日本の湧水

日本の湧水(2)〜熊本県・阿蘇火山西麓の湧水〜

 日本の湧水その(2)は熊本県の阿蘇火山西麓の湧水について、島野安雄さん(1988)、(2001)の記事を引用して紹介いたします。【島野安雄(1988):名水を訪ねて(3)熊本県の4名水、地下水学会誌30巻3号、島野安雄(2001):阿蘇火山西麓地域における湧水・河川水の水文学的研究、「文星紀要」第12号】

1.地域の概要
 熊本は火の山"阿蘇"と神秘の火"不知火"にちなんで、昔から"火の国(肥の国)"と呼ばれてきたが、環境省による「日本名水百選」では熊本県内から4箇所の名水が選ばれており、ひとつの都道府県から4箇所も「名水百選」に選ばれているのは熊本県と富山県の2県のみである。名水百選に選定された4箇所とは、菊池市の菊池水源、阿蘇郡産山村の池山水源、阿蘇郡白水村の白川水源、そして宇土市の轟水源である。これらの4名水については島野(1988)詳しく紹介されている。本紹介では、熊本県内に1500箇所以上存在する湧水のうち、阿蘇火山西麓におよそ300箇所分布する湧水について地形・地質、湧水量、水質などの特徴を中心に紹介する。対象面積はおよそ1300km2対象市町村は4市17町2村である(2004年12月末現在の行政区分において)。図1に阿蘇火山西麓の湧水と調査箇所を示す。

図1 阿蘇火山西麓の湧水の分布と調査箇所
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2.阿蘇火山西麓地域における湧水の一例
阿蘇蘇火山西麓地域に分布する湧水の一部である江津湖公園(No.73、写真1)と嘉島町井寺の天然プール(No.78、写真2)を示す。
写真1 江津湖公園(No.73)
写真2 嘉島町井寺湧水群の天然プール(No.78)

3.地形・地質の概要
図2に対象地域の地質外略図を示す。また、表1に地質層序表を掲げた。
 本地域の地質は、大きくは基盤岩類、先阿蘇火山岩類、それを覆う新生代第四紀の堆積物に区分される。基盤岩類は、南部の丘陵地に中・古生層の堆積岩類が、北部〜西部の山地域には結晶片岩類で構成された中・古生代の三郡変成岩類と中生代白亜紀の花崗岩類が、南東部には古生代の木山変成岩類が分布している。
これら基盤岩類の上位には、第三紀鮮新世〜第四紀更新世に噴出したとされる安山岩類や凝灰角礫岩が分布し、阿蘇外輪山や金峰火山の外輪部などを形成している。これらの地層は、阿蘇カルデラ形成に関与した火砕流噴出活動に先立つ火山活動による火山岩類であり、岩石学的・時代的にも現在の岩石類とは異なるので、先阿蘇火山岩類と呼ばれている。年代については220万〜40万年前という値がでている。

図2 阿蘇火山西麓地域の地質概略図
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これらの基盤岩類や先阿蘇火山岩類を覆って、新生代第四紀の堆積物が台地や低地に広く分布している。この主体をなすのが阿蘇カルデラの形成に関与した阿蘇火砕流堆積物である。現在の阿蘇カルデラが作られたのは約9万年前とされ、約30万年前から約9万年前までの間に少なくとも4回の火砕流を主とする大規模な火山活動があり、大量のマグマの放出の結果で陥没が生じ、カルデラが出来たとされる。これらの噴出・堆積物は、古い方から順にAso-1、Aso-2、Aso-3、Aso-4火砕流堆積物と呼ばれている。こうした4回の大噴火期の間には、小規模の火山灰や軽石等の放出も繰り返され、溶岩も放出したときもあるとされる。そのうち南部に分布する砥川(とがわ)溶岩と高遊原(たかゆうばる)溶岩、および湖成堆積物の布田層(ふたそう)、おなじく菊池・植木台地に分布する湖成堆積物の花房層が特徴的である。これらの地層は熊本地域の水理地質上重要な地層となっている。布田層(ふたそう)と花房層は同一層準の地層で、ともに難透水層であり熊本地域の地下水を浅層地下水と深層地下水とに二分する働きをしている。また、砥川(とがわ)溶岩は熊本市の南東部〜南部の地下に存在する安山岩質の溶岩で、Aso-1とAso-2の間の層準で、多孔質であって亀裂が発達しているために透水性が極めてよく、地下水流動において重要な帯水層を形成している。なお、火砕流堆積物は多孔質であることから、良質な帯水層となっており、特にAso-3火砕流より下位の火砕流堆積物の地層は、熊本地域の地下水の主要帯水層を形成している。
 白川中流域や合志川(ごうしがわ)沿いに展開する菊池台地や託麻(たくま)台地には河成段丘面が分布している。熊本付近で広がる託麻面(中・高位面)と保田窪面(低位面)とがあり、保田窪面は、託麻台地を縁取るように分布している。託麻面の砂礫層などは浅層地下水の帯水層になっている。

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4.湧水の特徴

図3 湧水温と標高との関係
4.1 湧水温と標高の関係
 湧水の水温(T)と採水地点の標高(H)との関係を直線回帰式で求めると、図3に示すように傾きはー0.0066であった。すなわち高度100m上がる毎に水温が0.66℃下がることになる。これは気温の平均低減率であるー0.65℃/100mに近い値で、切片の18.4℃は熊本市の年平均気温(16.2℃)よりは2℃ほど高い値である。したがって、湧水は地下水として地中を流動することで昇温されたことを意味する。


図4 阿蘇火山西麓地域の湧水量の分布
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4.2 湧出量と湧出機構
図4に阿蘇火山西麓地域の湧出量の分布図を示す。
 湧出量が特に多いのは、江津湖湧水群と井寺湧水群であり、それぞれ総量にすると毎秒5〜6m3ほど湧出している。江津湖湧水群とは熊本市南部の上江津湖(写真1)の湖岸や湖底から湧き出しているもので、北岸には数多くの湧出口が存在する。井寺湧水群は嘉島町の井寺と下六嘉地区にあるもので、中でも浮島と天然プール(写真2)ではそれぞれ毎秒2m3程度の湧出量がある。また、菊地水源(No.6)でも毎秒2m3以上湧出している。ついで多いのが益城町の赤井(No.80)と潮井(しおい)水源(No.81)、八景水谷(はけのみや)公園(No.69)、天水町(てんすいちょう)の尾田の丸池(No.46)や菊池市の琵琶池(No.22)などであり、毎秒0.2〜0.5m3湧出している。

これら湧水の湧出機構について、模式図に示したのが図5である。


図5 湧出機構の模式図

阿蘇火山西麓地域ではA〜Fの6タイプが想定される。Aタイプは基盤岩類中の割れ目や亀裂から流れ出したり、角礫凝灰岩や礫岩などのやや透水性の良い岩石から浸み出してくるもので、山地・丘陵地や孤立丘などの山麓部や山腹部に分布するものが多く、水量は少ない。Bタイプは崖錐や段丘堆積物などの未固結堆積物からなるところから湧き出してくるもので、台地の縁辺部や山麓部に分布するものが多く、水量は少ない。Cタイプは火砕流台地に関連した例で、Aso-4火砕流堆積物の下位に難透水性の地層が介在している場合に、台地縁辺部の崖下などから湧出するもので水量は少ない。Dタイプは本地域に限定した例で、被圧した地下水が難透水層の薄い部分やない部分を通過して湧き出してくるものである。木柑子(きこうじ)湧水群の湧水がこれに相当し、湧水量はやや多い。Eタイプは火砕流堆積物に非溶結部と溶結部とができた場合の例である。溶結部が難透水層として働き、非溶結部の中の地下水が湧出してくる場合や、溶結部の中に節理や割れ目などがある場合、そこを通って流れ出てくるものである。潮井(しおい)水源は後者の例で水量は多い。Fタイプも本地域に限定された例である。砥川(とがわ)溶岩中の被圧した地下水が難透水層の薄い部分や断層か亀裂かによってできた部分を通って湧出してくるものとされている。このために砥川(とがわ)溶岩の上に位置する江津湖湧水群や井寺湧水群では大量の湧出がある。しかし、砥川溶岩の分布域すべてで自然湧出があるわけではなく、江津湖周辺と井寺周辺のみであり、その他のところでは自噴井の水として得られる。したがって、自然湧出については砥川溶岩層の部分的な箇所画関係しているであろうことは知られているが、その機構についてはまだ不明な点も多く残されている。

5.水質の特徴
5.1 湧水の水質特性
採水調査は1985〜1998にかけて行った。分析結果を基に、トリリニアダイアグラム表示とヘキサダイアグラム表示で採水地点の水質組成を図6-1〜6-2に示した。(以下原著には地点別の水質組成の特徴が詳述されているが紙面の都合で割愛して、次項の地域的分布特性で概要を記す。)


図6-1 湧水等の水質組成図(その1)
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図6-2 湧水等の水質組成図(その2)
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5.2 湧水の水質組成の地域的分布
図7にヘキサダイアグラムによる採水地点別の水質組成を示す。
 概して、阿蘇外輪山などの山地部の湧水で溶存成分が少なく、菊池・植木大地や江津湖周辺等の台地・平地の湧水で多いという地域的な分布状況が認められる。本地域北東部の菊池川上流の湧水では溶存成分量が非常に少なく、Ca-HCO3型が多い。又、阿蘇外輪山の山麓部の湧水についても溶存成分量が少なくて組成は典型的なCa-HCO3型が大部分である。 菊池川中流域の湧水は、適度に溶存成分を含み組成的にはCa-HCO3型が多いが、中にはNa成分の割合が高いものもあり、NO3成分量がやや多いものが見られる。木柑子(きこうじ)湧水群の4箇所の湧水は組成的には類似しているが上流の琵琶池で溶存成分量がやや少なく、下流側の梶迫ではやや多い傾向が見られる。菊池台地や植木台地上の湧水、およびそれに続く西方の国見山・米野山等の丘陵地の湧水には溶存成分量をかなり多く含んでいるものもあり、そしてNO3成分の多いのも特徴である。金峰山系の湧水については、溶存成分量が少ないものから多いものまで多岐にわたり、組成もCa-HCO3型が多いが、他の型も見られる。熊本平野東部の江津湖湧水群と井寺湧水群の湧水については、溶存成分量と組成がそれぞれよく類似していて、同一の地下水系であるといえる。そして、ともに白川の灌漑水の影響を反映してSO4成分が多いのも特徴である。概して地質の状況を反映した水質組成を呈しているといえよう。

図7 ヘキサダイアグラム表示による水質
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5.3ケイ酸(SiO2)と硝酸(NO3)イオンについて
ケイ酸(SiO2)濃度の分布を図8に示す。
ケイ酸の最高値は植木の西側の玉東町にある助吉(No44)で81mg/lを示した。濃度が70〜80mg/lの範囲には山鹿周辺の方保田(No.28)、下津田(No.31)、石坂(No.32)、など、60〜70mg/lの範囲には、菊池市の北側の清水川(No.10)、稗方(No.11)、泗水町北西の三万田天満宮(No.21)、などで、菊池川の中流域や米野山などの丘陵地の山麓部、および井芹川の上流域に分布する湧水で多く見られる。この地域の地質状況を見ると、阿蘇火砕流堆積物が堆積している台地部や丘陵地の山麓部に位置している。

図8 ケイ酸(SiO2)濃度の分布図
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硝酸(NO3)イオン濃度分布を図9に示す。
 外輪山の山麓部では硝酸イオンが認められないものや5mg/l以下ときわめて低いものがほとんどである。菊池台地や託麻(たくま)台地の縁辺部の湧水、つまり木柑子(きこうじ)湧水群や江津湖湧水群などでも5~15mg/l程度と低い。これに対して、西方の植木台地上や丘陵地、および金峰山山麓には濃度が20mg/l以上の湧水が多くみられ、地域性が認められる。特に、硝酸イオン濃度が高いのは、福原(No.19)・下津田(No.31)・有泉(No.41)・白浜(No.49)・小畑家(No.55)の湧水5箇所で40mg/lを超えており、最高値は白浜湧水の77mg/lであった。
 硝酸イオンは天然水にはほとんど含まれて無く、人間活動による生活排水や農業の施肥、畜産の排水等によって負荷されるもので、濃度の高い所は人為的な汚染があるといえる。
 水道水の飲用基準は、硝酸イオンで44mg/l(硝酸性窒素(N-NO3)で10mg/l)以下であり福原・有泉・白浜・小畑家の4箇所で基準を超えていた。

図9 硝酸(NO3)イオン濃度の分布図
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5.4 河川水の水質組成
 本地域を流れる河川水の水質組成を図10に示す。白川流域は阿蘇カルデラ内に源流部を持ち、そこでの影響が水質にも現れており特異である(島野、1999)。白川本川(R3)はカルデラ内の白川(R1)と黒川(R2)が合流したものであり、白川本川(R3)ではSO4成分が異常に多いことが他の河川とは明らかに異なる。
河川水の水質に関しては、河川水の基となる基底流量としての地下水流出、すなわち集水域の湧水の水質を反映した組成を呈している。特に、加勢川支流の矢形川の水質に関しては、低水時には井寺湧水群からの大量の湧水の流出によってまかなわれるために、その水質組成に近いものとなっている。

図10 河川水の水質組成図

【編集担当コラム】「日本の湧水」第2回は西の横綱ともいえる熊本県の湧水を取り上げました。熊本市内には市民の憩いの場である江津湖湧水群はじめ市民の水道水源となっている健軍水源地を見ることができます。これらに類似する湧水は、阿蘇カルデラ内および外輪山の周辺地域には1500箇所以上存在しており(Shimano,1988)本稿の研究対象である阿蘇火山西麓地域だけでも300箇所あまりが存在します。これらの湧水の恩恵に浴している対象市町村は4市17町2村で、面積はおよそ1300km2におよびます(2004年12月末現在の行政区分において)。
阿蘇火山西麓の地下水は、戦後水田開発に伴う農業用水源開発や水道水源開発、工業用水源開発等とともに電気探査技術や深井戸掘削技術、深井戸ポンプ、水理地質構造解析、地下水流動解析、数値解析技術など、わが国の地下水技術の研究と開発に大きく貢献してきました。
現在は、平成2年に制定された熊本県地下水保全条例のもと熊本県民の生活にとって欠くことのできない地域共有の貴重な資源として、地下水の水質と水量を保全するために、地下水の汚染の防止、地下水の採取及び合理的な使用ならびに涵養に関し必要事項を定めることにより、県民の健康の保護および生活環境の保全を図ることが取り組まれています。
(村田正敏)







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