コラム

第5話「農を守って水を守る」
−熊本地域の地下水保全への最近の取り組み−

カルデラで名高い阿蘇火山は九州のほぼ真ん中に位置します。その西側の地域にはカルデラ形成時に噴出した阿蘇火砕流堆積物よりなる広大な火砕流台地や平野が広がっています。
この地域は「熊本地域」と称され、熊本市をはじめとする約95万人の住民全ての生活用水が地下水によってまかなわれており、農業や工業などの用水と合わせると地下水利用量は年間約2.3億m3にもなります。さらに、水前寺公園や江津湖などの湧水地を形成しており、観光や自然環境の面でも地下水はこの地域にとって不可欠な水資源です。
 自治体や関係機関等の調査・研究によれば、熊本地域の東部に当たる白川中流域(阿蘇カルデラを水源とする白川の中流にあたる地域)を中心に、盆状の水理地質基盤の構造が位置し、巨大な地下水の貯留域(地下水プール)が形成されています。さらに、熊本地域には、阿蘇火砕流堆積物や段丘礫層など雨水が地下へ浸透しやすい地層が広く分布しています。水田の減水深(≒浸透量+蒸発散量)が100mm/日を超える地区もあり、農地が地下水かん養に重要な役割を果たしていることが明らかとなっています。
 水田耕作にはかんがい水が不可欠です。白川中流域では江戸時代初期頃に新田開発されましたが、現在でもかんがい水は白川に設けた堰から取水し、農業用水路によって下流の水田に配水されています。水収支に関する調査では、熊本地域の年間地下水かん養量は約7億m3であり、そのうち水田からのかん養が46%を占めていると推定されています。とくに地下水プールの位置する白川中流域の水田地帯では水田の減水深が大きいこともあり、かん養量は全体の20%に当たる約1.5億m3と考えられています。

図1 熊本地域と白川中流域
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図2 地下水の流動(柴崎ら、1993)
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 すなわち、水田は、稲の生産だけでなく、土壌というフィルターを通して河川水を地下水に転換する天然の「水工場」なのです。この工場は農業を続けていくかぎり持続的に稼動し続けます。「農を守って水を守る」、先人の作ったかんがいシステムは地下水保全システムとしても機能しており、水田の多面的機能という観点からも評価されています。
 このように、熊本地域の豊富な地下水は、自然(地形や地質など)と人(土地利用やかんがいシステムなど)の調和によって織り成されたものと言えます。しかし、近年、市街化の進行や農地の減少・減反などにより、地下水のかん養面積は減少しつつあり、地下水位の低下や湧水量の減少が危惧されています。
 熊本地域では、これまで節水や地下水利用の合理化、ビニールハウスでの雨水浸透、井戸による地下水採取の届出制度などで地下水保全を図ってきました。しかし、休耕田の増加や大豆、ニンジンなどへの転作(すなわち水田の畑への転換)が増加し、水田面積は減少しつつあります。そこで、市民67万人が全面的に地下水に依存している熊本市は、平成16年1月、白川中流域の大津町、菊陽町と地下水保全協定を結び、「畑(旧水田)への水張り」に助成金を支払う事業に着手しました。これは熊本市が両町の農家に一定期間農地に水を張ってもらいそれに対して助成金を支払うというものです。
 地下水を作り出す、あるいは保全するには土地利用を保全する(農地や林地を減らさない)施策が一般的ですが、畑に水を張り地下浸透量を増やすという積極的な方策が採用された訳です。行政域を越えてこのような施策が実施されるのは全国でも恐らくはじめての試みでしょう。これまでの「水利用のムダを省く」という「静的な施策」から「地下水を作りだす」という「動的な施策」へ転換した点で、熊本地域の地下水保全は新しい段階に入ったといえます。地下水を利用している企業でもこの取り組みに賛同し、自社で農地を借り上げ、稲を作ることで地下水かん養に寄与する企業も出てきました。環境負荷を低減する活動の一環として今後もこのような企業が増加することが期待されています。企業が地下水を使用する分を水田の耕作で地下に戻す、すなわち「地下水版ゼロエミッション」が実現すればすばらしいことです。
 今後はこのような地下水環境を利用した地下水かん養事業や農業施策の実施はもちろん、地域住民、企業、行政が、各々の役割を担い、互いに連携することで、より持続的、且つ、効果的な地下水保全がはかれるものと思います。農業を営みながら水を生む、水田の多面的機能の活用という地域の特性を生かした「熊本方式」の地下水保全対策の効果が期待されます。


写真1 白川中流域。熊本市の北東、菊陽町と大津町に広がる水田地帯である
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図3 白川中流域から熊本平野にかけての地下水流動を示す摸式図
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写真2
白川中流域の畑(転作地)と水田
転作が進むことで地下水かん養量の減少が憂慮される
写真3
加藤清正の時代頃の構築とされるかんがい用水路。この用水が水田を通して地下水となる

国際航業株式会社 古閑美津久


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