ぽきぽき日記店主およびスタッフによる不定期な日記です。
まぁボヤキですな。ぽきぽきやりながら書いていきます。 戻る

過去の日記 / 2003年1月/ 2月/ 3月/ 4月

4月1日火曜日晴・店主敬白

風邪薬を飲んだら胃が痛くてしょうがないのです。薬はほとんど飲まないので、というより酒を飲むので生死に関わるから薬は飲めないが正しい。その薬はきついらしく、明け方胃がキリキリ傷むので目がさめた。それから咳き込み始めて、今度は咳のしすぎで吐き気を催しトイレに駆け込んだ。それ以来喉と胃が痛いので大変。それを愚痴っていたらガ○ターという胃薬を持ってきてくれた親切な人がおりまして、今夜はどうやら胃痛で目が覚めなくても済みそう。 きっと彼はしょっちゅう胃痛なのだろう。準備が良すぎる。そんな人が近くにいると胃痛が何時来ても安心だ。周りに病人が多いほど便利だ。・・・本当か?


4月3日木曜日晴・店主敬白

本日も朝から喉が破れんばかりの咳をしている。喉チンコが口の中から飛び出てどこぞへ行ってしまうかと思う。咳が収まりその後のヒリヒリした痛みが何ともいえず心地よく当分病みつきになりそうである。 そんなバカなことを書いているからまた咳き込み始めモニターに唾を飛ばしてので画面が虹色に光っている。綺麗だ〜。
皆さん手土産は炭酸系の飲み物にして下さい。喉越しのシュワシュワ〜 が気持ちよいので、ぜひ。三矢サイダー大歓迎。


4月4日金曜日晴・店主敬白

お客様から焼酎を頂きました。瑞泉という泡盛です。古酒(クース)ではありません。とにかく量を飲む人ですから、安いが一番でしかも体に良くないと駄目!次回は甕(たぶん壺)を持参してくれるとのこと。、それにしばらく入れておくとマイルドになって 一段とおいしくなるそうですが、悩みはその前に空けてしまうこと。酒飲みにおいしくなるまで待てと言う方が無理というもんだわな。サテその焼酎はおいしくちょっとだけ頂きました。マイウーでした。焼酎は米に限る。


4月8日火曜日雨・店主敬白
桜桜桜

今日は凄い雨と風でした。この風と雨で桜は散ってしまうでしょうね。というわけで桜の満開の写真を載せてみました。何であんなに綺麗に咲くのでしょうか。近づいてみてみるとどうってことない花なんですが、太い幹の枝枝にテンコモリ満開に咲くと心が躍るというか疼きます。花びらがバラバラ散っている真下にいて顔にひらりとくっついたりするとゾワと鳥肌が立ちませんか?落ちた花びらに埋れて寝てみたいとか思いませんか?
私だけだろうか。私は変態だ、きっとそうだ。
これが梅の花だと、美味い梅干を実を期待してしまうから無駄な枝を冬の内に落としておけば良かったなどと後悔してしまうのは毎年枝払いを実家に頼まれるから。
4月10日木曜日晴・店主敬白

埋没する教師

偏見であるが教師は嫌いだ。小学校、中学校、高校。教師と名のつく職業は嫌いだ。先生と呼ばれるすべての職業が嫌い。そしてそれを生業としている人が嫌い、大きらい。金八、仙八、蛸八。

昔教師になりたいと思った時期もある。大学時代、教職の授業も取った。ただその時は喰いぱぐれないだろうということでだが。尊敬できる先生にはいまだかつて出会ったことが無い。それを不幸だとも思わない。

今の商売がら尊敬出来る先生は一人だけいる。その先生は高校の国語の先生から女子大の教師になった人だが縁があって本を引き取りに行くことになった。2階建ての自宅がほぼ本に埋まっていて文庫も含めて6万冊くらいあっただろうか。8万近くあったのだろうか。私が引き取った冊数は4万はあったと思うのだが、その先生は線引きをしながら本を読む人で、しかも読み始めた日付と読み終わった日付が裏表紙見返しに書かれている。4段組の文学全集なんか1冊2、3日平均で全巻を読破していた。驚くべき読書量である。彼の娘(すでにおばさん)と雑談する機会があったので、凄い本の量ですよねと水を向けると、ほとんど本を読んでばかりで子どもの時どこかに連れて行ってもらった記憶なんかほとんどありません。はあああぁぁ〜、そう、そうですか。古本屋の商売としては最低の本読みであるが、本好きとしては尊敬できる本読みであった。
教育書しか読まない教師が多いなか、自分が教えている教科の専門書を読む、こういった教師はあいにく稀なのです。本棚に専門書が沢山入っていても学校の金で買った、予算消化だけの飾りだったりする。(・・・)で高い本を買ってそれを自分の本棚に入れて満足している(窃Tou)教師がいかに多いか。。。
その先生に国文学を習ったことは無い。たぶん教師としては並だったのだろう、とも思う。でも彼を私は尊敬出来る。
そのマラルメ先生も今はいない。


4月17日木曜日晴・店主敬白

二人連れの小学生の来店あり。思わず笑みがこぼれた。最初は気が付かなかったのですが、二人ともソフトビニール製の刀を手にしていました。 しかも何でか知らないが10cm間隔でガムテープが巻かれているのです。チャンバラごっこをする時の音を半減させるため?それとも刀の保護のため? いずれにしても刀を手に入店してきた子どもは初めてであり、それが腰のベルトに差してあればこれ以上言うことはなかったのですが、手に握り締められていました。


4月19日土曜日晴・店主敬白

ダックスフントのロン毛種であるキャラメルが夜、散歩の途中で立ち寄ってくれた。昨日は暖かであったので、ママに連れられてのご入店でした。この子は男の人が嫌いなのにね〜、ずいぶんご執心ですこと! と言われる私はキャラメルとチューしていたのであった。なんで私はオスに慕われしかもキスをしなければならないのだと、疑問が沸沸フツフツと湧いてくる。以前ハッシーは自慢ゲに僕はカマ男さんにもてるんですと言っていた。その時はウンウン、剃り残しがあるようなあのふっくらとしたホッペと人懐っこそうな丸い目が彼等の好みなんだろうと一人合点したものだ。ところがどうだ!今私はオス犬と接吻している。
こんなはずかしいこと誰にも言えやしない。ハッシーにバレタラ、オカマノナカマニサレテシマウ。


4月22日火曜日晴・店主敬白

コカンザグレート

今日の私の身だしなみは最低であった。下半身のジーパンのYKKが二つに分かれていたのだ。それで外でタバコを吸い、買い入れをし、本やおもちゃを売ったりしていた。新聞代も支払ったりもした。如意棒は流石に外には出ていなかったので良かった〜。

毎日おもちゃと本の買い入れでしゃがみこむことが多いので、当然股間バックリなはずで下着を見せられるお客様に同情する(見せている側が言うのもなんだが・・)。店主の股間がバックレてたらぜひそっと耳元で注意してやってください。即効醜いものは仕舞いますので。

ところでこの写真の怪人君のお名前はなんと言うのでしょうか?どなたか教えてください。


4月25日金曜日雨・店主敬白

 世の中は給料日ですな。うまらやしい。給料というものを貰わなくなってから何年も、勤め始めてから貰っていないような錯覚さえある。十代、二十代は給料袋手渡しであったし中身を確認してから明細にサインをしたものだ。勤務が終わり次第、給料袋を持って飲みに繰り出すなんてことはよくあったし、それこそ一日で翌月の交通費以外飲んでしまったなんてこともあったかもしれない。まあ貰う給料も少なかったし、すずめの涙程であったことは確かだが、結局交通費も心細くなり時計を質屋に入れたものだ。その金でまた飲んだりしたので始末が悪いことこの上ない。大学生だったから許してください。その当時の時給は500円が主流で新刊本屋さんは高くても450円ぐらいで稼ぎにはならなかったので避けていた。私が当時やったバイトで辛かったのは冷蔵庫内での荷物の積み込みです。もうボーボウ冷気が噴出す荷物の山の方に登らされてもっと高く積み込めと言う。15分働いて、30分の休みのはずが逆転していて、零下30度の冷蔵庫から出てくると眼鏡に霜が付き全く前が見えない状態であったので、眼鏡をはずし手探りに近い状態で床にへたり込んだ。
 このバイトの稼ぎで第2回ぴあ展に出かけた。大泉学園の東映撮影所全部を借りきって催されたイベントで何としても出向きたかったのである。私が21才の時である、たぶん。芝居では東京ヴォードビルショー、東京乾電池を観ました。映画も見たけれど、翌日夜まで短篇も含めて何本観たのか20本くらい?15本くらいかな。その頃、本当にぴあにはお世話になりました。そうそう、及川正通のサインにはだいぶ後年になってから気がつき自分の不覚を呪ったことを今思い出しました。こんなようなやつ→ ;《■》;げげげ下品だ!?子どもには見せられないので海苔を貼っておきましたm(_ _)m

 あの冬は、・・その冬だけは青春していた私でした。


4月28日月曜日晴・ベンジャミン敬白

ようやく本が出来上がりました。ところが嬉しさが沸き起こってこないのです。勿論、嫌な気持ちでいるわけじゃありません。とても冷静な自分に戸惑っているくらいです。

2、3日前に入荷した東君平の本に偶然「本」という一編を見つけました。

「本」

傘屋の店先の傘たちは/まだ 雨の冷たさをしりません/靴屋のウインドーに飾られた/あの靴たちも 道の遠さをまだしりません/ただ 本屋の棚にいる/あの本たちだけは/自分の中味の重さをよくしっています

重いのか?軽いのか?
こしらえた当事者だけには死ぬまでわからないことなのかも知れません。