渓流の釣り           3/1  更新


待望の解禁日     3/1
     

 今日は釣師待望の渓流の解禁日である、my渓に出かけてみたが今年は暖冬で雪解けが早くその分雪代が早く出て水温が低く毛鉤には全く反応はなしやはり毛鉤は5月からのようである。

 辛夷の咲くのを目安に私の解禁は5月にしようと早々に竿を納めて残雪の残る谷あいを後にした、昔のように遮二無二竿を振りたいと思わなくなったのはやはり歳の所為かなぁ。



喪が明けました     10/21

 昨年10月19日長兄が身罷った関係で今年のシーズンは喪に服する意味で渓魚との対決は自粛しておりました、先日滞りなく長兄の法事も無事済ませ1年の喪があけました。

 渓の妖精岩魚を釣りたくて山奥に庵を建てて棲み付いた身にとって1シーズンの自粛は辛かった思いです、喪が明けても渓は禁猟期に入っていますので直ぐに竿を出すと言うわけには行きません来春の解禁まで更に長い日々が続きます、今から来春の解禁が待ち遠しいです。



去年の渓 明日の渓      2/25

 渓流釣のエッセイストで有名な佐々木一男さんの著書に『去年(こぞ)の渓 明日の渓』と言う珠玉の本がある、その中に仕掛けつくりも釣のうちで今まで通った渓流の景観を思い起こし明日の釣果を夢見て仕掛けを作るくだりがある。

 かく言う私も尺超の岩魚を夢見てせっせと毛ばりつくりに励んでいる、間もなく釣り人の待ち望んだ解禁が迫っている、我流の毛鉤りの巻き方で今までこのパターン一本で済ませている、俗に言うパラシュートである25年ほど前にこの毛鉤を戴きこれで岩魚を初めて釣り以来愛用しているパターンである。

 数年前に孫が来てる時に毛鉤造りをしていて孫娘に出来たのを見せてどれが一番美味しそうかなんて無理なことを聞いたのを思い出しているこの時孫は「爺は私を岩名と思ってるの」と逆襲された、しかし出来上がった毛鉤りをあれこれ触りながら同じパターンであってもそれぞれ少しづつ違っており真剣に見比べこれが一番おいしそうだと言ったのを思い出している。

 孫娘も成長し自分の世界を持つようになり最近は爺の相手になりに来なくなってしまった、しかし爺は毛鉤り造りを止めるわけにはいかず、禁猟期に去年(こぞ)の渓 明日の渓のポイントを思い浮かべて尺岩魚を夢見てせっせとパラシュート仙人スペッシャルを巻いている。



仙人流提灯てんから      6/21

 今年は梅雨の最中なのに雨不足で渓の水も少なく傾斜が急な渓はところどころ伏流水になっている、今日は蒸し暑く夕方から雨の予報となっており絶好のコンディションと思いお気に入りの沢に出かけた。

 狙いはずばり的中200mくらいの距離を遡行しただけで良型を4尾キープした、水深は30〜50cmくらい仙人流提灯テンカラで攻めてみた、水量が少ないので竿は4.5m中硬の渓流竿である、これに50cmの天井糸をつけ1.5号の道糸1.5mに毛鉤を直付けである。

 雑誌などにはよく道糸は細いものをと書いてあるが仙人は頓着無く常に1.5号である、これでイワナが飛びついた瞬間ごぼう抜きをする、道糸が短いので細いと合わせ切れするからである。

 今日も23cmを竿頭に18cmまで4尾めでたく魚籠に納まり夕食のおかずになってしまった、最初のころは竿も銘柄に凝ったこともあったが最近はシーズン末期のバーゲンで安い竿の同一銘柄を3本くらい購入しておき次の年に備えている、3本あると折れたときなど後家にやもめで組み合わせて5本分くらいに使えるのである。

 毛鉤自分の視力に合わせて視認しやすい仙人流パラシュートにしており、冬の間に10本も巻いておけばひとシーズン使える省エネ釣師である。



ずっこけた      
 昨日久しぶりにおらが渓に竿を担いで行ってきた、暫くきていなかったのでどうかなと思い期待して毛ばりを振り込んだ、第1投だ瞬間に水が割れ竿にガツンと来た、一気に抜きあげ手元に飛び込んできたのは23cmの良型イワナだ。

 渓は雪代も終わり雨不足で水量が減っている、この冬の豪雪であちこちに小さい雪崩の後で渓相も変わっておりそこここに浮石も見られる、気をつけなければと思いながら遡行を開始した。

 木っ端イワナでも果敢に毛ばりを尻尾でたたく、大分釣り人にしごかれているようだ、おらが渓と思っているだけで結構人が入ってるのを感じた、小さいサイズはリリースしながら久しぶりの感覚、イワナとの一本勝負を愉しんだ、しかし此処彼処で渓相が変わり岩の形も変化しているので、踏む石、飛ぶ石を記憶にとどめる。

 暫く木っ端イワナとのやり取りを楽しみ大分遡行したある岩陰の好ポイントから毛ばりを振り込んだら瞬時に岩魚が飛び出しガツンと竿先を絞り込まれた、あわてて一歩踏み出したとき見事に浮石に乗ってしまいずっこけた。

 しかし長年の釣り師魂、竿はしっかり握っておりイワナは上空のクルミの枝先からぶら下がっている、痛いのを我慢して起き上がりやっとクルミの枝から岩魚を下ろした20cmの良型を魚籠に収めた、それからおもむろにぶっつけたところを観て見ると弁慶の泣き所、向う脛が紫色になっている、どうも一歩踏み出したとき右足を出したようだ、左足は骨折し踏ん張りが利かなくなっているのでバランスを崩したようだ。

 毛ばりを巻けなくなったら渓流釣りをやめようと思っていたが、この調子では足のほうが先に利かなくなるのではないかとまた心配の種が増えた、昨日は結局この2匹で竿をたたみびっこを引きながら家路に着いた。



やっと毛ばりに来たイワナ    


 しばらくてんから釣りからご無沙汰していたが先日やっとお気に入りの渓でお目にかかることが出来た、少し体調が優れず釣趣が沸かなかったがやはり自然のイワナは引きが強い、ムクッと流れから顔を出し毛ばりをくわえてぐいっと引き込んだ、一瞬ドキッと心臓が高鳴り早あわせとなっが1.5号の道糸なので難なく手元に飛び込んできたのが20cm程のこのイワナだった。

 それからお気に入りの渓で久しぶりのツ抜けの釣果を楽しんだ、これから鮎が解禁になり渓も静かになり仙人のシーズン入りで大いに愉しむつもりである。



遅い春の渓      

 待ちに待った解禁になったが今年は例年に無い豪雪で入渓する事が出来ず、切歯扼腕していたが此処に来てやっと渓に雪代が流れるようになった。

 もう直ぐ毛鉤を飛ばすことが出来る季節である待ち遠しい限り、今年は町内を流れる川にも釣り人の姿は余り見かけない、釣情報も各地の河川は釣果は上がっていないようだ、豪雪で餌が少なかったのかなぁ。

 毛鉤を捲きながら楽しいときを想定しながらまだかまだかと待ち焦がれている。



こんなのが釣れた!!    

 暫く渓から遠ざかっていたが薄曇りで風もなくそこそこ陽もさしていたので馴染みの渓に出かけた、昨年は台風の当たり年で渓は荒れ放題でポイントも様変わりでした。

 それでも岩魚は時々毛ばりを追い、小さいのが活発につれたが型は小さくキープサイズには至らない、やっと画像の20cmクラスを1尾釣り上げ写真を撮ってリリースした、こんなのが4・5匹釣れたら良いのだが最近はどうも釣り荒れてしまっている。

 今日も良いラインの新しいものを拾ってきた、最近は釣師も物持ちになったものだ。



釣りのDNA       

 私の男兄弟は4人それぞれが釣り好きだ、ただ釣りの対象の魚はみな違う、釣り好きはどうも遺伝するようである。

 祖父は清流のカガシラ(蚊頭)釣りの名人だった、田舎の家の前の川で竹の延べ竿に竿尻一杯の道糸にカガシラと称する毛ばりを7〜8本つけて水面を流し「はや」を釣るのである、夕まずめ時にひょいひょいと味噌汁の具を一度に5匹くらい掛けるときもあった。

 父はチヌと鮒釣りが好きで仕事をよく休んで釣りに行っていた、召集の赤紙が来たときも釣りに行っていた、よく母を泣かせたものである、晩年ついには寒鮒釣りで体を壊し長生きできなかった。

 長男は波止場の雑魚つり、雨が降って水溜りが出来るとなんか釣れないかなぁと眺めるほどである、次男の小生はイワナ一辺倒、3男はメジナに凝っている関東に住んでいて伊豆方面にせっせと通っている、4男は大阪にいるが真鮒を狙って大阪の川や池に通っているそうである微妙な当たりを取る浮木も市販品はアカンと自作し最近はそれがいい小遣い稼ぎになると言っている。

 かように我が一族は釣りに凝っているが誰も自分から釣りをやめるとは言わないところを見ると焼かなければ治らない病気のようである。

 今は禁猟期でせっせと本を読んであの溪この溪と頭の中で渓流釣りを楽しんでいる、私の好きな作者は今西錦司、佐々木一男、山本素石である、またユニークな作家では太田蘭三の渓流を主題にした山岳小説も好きだ、かく言う私も焼かなければ治らない重症患者である。



名人・天狗・釣りバカ       

  この地にも渓流シーズンには各地から釣り人がたくさんやってくる、その人たちともよく話をする、地元とあって釣り場情報を求められるが、その話の中で人物評価が出来上がっていく、「名人・天狗・釣りバカ」この3種の人がいることがわかる。

 「名人」一見のろまに見えて機動力に富み、他人の釣りに対して内心不満があっても口に出さず、自分の釣りに徹している、たくさんの渓魚は釣らないが型をそろえ必要なだけを釣る、釣りの姿に隙なく武芸者のような感じがする、ある釣りクラブの会員規則に「母ちゃんに逃げられたこと」と言うのが条件にあるそうだ、ことほどさようにつりに徹している人を言う。

 「天狗」多くの釣り人のなから小天狗に、ある者は大天狗の育つ、釣り場では道具に凝り、スタイルに凝り、自分の釣り以外は釣りじゃあないと思い、講釈をたれ、釣具屋で大声で話し自分以外は何も知らないと思っている、往々にして4厘駆動車に乗り髭を生やしている、釣った渓魚のサイズは話をする度に大きくなる人を言う。

 「釣りバカ」雨後の水溜りを見てもなんか釣れないかなと考え、天候に関係なく日がな一日竿を振り、たまに大釣りすれば天狗にも名人にも化ける、頭の中はいつも釣り場や渓魚のことが駆け巡っている人を言う。




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