旅と温泉           6/6  更新
浜坂温泉  6/6 
       
 山陰の国民保養温泉地 浜坂温泉日帰りの入浴施設『ユートピア浜坂』に誘われていって来ました、ひとり暮らしの仙人ではろくなものを食ってないだろうと友人が誘ってくれました浜坂には大きな漁港があり魚も旨いと評判の網元が経営するレストランがありそこの魚料理を狙っていきました。

 料理も新鮮な刺身や焼き物それに久しぶりに旨いすしを堪能しました、そこからユートピア浜坂は車で〜3分のところにあり天然温泉の綺麗な温泉施設でした。

 湯温 72.5度
 泉質 ナトリュウム・カルシュウム・塩化物泉 で加水、加温無しです
 料金 300円で毎週木曜日が休館日です
 時間 10時〜22時
 所在 兵庫県美方郡新温泉町浜坂1352-1 0796-82-5081

 休憩室は140平米の大きな部屋がありますが食堂はなく持ち込み可能とのことです、町営のためそっけないですが湯は豊富にかけ流しているようです、ぶらっと行くのには料金の安さを考えればリーズなものです。

我が家から73Km29号線・9号線・178号線を辿って1時間半でいけました、これからチョイチョイ行くことにしましょう。



奥飛騨は初雪でしたブルッブルッ   10/31 
 奥三河の星見の集いに参加して帰り道例によりぶらり旅としゃれ込み乗鞍の黄葉と焼岳の噴煙を見ようと奥飛騨を旅しました、先ず話題の白骨温泉にとR156を沢渡まで行きそこから白骨温泉の県道を上り無料駐車場に車を止めて温泉に行ったが公共の露天風呂は時間切れだったのでそのままP泊。

 早朝露天風呂が開くと同時に入浴気温は4℃だったけどゆっくり温泉に浸かり疲れを取り英気を養ったがおしゃべりなおじさんが入ってきて聴きもしないのにぺらぺらじゃべりだし相槌を打つのにくたぶれてしまった、男のおしゃべりは人を疲れさせることをこの爺さんは知らないようだ。

 外気は寒かったが体が暖まったところで爺さんを無視しさっさと上がり西穂高に向った、久しぶりに太陽が出ていたので穂高連峰が見れると思い大枚2800円だして西穂高ロープウエーに乗り標高2160mの展望台に上がった。

          

 下では晴れ間も出ていたが展望台は画像の通り雪景色である、期待した穂高連峰は山頂付近は厚い雲の中がっかりして早々に下山してきた、下のレストランで食事をし、寒かったので新穂高温泉に入ろうかなと思ったが平日なのに観光客が多いのであきらめ荘川まで行き道の駅桜花の湯に入り此処でP泊。

 以前にも行ったことのある小松市の日本自動車博物館に行ってみたくなりR156を北上する、博物館では最初のマイカーマツダR360クーペの展示に嬉しくなりよくこんな小さな16馬力の車に4人も乗って神戸から呉まで走ったなぁと感慨無量だった、その他昭和30年代から乗り継いだ車をゆっくり見て回り懐かしい思いがした、見終わってからこれで帰ることにしR8・R27でシーサイド高浜でP泊30日午後に我が家に帰ってきた今回は約1300Kmのぶらり旅でした。



軽キャンパー車内の換気扇   9/22
    

 近くのホームセンターで夏物バーゲンをやっていて良いものを見つけてきた、YAMAZENの小型扇風機である、AC100V8W型だ、試しに回してみると結構風量があるので車内の換気に使えると思い購入した、換気が必要に感じたのは羅臼の道の駅でPキャンをした時虫が車内に入り込みあちこち食われ痒い思いをしたからである。

 後部ドアのガラス溝に入るように4mmのシナベニヤを買いガラス溝にあわせて裁断し画像のごとく取り付けた、ドアガラスとのつなぎはベニヤの端末処理の塩ビ材をはめ込みガラス側と接するように接着しビニールテープでずれ防止した、下から上がってきた窓ガラスは端末処理材の溝に入りガタガタ音の発生防止を図っている。

    

 車内側は換気扇のモーターの厚みが50mmあるがスライドドアを開けたときのボデーとの隙間が60mmあり干渉することはなくあとはドアの開閉によるACラインの処理だけである、インバーターからの電源でまわしてみたが換気効率はすこぶるいいようだ、あとは出る風があると必ず入る風を入れなければならに様に反対側のドアに網戸をつけることを考えている、夏場は戸に害虫対策を考えなくてはならない。

 また車内では就寝用にマットを敷きその上にセミダブルのベッドパットを敷いているが毛足が長く夏場は暑いのでこれもまた湿度センサーつきのシートを見つけて湿度コントロールを出来るようにした。

              

 これは少し固めのベッドパットでWサイズ(140cm×200cm)でサンバーの荷室にぴったりである、丁度ドア側にセンサーが来るようになっている丸い窓のセンサーがピンクに変色したら太陽光にあてブルーに変色するまで天日干しをすると何度でも使える優れものであるセンサーにはシリカゲル系のものが使われているようだ。

 小さいけれどスバルサンバーワゴンスパーチャージャーは日進月歩日々快適性を求めて進化しているのである、どこかでお会いできたら気軽に声を掛けてください。



  
北海道の温泉   8/12
 北海道は温泉が多い設備の整った有名温泉も良いが車旅の途中でふらりと寄ってみるのも仙人的である、北海道にはいたるところに温泉が湧き出している、道全体が火山の上に出来ていることもある、殆どの温泉が硫黄泉であり硫黄臭が強い。

 今回の旅で一番のお気に入りは羅臼峠にある原生林に囲まれた男女別の無料露天風呂の『熊の湯』だ、町の有志のボランテァの手で清掃が行き届きとても清潔だ、羅臼町國設野営場から国道を隔てた朱色の橋を渡ったところにある。

      

 湯温は太いパイプから掛け流しにされている源泉の湯量を調節して行う、渓谷沿いにあり谷の音を聞きながらのんびり入るのは寿命が延びる気がする、地元からも時々人が来て訛りの強い言葉で会話するのも楽しいものである
      

 摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖周辺も大変無料温泉が多い、摩周湖と屈斜路湖にはさまれて硫黄山があり山全体から今ももうもうと噴煙の上げている所為か弟子屈の町は温泉が多い、屈斜路湖畔には足湯や水際を掘るとどこでも温泉が湧き出すほどで
無料の露天風呂が散在している。
      

 ニセコ温泉の大湯沼である、もうもうと湯煙を上げており湯がたぎっている感じである、このような所は○○地獄と言うのかもしれないが此処はそっけなく看板が立っているだけだが此処がニセコ温泉の源泉だ。
      

 この沼の直ぐそばに町営の国民宿舎『雪秩父』がある、此処の露天風呂は知る人ぞ知る有名で仙人も人に教えてもらって訪れたところである。

 その他足湯や無料露天風呂が無数にあるから北海道の車旅は癖になりそうで知り合った人たちは毎年来ているとか、今年で十○回なんていっていた、北海道の硫黄泉にのんびり浸かって遊びの疲れを癒すのも贅沢かも知れない。



北海道の食   8/11
 北海道には本州に無いいろいろな食べ物がある、今回も訪ねたところで北海道ならではの美味しいものを食べてきたが一ついえることは観光客用に提供しているものは極めて高価だといえる、美味しいものでも値段が高ければ躊躇してしまう。

 海鮮物はきわめて高い、その一つにうにどんぶりがある、あるところではうにどんぶりが3.600円もした、新鮮で美味しいけれどちょっと財布の紐を開く気にはならない、紋別ではかに祭りに遭遇し喜び勇んだ、タラバ・タカアシ・ケガニ・ハナサキ・ズワイと沢山の種類が提供されていたが腹一杯にとは言え無かったホタテもシーズンだったが結構な値段だった仙人はホタテの乾燥したのをガム代わりに噛むのが好きだけれど5個で500円は手が出ない、函館の朝市で割れ2.500円で500グラムを購入した。
      

 函館の朝市は戦後からずっと続いているが沢山の店が集まり競争しており北海道各地から品物が集まってくるし対面販売なので値切る楽しみもあり、小樽の三角市場と同様値段の交渉の楽しみもある、仙人得意の半額の5割引は通じなかった。

 ジャがバターが非常に美味しかった、まるで鳴門金時のような味でジャガイモとは思えない美味しさだった、ところで地元の人に薦められたのが芋団子と言う食べ物だった、それは蒸かしたジャガイモを擂り潰し団子状にしたものを表面がカリカリになるように直火で焼いたものでなかなか美味しいものだった、採れ採れの新鮮な芋だからかもしれない、 とうもろこしも美味しいものの一つもぎたてなら生のまま齧っても実に美味しくジュウーしいである、やはり名物のようだ。

 北の台地で食を支える農業も規模がどえらいものがある、羊蹄山の麓でジャガイモ畑の消毒か肥料をやっていたブルトーザーを見たがまるで建設現場の重機のようだったのには驚いた、散布する液体を運んできたのも10トン積み以上もあるダンプカーだった、相当広い畑をたった一人の若者が操作していたが農業も北海道ならではだなと思った。

      

 西海岸のオロロンライン沿いや、道央の耕作地では黄色いじゅうたんを轢いたような広大な麦畑が黄金色に輝いており本州では麦秋と言って5月ころの麦の実りのようであるが北海道では麦は2回採れるとのことで納得、また家畜の飼料用に巨大な乾し草のロールが各地で見られ流石酪農王国だなと感心させられた。

 北海道では各地に大きな公設市場があるが特に巨大なのが函館の朝市だ農産物から海鮮ものが豊富だ、先にも書いたが海鮮物ではアイヌ古来の薫製品や風寒物が多いがやはり世界各国の先住民の知恵と同様にその伝統が受け継がれているのだろうか、出来たら訪問者にはもう少し安く提供してもらいたいものである



先住民族アイヌコタン   7/28 
 阿寒湖畔の一角に先住民族アイヌのコタンがある、今も136人のアイヌの人が暮らしているそうだ、アイヌ古式舞踏の上演やアイヌ生活記念館があるほか、アイヌ料理店民芸品店が並ぶなどアイヌの生活や文化を知ることが出来る。

      
            舞踏見学は入場料1000円、無料駐車場がある。

      
             踊りは単純だがなんだか哀感が漂う歌である。

      
 民芸品の店、殆どが木の手彫り品である店先でフレンチブルドックが店番をしていた、このワンコもアイヌの末裔だろうか聞くのを忘れた、のっぽ君ところの監督に似た風貌をしていた。



見てきた先端 灯台   7/27 
      

 北海道には野寒岬と納沙布岬のよく似た2つの地名がある、前者は稚内にあるノサップ岬、後者は根室半島の先端のノシャップ岬、これは昔まだ通信がカタカナで行われていたころ電文を漢字混じり文に翻訳するときに間違わないようにうるさく教育されたので記憶していた。

 画像は稚内の野寒岬の先端にある標識である、なぜかカタカナでノシャップ岬になっていた????
と言う感じである。


      

 宗谷海峡の先端にある日本最北端に地を示すモニュメント、夏だというのに寒々とした感じだ。


      

      

 クルーズ船から見た知床半島の灯台世界自然遺産に登録されてから立ち入りが制限されて海上からしか見れないのは寂しい気がする。


      

 これは根室半島先端のノシャップ岬灯台のモニュメント、この先に北方4島の国後・択捉・歯舞・色丹群島があるわたしは旧島民の方達の帰島の念の強い気持ちに打たれ自分の関心の薄さを恥じた。


      


      

 歌に歌われた襟裳岬灯台、島倉千代子と森進一が同じ題名の歌を歌っている、歌詞も曲も異なるがともにヒットした曲であるが共通しているのが風が強いことを強調していることだ、先端に立ってみてそれを実感した。

      

 森進一の歌詞の中に襟裳の春は何も無い春です、と言うくだりがあるほんとこの岬には何も無かった、ソフトクリームを売る店が只1軒だけ有った。



北海道で出会ったキャンピングカーたち   7/23 
 今回の北海道旅行で沢山のキャンピングカーに出会った、それぞれ自分の気に入ったように改造したりメーカーオリジナルなもの本人の得意分野に拘ったものなど一家言のある個性豊かな車でそれぞれ愛犬連れが多かった。

 知床峠の国設キャンプ場で一夜をともにしたキャンピングカーたちはユニークな方達ばかりだった、八戸からもう10数回北海道に来ていると言う北海道については超ベテランなかたで奥さんと愛犬連れで料理に拘っていた。
      
 このわんこ朝方野生の子連れの鹿が車のそばに来たのでしきりに吼えていたが母鹿の前足で地面をとんとんと踏みしだく威嚇音におとなしくなってしまって最近の犬まで根性をなくしてしまったようだ。

      
 この人は元仙人と同業者で哨戒機の機上通信士だったと言う、料理は全て自分でやるといっていた。

      
 外見はオリジナルの普通車だが職業が現役の大工さんだとかで内部の収納にこだわり立派な箪笥?が奥さんの自慢だった。

      
 京都から来ていたこの人は身障者の奥さんの車椅子を乗せ便利なように何でも自作しているようでサイドオーニングまで自作したがまだ気に入らんと帰ったら改造するそうだ。

      
 山口から来たこの人も北海道を長期に旅しているといっていた、一度北海道に来ると病み付きになるらしい、この国設キャンプ場には水場やトイレも完備しておりゴミ処理も有料でやってくれ、キャンプ場の下100m程のところに無料の露天風呂まであり今回の旅で一番のお気に入りのキャンプサイトであった。

      

      



 
この木 何の木 気になる木   7/23
 以前からハルニレの巨木の写真を見せてもらい気にしていたが、その木は北海道にあるハルニレの巨木だと知った、平原にすっくと立つ孤高の姿が美しい姿である、北海道のドライブマップを調べていたらその木は豊頃町の町の樹に選定され十勝川の河川敷にあることが分かりぜひ訪れたいと思っていた。

      

 この樹は十勝川左岸の河川敷に位置し2本の樹が1本化したもので昭和61年に町の文化財に指定された、扇形の枝振りが見事であり周囲の環境と調和し見事な景観をなしている、訪れたときは木の周りは丈なす雑草に覆われており近づくのが難しかった。

 案内書きによると、北海道が蝦夷と呼ばれていたころから豊頃町の大地に根を下ろし、十勝川の流れとともに幾多の水害や風雪に耐え、開発の全てを年輪に刻んで来た「はるにれ」の木である。
 「はるにれ」の木は豊頃町の町木に指定されており雄大な自然の中に聳え立つ樹齢140年のこの木は写真集やテレビ等でも全国に紹介され静かなブームになっている。

 この木の町指定年月日  昭和61年2月21日
 所在地 北海道中川郡豊頃町幌岡南9号地先



  
監獄の臭い飯   7/22
 通称赤レンガと呼ばれる旧網走刑務所は北海道開発のため受刑者を送り込んだところである、北海道の広大な土地に道を作るため多くの囚人が使役のために働いたようである、中には酷寒の地で山崩れで命を落とした者も多数居り、網走送りは2度と生きては帰られぬ監獄と怖れられた。

      

 旧刑務所は現在北海道開拓の歴史館となっている、新旧を比べてみるとデザインはまるっきり同じだ。

      

 現在の刑務所は敷地は以前のところにあり入り口の造りもまるっきり同じように造られている、こちらは見学できないが映画などの撮影はこの正門前で行われた、高倉健さんも此処で演技した、入りたい希望の人は再犯以上でないと入れないそうでやはり格が上のようだ、旧刑務所では刑務所の臭い飯が有料で体験できるので食べてきた。

      

      

 この日のメニューは秋刀魚の塩焼き、切干大根の煮付け、野菜の酢の物、味噌汁、米7・麦3の飯これで500円である。栄養士が献立したヘルシーな監獄食で1食500円ならリーズナブルな価格で秋刀魚の焼き加減と言い味噌汁、千切り大根の味は結構な味付けだった、この監獄はアルカトラス同様脱走不可能と言われていたくらい堅固な監獄だが5回も脱走した囚人がいた、『5寸釘の寅吉』と呼ばれ今では資料館の正門の左側にその姿をさらしている。

      

北海道の道の駅考   7/21
 今回北海道を旅して特に気がついたのは道の駅でごみを捨てることが出来ないところが多かったことだ、道の駅はくるまで旅をする人に快適な旅をするようにガソリン税のような特定財源で整備されているはずであるそれが車のごみはお持ち帰りくださいというキャンペーンを実施している。

 道の駅では地元産の物や土産品をパックや包装して売っているそれをばらして食べたあとのパックや包装紙は捨てられず、清涼飲料水のペットボトル回収ボックスの無いところがあった、物は買えゴミは知らないでは観光客は買わないと思った。

 車で旅をしてる人が家庭からのゴミを持って旅するだろうか観光客に来てほしいのなら受け入れ態勢でゴミの処理もきちんと考えてほしいと思う。

 一部の地域で観光客向けの有料でゴミを引き受けるecoステーションなる実験をしていた、期間は6月1日〜7月15日でゴミ処理のレジ袋のようなビニール袋が100円でそれを事前に購入して少ないステーションに持ち込むと処理してくれるようになっていた、私も知床で一度利用したが100円はやはり高いような気がした、一周中のゴミはリヤーキャリアーの乗せたコンテナーに入れて持ち帰ったが本来の道の駅に帰って車旅の人に快適な旅が出来、沢山お金を使ってもらうためにも旅行中のゴミ処理は引き受けてもらいたいものである。



北海道一周軽キャンパーの旅   7/19



 北海道行きは小樽まではフェリーに乗ることにした日本海を30ノットの航海速力で航走し、航海時間は20時間である、3日00:30に舞鶴発、20:45に小樽港下船、サミット警戒中のために南廻りを避け、一路宗谷岬を目指し北上する、あいにく雨に見舞われたが道路が広いので大変走りやすくついついスピードが出てしまう、札幌からら宗谷まではオロロンラインの愛称が付けられている道路の標識も少なくアレッ此処は何キロだっけ?と思うことがしばしばだ、直線部分が多く素晴らしい、ただしガソリンスタンドが少ないので残量には気をつける必要がある。

 船中で物知り顔の北海道通からガソリンは200円/リットルだといわれてきたが、あにはからんや本土より安いまちまちの値段で安いのがモダ、オカモト.ホクレンの順のようだ、173〜187円までの差がある。

 この中でホクレンが点数製で便利な北海道の地図をくれるので私はほとんどホクレンで入れた、地図上にスタンドが表示されており非常に使いやすい。

 オロロンラインで稚内、宗谷を回りオホーツク側に入りオホーツクラインを南下網走監獄で臭い飯を食い野付半島に寄り道し鉄道車両とバスの機能のある車両の見学をし、知床半島に向かった。

 知床は世界自然遺産に登録されてから規制が厳しくなり、ウトロから半島先端まではマイカー規制であり知床岬までは高速艇で4時間のクルーズで知床連山や海岸美を楽しんだ、ところどころでヒグマが海岸で漂着した餌を拾い食いしている姿も見られ、ゆれ具合いの激しい小型高速艇で久しぶりに潮の感覚を味わった。

 ウトロから根室に抜ける知床峠はあいにくの霧に包まれておりそのまま羅臼峠に向い此処のキャンプ場で車中泊、このキャンプ場には『熊の湯』と言う無料の露天風呂があり夕朝と2回も入った、多数のキャンピングカーが来ておりこのようなところで情報交換をする。

      

 納沙布岬は日本最東端の岬で日の出が早く3時過ぎには明るくなってきた、この半島を一周し釧路に向った、釧路は28年に一度来たことがあるが当然当時の面影は無く立派な都会になっていた。

 釧路からこんどは北上し弟子屈に向かい、摩周湖、屈斜路湖を訪ね鳥取出身の旧友を尋ねた、その後裏摩周湖を訪ねたが歌の文句の通りで霧に包まれており断念、道の駅摩周湖温泉で一泊、次の日は表摩周湖を訪ね快晴の摩周湖を眺める幸運に恵まれた。

      

 その後屈斜路湖を眺め湖畔の無料露天風呂『池の湯』に浸かり旅の疲れの汗を落とす、以前から見て見たいと思っていた豊頃町の町の樹『ハルニレ』を見に行った、この樹は十勝川の広大な河川敷にあり雄大な河川敷の堤防上をゆっくり走るとすぐに目に付いた、2本の巨木がありどういうものか1本が写真集などに掲載されている。

      

 周りは雑草の盛期で草丈が相当伸びていた、が写真集で見た優雅な姿を堪能してきた、途中であった人から羊蹄山とラベンダーを見るといいとアドバイスをもらい富良野・美瑛に向かい雄大な富士そっくりな羊蹄山の山容を眺め広大なラベンダー畑を両眼で楽しみ富良野に入り特製のソフトクリームを味わう。

      

 旭川・滝川・美唄を通り苫小牧市に入る、ここで会った方から支笏湖が良いといわれ行き当たりばったりの旅とて予定を変更支笏湖を経て倶知安・蘭越・長万部を通り函館に向う、函館では棒仁百貨店の筋向いに有ったラーメン屋の塩バターラーメンを食べる積りだったがすでに店は無かった、また昔よく通った松風町の喫茶松原は店はあったが廃業していた、50年の歳月の流れを感じた。

 函館の朝市の活況は昔のままだった、こういう店で丁々発止値段交渉するのは楽しいものだ、仙人流半額の5割引をやって帰りの土産を安く仕入れた。

 その後函館山に登ることにし十字街から谷地頭への市電の線路沿いに走り途中から登山道に入る、屈曲の急坂を登り市内を一望する展望台に着く、この登山道路は17時〜22時はマイカー通行禁止である、
      

 帰りの日時も迫ってきたので今度は渡島半島を北上することにし江差へと向う、この道はR229号で追分ソーランラインと名づけられている、道東や道南の海岸線と違い古きよき北海道の雰囲気が紛々と残っていた、葦で囲った風除けの家並みは昭和初期を思い起こさせる、道路も北海道にしては狭く路面も荒れていた。

 途中見市温泉で立ち寄り湯をしながら最後の岬神威岬に向ったが岩内から余市まではR229は通行止めなので神威岬はあきらめR5号線で小樽に入り三角市場で待望の八角を見つけ市場の食堂で塩焼きにしてもらいこれを味わい骨ももう一度焼きなおしてもらってバリバリと食べてきた。

 今度の北海道15日間の旅で北海道の知識の無いまま行き当たりばったりを楽しんできたが益々好きになった弟子屈の友人も今度は9月においでといってくれた、一度は凍れる北海道を体験してみたいとも思う。

 北海道の車旅で気づいたのは、道路が広く走りやすい、ガソリンスタンドが少ない野生動物の道路横断が多い途中蝦夷鹿・キタキツネ・ウサギに相当数出会った野生動物に餌は絶対にやらないことだ。

 今回の北海道軽キャンパーの旅で走行距離3384Km・使用ガソリン228.46リッター・燃費率14.8Km/リットルだった、遊び賃にしてはやはり高くつくものである。



    
またも旅心が・・・   6/3 
 先月みちのく一周のふらり旅をやったばかりだが帰ってから軽キャンパーをさらに使いやすく整備し便利にした、これを実際に使ってみたくなり今度は北海道一周を考え昨日日本海フェリーに舞鶴・小樽間の往復フェリー便の予約をしてしまった。

 燃料高騰の折から本州は陸路ではなく船便でのうのうと寝ていくことにした、高齢になるといいこともあるようで会社の企画にあえば往復のフェリー代が30%OFFになる企画があった、これを利用することにしたが予約はひと月前までと言うことで結構融通が利かないところがある。

 来月3日舞鶴発で北海道2週間のふらり旅を予定している、今度はどんな出会いがあるのか北海道の案内雑誌を購入し今からわくわくしている、知り合いに最近道南を旅行して来た人がいてその人にあおられたせいもある。

 東北もそうだったが北海道もいろいろな思い出がある、戦後天皇陛下が初めて北海道に行幸されたときには警備船で陰警備をしたことがありこのとき菊の御紋章のついたタバコを戴いた、また根室沖地震の津波での漁船の捜索、洞爺丸が台風で遭難し多数の死者が出たとき遭難者を探し遠く稚内沖まで日本海側での捜索したことなども思い出しているこんなことでやはり北海道は思いで深い土地である。

 また是非食べてみたいのが札幌の居酒屋で食べた魚、八角の焼き魚と函館駅前通にあったラーメン屋の塩バターラーメンだ、これは二十歳前に食べたのだがそのときの味が忘れられずいまだにラーメンと言えば塩バターに拘っている、思いっきり食ってこよう。



 旅する車をもっと便利に   5/28 
 今回2週間にわたりみちのく旅行を楽しんだが狭い軽キャンパー収納と燃費向上を目指し改造することにした、とはいっても軽でも5ナンバーであるから車検の通らない改造はできないのでせいぜい重量物を下ろし、車検時には簡単に元に復旧できることが肝心である。

 と言うことで、後部座席をはずし、床下に収納場所を作ることである、

       

 後部座席ユニットをはずしてみた、軽自動車とはいえなんと重いこと一人でやっと持ち上げられるくらいである、はずしたのはいいがやはりぬれたら困るので家のテラスまでやっと運んだ、持ちにくいこともあるが重量はどうやら50〜60Kgはありそうだ、独り者なのに車はいつもこんなに重いものを運んでいるわけである。
       

 後部座席はユニットになっており、簡単に2本の12mmのボルトをはずすことで取り外せた、シートベルトアンカーも12mmナットをはずすことで取り外しも復旧も簡単である、ホームセンターで2×4の材木を購入し画像のような床を工作し、その下にコンテナーが6つも入る収納場所が出来上がった、ここに緊急停止表示板や生活水の2リトルペットボトルなどを入れておく様のした、勿論無改造で音の出ないようにきっちりと嵌め込みである。

 スバルはリヤエンジンであるが構造的にここもフラットである、まだまだ余裕があるが無駄なもの、重量のかさむものは積まないことにする、こんかいの旅でも帰ってみたら一度も使わなかったものが多い。

 道の駅を随分利用させてもらったが道の駅の原点は車で旅行する人に快適な旅をができるようガソリン税を利用して建てられ、それに各地の村おこしをかねて造られ村の名物や地産池消で農産物が販売している。
 ここで言いたいのは道の駅の設立の趣旨に反する行為が行われていることである、ごみはお持ちかえり下さいというのがその最たるものだ。

 自分ところではラップやトレイに入れたものを売っているがそこから出たごみはもって帰れと言う、これはエゴだと思う、ごみになるようなものは売るなといいたい、その点道の駅でも分別さえすれば旅行者のごみを引き受けているのが舞鶴道にある道の駅シーサイド高浜、ここは常に清潔で何時いっても気持ちのよい道の駅である。

 話はそれたが、このように車の収納は増えたが持って帰らなければならない物が旅とはいえ必然的に出る生活ごみである、これの収納のため車外後部のラックに載せたスットカーボックスだ、今回もこれが大いに活躍した、多くの軽キャンパーの関心を集めたようである狭い軽キャンで旅をするにはやはり創意工夫が必要である、床にはキャンプ用の断熱マットを敷き、65cm120cmの長座布団3枚を敷きその上にセミダブルのベットパッドをしいて寒い時、寒い場所でも快適に就寝できるようにしている、勿論就寝時には完全フラットのセミダブルサイズの寝床を確保してのうのうと手足を伸ばして寝ている、なんとか症候群にかかることは避けている。



本州のてっぺん、陸奥ぶらり旅の半月(前編)  5/23 

 長らくいってみたいと思っていた陸奥一人旅を5月8日から半月をかけて漫遊してきました、途中思わぬ寒気に攻められ白神山地では氷点下近くまで気温低下思わず身震いが起きました。

 行程は県道を経て兵庫の養父で山陰道R9号線に乗り福知山の牧でR175→京都、舞鶴で丹後街道R27→福井県敦賀で敦賀バイパスR8号線に乗る、 新潟でR7号線に乗り日本海岸を北上する、秋田県能代で内陸に入り秋田県大館でR103号線に入り十和田湖を目指す、高度は次第に上がり白神山地の景観を呈してくる。

 R103号線は大館バイパス、十和田道と途中呼び名が変わっているようだ、十和田湖畔の発荷峠で十和田湖を眺め遠く八甲田の山々を見渡せばまだ雪をかぶっている峰峰が多い、十和田ゴールドラインを抜けて酸ヶ湯温泉に宿泊する、混浴の千人風呂に入り旅の疲れを癒す。

 翌朝早めに出たが寒波に襲われ折角の温泉効果も吹っ飛んでしまった、県道40号線に入り旧青森5連隊の雪中行軍の遭難現場を訪れる、路肩には1m位の残雪が残っている。

     

 明治37年1月青森歩兵第5連隊第2大隊210名が猛吹雪に遭遇し199名が遭難した未曾有の山岳遭難事件である、その時にこの悲報を連隊本部に連絡しようとした後藤伍長が雪の中で立ち往生し仮死状態で発見され蘇生後の報告からその遭難の全貌が明らかになったものである。

 県道40号線を北上すると青森市外に入る手前に幸畑陸軍墓地があるここに雪中遭難者の墓碑がある、いかにも旧陸軍らしく墓碑も階級によって歴然と大きさが異なっている、また墓碑銘を詳しく見ていたら不思議なことに気がついた墓碑銘のうち陸軍1等兵と書いてある碑と陸軍1等卒と書かれている碑のあることである。

 
   

 これはどうしてなんだろうと思い併設の八甲田雪中行軍遭難資料館の館長さんに尋ねてみたがはじめて聞いたと驚いておられ今度詳しく調査してみると仰っていた、また第2大隊210名中生存者11名は凍傷で四肢切断者以外は日露戦争中北支戦線で全員戦死この人たちもこの墓地に合祀されている。

 県道40号線から国道4号線、陸街道に入り野辺地方面に向かう、途中浅虫の道の駅浅虫温泉で名物ホタテ尽くし定食を取る、これは陸奥湾で取れたホタテの刺身、てんぷら、焼きホタテなどてんこ盛りで腹いっぱいになり大満足だった。

 ここで小休止の後野辺地でむつハマナスラインR279号線に入り最終目的地下北に向かう、私が大湊で勤務したのは昭和29年と30年である、当時は下北郡大湊町でありまさかり型の半島の周辺にへばりつくように寒村が点在していたが今は周回国道も整備され便利になっている、R279はむつ市田名部でR338となり大間崎まで通じておりこれをたどって脇野沢に入り名勝仏が浦を訪ねる。

     

 仏が浦は国道沿いの無料の駐車場に車を止め、つづら折れの急な勾配の階段を300mほど下りなければならない、こんな事ガイドブックにも載っていない、降りた時運動不足で膝がガクガクわらっていた奇岩怪石の林立する景色は一見の価値ありだ。

     

 ここを見学してからまた登りが大変だ、何度も休み休みのぼったら腹が減りのどがからからになった、さきに見学した人が歩いて降りる人は少なく年よりは佐井から遊覧船で来るそうだ腹が減ったら佐井の入り口に漁師のおばちゃんがやっている食堂がある、ここのうに丼が絶対お勧めと教えてくれた、またここの階段付近にはときどきくまが出るそうだと驚かされた。

     

 お勧めの通り国道沿いに素朴な食堂があり、下北弁のおばちゃんがやっていた、うに丼がお勧めだと教わってきたと告げると昼までに採れたやつだからうめぇよとのたまった、それを注文して待つことしばしおばちゃんが調理しながらぼっとくな下北弁で訥々と話をしてくれる、昔追おった加減で訛りも苦にならず全て理解できるから不思議だ。

     

 一口食べてからうにの甘さに気がついた、画像で物の味を説明するのは難しいがボリュームはすごいとにかくこれだけで1500円である大満足の昼飯だった。

 腹がくちくなったところで本州のてっぺん大間崎を目指してR338のワインでデングロードを慎重に走る最北端の碑まで直接ではなく分かりにくい町道を走る、そしてやっと来ました本州最北端の地です、鳥取を出てから走行約2200Km遥かに来つるものかな陸奥である。

     

 しかしこの日は漁師の嫌うやませが吹きすさび、日差しはかげりきわめて寒かった、早々に引き上げることにし大間道R279を通り大畑で県道4号線に入り大畑川沿いの奥薬研温泉かっぱの湯
に向かう。

 この湯は以前から入りたかった湯で沢沿いに小さな脱衣場があるだけの素朴な露天風呂である、駐車場は舗装はされていないが大きな駐車場がある、風呂は無色透明で適温で混浴である大自然の中でのんびり疲れを取るのは天国の心地する。

     

 このかっぱの湯につかりうつつをぬかしている間に鳥取を出てからはや10日が過ぎていた、後は霊場恐山に参詣し大湊総監部を訪ねててっぺんの旅を終えることにしよう。

 奥薬研の無料のかっぱの湯を2日間じっくり楽しんだ、ここは寒冷地なので今頃八重桜や山桜が満開である

     

 堪能してから霊場恐山に向かう、日本三大霊場と言われている奇岩怪石のこの世のものとは思えぬ風景の地である

     

     

 ここは昔からイタコの口を介して死者との対話ができるところとされている、当日はやませに伴う氷雨が降りしきり参詣客もまばらだった、霊場内はそこここに硫黄臭が漂い温泉が噴出している、入山料500円を払うと4棟ある温泉に自由に入れることになっている、私も素朴な硫黄臭の漂う温泉に入ってみたが適温で隙間風を浴びながら霊場温泉を楽しんだ。

 恐山をあとにしR279でむつ市に戻り、海上自衛隊大湊総監部の北洋記念館を訪れた、大湊は昭和29年に開隊され今年で53年になる、開隊当時の様子などじっくり見て周り大湊をあとにした。
 ここからいったんむつ市に戻り県道県道6号線で尻屋崎に向かった、寒立馬で有名な岬である

     

 尻屋崎灯台は明治9年に建立され当時の姿をとどめている、現在無人で有るけれど立派にその役目を務めている。

     

 寒立馬は完全な野生で灯台への取り付け道路には馬用の遮断機が設置されており保護エリヤ内では自由に暮らしている、灯台そばの食堂の店員に聞いたところ彼らは自由に移動し勝手気ままに暮らしているそうである、この日は風が強く岬の強風を避けて林の陰で草を食んでいた、なんともはや強靭でたくましく、競走馬の比ではなく重量感にあふれている野生馬である。

 往路は日本海を左に見て北上をしたが復路は太平洋を左に見て帰ることにした、尻屋崎から地道を通り東通村で国道338に乗り南下する六ヶ所村の広大な原子力基地むつ小川原の沼地を抜けおいらせ町で県道10号線に入る、このルートは県道とはいえ原子力と三沢飛行場の関連でよく整備されているジェット機の轟音を聞きながら十和田観光電鉄の線路に沿って西進し十和田市でR102十和田おいらせラインとなり十和田温泉郷でR103に一部載り発荷峠で一休みする

     

 大館市で国道7号線羽州街道に入り道の駅ふたついで一泊する。

     

 この道の駅はユニークな名前がつけられておりきみまちの里と名づけられていた、またトイレ自慢とかで男性にとっては立小便の快感が得られる小便器が設置されて居て珍しい思いがした。

     

 羽越本線沿いの羽州街道を南下羽後本荘駅近くの西目で道の駅にしめに立ち寄る

     

 ここのお湯はユニークで24時間営業している、宿泊施設も有るが休憩室で仮眠して宿泊代を節約できる、ただ入館料は時間により変わっている

 あさ風呂    5:00〜9:00 350円
 6時間タイム  9:00〜22:00 500円
 フリータイム  980円
 深夜3時間  22:00〜5:00 700円
 フリータイム  22:00〜9:00 1.980円

 となっている、一晩ゆっくり風呂に浸かり朝は名物の鳥海山の豪快な風景を眺めて食事をするのも良いかもしれない、また嬉しいことに65歳以上はいつでも350円で入れ私もその恩恵に浴してきた。

     

 7号線羽州街道はハイウエー並みの走りやすい国道である、秋田県山形県の道の駅を梯子しながら快適に南下する、新潟県に入って驚いた、日本海沿岸は海がそばまで迫り昔から親不知子知らずの交通の難所だ、しかしさすが角栄さんの出身地だ。
 
     

 道路を作る土地が無ければ海の上に作ってしまえとばかり見事な道路をこしらえてしまったおまけに道の駅まで作ってしまったのだから驚きである、ここは昔難所だった親不知とはとても思えない今は観光名所となっている。

新潟の道の駅能生(のう)で埼玉県から来ておられたご夫婦にいろいろと情報をいただき楽しい会話をさせてもらった

 埼玉の夫婦はここから小谷温泉に向かうとのことだった、わたしは勧められるままに野尻温泉に向かってみることにし反転直江津まで戻り国道18号線北国街道に入り信州豊野町に向かう、途中国道292号線に乗り換え有尾で国道117号線に入り野沢温泉村にはいる。

 野沢温泉村はスキー場だけあって標高が高く当日は北風が吹きすさび車のドアを開けると砂塵が舞い込むほどである、ここには13箇所の無料の温泉があると聞いていたがとてもの強風で断念し奥飛騨に向かうことにし国道18号線、19号線158号線を通り安房峠を越えて平湯温泉にたどり着きひと風呂浴びてから奥飛騨温泉郷道の駅上宝で1泊する。

 翌日は快晴となり走りなれた飛騨路を西に向かい再び福井県で8号線に乗り南へ下る、敦賀で27号線舞鶴道に入り、設備のよいシーサイド高浜で一泊し翌日27号線、175号線9号線を経て21日午後無事帰着した。

今回の旅行の経済学

 2週間での走行は 3256Km ガソリンの消費は233.72リットル 燃費は13,93Km/リットル山の中の走行が多かったので案外よく走っている、ガソリンは各地によってまちまちで安いところで153円 高いところは158円で支払った総額32730円だった



 
本州のてっぺん、陸奥ぶらり旅の半月(後編)  5/25  
 
 今回の旅の目的は本州のてっぺんに言ってみたいのと素朴な温泉を訪ねてのふらり旅であるだからあわてず急がずのんびりとした旅にするつもりで楽しむ積りだ。

 立ち寄り湯の楽しみ

 
今度の旅の目的のひとつに各地の天然温泉に入ることである、それもなるべく鄙びた温泉がいいと言う思いで車を走らせる。

 最初は富山県下新川郡朝日町境、国道8号線沿いにある天然温泉たから温泉である、国道沿いに有ることからトラックの運転手も多い

     

 私が入ったのは午前中だったが自衛隊出身のドライバーが一人入っておりよく利用しているようである、入り口の受付には店番風情にお婆さんがぽつねんと座っていた

     

 立派な露天風呂もあり入湯料は500円だった、宿泊は2食付で10.230円、素泊まりは4350円で自慢料理はたら汁だそうである。

秋田県象潟、道の駅象潟に併設されているねむの丘で温泉のある道の駅全国ベスト3に選定されている、展望温泉眺海の湯である、広々とした展望浴場から日本海の夕日が眺められる、また広大な裾野を広げる鳥海山の眺めも抜群である。

     
 鳥海山の裾野に林立する風力発電機もなかなか迫力がある。

 秋田県由利本条氏西目のにしめ湯っ娘ランドもなかなかいい湯だそれと24時間何時でも入れるのがいい、詳しくは前編に書いたので省略。

 青森県酸ヶ湯温泉15年ほど前に来たことだあるがそのときは入らなかったので心残りの温泉だった、

     

八甲田山の北にあり山の中にある1軒宿である、そうヒバ造りの混浴の千人風呂で有名である

     

 以前は男女が和気藹々と入っていたそうだが最近一部マナーの欠ける人が居り大きなヒバの浴槽を2分して男女別々に分けている、しかし私の入ったときは元おばちゃんたちがあたりかまわず大きな声でおしゃべりをしており、元おじちゃん達は端っこでおとなしく入っていた、湯は肌触りがよく湯上りも何時までもほかほかしていた、私が着いたときも札幌ナンバーの車が来て湯治場の宿舎の方へ行った、酸ヶ湯は今でも長期滞在の湯治温泉場である。

 奥薬研温泉かっぱの湯50数年前大湊勤務中に行きたいと思って入りそこなっていた温泉であるむつ市大畑町から県道4号線をさかのぼった大畑川沿いにある温泉である、以前は会社の保養所の湯だったのが台風で壊れ浴槽だけが残り今は土地の人がボランティアで清掃しておりまったくの無料の温泉である

     

 湯は駐車場から降りてすぐのところにあり開湯のいわれが書いてある看板のそばを通ってすぐにある

     

 この湯は完全に無料だが混浴はどうもと言う人は200mほどの上流側に夫婦かっぱの湯がありこちらは200円必要だが男女別になっており管理人も居る、のんびり入るにはまったく人里はなれており、カジカの声とせせらぎの音しか聞こえない別天地である、私はここで2日間現を抜かしてしまった。

 霊場恐山温泉と呼んでいいのか寺名恐山菩提寺 本尊は延命地蔵菩薩 開基慈覚大師円仁本坊曹洞宗円通寺となっている、日本3大霊場のひとつと言われているが後の2つは知らない、この霊場は活火山の中に立っており現在もあちこちで硫黄が噴出している。

     

 寺院内には冷抜きの湯、古滝の湯、薬師の湯、花染めの湯と呼ばれている4つの湯小屋があり入山料500円を払って入山した人は誰でも自由にどの湯にも入ることができる、

     

ここの湯は硫黄臭が強いので誰でもと言うわけには行かないかもしれない、私は当然のうのうと入った。

     
 むつ矢立温泉下北一の泉質と自慢しているのがこの温泉である、いかにも頑固そうな親父が受付に居りパンフレットのような金の掛かるものは置くかいと言ったような風情であるが湯の感じはよかった

     

     

 外には足湯もあり誰でも自由に入ることができる。

     

 また、バイクのりのためみたいに三角屋根のコテージも備えており一棟宿泊は2300円と格安料金となっている、その所為かライダーだよく訪れるようである入湯料は360円で安価ある

     

 
お風呂のマナー  9/4

 温泉が好きであちこちの立ち寄り湯や山奥の温泉を訪ねのんびりと楽しんでいるが、最近よく眼にするのが浴槽に入る際のマナーの悪さだ、今日も近場の温泉を訪ね昼下がりのひと時を楽しんでいたところ、山歩きの一団がどかどかと入ってきた。

 一行は掛かり湯もしないでいきなり湯船に飛び込んできた、普通自宅で風呂に入る時でも掛け湯やシャワーで体を流してから入るものだと思うけど一般の温泉ではまして掛かり湯もしないで入るとはとんでもない事だ。
 る、こんな番組で温泉に入るのは妙齢の女の子だ、思わせぶりに浴衣を脱ぎいきなり掛かり湯もしないで湯船に入る場面がしょっちゅうである、こんな場面を目にしているから風呂に入る時の掛かり湯なんて完全に無視しているのだろうか。

 今日の一行にもやんわりと注意したが壮年の一行はさすがにばつが悪そうだった、人のふり見てわがふり直せである、自分も気をつけよう。
     


リヤーキャリヤー  5/24 

 軽キャンパーに先日梯子を付けたがこれでは物が積めないのでまた取り外して何とか工夫することにした、ぶらり旅でも数日以上旅行するといろんな物が必要になる、軽自動車の積載容積には限りがあるのでない知恵を絞ることにした、何か応用できるものはないかとホームセンターを物色することにした。

 軽自動車の用品はどうも数が梳く少ないから農業用品や釣用品から捜すことにした、梯子部分は一輪車に野菜のコンテナーを積むためのアルミの積載補助具が1980円であった、ついで荷物台にはアルミの釣用品でキャリーカートが2400円であった、これを組み合わせればいいリヤーキャリアーが出来そうである。

 と言うことでこの2品を購入して早速加工を始めた、キャリーカートの車輪を外しバンドなど全て取っ払った、アルミの積載補助具はほとんど加工することなく見栄えよく取り付き梯子の代わりになった、これに邪魔物を取り払ったキャリーカートをタイトンを使用して取り付けてみたところがたもなくしっかり収まった、ハッチ部分への取り付けは18日に取り付けたリヤーラダーの固定金具を使用した。

 キャリーカートの台に市販のRVボックス800を乗せてみたところ後方視界を妨げることなくすんなり収まった、リヤーワイパーも支障なく作動する、市販品がなくても工夫次第で安価で見栄えのいいリヤーキャリアーの完成である。

 これでまた今年も奥飛騨の釣や奥三河の双眼鏡サミットに行けるわいとにんまりしている。



越中、奥飛騨ぶらり旅   8/24
〇 ひらゆの森

 新穂高まで行き新穂高ロープウエーで登り北アルプスを眺めてみようと思ったが生憎の霧で展望は難しいとのことで諦め、平湯バスターミナル近くの『ひらゆの森』を訪れた。

 ここは最近開かれた施設だがTVでも放映されて有名になっているスキー客や日帰り客が主であるがもちろん宿泊もできる。

 ここの特徴は露天風呂のはしごができることで、男湯に6箇所、女湯に7箇所も露天風呂があり、泉質は含硫黄炭酸水素塩泉、炭酸水素塩泉である、pH6.8源泉温度68℃の懸け流しである。

 営業時間は10:00〜21:00
 利用料金は立ち寄り湯 500円
 宿泊は素泊まり4.400円〜
 中に休憩所やレストランも完備している、絶対お勧めの施設だ。
http://www.hirayunomori.co.jp/onsen.htm

今回も奥飛騨だけになってしまったが、福地温泉の昔語りの里のおばぁちゃんの都合で田頃家が休みだったのが心残りである、10月の双眼望遠鏡サミットの帰りにでも寄ってみようとも考えている。

軽キャンパー入れ替えました    

 一昨年10月左足骨折し、ふた冬過ごしましたが冬場になるとやはり変な痛みがありクラッチを踏むのが苦痛になり、自動車販売の決算を機に入れ替える事にしました。

 今度はノークラで楽チンです、今年こそは北海道に行こうと思い舞鶴からフェリーでと考えています、それには4ナンバーより5ナンバーの方が安いし装備も充実してるからと奮発しました、ちょっとした1500cc位のセダンが買えそうなほどですが仙人流交渉術を発揮して実質25万円安で購入しました。

 以前のは4ナンバーの軽でした、これは改造しやすいのですが実際やってみたら必要ない改造も多かった、今回は5ナンバーの軽だが内装は充実しておりこれが軽かと思うほど贅沢な作りですがその分改造しにくいです。

 それでも網棚、荷物棚を作りつけカーナビ、無線機を取り付けライトも125/110Wの車検対応品と取り替えました、一応の装備をし外観はノーマルのままで大人2人がゆっくり手足を伸ばして寝れます、これで北海道をゆっくり周って来たいと考えています。

 これで仙人流ぶらりひとり旅をのんびり愉しみます。




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