん増している。

 外観ではX舵の採用で大きく変わるだろう就役するのが愉しみである、それに伴って最近採用されたものも過渡期の装置としてスターリングエンジンも燃料の安全度から廃止されるかもしれない、過去にもマスカー装置が数艦で廃止されたいきさつがある。

 海中でも静かなる闘いは日進月歩である、敵との戦いばかりでなく技術との戦いである、頑張れどん亀乗り!!。



全国どん亀の集い     6/8

 去る6月5、6日と2日に亘り全国に散っている昔のどん亀乗りの集いが日本の潜水艦の揺籃の地神戸に近い有馬温泉で開かれた。

 今年は旧海軍に潜水艦が誕生して100年、海上自衛隊に戦後潜水艦が誕生して50年の節目に当たる年である、旧海軍では潜水艦は終戦まで40年、戦後のブランクが10年、海上自衛隊は50年で戦後の方が長くなっている。

 今回参集したのはOB95人、旧海軍時代にも潜水艦に乗っていた人や、自衛官として定年まで過ごした人と、中途退職し他の分野の雄飛した人等様ざまであるが中途退職した人ほど潜水艦に対する思い入れが強いように感じた、しかし潜水艦に対する愛情は強く、まして一度の事故もなく50年を過ごしてきた自信など話しの節々に思いが込められていた。

 ただ最近の風潮であるマニュアル化が潜水艦にもひたひたと押し寄せ、マニュアルにあることは出来るが臨機応変の対処能力に欠けるのではないかという危惧を各先輩は気にしているようである。

 何と言っても潜水艦はいくさ船である、被害をこうむることもある、コンピュータ化されすぎ応急処置をして母港に帰る能力に欠けては国家の損失である、その点を心配するのは老婆心ばかりではないようだ、現役の諸君が臨機応変の処置のできる、GPSが故障しても天測で自艦位置を確実に算出でき無事に自艦を母港まで持って帰る能力を持って欲しいものだ、最後は話しの節々に出たOBの繰り言になってしまった。



潜水艦の終焉     5/26

 潜水艦が完工し就役するときは厳粛な儀式が執り行われ、軍艦マーチに送られて任務につく、しかしその終焉は寂しいものである退役日が決まると乗組員が次々と引き抜かれ歯が欠けるごとく少なくなってゆく。

 まだ健在な同型艦がある場合はもぎ取りセンターと化す、自分が丹精こめて整備した機材がここで終わるのではなく他艦で再度お役に立てるかと思うと喜んで提供する、私の知っている中で最大のものは『はやしお』の主蓄電池240基を『なつしお』に提供している。

 最終行動が終わったらなるべく速く総員が揃っているうちに記念写真を撮っておく、潜水艦は就役から退役するまで電力、油圧、真水、高圧空気等絶対絶やすことなく供給し続けている、しかし、最終行動終了後は必要のないものから次々とダウンさせ、前記の如く他艦の老朽した機材と交換する、まるで生体臓器移植のようである。

 いよいよ退役日になると定時に最後の自衛艦旗を掲揚し、艦内を点検して自衛艦旗返納式に備える、式までの時間を少なくなった乗員の中には最後の金物手入れをしている者を見かける、自分の手のひらでツルツルになった機材やバルブを念入りに真鍮磨きで磨き上げている、まるでいとおしむような手つきである。

 最後の当直仕官としてこの姿を見たときはジーンと来たものである、式が始まり自衛艦旗降下で先任伍長が下ろし丁重に折り畳み艦長に渡す、艦長はこれを式執行者の地方総監に渡して終了である。

 就役から16年まだ十分使用に耐える潜水艦であるが防衛政策で保有数が定められているので16隻となっている、最近は練習潜水艦が2隻出来たので18年となる。

 潜水艦の終焉はこのように寂しいものであるが中には第2の人生みたいな艦もある『あきしお』がそれで今年呉に開館した『大和ミュージアム』に陸揚げされ記念艦として保存されることになっている、来年の秋には一般に公開されるという。

 16〜18年の短い一生であるが初代乗組員の伝統が脈々と受け継がれてその艦の気風練度となる、画像は初代はやしおの最後の乗組員の写真である。



潜水艦黎明期       5/26

 画像は戦後初めて海上自衛隊が米海軍から受領した初代『くろしお』である、昭和30年8月15日USS『Mingo』を米サンディエゴ軍港で引渡しを受け日本に回航し、潜水艦部隊が発足した。

  仙人も昭和31年3月16日潜水艦学生を終了しくろしお乗組みとなり、その年米海軍横須賀基地のSRFでの改装工事時に乗艦していた、戦時急造型のフリートタイプながら当時貴重な材質のモネルのボルト・ナットが沢山使用されていたのを覚えている。

 画像上は回航直後で自衛艦旗は掲げているが艦番号は米海軍の261のままである、下はその後ドック入りをし艦橋前部を改装し艦番号も海上自衛隊の501に書き換えられた懐かしい姿である。

 初代くろしおはその後多くのどん亀乗りの育成や水上艦艇の対潜訓練の標的として実艦的対潜訓練に貢献した、訓練終了し浮上後は『お先に失礼』とその俊足を利用しどの水上艦よりも速く横須賀長浦港に帰ったものだ、来月5日有馬に集うOBの殆どがこの艦で育ち、巣立っていった懐かしい姿である。



次々期潜水艦は?      5/25

 昨日次期潜水艦の新機構を書いたがその件で権威ある技術畑のOBから丁寧なメールを戴いた。

 現在ほぼ完成している潜水艦搭載の動力源新バッテリーについいてである、バッテリーの残存容量は潜水艦乗りにとっては死活問題であり、私もよく残存容量は60%をキープせよ等、艦長から厳命されて哨戒任務についたものである。

 そのバッテリーに画期的なものが開発されたそうで既に完成の域の達しているそうである。

 民生用と違って過酷な使用条件をも満足させられるものでリチュ−ム・イオン大容量バッテリーだそうである、これはどん亀乗りにとって何にも変え難い嬉しいことである、固体形状でメインてナンス・フリ-となれば補水設備や攪拌設備がいらなくなり、冷却装置も要らない。

 従って乗員も少なくて済み艦も小型になろう、因みにAIPのスターリング・エンジンも不要となりコンパクトな潜水艦が完成する、真のサブマリンの出現である、3月に新鋭潜水艦たかしおの完工引渡式に参列して伺った話しだが静粛性に関しては世界一だと胸をはっていた、しかし通常動力潜水艦としては大きくなりすぎた嫌いはある。

 このように技術は日々進歩している、これを立派に使いこなしてこそ真のサブマリーナーであろう、来月5日に潜水艦OBの全国大会が有馬であり多くのオールド・サブマリーナーが集うことになっている、好きでどん亀乗りになった連中に話して聞かせてやりたい、と同時に現役の後輩たちにしっかり使いこなしてもらいたいものだと期待している。



2900トン型潜水艦の新機構    5/24

 早いものでおやしお型が新型といっていたが16年度SSから更に大型艦となり新機構も採用されるそうである、スターリング・エンジンは既に練習潜水艦あさしおに搭載され実用に供されているので新機構とはいえないかもしれないが、正式に採用される。

 スターリング・エンジンは1816年に発明され、熱効率に優れたエンジンであるが内燃機関におされ実用化されていなかったが、200年近くたって最近見直され、潜水艦、有人宇宙船、工場などの廃熱利用に有望とされ、官民合同の研究が日の目を見ようとしている。

 このスターリング・エンジンが実潜水艦に搭載されるのである、次に今まで十字型であった艦尾の横舵・縦舵が]型舵になる、これは在来の形を45度傾けるのではなく4枚の舵がそれぞれ単独で動く方向となるのである。

 これは大変なことだ、あの狭い艦尾構造の中で動舵機構が倍になり、更に管制機構が複雑化しコンピューター化しても強度の問題等解決しなければならない事項が非常に大きい。

 この]型舵の実績は米海軍の実験潜水艦アルバコアに搭載された実績があるのでスタートは”零”ではないが技術屋泣かせになっているのは事実である、水上航走と水中航走時の各舵(4枚)の振り分けそれも速力区分によって変化するのをどうコントロールするのか、ワンマン・コントロールの操舵機構であるから人為的には無理があり、コンピューターに任せるしかない。

 それでも潜水艦は戦闘艦である、故障時や被害時のダメージ・コントロールはどうするかいろいろ気になることが多い、よく応急操舵訓練をしたがこれなどどうするのか仙人としては気になることが多い。



しんかい6500の主蓄電池     5/24

 建造当時1基1億円した『しんかい6500』の酸化銀亜鉛電池が固体のリチュ−ムイオン電池に換装されたという。 酸化銀亜鉛電池は純銀を多く使用しているので換装するときは財務省の検査をうけることになっていた、実装と予備を含めて4基保有していた。

 酸化銀亜鉛電池とは言え電解液は鉛電池と同じで比重調整、液面調整等手間が大変だった、リチュ−ム・イオン電池になって均圧装置も不要でありメモリー容量もないので使用時はいつも100%の電力を使用できるメリットがある。

 仙人がテストしてから既に17年が経っておりUP-to-Dateに機能が良くなっているマニピュレータ・グラバしかり、主蓄電池しかり・・・・・、一度訪れてどのように変わったかゆっくり見てみたいものである。



恐怖の速力試験       5/23

 船というものはどんなものでも完成したときは速力試験を実施する。特に官公庁の船は厳しい、しんかい6500も要求された速力は海底で3ノットである。

 ところが客観的にそれを計ることが出来ない、設計もそのやり方を教えてくれない建造現場の試験段階で考えなければならない、水上を走ることは想定されていないし、直進も難しいし、造波抵抗があって規定の速力が出ない。

 ということで全没して造波抵抗をなくして航走するしかないがしんかいは一定深度で航走する潜舵も横舵もない、約1M潜航しポールを立ててそれを測って速力を計測することになる、この1mの深度保持、そして真っ直ぐ走るのは水中視界1M弱の神戸港内のドックでは至難の業であった。

 左右のドックの側壁をソナーで計り、深度を保持するために微妙なツリムを作るため水銀を移動させて狭いドック内を航走する、恐怖の速力試験だった、おかげで2千万円するといわれている流向流速計を側壁に当てて壊してしまった、保険に入っていたので実害はなかったがたいへんおこられた。

 実際にありえない環境で試験をこなすのもテストパイロットの腕だ、この頃十二指腸潰瘍に罹り痛みをこらえて達成した、が先日人間ドックで胃カメラを飲んだが今でもそのときの後遺症が残っているそうだ、こんなのは労災にはならないのかなぁと今ごろになって考えている。



潜水艦OB会    5/21

 人生いろんな人がいろんな道を歩みそしてOBとなるが、私も沢山のOB会に入っている、その中で潜水艦のOB会が一番長続きしている、官民を問わず絆が深い、今年も去る5月12日に以前の会社の潜水艦設計部門のOB会『SS会』、5月14日に製造部門、試運転部門のOB会があり参加してきた。

 日本に潜水艇が導入されてから戦後の一時期を除き連綿とその技術は受け継がれ、蓄積されたその技術を伝承している、官の方も東日本、関西、西日本『どん亀会』と称して海上自衛隊の潜水艦乗りであったOBの集いがある、ひとりのミスが命取りとなる乗組員は強い絆で結ばれているが、この仕事は好きでなければ勤まらない忍耐を要する任務である、冬場の艦橋での操艦は360度吹き曝しで特に紀伊水道を北上するときはなどはまぶたが凍りつき目が開けにくくなる事もある、劣悪な生活環境で過ごしたものでなければ理解できないだろう。

 海上自衛隊潜水艦OBも昭和30年に初代『くろしお』が導入されてから50年その間に九百数十名に達する、今年は来る6月5日50周年を記念して有馬温泉に集うことになっている。

 今でこそ潜水艦のトン数も2900トンを越える大型になり居住性や生活環境も良くなったが750トン型では一人1日20リットルの真水量で計画されていた。

 海に潜るということはこの世から消え去ることで私が現職自衛官を去る頃は60日の行動をしており、出港時と入港時では季節が変わっていたり、子供に顔を忘れられたりと悲喜こもごもだった。

 このようなOB会だが年に一度同じ釜の飯を食った仲間は何時まで経っても忘れられず懐かしいものである、今から有馬の一夜を待ち望んでいる。




機密漏洩事件   4/16

  先日来新聞紙面で記事は小さいが重大なことが報じられている、潜水艦の船殻の構造材の機密漏洩事件である。

 防衛庁の高級官僚が自分の所掌する分野の機密資料を持ち出し、部外の人間に渡したと言うことだ、自衛官のときも、造船所勤務のときも潜水艦に関する機密に携わった者として材質に関する事項は最高のものとされていた。

 決して人に漏らしてはいけないと教育されていた、造船所の社員にしてもしっかり教育していた、それが防衛庁のお膝元の高官が漏らしたなどとは言語道断である。

 潜水艦の話をしていてどのくらいの深さまで潜航できるのかとよく聞かれるが決して具体的な数値はしゃべったことはなく、これからもしゃべることは無いだろうが、今回の事件はOBとして残念なことである、以前にもスクリュー加工の3次元NC旋盤のノウハウが漏れたことがある、ちょっとした事が国益の損失に繋がることになる。


話題のローレライ      3/11

  たかしおの自衛艦旗授与式に参列したとき神戸で話題の『ローレライ』が上映されているのを知り仙人界への帰国を1日延期し三宮の三劇へ観に行ってきた。

 現代では第2次世界大戦末期の潜水艦は現存しないので全てセットとCGが多用されている、モデルは海大400潜であろうが少々設定に無理があるようだ、作者の福井晴敏氏しにしても映画関係者にしても実際の艦を知らないのが致命傷のような気がする。

 撮影の技術スタッフに私もよく知っている海自潜水艦OBが監修しているがどうもCGのなかでは無理があるようだ、艦と海水の質量に違和感があり米海軍のフレッチャータイプの駆逐艦の密集体系もいただけない、まして潜水艦の大砲203mm砲でB-29を撃墜する設定にも無理がある。

 いろいろ専門的、理詰めで見てる所為かもしれないがストーリーの展開にしてもどうかなと言うところが多々目に付いた、軍令部の大佐が艦長を任命するなんてのもどうかなと首をかしげる。

 粗捜しは別としても終戦直前にドイツから潜水艦を1隻回航してきたのは確かである、南方で終戦となり日本の役には立たなかったが事実をモデルにいているようである、従って旧海軍潜水艦の艦内とはずいぶん異なっているのだろう。

 アメリカで製作されたレッドオクトーバーを追えの様なダイナミックスさは無いが娯楽作品と見れば第1級品と思う、映画が斜陽だと言われているがこれを上映していた三劇はほぼ満員だった、久しぶりに潜水艦映画を楽しんできた。



最新鋭潜水艦『たかしお』    3/11

 一昨日3月9日三菱神戸造船所でおやしお型8番艦の『たかしお』の引渡式と自衛艦旗授与式が挙行された、威風堂々たる2750トンの巨体である、装備も充実しており潜望鏡の巨大さにも驚いた、直径も太くなったのかしら・・・・。

 OBとはいえ防衛に関する秘密は漏らしてくれない、私が担当していたはるしお型よりは一回り大きくなってるようである、特にセイル大きい、操艦していて艦尾が見えないそうである、艦体やセイルに吸音タイルが張られ究極の静音潜水艦が出来上がったようである。

 これから慣熟訓練をしつつ練度を上げ国防の任務につくがよき伝統を育み立派な戦力になってくれることを期待したい、完工パーテイでは以前潜水艦乗りだったころのOB、造船所で操艦に従事していたときの先輩や検査官それにおこがましいが後輩の皆さんとお会いし祝杯をあげることが出来大変嬉しく思った。

 この『たかしお』はおやしお型8番艦でありあと3隻完工すれば新型2900トン型になるという、艦番号は500に戻るのだろうか、舵は]舵になるという、今までは横舵、従舵とはっきり区別していたが水上航走と水中航走とではどんな動きをするのかしら・・・・。

 たかしおは第2次大戦後三菱が建造した潜水艦では21隻目である、その内私は11隻を直接操艦している乗組員で3隻、操艦員で8隻である、川重艦は2隻操艦している、戦後の潜水艦には13隻関係してることになる、日本に潜水艦が導入されたのが1905年、戦後の潜水艦が海上自衛隊にくろしおが配属されてから50年、戦後の潜水艦の歴史とともに歩んだことになる。

 潜水艦老爺の心配や興味はなかなか尽きない、長生きしようっと。


悲しき友の死        2/7

 潜水艦乗りは他の艦艇に比べて結束が固い、よく嫌味で潜水艦屋と言われているが自衛隊だけでなく造船所で試運転に携わる社員でもよく言われる。

 造船所は船を造るだけでなく造った船を試運転し要求された性能が出ることを証明して注文主に引き渡す、商船だけでなく潜水艦も同じである。

 私もそのために自衛隊の定年を待たずに造船所にトラバーユした身である、潜水艦の試運転は商船より長くかかる、海に潜ると言うことはいかに大変なことか、素人の社員を訓練し半年で50回以上の出動試験を実施する。

 従って基幹要員はやはり海上自衛隊の潜水艦乗りから招かざるを得ない、私も後継者にこれと思う人物を口説いたが幹部に昇進していたのでウンと言ってもらえなかった。

 自衛隊は階級にもよるが53〜4歳で定年となる、若年定年である、まだまだ働き盛りである、私が目をつけていた彼も自衛隊を退職してから造船所に入社した、私の退職した後だった。

 その後造船所を訪れるたびに彼と逢いたいと思ったがそのつどすれ違いで逢うことがかなわなかった、ところが昨年末単身赴任していた社の独身寮で急逝してしまった、誰にも看取られることなしの孤独死だという、愕然とした信頼できる後継者と思っていた人物だった。

 何が原因か詳らかではないが哀しい話である、ぽっかり心に穴があいたような気がする、人は死ぬために生きているなどと悟ったようなことも言われるがまだまだ若い友の死に愕然とし、人というものは一寸先が見えないものと暗澹たる気持ちである。

                       合掌


意図的な実践訓練       12/21

12月20日付けの産経新聞から

 中国原潜の領海侵犯から1月以上経過したがこの領海侵犯が偶発的、技術的なものだという中国側の説明とは違い、意図的で極めて実戦的な訓練であることがわかってきたようである。

 原潜は当初沖縄本島のほうに向かっていたが突然宮古〜石垣島間の領海に突入した、急な針路変更は『領海内を突っ切れ』と命令が出されたためと見られる、危険海域に侵入したのは意図的だったからと考えていい。

 ただ、全没したまま、さらに海自の監視下にあってどのような手段で命令変更を受領したのかも検証する必要がある、中国の対潜水艦通信は日本が考えている以上に進んでるかもしれない。

 また乗員の練度はすごいと思うこの水道はV字峡谷のように狭く地形が複雑、全没しての可航幅は非常に狭い10ノット前後で航行するには相当な練度も必要だし、海域の海底地形図もしっかりしたものを持っていると思われる。

 原潜の行動から海域を自在に潜航できるかどうかをチェックする目的があったことがわかるが潜水艦の位置を特定するにはソナーから探信音を発信し、その反射音を捕らえて特定するが、その前提として海域の海底地形図・水深・水温分布・塩分濃度・電気伝導度等のデータを持っていなくてはならない、我が庭のデータはすでに中国に全て握られているようだ。

 今回の侵犯で追尾した海自のソナーマン能力には驚く、浅く複雑な水道では音波は乱反射するがその中から原潜を識別したのである、すばらしい能力である。





 

Air-less Surface       1/22

 画像はお馴染みの潜水艦のドルフィン運動の一環で無気浮上した瞬間である、観艦式や体験航海時に近くまで潜水艦が潜航して接近し急速浮上をして見せる場面である、見学者は非常に喜ぶ場面だ。

 通常潜水艦が浮上するときはUP10度くらいで水面に浮上がる、画面は30度くらいかけている、潜水艦が浮上するときは潜望鏡深度で周囲を観測し安全を確認してからメインタンクをブロー(排水)して浮き上がる。

 潜水艦は水上と水中では重心点と浮心点が逆になる、状態が変わる潜航時と浮上時にこの2点が一致するところがある、この時期を極力短時間に通過するよう操艦する。

 しかし画像のように見せるための操艦では艦内はてんやわんやとなる、人間は20度の傾斜では立っていられなくなり何かに掴まらなければならないし、一番困るのはほう炊所だ水は飛び出す、炊飯中ならゴッチン飯確実、棚の本なども飛び出すなどなど乗員は震度9くらいの地震にあったようなものである。

 まぁ、こんなことも我慢して命ぜられたこんなことも我慢してやってるのである、グリーン・ビルと愛媛丸もこんな状態で衝突したのである、乗員にとってまともな任務なら我慢して実施するが余興でやらされるのはたまったものではない作業である。

 しかし部署(マニュアル)にはきちんと無気浮上(Air−less Surface)部署と言うのがあり、浮上に要する高圧空気がない場合に浮上する手段として定められている。




ザ・スキッパー       1/20

 一昨日かって薫陶を受けた上司から1冊の私家本を戴いた、題して『ザ・スキッパー』という本である。

 海上自衛隊に潜水艦が採用された黎明期に若くして艦長となり運用面、戦術面も手探りの状態のころ、数々の画期的な用兵の妙を発揮され、初の涙滴型潜水艦の1番艦『うずしお』の艦長を務められた丘村文星元1等海佐の著書である。

 丘村元1佐には乗組員としてお仕えしたことはないが潜水艦教育訓練隊司令のとき潜水艦中級学生のとき薫陶を受けた、中でも『指揮官とは』と題しての教務の際、八甲田山死の彷徨を教材に指揮官のあるべき姿を順々と説いていただいたのはいまだに記憶に新しく、いろんな面で人生の指針となっている、

 『ザ・スキッパー』は若かりしころの失敗を教訓にしそのことを後の人間形成の糧にしているところがすばらしい、人は誰も自己の失敗を語りたくないものだが、失敗を分析しそれから学ぶことの大切さを教えてくれる本である。

 丘村艦長はかっては潜水艦仲間から丘村サーカスの異名を取ったほど奇想天外な用兵、操艦をされたことで有名である。



こんな切手が出ています     1/18

 こんな切手が昨年8月23日に発行されていました、『科学技術とアニメ・ヒーローシリーズ第5集』というタイトルです。

 8種10枚セットになっておりしんかい6500は1枚しか入っていないが知っていれば買っておいたのになぁ、と悔やまれます。

 郵便局で聞いてみたけどこんな田舎には回ってこないとのたまわった、シリーズ切手はほとんどマニアが保存するらしく死蔵されるようです残念。



何隻見えるかな   1/16

 これは市道から見た今日の潜水艦桟橋に息う潜水艦である、おやしお型、はるしお型合計10隻で壮観だった。

 Fバースに1隻だけおやしお型が、Sバース手前に5隻、沖側に4隻である、手前の左から2隻目のセールの影に沖側の左から2隻目のセールがわずかに見える。

 一度に10隻も並ぶのは珍しい、カメラのアングルに苦心した、何とか視認できる、15日に呉で潜水艦OBの西日本どん亀会があり195名の元潜水艦乗りが集まったのに合わせたわけではないだろうがなかなかの壮観だ、市道から垣間見える潜水艦をマニアの方たちがしきりにシャッターを切っていた。

 手前の古めかしい桟橋は旧海軍時代のもので私たちのころはこの桟橋に横付けしていた、入港するときに市道の石垣に当たらないか緊張の連続で後進のタイミングを失しないように操艦したものである。



中国潜水艦『漢』(091型)    12/21

  11月10日に2度目の海上警備行動が発動され、領海侵犯した潜水艦対して机上自衛隊の護衛艦・対戦哨戒機が先島諸島の石垣島と宮古島の間の狭い水道を潜没航行した原潜を確認している。

 選考中の潜水艦の国籍を確認するのは難しい、その潜水艦の発するノイズから諺文を分析するのだが日ごろからのデータの積み重ねが大切だ。

 今回は浮上させることは出来なかったが分析には相当自信を持っていたようだ、漢クラスは涙滴型で「はるしお」タイプによく似ている、1軸推進、原子炉は1基搭載し蒸気タービンで発電、電動機駆動だが建造後いろいろ改造は加えられているとはいえノイズの大きい潜水艦である。

 早いものは艦齢30年に達し現在就役しているのは3隻くらいであるが練度なかなかのもののようだ、この1隻が日本に与えた影響は大きい、海上警備行動における浮上命令、警告射撃が法の不備によって出来ないのは残念なことである。

 いつまで泥棒を捕まえても縄をなわないのだろう。

中国側は侵犯を認め遺憾の意を表明したが、技術的問題で誤って侵犯したと釈明するのとどまり謝罪はしていない、なめられたものである。

 これが反対に我が方の潜水艦が中国の了解を侵犯したらどんな態度をとるだろうか一度やってみたらいい、中国の対潜能力も試せるのではないか。



深海のパイロット U     12/17

画像は世界新記録6527mを表示

 『深海のパイロット』と言う本を吟味しながら読んだ、専門分野にわたる本と言うのはやたらと業界用語が羅列され、著者の知識を披露しがちだがこの本はフムフムと頷きながr読ませる本である。

 この中に出てくる人物は旧知の人が多い、米海軍潜水学校出身者、海上自衛隊潜水艦乗りからの出身者、ヘリュウムダイバー資格取得時のクラスメート、深海や高圧下の世界はひとつ間違うと命取りになるためお互いの信頼感は非常に強いきずなも深い、同じように深海を目指す仲間は忘れがたいものである。


深海のパイロット    

 光文社新書の『深海のパイロット』と言う本を読んだ、3者共著の本であるが、パイロットの目で見た部分は旧知の田代省三氏の記述である。

 その他登場人物は旧知の方々が多いので興味深かった、開発段階から試験潜航で「しんかい200」では64回、「しんかい6500」では56回の潜航経験を持っているが、試験潜航と調査潜航との違いがよくわかる。

 中でもパイロットの選抜に関するところが面白い、海上自衛隊の潜水艦乗りから選ぶというのは造船所も同じであり、米海軍でもそのとおりである。

 適性検査では心理、体力、などを含めて選ぶが、たとえば酸素100%を吸わせて異常ないか、閉所恐怖症ではないかと言った項目も含まれている、その他テスト段階では神戸港内でドック試験を実施したが海水の汚濁がひどく、この中で速力試験を要求されたことがあり恐怖を感じたものである。

 ソナーでは長距離レンジがほしいとかかれているが私は逆に近距離15mレンジが欲しいと思った、300mのドック内では左右の壁を計りながら直進するのである、針路は主推進器でコントロールできるが深度は安定ひれでは出来ず、船体の前後傾斜でコントロールする、とにかく口八丁手八丁が要求される。

 こんな中で絶対欲しいと思ったのは広報監視の広角カメラであるが、いまだに装備されていないようである、ソナーはしんかい6500では掃海艇の嫌い探知ソナーをモデファイしたものが装備されたが調査船には重くて使いづらかった。

 それよりもアルビンで使われていた、古野電気の製のカラー魚探がさいてきで安価なのでいいと思って進言したが開発すると言うことで進んでおり無視されたことがあった。

 操船要領書な全くなく、テスト用を自分で作成し運輸省に持っていって説明し、納得させるのに四苦八苦したこともあった、とにかく手探りでしんかいを運航しプロジェクトといっても各社の利害も絡まりテスト中は気の抜けないことが多かった。

 深海のパイロットは国内には20名くらい、世界でも60名ほどであるが海上自衛隊の深海救難課程では計画的にパイロットを養成しているのでここに委託して底辺を広げるようにするのも一つの方法ではなかろうか。




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